溺れるっていうこと


溺れるっていうこと。


誰かを溺れるほど好きになるっていう事を、俺は七綱と出会うまで知らなかった。
それなのに七綱は、俺がこんなに好きだってことを、全然分かってない。
まるで信じようとしない。
俺がまるで、同情で付き合ってでもいるかのように思っている。
これが俺の、最大の不満だった。


「ごめんなさい」
って、七綱はすぐにそう言う。
俺が怒っていなくても、いつでも俺の気分を気遣って、どんなことでも自分が悪いのだと思い込む。
そして、大きくて凄く綺麗な瞳に涙を滲ませる。
また泣かせたという罪悪感はあるけど、でも、そんな七綱は本当に可愛くて、堪らなく愛しい。
抱きしめて、もう腕から離すものかと何度も思った。
出来ることなら、誰にも触れられない場所に隠しておきたい程なんだ。
それなのに、俺がこんなにも自分にメロメロだってこと、何で気が付かないんだろう。
それが不思議で堪らないよ。


初めて温室で出会った時、七綱をとても傷付けてしまったけど、本当に俺はそれまで七綱の存在に気付いていなかった。
七綱は小さくて、とても大人しくて滅多に声を発しないし、俺はと言えば、いつも周りに誰かかが居て囲まれているような状態だったから、向こうから近付いて来てくれないと分からない場合が多かった。
話していても、いつも俯いていて顔が見えなくて、それでなくともでっかい黒ブチのメガネと被さった髪の毛で殆ど顔は隠れているし……。
だから、初めて七綱がメガネを外して顔を見せた時、本当に驚いたんだ。
本当に、凄く綺麗だと思った。
でも、俺が綺麗だって言う言葉も、多分七綱は信じていない。
「綺麗だよ」
って言うと、凄く嬉しそうな顔をしてくれるけど、でもすぐにまた目を伏せてしまう。
恥ずかしそうな、少し困ったような顔をして…。


ジンジャーが死んで、泣きながら眠ってしまった七綱を温室で見つけた時、その姿の余りにもか弱そうな様子に胸が締め付けられた。
慰めたい。
純粋にそう思って七綱の髪を撫でた。
七綱が目を開けて、そして、泣いていた理由が、多分ジンジャーの事だけでなく、前の日に見た俺と諒子先生のことにも起因しているのだと感じた時、胸の中を何だか分からないものが駆け巡って行った。
また泣き出した七綱の身体を当然のように抱きしめ、そして、慰めたいと言う純粋な思いとは別に、驚くほど急速に欲望が膨れ上がっていった。
七綱の流れ落ちる涙を何度も唇で掬い取り、何の疑いもなく彼の唇を自分のものにした。
七綱は呆然としていたが俺のすることに逆らわず、舌を舐めてやると抵抗もせずに差し出した。
苦しそうに喘ぐ彼のことを気にする余裕も無く、俺はもう夢中で貪り続けた。
喘いで、頼り無げにしがみ付いてくる七綱の身体。
(可愛い……)
疑いも無くそう思った。
そして…。
もっと欲しい、
と思った。
(全部、…欲しい……)
そう、思った。


多分、訳が分からなくなって混乱していたのだろう。
七綱は愛撫に喘ぎながらも何処か呆然とした表情をしていた。
指を入れた時、初めて何が起こっているのか気が付いたように、驚いて俺を見た。
「なに、してるの……?」
「ごめん、ちょっと我慢して…」
そう言うと七綱は痛みに耐えて俺の行為を受け入れた。
「あっ、あ…っ、あっ……」
だが、挿入と同時に余りの痛みに顔が歪み、七綱の目尻から驚くほど大きな涙の粒が零れ落ちた。
無意識に押し返そうとするその手を掴み、俺は半ば強引に七綱の中に入り込んだ。
(全部、欲しい。何もかも、俺のものにしたい…)
そんな欲望だけが、その時の俺を支配していた。
もっと奥まで入りたい。
そう言うと七綱は許してくれた。
痛くて声も出せないくせに俺を拒もうとはしなかった。
それに感動して、益々夢中になった。
「七綱」
と、名前を呼ぶと、最初は不思議そうな顔をしたけど、すぐにしがみ付いてきて、もっと呼んで欲しいと言った。
そんな七綱に、胸が熱くなった。
そして……。
その時は、想いが通じ合ったような気が、確かにしたんだ。


だけど、気を失ってしまった七綱の体を綺麗にして服を着せ終わった時、諒子先生から電話があった。
もう、俺の方は別れるつもりで居たけど、先生の方は嫌だと言ってきかなかった。
あの時も、話をしてくれるまで俺の家の前で待っていると言い張った。
誰かに見られたりしたら、困るのは俺よりも先生の方だ。
俺は焦っていた。
俺の所為で、身体に負担を掛けさせた七綱を置いて行く事なんか出来ないと思った。
でも、同時に、こちらも俺の所為で諒子先生が学校を辞めなければならなくなったら大変だと思った。
目を覚ました七綱はそんな俺の様子を見て察してくれたのだろう。
大丈夫だから行ってもいいと言ってくれた。
俺は躊躇ったが、結局七綱を置いて帰ってしまった。
勿論、後悔したさ。
次の日、七綱が学校を休んで、俺は送っていかなかったことをどれ程悔やんだか知れない。
やっぱり七綱に無理をさせたのだ。
大丈夫なわけなんか無かったんだ。
あんな状態の自分を置いてサッサと帰ってしまった俺をどう思っただろう。
恨んでいるだろうか。
気になって、気になって、休み時間の度に何度も電話した。
でも、七綱は電話に出てはくれなかった。


あの時の七綱の気持ちを今になって考えると、その度に胸が痛む。
俺のことを好きで身体まで許してくれたのに、俺の方は彼に気持ち一つ伝えたわけじゃなく、まるで気まぐれに抱いたかのように思えただろう。
だけど、それでも七綱は、俺のことを責めたりはしなかった。
ただ、
「ほっといて欲しい」
と、俺にとっては1番ショックな言葉を言った。
余り自分から喋ったりしない、小さな声しか出さない七綱の、驚くほど激しい告白を聞いて、俺は自分が今まで彼をどれ程傷付けていたのかを知った。
居ても立ってもいられなくて、許してもらうことしか考えられなかった。
許して、そして、もう一度、俺の方を向いて欲しかった。


その夜、彼の家を訪ねて七綱が帰って来るのを待ち伏せると、俺はどうしても話を聞いて欲しいと迫った。
七綱の部屋に上がり、すべてをぶちまけると、七綱は俺の気持ちをやっと分かってくれた。
その後、彼のお母さんが夜勤で居ないのをいい事に、俺は七綱の部屋に泊まり、晩飯もそこそこに部屋に篭って七綱を腕から離さなかった。


七綱は最初、服を脱ぐのを嫌がった。
俺に身体を見られたくなかったらしい。
「だって……、む、胸だって無いし…。つまらない身体だから…」
そう言って、脱がせようとする俺の手から逃げるように身体を丸め、シャツの前をギュッと掻き寄せようとする。
多分俺が、今まで付き合ってきた女の子や諒子先生と、彼の身体を比べるのではないかと思ったらしい。
だけど俺は七綱を抱きしめた時点で、過去の彼女達のことなんか全部忘れてしまっていたのだ。
そんなこと心配しなくていいと言うと、七綱はやっと俺が服を脱がせることに抵抗するのを止めた。
一度目はどさくさ紛れのようなものだったし、七綱も良く覚えていなかっただろう。
それにあの時の七綱は、何処か現実味が無いような顔をしていた。
だけど、今度は違う。
はっきりと、俺が何をするのか分かっている。
だからこその躊躇いと羞恥心が七綱を襲っているようだった。
だけど、俺の方はそれを思い遣ってやる余裕が無かった。
抵抗を止めた七綱を性急に裸にすると、その身体に唇を押し付けた。
何処を触ってもキスしても、ピクンッと身体が跳ねる。
そして、そんな風に反応を示す自分の身体を、七綱は恥ずかしく思っているようだった。
身体を強張らせて枕に顔を押し付けたまま、全身を真っ赤に染めていた。
「七綱、こっち見て」
そう言っても首を振るだけで顔を上げようとはしない。
「嫌なら止めようか……?」
そんな気も無い癖に、俺は意地悪にそう言って七綱を試した。
自分でも、そんな自分に呆れるけど、七綱の俺に対する一途さを知る度、彼に対する想いが深まる。
それを、心地良いと感じる自分が居た。
思った通り七綱は、ビクッとして顔を上げて泣きそうな目で俺を見上げた。
「違う…、嫌なんかじゃ無い。嫌じゃ無いよ……」
そう言って必死にしがみ付いてくる。
すぐに俺は罪悪感に襲われた。
「ごめん……」
呟いてキスをし、愛撫を重ねる。
七綱は声こそ堪えて上げようとはしなかったが、感じて、何度も仰け反った。
2度目だとは言っても、七綱の身体が慣れているわけではないし、やはり随分辛そうだった。
脂汗が額から噴出して、必死に耐えている表情が痛々しい。
「痛い……?止めようか?」
今度は本気でそう訊くと、目を開いて驚くほど激しく首を振った。
「平気…、平気だから。痛くなんか無いよ…」
そうして、不安げな目で俺を見る。
俺が気分を害したのではないかと心配していることは明らかだった。
「馬鹿だな……」
聞こえないほど小さく呟いて、俺は七綱の身体を強く抱きしめた。
(可愛い……。本当に、可愛い……)
これほど一途に想われた事なんかあるわけが無い。
こんな七綱を、もう俺が離せるわけが無かった。


だけど、七綱には俺のそんな気持ちが届いていなかったのかも知れない。
何度抱いても、七綱はやはり身体を見られることに躊躇いを見せたし、無理をして堪えているらしく声も聞かれまいとしているのが分かった。
自分が男だと言うことを必要以上に気にしている。
それは俺にも分かっていた。
だけど、何度俺が気にするなと言っても七綱は俺の気持ちを深読みし過ぎてしまい、素直に信じてはくれなかった。
そんな七綱に俺は少々苛つき、募らせた不満の所為か、些細な彼の言葉にカッとなってしまった。
後なって、きっと七綱を傷付けたに違いないと後悔したけど、俺の方も意地になってしまった。
それに、連絡するのを止めれば、七綱の方で電話なりメールなり寄越してくれるのではないかと思った。
それまでは、明らかに俺に遠慮して、こちらから連絡しない限り、七綱の方で会いたいと言ってくることは無かったんだ。
だからこそ、俺の気持ちを何か形にして示したかった。
七綱の誕生日に、どうしてもそれを渡したかった。
それなのに……。
とうとう、七綱は自分から連絡しては来なかった。


『ミス・コン』だなんて、冗談じゃ無い。
七綱が綺麗だって事は、誰にも知られたくなんか無かったんだ。
髪形を変えてメガネを止めただけであの騒ぎだ。この上、メイクなんかしてコンテストなんかに出たら、それこそみんなに騒がれるに決まっている。
中には不埒なことを考えるヤツだって出て来るかも知れない。
そんなの、絶対に許せるもんか。
七綱とのデート権を他のヤツになんか絶対に渡さない。
会場に現れた俺を見て誰もが驚いているようだったが、一番驚いていたのは七綱だった。
「どうして…?」
と言った七綱に、まだ腹を立てていた俺は少々苛ついた声で答えた。
「他の男とデートしたかったのか?」
勿論、七綱がそんなことを思うわけが無いと知っていた。
慌てて首を振って、不安げに俯く。
俺は七綱を苛めていることを自覚していた。
だけど、止められなかった。
周りの目を気にして離れようとした七綱を無理やり引き戻し、手を取って腕に絡めさせた。
競り落としたデートの権利を主張して、言うことをきかせた。
子供っぽいと分かっていたが、俺の気持ちを全然信じようとしない七綱を少し困らせてやりたかったからだ。


まったく……。
俺が目を離した隙に、また野々宮小枝となんか仲良さそうに額を寄せ合って……。
俺とは人前で話もしないくせに。
見た途端にカッとした。
勿論、下らない嫉妬だと分かっている。
だけど、こんなにも強い独占欲を、俺は今まで誰に対しても感じたことは無かった。
すぐに、体育倉庫に連れ込んで七綱に恨み言を言った。
自分が今、どんなに見っとも無く格好悪い男になっているのか分かっていないわけじゃなかった。
だけど、それでもいい。
七綱に、俺の本当の気持ちを理解して欲しかった。


どんなに好きか分かって欲しい。
どんなに大事か分かって欲しい。
他の誰にも目を向けたりなんかしない。
七綱だけがいればいいんだっていう事を……。


俺の気持ちを分かって、七綱はまた泣いた。
その涙を見たら、もう駄目だった。
今夜、誕生日のデートに誘ってその時に渡そうと思ったが、もうそんな余裕はなくなっていた。
そのまま、女の子にしか見えないことをいい事に、七綱を連れ出してホテルへ行った。
そして、今までの分を取り返すように、俺は七綱を甚振ってしまった。
感じていることを知られないようにしていた七綱に、ちゃんと反応を示すように、声を出すように命じた。
それでも七綱は声を我慢しようとする。
俺は敏感な彼の乳首を指に挟んで思いっきり潰した。
「あうッ……」
七綱は痛みに思わず声を上げた。
今度はゆっくりと指先でそこを擦り、摘んで軽く捻ってやる。
痛みを与えられて更に敏感になっていた部分の愛撫に、七綱は堪らずに艶っぽい声を上げた。
その、可愛くてエッチな声に、俺の方も忽ち熱くなる。
俺の反応を知って、
「嬉しい」
と、七綱は言った。
自分の乱れた姿や、声や、表情が、どれ程俺を燃え立たせるのか、やっと七綱にも理解出来たのだ。
もう七綱は声を我慢しなかった。
そうなると、余計に感じるのか、乱れ方も激しくなった。
愛撫だけで達してしまった七綱のその部分を解そうとして、思ったよりも柔らかいことに気付いた。
俺がそのことを言うと、七綱は真っ赤になって答えた。
「だって……、だって、ずっと会ってくれなかったし…、里久のことを考えると、寂しくなるんだもん……、そこが、疼いて…」
普段大人しくて、俺とのセックスでも声さえ上げなかった七綱が、俺を想って1人で身体を慰めていたのかと思うと、その余りのギャップに俺は完全にやられてしまった。
「ああ、もう。ちくしょ……」


我慢出来なくなって、まだ充分じゃ無い七綱の身体に入ると、そのきつい部分を溶かすようにして、ゆっくりと動いた。
「ふ……・ぅ…っ」
苦しいのか眉を寄せた七綱が低く呻く。
だがやがて、ゆっくりと表情が変わっていった。
眉は寄せたままだが、唇が僅かに開き、艶やかな声が毀れ出した。
俺が動きを早めると、柔らかく背中を反らせて喘ぎ始めた。
「や…、だめ、そこ……、いっちゃ…、あっ…あ…っ」
ビクビクンッと激しく震え、七綱の吐き出したもので俺の腹が濡れた。
ぐったりとしたその両手に指を絡めて上から圧し掛かると、俺は何度も軽いキスを落とした。
「もっと、って言ってごらん」
耳元に囁くと、忽ちその耳が真っ赤に染まった。
ブンブンと、無言で首が振られる。
俺は少し笑ったが、すぐに上からじっと見下ろした。
「言わなきゃ離さない」
すると七綱は、恥ずかしそうに目を伏せて、聞き取れないほど小さな声で言った。
「…離さないで……」
七綱を押さえつけていた俺の手は離され、すぐに彼の身体を抱き寄せた。
「離すもんか……」
それは心で呟いたのか、それとも実際に言葉に出して言ったのか良く覚えていない。
だけど、俺の身体に回された七綱の腕の熱さが、その想いが彼に届いたことを教えているような気がした。