発熱
「下がらないわねえ…」
体温計の数字を見ながら母が渋い顔をして呟いた。
昨日からの発熱で、夕方、母が看護師をしている病院へ行き、風邪と診断されて薬を貰ってきたが、今日になっても僕の熱は一向に下がらなかった。
だが今日は、母も手術が入っていてどうしても仕事を休めない。
困り顔で体温計をケースに戻す母を見上げ、僕は皺枯れた声で言った。
「僕なら大丈夫。どうせ、何も食べられないし…。寝てるからいいよ」
「そう?じゃあ、ここに飲み物だけ置いていくから、水分だけはちゃんと取りなさいよ。あと、着替えも用意しておくから、汗を掻いたらちゃんと着替えるのよ」
「うん、分かった」
「母さんもなるべく早く帰れるようにするけど、何かあったら病院に電話しなさいよ」
「うん、大丈夫。いってらっしゃい…」
僕はそう言うと、目を閉じた。
熱の所為でぼうっとして、目を閉じるとすぐにうつらうつらしてしまう。
そのまま、母が出て行ったのにも気がつかなかった。
喉が渇いて目を覚まし、億劫だったが起き上がって、母が用意していってくれたアイソトニック飲料に手を伸ばした。
蓋を開けようとする手が僅かに震えている。
ずっと何も食べずに寝てばかりいるので手に力が入らないのだ。
だが、何とか蓋を開けて、ペットボトルに口をつけると半分以上を一気に飲み干した。
(今、何時だろう……?)
ふとそう思って、ベッドサイドの目覚まし時計を取り上げて目にぐっと近付けた。眼鏡を掛けていないしコンタクトレンズも入れていないので、そうしないと文字盤が良く見えないのだ。
「12時半…・・」
いくらか熱が下がったのか、少々食欲が出てきたようだ。
だが、起きて階下へ行くのが億劫だった。
僕はまた飲み物に口を付けると、ゴクゴクと飲んで、フーッと息をついた。
その時、不意に部屋のドアが開いた。
「あ、起きた?」
「り…里久っ…?」
眼鏡を掛けていなくたって、それが葦原だという事はすぐに分かった。
僕は驚いて呆気に取られたまま、近づいて来る彼をじっと見上げた。
「熱、どうだ?さっき触ったら、吃驚するほど熱かったけど…」
そう言いながら僕の額に触れる。
僕はまだ驚きから冷めずに呆然と彼を見上げた。
「ど、どうして……っ?何処から……っ?」
馬鹿みたいに矢継ぎ早に訊くと、葦原は少し笑った。
「今日は来るかと思ったけど休みだったからさ、よっぽど具合が悪いのかと思って午前中で早退して来てみたんだ。もし、お母さんが仕事だったら独りぼっちだろうと思って…」
「で、でも…」
僕の疑問をすぐに察して、葦原は先を続けた。
「玄関は閉まってたけど、そこの窓、鍵が開いてたぞ」
指差したのは、僕の部屋のベランダに通じる窓だった。
「庭の木を伝ってこのベランダに入れるんだ。ちゃんと鍵掛けとかないと、危ないぞ」
「あ……」
驚いて僕が絶句すると、葦原はおかしそうに笑った。
「まあ、そのお陰で俺は入れたんだけどな」
言いながら葦原は、机の上からさっき運んで来たトレイを取り、僕の膝の上に乗せた。
「お粥、暖めたからさ。食べられるか?」
「り、里久がこれを…?」
3度、僕が驚くと葦原は照れたように笑った。
「台所にお母さんが作っておいたのが鍋に入ってたから、暖めただけだよ。俺が作れるわけ無いだろ?」
「でも…、でも、嬉しい…っ」
たった2日休んだだけなのに、こうして心配して学校を早退してまで来てくれた事、そして、僕を気遣ってお粥まで運んでくれた事、それが嬉しくて僕は思わず涙ぐんで彼を見つめた。
「大袈裟だなぁ…」
言いながら葦原は、お粥の入った器を取り上げ、スプーンで掬ってフウフウと吹き始めた。
「ほら、あーん…」
「い、いいよ。じ、自分で食べられる」
恥ずかしくて僕が身を引くようにしながら手を振ると、葦原は少し怖い顔をして見せた。
「だぁめ。ほら、”あーん”して…」
「う……」
仕方なく僕が口を開けて食べさせてもらうと、葦原はクスクスと笑った。
僕が困るのを知っていて、面白がってわざとやっているのだ。
「可愛いな、七綱の唇って…」
スプーンを銜える僕の唇をじっと見てそう言うと、葦原は顔を近づけて素早くキスをした。
「あっ、駄目っ。風邪がうつるよ…」
「平気だよ。俺、免疫力強いんだから」
「でも……」
「はい、いいから、もっと食べなさい」
そのまま葦原に子供のように食べさせてもらい、僕は器の中のお粥を全部食べ終えた。
「汗掻いてないのか?パジャマと下着、取り替えた方がいいぞ」
「あ、うん…」
僕が答えると、葦原は母が用意していった着替えを取ってくれた。
「向こう向いてて」
「なんで?」
ボタンに手を掛けながら僕が言うと、葦原は不思議そうに訊いた。
「だって…」
「今更、恥ずかしくないだろ?」
そう言って笑うと、それでも食べ終わったお粥の器を持って部屋を出て行った。
葦原が戻って来た時には、僕はもうすっかり着替えを終えて横になっていた。
「ありがとう、里久。僕はもう大丈夫だから、帰っていいよ」
そう言うと、葦原はすぐに首を振った。
「なに言ってんだよ。夜まで居るよ」
「でも……」
「居るって……」
言いながら顔が近づき、僕の額に彼の額が押し付けられた。
「夜まで居る」
「……ありがと…」
躊躇いがちに手を出してシャツを掴むと、葦原がクスリと笑って僕の額に唇を押し付けた。
「傍に居るから、眠っていいよ…」
「うん……」
また押し付けられた葦原の額がひんやりと冷たい。
それが心地良くて、とても安心出来て、僕は目を閉じると、またスーッと眠りに落ちていった。
「七綱…、七綱、大丈夫か…?」
そっと揺り起こされて僕は目を開けた。
夕方になってまた熱が上がり始めたらしい。
きっと、呼吸が苦しそうに感じたのだろう、葦原が心配して僕を起こしたのだ。
「あ…、ごめ…」
「顔が真っ赤だ。熱、測ってみろよ」
「うん…」
僕のパジャマのボタンを外し、葦原はそこから体温計を差し込んでくれた。僕はそれを脇の下に挟んだ。
「枕の氷、取り替えてくるな?」
「ありがとう…」
僕の頭の下から、氷枕を外し、葦原はそれを持って部屋を出て行った。
ピピピッと体温計が鳴り、取り出してみると38度3分まで熱が上がっていた。
戻って来た葦原がそれを見て驚くと、病院で貰ってきた薬の袋を物色し始めた。
「解熱剤、飲んだ方がいいな」
その呟きを聞いて僕は焦って起き上がろうとした。
「い、いいよ。平気…」
「なに言ってんだよ?早めに飲んどいた方がいいって…。あ、あった…」
葦原が解熱剤の袋を取り出した。
「ざ、坐薬……?」
振り返った葦原から顔を隠すように、僕は布団を額の上まで引っ張り上げた。
実は昨日、病院に行った時に吐き気があったので坐薬を処方されたのだ。
「七綱…」
葦原が布団に手を掛けて引っ張ったが、僕は首を振って布団を引っ張り返した。
「駄目だって。もっと熱が上がったらどうするんだ?」
「じゃ、じゃあ、部屋から出て行って。お願い…」
「なんで?なにが恥ずかしいんだよ?俺がやってやるって」
「い、嫌だ…」
「駄目だ」
葦原はそう言うと、無情にも僕の布団を引き剥がした。
「や……」
「ほら、そっち向いて…」
有無を言わさず僕の身体を横向かせると葦原はパジャマのズボンに手を掛けた。
ズルッ、とズボンと下着がいっぺんに下ろされる。僕は熱の所為だけでなくカッと身体が熱くなるのを感じた。
「あ、ちょっと待って…」
そう言うと葦原はベッドのヘッドボードについている引き出しを開けて、そこからベビーオイルを取り出した。
セックスの時にいつも使っているので、何処に入っているかちゃんと知っているのだ。僕は益々恥ずかしくなって顔を枕に押し付けた。
「そんなの、しなくても、入るよ…。小さいんだから…」
消え入りそうな声で僕が言うと、葦原の声が僕の頭の上から聞こえた。
「念の為…」
言いながら僕の脚を折り曲げさせると、すぐにオイルの付いた指がそこに触れた。
(いやッ。だめ、だめ、だめ…ッ。そんな風に触ったら…)
相手が葦原だと、僕の身体は何処を触られても感じてしまうのだ。
それが、敏感な部分なら尚更で、しかも”そこ”は、いつも葦原と繋がる場所なのだ。その部分を彼に触られて僕が平気でいられる訳が無い。
オイルを付けた指で、そこを解すと葦原は坐薬をあてがってグッと指で差し込んできた。
「ん……」
思わず僕の唇から声が漏れる。
それを聞いて、葦原が気付いてしまった。
「七綱…」
空いた方の手が、すっと前へ回される。
「あっ…」
掴まれて、僕はまた声を上げた。
「エッチだなぁ…。具合が悪いくせに、こんなにして…」
僕の耳に唇を押し付けて、葦原が意地悪く囁いた。
枕に顔を押し付けたまま嫌々と首を振ると、坐薬を入れた指がもっと深くまで入って来た。
「いやぁ…。駄目…・ぇ」
「こら。そんな可愛い声出して…」
「だって…」
言い訳しようとして振り返りかけると、葦原が圧し掛かってきて僕の唇をキスで塞いだ。
「ふっ……」
すぐに舌が忍び込んできて、キスが深まる。
不自由な体制で身動きも出来ないまま、僕は葦原の愛撫に喘いだ。
「や……」
唇が離れ、僕が見上げると、すぐにまた唇が近づいて来た。
「ごめん。俺…、駄目だ…」
「里久…?……・あっ」
指が抜かれたかと思うと、すぐにもっと大きなものが入り口に当たった。
それと同時に、上になっていた方の僕の脚が葦原の腕で抱え上げられた。
「あっ…・、あ……んっ」
ググッと葦原が僕の中に入り込んできて、僕は声を上げながら仰け反った。
「あつ…、凄い、熱い……。七綱の中……」
僕の項に顔を押し付けて、葦原が熱っぽく囁いた。
僕は首を振り、葦原から逃れようと両手で身体を押し上げようとした。
だが、しっかりと抱きかかえられていて動けない。
「ごめん…。辛い…?」
僕は再び首を振った。
「違うけど……」
「じゃあ、少し我慢して……?」
「だって、風邪がうつるよ…」
「平気だって…」
言いながら、葦原の身体がゆっくりと動き出す。
僕は声を堪えていられなかった。
「溶かされそう……」
ぐっ、ぐっ、と突き上げながら葦原が囁く。
元々、熱の所為で熱かった僕の身体は、それこそ燃えるように熱を帯びてしまった。
「も…、もう……いっ…」
我慢出来なくて、僕は葦原よりも先に彼の手の中に熱いものを吐き出した。
「熱、余計に上がっちゃったかな…?」
僕の身体を熱いタオルで拭ってくれたあと、新しい下着とパジャマを着せてくれながら葦原は心配そうにそう言った。
「大丈夫…。それより、里久の方こそ、明日辺り僕の風邪が移って熱を出すんじゃないかって心配だよ」
僕がそう言って見上げると、葦原はクスリと笑った。
「そしたら、今度は七綱が看病に来てくれるだろ?」
「え……?」
「来てくれないのか?」
悪戯っぽい目でそう言って、葦原が僕に顔を近づけて来た。
僕は、そんな彼の首に両腕を絡ませた。
「勿論、行く…」
「なら、風邪ひくのもいいかもな…」
「里久……」
クスクス笑い出した僕の唇に葦原の唇が押し付けられて、僕の熱と、そして笑いをその中へ吸い取っていった。
「このまま泊まっちゃおうかな…」
「えっ…?」
驚いて見つめると、残念そうな顔が溜め息をつく。
「駄目だよな?お母さん、帰って来るんだろ?」
「うん、今日は夜勤じゃ無いから…」
「なら、早く元気になれよ。七綱がいないと寂しいよ」
「うん……」
そんな言葉一つでも嬉しくて、僕はまた目に涙を溜めた。
それを見られるのが恥ずかしくて、ギュッと抱きついて肩に頬を乗せる。
本当に、このまま泊まってくれたらいいのに……。
そう思いながら、僕はゆっくりと目を閉じた。