熱い夏の始まり


5月に親睦を兼ねて予定されていたクラス旅行がずれ込み、夏休み目前の土日に変更になった。
行き先は海。
浜辺の民宿に1泊2日の旅行となった。
集合時間の6時より少し早く、僕は集合場所の校門の前へ行った。
観光バスの停まっている前に、もう、クラスの半分くらいの生徒が集まっていて、僕はまず担任の先生の所へ行って来た事をチェックしてもらった。
「北野、おっはよー」
肩を叩かれて振り返ると、そこには野々宮さんの笑顔があった。
「あ…、おはよう」
私服の彼女はちょっと眩しくて、僕は目を逸らしかけた。
女の子はタンクトップを着ている子が多く、普段の制服では見られない肌を露にしている。野々宮さんも例外ではなかった。
見回した所、まだ葦原は来ていないようだった。
僕は、仲良くしている友達を見つけてそちらに足を向けた。
友達と話しながらも、気になって何度も時計を見たが、葦原はやって来ない。
まさか、今日は参加しないつもりなのだろうか。
昨日の電話では、楽しみにしているみたいだったのに…。
僕が少し不安になりかけると、集合時間ギリギリに、葦原と、もう2人の男子生徒が走って来た
「おっせえぞー」
「走れ、走れー」
皆に囃子立てられて、葦原達は苦笑しながら走って来た。
「すんませーん…」
少々息を切らしながらそう言い、葦原達は先生のチェックを受けた。
すると、ずっと見ていた僕をすぐに見つけ、葦原は視線を投げてくれた。
(良かった…)
僕は、ホッとしたのと嬉しいのとで口元が緩みそうになるのを堪えた。



バスに乗り込む段になり、葦原は何を思ったのか、人を掻き分けるようにして離れた場所に立っていた僕に近付いて来た。
そして、いきなり僕の腕を掴んだ。
「七綱、一緒に座ろう?」
吃驚して僕が見上げると、周りの生徒達も驚いてざわつき始めた。
僕と葦原は、相変わらず皆の前では親しい事を隠していた。
教室では碌に喋ったことも無いし、一緒に何かをする事もない。
だから、こんな葦原の行動は皆にとって余りにも意外過ぎたのだ。
「あっ…あのっ、僕…」
周りの視線が痛い。
女の子達がひそひそと何か喋っている声が僕を責めているようにさえ感じた。
緊張の為に、ずんずんと、耳の後ろから首筋にかけてが強張ってきた。
どうしていいか分からなくなり、僕は何も言えずにただ首を振った。
「なんだよ、葦原。俺達、おまえの分の席も取ってあるぜ?」
いつも葦原と一緒にいる友達の1人が戸惑い気味にそう言った。
「そうだよ。葦原君、一緒に座ろうよー」
取り巻きのような存在の女の子も、そう言って葦原の腕を引いた。
僕は困ってしまい、強張ってきた葦原の顔と、僕を睨み付けるようにして見ている取り巻き達の顔から、逃げるように視線を外すしか出来なかった。
(お願い、里久……)
涙が零れそうになり、僕は顔を伏せた。
一緒にいようとしてくれる葦原の気持ちは凄く嬉しい。でも、騒ぎになるのは怖かった。
「いや、俺は…」
言い掛けた葦原の手を、野々宮さんが僕の腕から離させた。
「だーめ。残念でしたー、北野はあたしと座るんだもん。ねー?」
誰も知らない僕と葦原の秘密を、唯一、野々宮さんだけが知っていた。
間違いなく、彼女は困っている僕に助け舟を出してくれたのだ。 僕はホッとして彼女を見ると頷いた。
「うん…」
葦原は一瞬、怒りを現しそうになったがすぐにそれを引っ込めた。
「分かった」
低い声でそう言うと、葦原は僕に背を向けて仲間の方へ歩き出した。
(ごめんなさい…。里久…)
多分、皆の前でも普通で居られるように、葦原はその切欠を作ってくれようとしたのだと思う。だけど、僕に勇気がないばっかりに、それを潰してしまったのだ。
(怒らないで……)
その背中を見つめ、涙が零れそうになる。
折角の楽しい筈の旅行が、忽ち憂鬱なものに感じ始めた。
それもこれも、全部僕が臆病な所為なのだ。
「行こう?北野」
「あ…、うん」
野々宮さんに肩を叩かれて、僕は頷くと下に置いてあったバッグを肩に担いだ。
窓際の方に野々宮さんを座らせ、僕は彼女の分と自分のと、両方のバッグを網棚の上に載せて席に座った。
「ありがと…」
小声で、さっきの礼を言うと、野々宮さんは笑って首を振った。
「いいよ。葦原の気持ちは分かるけど、ちょっと突然過ぎるよね…」
曖昧に頷き、僕はそっと後ろを振り返って葦原の姿を探した。
彼らのグループは最後尾に席を取って座っていたのだ。
葦原は窓際の方に座って、つまらなそうに外を見ていた。
その表情を見て、僕はいっそう辛くなってしまった。
また、僕の所為で葦原は嫌な思いをしてしまった。
いつも、いつも、僕は彼を不快にさせるような事をしてしまう。
その度に、何度も後悔して反省するのに、また同じ過ちを繰り返す。そんな自分が、嫌で堪らなかった。
「北野…」
僕の表情に気付いたのか、野々宮さんが身体を寄せて来て囁いた。
「北野は悪くないよ。そんな顔しないで、ね?」
「ううん…。僕が悪いんだ」
「北野…」
昨日の電話で、明日の天気はどうだろうとか、向こうに着いたら一緒に泳ごうとか、夜に予定されている花火の話とか、2人でずっと話をしてあんなに楽しかったのに、僕が怖気付いたばっかりに全てが駄目になってしまったのかも知れない。
それを思うと、今にも泣き出してしまいそうだった。
その時、ふっと思いついて、僕は携帯電話を取り出すと葦原にメールを打った。
「ごめんなさい。お願いだから、怒らないで…?ごめんね?里久」
何とか謝りたい一心で、それだけを打つと、すぐに送信した。
そして、そのまま携帯を握り締めて、僕は葦原からの返信を待った。
間も無く画面に“受信中”の文字が現れた。
ホッとして、画面を開くと
「後で話そう?」
と、たったひと言だけが戻って来た。
(やっぱり、怒ってる……)
じわっと、目頭が熱くなり、僕は両手で顔を覆った。
「北野…?」
驚いて僕の腕を掴んだ野々宮さんに、僕は顔を覆ったままで首を振った。
「何でもないよ…。ごめんね?」



バスガイドが自分と運転手の紹介を終え、今日の日程に付いての説明を始めた。
だが、浮かれ切った車中には話に耳を傾ける生徒は少なかった。
一通り話が終わると、もう席を立って他の友達の所へ移動する生徒も居た。
ガイドの話などそっちのけで、車中は勝手に盛り上がり、話し声と笑い声で溢れかえった。
そんな中で沈んでいるのは僕だけで、付き合ってくれている野々宮さんにも済まない思いでいっぱいだった。
もう間も無くバスが目的地に着くという頃、友達の所から自分の席に帰る途中で、今年の文化祭でミスに選ばれた矢沢さんが手に持った何かを差し出した。
「野々宮、チョコ。あーん…」
目の前にいきなり差し出され、野々宮さんは思わず口を開けた。
「ありがと…」
余り仲の良くない矢沢さんにそんな事をされて、野々宮さんは少し驚いたようだった。
「はい。北野も」
「え…?」
僕の前にも出てきて、僕は吃驚して彼女を見た。
その僕の口の中に、矢沢さんは有無を言わさず粒状のチョコレートを入れた。
「美味しいでしょ?スイスのお土産」
ニッと笑った彼女に頷き、僕も礼を言った。
何だか余り食べたことのない味だったが、確かに不味くも無いしチョコレートに間違いないようだった。
見ると、持っている箱の中から彼女は次々とクラスメートの口にチョコを入れて歩いている。
どうやら、特別、僕達だけにくれた訳でもないらしいと分かり、野々宮さんは僕の顔を見て肩を竦めた。
「急に気前良くなったのかね?」
小声でそう言い、野々宮さんはクスッと笑った。
ガイドが到着を告げ、皆は目の前に広がる海に歓声を上げた。
キラキラと眩しく光る水面が心を弾ませる。
でも、僕の心だけは沈んだままだった。
振り返って、もう1度葦原を盗み見ると、やはり彼も浮かない顔のままだった。
後で話そうと、返事が返って来たが、クラスの皆の目があるし帰るまでちゃんと話が出来るとは思えない。
暗い気持ちのまま、僕達は2日間を過ごすことになるのかも知れない。
皆に見つからないように、こっそり葦原を呼び出そうか。
でも、何処に呼び出したらいいだろう…。
そんな事を考えていると、僕は自分の身体がおかしいことに気がついた。
急に心拍数が上がり、呼吸が苦しいような感じがする。
(え…?)
身体が熱くなってきて、何もしていないのにウズウズと股間に血液が集まってくる感じがした。
(なに……?なに?これ…?)
息が上がり、汗が吹き出す。
蹲る様に身を縮めると、隣で僕の異変に気付いた野々宮さんが心配そうに覗き込んだ
「北野…?どうかした…?」
「な、なんか…、身体が変…」
「え?具合悪いの?凄い汗だよ…」
(いや…。どうしよう…)
明らかに僕の股間は勃起し始めていた。
「先生に言う?」
「だっ、駄目…・っ」
「北野…?」
思わず股間を押さえ込んだ僕を見て、野々宮さんは驚いて目を見張った。
そして、すぐに何かに気付いたらしく、ハッとして矢沢さんの方に目をやった。
「あいつ……」
友達とクスクスと笑いながらこちらを見ている矢沢さんを見つけ、野々宮さんは憎々しげにそう言って彼女を睨み付けた。
「さっきのチョコだ…。矢沢のヤツッ」
そう呟くと、野々宮さんは僕の背中に手を当てた。
「大丈夫?きっと、また嫉妬して北野のだけチョコをすり替えたんだよ。あの陰険女めっ…」
矢沢さんは葦原のことが好きで告白したこともあるらしい。
でも、その頃、校医の諒子先生と付き合っていたこともあって、葦原はあっさりと矢沢さんを振ってしまった。
それでも彼女は葦原を諦めてはいないらしく、近付く者を許せないのだろう。
それに、以前、葦原が文化祭のミスコンで優勝した彼女のエスコートを断り、代わりに僕のデート権を買ってからというもの、僕の事を敵対視しているようなのだ。
今回も、葦原が僕に声を掛けたことが面白くなかったのかも知れない。
どうやら、僕だけが媚薬入りのチョコを食べさせられてしまったらしい。
「どうしよう…」
泣きそうになった僕に頷き、野々宮さんは周りをキョロキョロと見た。
「兎に角、もう皆降り始めてるから、降りないと…」
皆に怪しまれない為には、ぐずぐずしてはいられなかった。
僕は頷いて、何とか立ち上がるとバッグを取って降りる準備をした。
宿に入ってそれぞれの部屋割り通りに納まると、すぐに皆は海へ行く準備を始めた。
野々宮さんは機転を利かせて、僕がバスに酔ったと先生に言ってくれたらしい。 皆を引率して行かなければならない先生に代わって自分が残ると言ってくれた。
「野々宮さん、ごめんね?もう、海に行っていいよ」
「そうだよね。先生の手前、ああ言ったけど、傍に居られても困るよね」
病気では無いので、野々宮さんも苦笑しながらそう言った。
それで、僕を残して自分の部屋へ戻り、海へ行く準備をすることにした。



ひとりになると、僕は身体の熱を持て余しながら、仕方なく治まるのを待って丸くなって横たわった。
「ふ……」
両手を股間に挟み、ギュッと目を瞑ったが、ドクドクと脈打ち、中々鎮まってはくれない
それどころか、どんどん酷くなってきた。
もう、どうしようもない。
トイレに行って、自分で慰めるしかないと思った。
立ち上がろうと身体を起こしかけた時、ドアが開いて葦原が入って来た。
「り…、里久…?」
「野々宮に聞いた。大丈夫か?」
その姿を見て、僕は安心する余り泣き出してしまった。
すぐに両手を差し伸べて、僕は近づいて来た葦原に縋りついた。
「里久…、里久…ッ」
今朝のことで怒っているに違いないと思ったが、こうして僕の窮地にちゃんと来てくれた。それが嬉しくて、更に涙が出た。
「七綱…。可哀想に…」
ギュッと抱き締められると、寂しさと恐怖が忽ち吹き飛ぶのが分かった。
水着だけを身につけた葦原の、逞しい裸の胸に僕は額を擦り付けた。
「苦しいか?ひでえ汗…」
言いながら、僕の額や項から汗を拭う。
「まったく、悪質な悪戯するよ…」
呆れたようにそう言い、葦原は僕の服に手を掛けた。
「いや…」
僕が身を引こうとすると、葦原がグッと睨んだ。
「嫌じゃ無い。全部脱いで」
命令口調でそう言うと、葦原は僕のハーフパンツと下着を脱がせた。
「凄い、びしょびしょだ…」
「嫌だ。見ちゃ嫌…ッ」
僕が脚を抱え込もうとすると、葦原は少し笑った。
「今更恥ずかしがるなよ。大体、そのまんまじゃ困るだろ?ほら、この上に座って…」
持って来たバスタオルを敷き、葦原は僕をそこへ座らせた。
「脚開いて。ちゃんと見せてごらん」
僕は仕方なく後ろに手を付くと、葦原の前で両脚を開いて見せた。
「もう、いっぺんイッちゃったみたいに濡れてる…」
「里久…、誰か来るかも…。ねえ…」
開け放した窓から陽光が降り注ぐこんな明るい部屋で、葦原の前で脚を広げている自分が恥ずかしい。
薬の所為だけではなく、耳が燃える様に熱かった。
「大丈夫だよ。みんな遊ぶのに夢中だから…。それに、ちゃんと鍵も掛けたし」
言いながら葦原はじっと僕の顔を見つめて、股間に手を伸ばした。
「1回、抜いてやるから…、任せて?」
「う…ん」
頷くと葦原の手が動き始めた。
「ひぅっ……」
クチュクチュと弄られて声が漏れそうになる。
必死に堪えようとすると、葦原は僕の顔を見て唇を舐めた。
見られている。
抱かれる時はいつも、薄暗い部屋が多かったから、こんなに真正面から顔を見られる事なんかなかった。
隠しようがないこの状況が、僕は恥ずかしくて消えてしまいたかった。
でも、葦原はそんな僕にはお構い無しに手を動かしていく。
「あんっ、あっ…」
指がヌルリと後ろを犯した。
僕は思わず身体を震わせて、我慢出来ずに声を上げた。
「なんにも塗らなくても、七綱のだけで十分だ…」
滴りが伝わって流れ込み、僕のそこをたっぷりと濡らしているらしく、葦原の指が何の抵抗も無く動き始めた。
そして、その指が僕のポイントを攻める。
「ああんっ…」
もう我慢出来なくて、僕は短く叫ぶと精を吐き出した。
でも、満足して息をつけたのはほんの一瞬だった。
気付くと、僕の身体の熱はまたどんどん溜まり始めていた。
「まだ、全然足りないみたいだな…」
葦原の呟きを聞いて、恥ずかしくて顔から火が出そうになった。
でも、確かにそれは本当で、その事は股間で立ち上がっているものが、しっかりと証明していた。
「もっと欲しい?」
指をゆっくりと動かして、葦原が意地悪く訊いた。
「うん…」
涙を浮かべて僕が頷くと、葦原はまた唇を舐めた。
「何が欲しいの?」
「や…ッ」
首を振ったが、葦原は僕の顔から目を離さなかった。
「言わなきゃ、あげないよ?」
「ふ…ぅ…」
ゆるゆると葦原の指はその中を掻き回したが、焦らすようにしてポイントを避けて動く。
僕は思わず嫌々をして、腰を更に持ち上げた。
「いやぁ…。ほ…しいの。指じゃなくて、里久の…・・入れて欲しい…」
「七綱…」
葦原は指を抜くと、僕を押し倒して重なった。
キスが振ってきて、僕は両腕を絡めると葦原の首を引き寄せた。
葦原の硬い塊を押し付けられて心が騒ぐ。
もう、それが欲しくて、僕ははしたなく腰を振って擦り付けた。
葦原が片手を回して水着を下ろした。
それを見て、僕は思わず両脚を抱え込んだ。
「凄い、七綱…。こんな大胆なの、初めてだな」
「だって…」
「こんなことしてくれるなら、俺も時々飲ませちゃうかも、媚薬…」
笑いながらそう言うと、葦原はまた熱いキスをした。



何度、イッたか分からなかった。
僕はもう、葦原の腕の中で声を抑えることも忘れて喘ぎ続けた。
やはり薬の所為なのだろう。
いつもよりも敏感になっていた僕の身体は、葦原の与える快感に逆らうことなど出来なかった。
昼前にやっとお互いに満足し、汗に濡れた身体で息をついた。
「もう、怒ってない?」
訊くと、葦原は笑った。
「最初から、怒ってなんかないよ。気にしてたのか?」
「…うん。だって…」
僕が俯くと、葦原の手が伸びて僕の髪を撫でた。
「ごめん。反省してたんだよ。七綱を困らせて悪かったって…」
「里久…」
「七綱の姿を見たら、ずっと一緒に居たいって思って…。だけど、急にあんなこと言ったら七綱が戸惑うのは当たり前だよな。後でちゃんと謝らなくちゃと思ってたんだ。ごめんな?」
「ううんッ…」
首を振ると、僕は葦原に抱きついた。
僕だって本当は、いつだって傍に居たい。
ずっと、ずっと、こうしてこの腕の中に居たかった。
「腹減ったなぁ…。飯食って、午後は一緒に泳ごうな?」
笑いながら言った葦原を見上げ、僕も笑って頷いた。
「うんっ…」
もう少し、勇気を出さなければいけないと思った。
葦原の気持ちに応える為にも、僕はもっと強くならなければいけないのだ。
だって、本当にずっと一緒に居たいから…。


窓の外に広がる、砂浜と光る海が呼んでいるように見える。
僕たちの熱い夏は、まだ始まったばかりだった。