18.快楽


ベッドの中で煙草を吸われるのを、佐竹は酷く嫌がった。
だから今までは、庸介が佐竹と一緒のベッドで煙草を吸うことは無かった。
だが今夜、情事の後で庸介はわざと煙草に火をつけた。
「んー、止せって…」
眠たげな、だが非難めいた口調で佐竹は言うと、寝返りを打って庸介に背中を向けた。
今年で43になる筈だったが、まだ張りのある肌には薄っすらと汗が浮いている。
帰宅後、もう眠りかけていた佐竹のベッドに入り込み、庸介は嫌がる彼を無理に抱いた。
疲れが堪っているらしい佐竹は、若い庸介の激しさにシャワーを浴びるのも億劫になってしまったらしい。
(まこと)さん、そのまま寝ちゃう気?」
苦笑しながら庸介が言うと、不機嫌な声で佐竹は答えた。
「煩い。誰の所為で…」
その言葉に庸介はグッと眉間に皺を寄せて、また煙を肺に送り込んだ。
「おまえ、俺より20も若い癖に、きっと俺より先に死ぬぞ。肺癌で…」
憎まれ口は眠気に勝てずに尻窄みに小さくなった。
庸介は腹立たしげに灰皿の中に煙草を捻じ込むと、それをヘッドボードに置いた。
「俺と一緒に暮らしてんだから、慎さんの肺だって副流煙で真っ黒だね」
憎まれ口を返し、庸介は佐竹の身体に手を掛けると無理やり自分の方を向かせた。
「んっ、よせ…」
庸介の唇を避けようと、佐竹は顔を背けた。
「嫌だ、煙草臭いッ」
だが、庸介は無理やりその顎を掴むと唇を押し付けた。
「む…ぅ…」
抵抗を止めた佐竹だったが、掴んだ庸介の両肩にグッと指を食い込ませた。
ヤニ臭さの所為か、それとも無理やりの行為に腹を立てているのか、佐竹の眉間には深い皺が刻まれていた。
だが、本気で嫌がっていないのは、庸介の舌の侵入を許した事で知れた。 無理やりに仕掛けたくせに、庸介は佐竹の口中をお座成りに愛撫すると、片手を彼の尻へと動かして囁いた。
「ちゃんと、シャワー浴びた方がいいよ?さっき俺、こん中にたっぷり出したし」
その言葉に、佐竹の耳がカァっと熱くなった。


嫌がるのを知っていて、わざと中に吐精した。
そして、嫌がるのを知っていて、わざと煙草を吸ってからキスをした。


「庸介…」
まだ赤らんだ顔のまま、佐竹は庸介を問い掛けるような目で見上げた。
「俺の何を試したい?」
その言葉に、今度は庸介の顔がカッと赤くなった。
「隠れてこそこそと…。何にも知らないとでも思ってるの?」
「え…?」
怪訝そうな佐竹の顔付きに、庸介の怒りが更に増した。
「今日、別れた奥さんと会ってたね?何回目?」
今日は残業だと言っていた佐竹が、別れた妻を連れてレストランへ入るのを庸介は偶然に目撃してしまったのだ。
「庸介…」
戸惑う佐竹の肩を掴み、庸介は激しく揺さぶった。
「俺を棄てる?俺と別れる気?そんなの駄目だッ。戻るなんて、許さないからな?」
すると佐竹は、笑みを含んだ目で庸介を見上げた。
「こんなオッサンの、何処がそんなにいいんだか…」
「慎さんッ」
確かに、庸介が出会った時には、佐竹と妻の関係はすでに破局を迎えようとしていた。
だが、入社したての若造をもう40を越していた佐竹が相手にしてくれる訳も無かった。
ただの部下として自分に接するその上司に、惚れて、惚れて、庸介は前妻から奪い取ったのだ。
「まったく、こんなにカッコいいのに…」
笑いながらそう言うと、佐竹は庸介の頬を撫でた。
そしてそのまま、もう一方の手も伸ばして両頬を包むと、自分の方に引き寄せた。
唇が重なり、今度は佐竹の方が積極的に舌を入れた。
少しざらついた舌の表面同士が擦れ合う。
舌下に舌を差込み、庸介はそれを持ち上げると音を立てて吸った。
「ん…、庸介…、もう一度、来いよ」
艶っぽく囁かれたが、庸介はすぐに身体を離すと佐竹を見下ろした。
「犯らせて誤魔化そうなんて駄目だよ」
睨むと、佐竹は呆れた様に苦笑した。
「誤魔化す為になんか犯らせるか」
言葉の後に両手が滑り、庸介の腰の括れを撫で始めた。
「いい年したオッサンが何でおまえに抱かれると思う…?」
撫でる手はまた背中に戻り、肩甲骨の上まで上ってきた。
「可愛くて堪らない。おまえに、全部やってもいいと思ったから一緒にいるんだぜ?」
「慎さん……」
言うなり、庸介の顔が佐竹の項に埋められた。

こうして確かめる度に安心し、そしてまた、すぐに不安になる。
分かっていても、言葉が欲しいと思ってしまう。
佐竹を手に入れたのだと言う実感を、庸介は常に感じていたかった。

「女房とは、子供の事で相談されて会ってたんだ。別れたとは言っても、俺には娘だからな…」
その言葉に、庸介は顔を上げた。
「ごめん。俺が…」
自分と暮らしている事で、佐竹が娘と会う事を我慢しているのを、知らない訳ではなかった。
だが庸介は、正直嬉しかった。
実の娘にさえ嫉妬する自分を馬鹿だとは思っても、庸介は佐竹を独占していたかったのだ。
「悪いなんて思ってるのか?」
信じられないと言いたげに佐竹は笑った。
だがすぐに真面目な顔になり、愛しげな目で庸介を見上げた。
「おまえに嫉妬されるのは、嫌じゃ無いんだよ」
庸介の背中から手が滑り降り、股間で止まるとそれを掴んだ。
庸介の目を見つめながら手を動かし、佐竹は無意識に唇を舐めた。
触っているだけでも感じると言いたげに、佐竹の息が段々荒くなる。 それを見て、庸介は忽ち昂ぶった。


「いいから、もっと俺を雁字搦めにしろよ」
それが喜びだと言いたげに佐竹は笑い、庸介の腰をグッと引き寄せた。
「俺だって、おまえを捕まえてるんだぜ?」
その言葉に、やっと庸介の口元に笑みが浮かんだ。
「そんな事言われたら、言葉だけでイッちゃいそうだ」
開かれた両脚が庸介の腰に絡んだ。
「早く…」
囁きの後で、佐竹の腕が、絡め取るように庸介を捕まえた。