奇胎
「まさかおまえ、そこにずっと座って居るつもりか?」
訊かれて、十王はその無表情を変えることなく答えた。
「大事な家元の御身体に何かあったら困りますから。それに、見届けるのは私の役目。それをご承知の上での契約と存じております」
静かな、余り抑揚の無い口調で淡々とした答えが返ってくると、訊いた人物はただ苦笑した。
「まあ、俺は構わんよ。こちらの坊ちゃんさえ承知ならな」
言葉の後に目をやると、指された人物は顔を高潮させて口惜しげに顔を背けた。
だが、異を唱える事はしなかった。
昨夜、逆らわないようにと、嫌と言う程言い聞かされてれていた。
芸以外は世間知らずの無能な自分が生き延びるには、これより他に方法はないのだ。
「身体を傷つけなければ、何をしても良いという条件だったな?」
訊かれて、十王は躊躇いもなく頷いた。
「ご自由に」
その答えを、男に坊ちゃんと呼ばれた青年は口惜しげに唇を噛んで聞いていた。
「では、先ず、奉仕して貰おうか?」
ニヤニヤと笑ってそう言われ、青年は一瞬、神に祈るように目を瞑ると、男の前に跪いた。
グッと髪を掴まれて顎を上げさせられ、屈辱的に見下ろされる。反抗的な目で男を見上げはしたが、青年は何も言わなかった。
そして、チラリ、とほんの一瞬十王を見ると、青年は両手で相手のペニスを持ちすぐにそれを口に含んだ。
「うん…」
すぐに、満足げな男の呻き声が聞こえた。
「どうやら、舌技も仕込まれ済みらしい。ほら、もっと奥まで呑み込んでご覧」
口調は優しかったが、その行為は強引だった。
グッと喉の奥を突かれ、青年は少々咽そうになった。
それを、次の間の畳の上に静黙したまま、十王は目も逸らさずに見つめていた。
少年の頃、天才と持て囃された六代目も、父親の後ろ盾を失った今となっては芸だけに専念することが許されない身の上となった。
流派の長となった今、その全てが彼の肩に圧し掛かってきたのだ。
だが、流派の看板として踊る事だけしか知らず、温室の中で育った彼に力がある訳も無かった。
頼りは父の代から裏の全てを取り仕切っていた十王だけだった。
その十王に、父の借金の事を知らされた時、紫峰は愕然とした。
「そ、そんなの知らない。借金があるなんて、父は何も言ってなかった」
紫峰が言うと、十王は唇の両端をフッと持ち上げた。
「貴方に話して、どうにかなりますか?」
丁寧だが、そこに侮蔑の色を感じ、紫峰はカッとなった。だが、口惜しい事に返す言葉もなかったのだ。
「実際、お家の財政は火の車です。貴方を売り出す為に五代目はそれこそ湯水の如く金を使われた。春の紫峰会の衣装代だけでも数千万の金が出て行ったんです」
「そ、そんな」
紫峰は何も知らずにただ踊っていた自分を今更ながら呪うしかなかった。
父がもっと大きな流派に対抗意識を持っていたのは知っていた、それを超える為に自分を看板として使おうとしていたのも知らないではなかった。だが、天才と祭り上げられマスコミなどにも取り上げられていた自分に酔い、現実を見ようとはしなかったのだ。
「兎に角、このままでは潰れます。事業を縮小して、貴方には家元として弟子の指導その他、しっかりとやって貰わなくてはなりません。今までのように自分の芸の事だけ考えていられては困ります」
「わ、分かっている」
紫峰は、今まで弟子を教えた事は無かった。だが、人を集める為にも自分が先頭に立って動くしかないのだ。
「それから、借金の返済についてですが」
珍しく口篭り、十王は言葉を切った。
それに不吉なものを感じ、紫峰はゴクッと喉を鳴らした。
「申し難いですが、此方をご覧下さい。父上が先方と交わされた利子についての特筆がございます」
渡された借用書に目を通し、紫峰は息を飲んだ。
「こ、これはッ」
顔を上げて自分を見た紫峰に、十王は冷ややかな視線を注いだ。
「お父上は、まさかご自分がこんなに早く身罷るとは思ってもいなかったのでしょう。借金はご自分の代で十分に返せると思われたのでしょうが、 如何せん、お父上も経営者としては甘過ぎました。私の意見を聞こうともせず、契約を結ばれてしまわれた」
言いながら十王は絶望的に首を振った。
「五代目の葬儀でまた借金が増えました。今の収入では莫大な利子の返済さえ非常に困難です。貴方には申し訳ないですが、この特例を実行して頂くしかないでしょう」
「そ、そんなっ、嫌だッ」
ダンッ、と机を叩いて立ち上がった紫峰を十王はじっと見上げた。
「撰べるとお思いですか?」
「だ、だって。お、おまえは?なら、おまえは平気なのか?」
涙声で言った紫峰に、十王は表情を変えずに言った。
「今、大事なのは流派の存続ではないのですか?」
その言葉に絶望し、紫峰はどっかりと椅子に腰を下ろすと目を閉じた。
紫峰が十王に抱かれたのは16の歳だった。
思春期に入り、幾ら踊っても身体の熱が去っていかなくなった。
風呂で自慰をしている所を、湯加減を見に来た十王に見つかり、そのまま慰めてもらったのが最初だった。
仕事ばかりで冷たい男だとは思っていたが、女の内弟子たちが騒ぐように40を越しても十王は美しい男だった。
何故、そんな要求をしてしまったのか、今でも分からない。だが紫峰は、その冷たい瞳に見つめられながら性器を愛撫してもらい、馬鹿みたいに熱くなったのだ。
それから、他の者の目を盗んでは十王に愛撫をせがむようになった。
そしてとうとう、流されるままに身体を許してしまったのだ。
その後はもう、十王無しではいられない身体になってしまった。
女の身体を知らない紫峰だったが、元々、興味を持てない性質だったのか欲しいとも思わなかった。
それなのに、3日も十王に抱かれないと身体が火照ってくる。
自分の事を”五代目の息子”だとしか思っていない十王の何処がいいのか分からない。愛されているなどと微塵も感じた事がないのだ。
そして今度は、例え流派を守る為だとは言え、利子の代わりに男に抱かれろと言う。
毎晩のように抱いているこの身体を、他の男の自由にさせると言うのだ。
だが、紫峰は逆らえなかった。
家の為だけではない。
十王に見限られるのが怖かったのだ。
「嫌だぁぁ…、もう…、もう外してッ」
身体を束縛された上にバイブレーターを使われ、紫峰は悲鳴を上げた。
だが、その姿を冷ややかに見つめ十王は言った。
「相手は優しく抱いてくれるとは限りませんよ。これぐらい慣れておかないと、辛いのは貴方です」
「いやっ、もう、もうッ……はうッ」
甚振るように十王がバイブレーターを掴んで中を抉った。
その快感に紫峰の身体がビクッと震えると、張り詰めた性器の先から達した証拠の体液を迸らせた。
「こんな玩具でも簡単にイクんですね、貴方は」
まるで嘲る様に笑いながらそう言い、十王はゆっくりと手を動かした。
「うくっ…、うぅ……、ううぅッ」
口惜しげに嫌々をしながら、それとは裏腹に紫峰の腰は行為をねだる様に勝手に揺れた。
冷たい無表情に近いその顔は変わらなかった。
さすがに普段は紫峰を立て、何時も1歩下がって控えてている十王だったが、いざ、床に入ってしまうとその立場は逆転してしまう。
いや、精神的には何時だって十王が紫峰を支配していた。
「玩具でこれほど楽しめるんでしたら、これからも独りでお慰めになられたらどうですか?使用人の私に嫌々ながら抱かれなくても性欲を鎮めるには十分でしょう」
その言葉に、紫峰は恨めしげに十王を見上げた。
もう、自分の身体無しにはいられない紫峰だと分かっていながらこうして甚振る。紫峰が求めなければ、決して触れてくれないのも、わざとらしく慇懃な言葉で侮蔑するのも、そうされれば紫峰が更に昂ぶると知っているからだった。
母や他の使用人、内弟子達の目を盗み、紫峰が部屋へ忍んで行かなければ十王は決して抱いてはくれない。
もう行くものかと思っても、3日も経つと縋ってしまうのだ。
「もう、嫌だッ…。抜いて……抜いてッ」
「駄目です。そのまま、玩具を咥えて此方を使いなさい」
淡々とした口調でそう言い、十王は自分の陰茎を紫峰の口元へ押し付けた。
冷たい口調とは裏腹に、それは熱く、硬く、張り詰めていた。
潤んだ目でそれを見つめると、紫峰は言われた通りに唇を開いて舌を覗かせた。そして、ゆっくりと愛しげに舌を使い始めた。
2日後には料亭の奥座敷で借金の形にいいように弄ばれる。
そしてその痴態を、十王は一部始終、冷ややかな目で見続けるに違いなかった。
「ああぁっ…、あんんっ、……あっ…あっ」
自分の上で、そのしなやかな腰を振る紫峰を、男は舌なめずりをしながら見上げた。
「ああ、堪らん…、こんな絞まりのいい孔は初めてだ。本当にッ…、おまえは可愛いよ」
男の肩を掴み、腰を揺すりながら紫峰はその向こうに座る十王をじっと見つめていた。
その、冷ややかな視線が自分に突き刺さる。
それだけで昂ぶり、男の陰茎が与える快感など比べ物にならない悦楽を紫峰に齎した。
「あふっ……んッ」
達して身体を震わせると、紫峰は射精した。
「こらこら、早いぞ。ほら、もっと腰をお振り。これからは毎週、こうして可愛がってやろうな?」
腰を掴んで下から突き上げられ、紫峰はまた動き始めた。
さっき、自分が射精した瞬間に、まったくの無表情だった十王の眉がほんの僅かに動いた。
きっと……。
今夜きっと、何度射精したと言ってはたっぷりと紫峰を仕置きするに違いない。
自分で男に宛がっておきながら、きっと十王は自分を責め立てるだろう。
それを思うと、達したばかりだというのに紫峰の身体はまた熱を帯びた。
「ああっ……あぁ…んっ……はぁぁ」
冷たい十王の目を見つめ、紫峰は無意識に唇を舐めた。
それを、十王は無表情に、だが、少しも目を逸らさずにじっと見つめ続けた。