瞳の中に
資料室の薄暗い片隅で、粗末なパイプ椅子の上に両肘を突き、小野瀬漣は声を堪えるのに必死になっていた。
その彼の突き出された尻の前に、梶は片膝を突いていた。
「ふ…、すげえ、びしょびしょ」
呆れたように言い、梶は小野瀬の震える脚の間から片手を差込み、その気の毒なまでにそそり立っているものをゆっくりと擦った。
「や…、梶ッ」
「こんなんで、良く平然とした顔で仕事してたよな?さすが、エリートは違うよ」
その言葉に、小野瀬は苦しそうに首を振った。
「何回か、トイレで抜いたんだよ。なあ、早くっ…」
振り向いた顔の、余りの淫らさに梶は思わず喉を鳴らした。
普段の、取り澄ましたエリート然とした顔しか知らない会社の連中が見たら、別人かと思うのでは無いだろうか。
もっとも、こんな小野瀬を知っているのは、社内でも梶の他には1人しかいない筈だった。
「こうやって傍に寄ると音が聞こえるぜ。気が気じゃなかったんじゃないのか?」
「それも、俺に圧力を掛ける為には持って来いだったんだろう」
悔しげにそう言った小野瀬には答えず、梶はただ眉間に皺を寄せただけだった。
「出すぜ」
ゆっくりとコードを引き、梶は小野瀬の中に嵌まり込んでいるローターを引き抜いた。
「あああ……」
小さく声を発し、小野瀬は剥き出しの尻を震わせた。
つるっ、と飛び出すと、ホッと息をつくのが聞こえた。
「後で呼び出されてチェックされんだろ?ちゃんと言いつけ通り、入れてたかどうか」
そう言うと、小野瀬は首を振った。
「さっき急に、支社へ出かけたんだよ。今日はもう、戻らないそうだ」
「なるほどね…」
身支度を整えようとしている小野瀬の手を掴み、梶はそれを遮った。
「何やってんだよ、そんなままで戻る気か?」
「あっ…」
親指でグイッと双丘を割られ、小野瀬は小さく声を上げた。
そのまま指を、餓え切ったその中へ押し込んでやると、忽ちビクッと身体が仰け反った。
梶は片手でファスナーを下ろすと、もうすっかり準備の出来ていた自分自身を取り出してそこへ宛がった。
「ほら、いつもみたいに言いな」
擦りつけながら囁くと、小野瀬はブルッ、ブルッ、と身体を震わせる。与えられた時の快感を反芻して、自然と身体が期待感で満ちるのだ。
「梶ィ、挿入れて…」
上気した顔を振り向かせ、小野瀬は恥ずかしげもなくそう言うと自分から尻を揺すって擦り付けてきた。
「ふ…、ほんと、この時だけは素直だよな」
些か寂しげにそう呟くと、梶はゆっくりと小野瀬の中に入って行った。
「あぁ…あはぁ……ああ…。いやぁ……、もっと奥まで、奥までっ…」
じれったそうにそう言い、小野瀬はまた尻を揺する。
「奥のトコ、突いて…、梶ィ…」
ローターが刺激していた部分が余程疼くのだろう。小野瀬は自分で双丘を掴んで割ると、梶の深い挿入を促した。
「ここか?」
くちゅっ、くちゅっ、と音を立てながら梶が律動を始める。
小野瀬の身体が絡みつくように梶のペニスに吸い付いている音だった。
「気持ちいいか?」
訊くと、うっとりとしたまま小野瀬は頷いた。
「はぁ…、んん……。もっとぉ、ぐりぐりして…」
唯一、小野瀬が自分に甘えてくれるのはこの時しかない。
だからこそか、こんな彼を梶はたまらなく可愛いと感じてしまう。
だが、それもセックスが終わるまでの短い間のことでしかなかった。
「梶ィ…、すぐイッちゃう……もうッ…」
今までずっとローターによる刺激を受けながら押さえ込んでいた身体だ。それは安易に予想出来た事だった。
「いいよ。出しな…」
言いながら、梶は自分のハンカチを出して、小野瀬のペニスの先を包んでやった。
「はぁっ…」
小野瀬がブルッと身体を震わすのと同時に、梶の手にその湿った感触が伝わってきた。
「シャツ開けて、乳首出せよ」
項に囁いてやると梶は素直に従ってワイシャツのボタンを外した。
調教を受けて弄り抜かれている為か、小野瀬のそこは異常に敏感だった。達した直後でも、そこを弄ってやりさえすれば小野瀬の身体はすぐにまた兆してくる。
それを知っていて梶は命じたのだ。
前が開かれるとすぐ、梶の両手が小野瀬の胸を弄った。
「ぅふ……ぅんっ」
その物欲しげに尖った部分に軽く触れられただけで、小野瀬は切なげに身を捩った。
人差し指の腹で小刻みに擦ってやると、鼻から抜けるような甘ったるい声が小野瀬の唇から漏れ出した。
キュウキュウと、小野瀬のその部分が締まり始め、梶は彼の乳首を甚振るのをやめた。
「いや、もっとしてぇ…」
潤んだ瞳を向けて振り返り、小野瀬がまた甘える。
これが、普段は仕事の鬼と言われ、触れば切れそうだとまで言われる男と同一人物だとはとても思えなかった。
見惚れるほどの美貌を誇り、加えてその冷たさから近寄り難いオーラを放つ小野瀬は、仕事の面だけでなく何かと注目される存在だった。
まだ30前でありながら、もう課長のポストまで手に入れている。
そんな小野瀬と、梶は大学時代からの友人だった。
いや、友人と言うには語弊があるかもしれない。
ただ単に、同じ期間に同じ大学に在籍していたと言った方が正しいだろう。
「駄目だ。あんまり弄ってると、またイッちゃうだろ?」
「ん……」
調教され尽くした身体は、乳首を弄られただけでも達するほどになっていた。それを勿論、小野瀬自身も知っている。
「あんっ、やっ…」
突然引き抜かれて、小野瀬は振り返った。
切なげで艶かしいその表情を見て、梶は思わず咽を鳴らす。だが、その瞳の奥底に、僅かに見え隠れする不安を見抜くほど鋭くはなかった。
「前から挿入れさせろよ。おまえのエッチな顔見ながらしたい」
その言葉に小野瀬は一瞬躊躇ったようだったが、狭い椅子の上で向きを変えると、出来るだけ浅く腰掛けて腰を持ち上げるようにして両脚を抱え込んだ。
「梶…?」
見上げるその眼が梶を誘っている。
早く欲しいと言葉にしなくても、言っているのが分かるほどだった。
とても信じられないが、普段、仕事の上ではそれこそ梶になど洟も引っ掛けない男の、これがもう一つの姿だった。
その目を見つめながら、梶は上から突き刺すようにして彼の中に入って行った。
その過程を具に自分で見つめながら、小野瀬は淫らな声を上げる。
「はぁ……んん…んんんっ……」
何度も唇を舐め、淫らな笑みを浮かべて、自分の中に沈むように消えていく梶の、猛ったペニスから目を離さない。
「そんなに好きか?こいつで、ここを舐られるのが」
呆れたように言うと小野瀬は頷いて梶を見上げた。
「ん…、気持ちいい、梶の……」
潤んだ瞳が言いたい事は、それだけでは無いように感じた。
いつも、いつも、何か言いたげにその瞳は梶を見たが、結局、何も言ってはくれないままだった。
「漣……」
唇を近付けると小野瀬は瞼を閉じて待った。
僅かに濡れて艶めく唇を捕らえ、梶は存分に味わう。
それは、小野瀬がセックスの最中でしか許してくれない行為だった。
「ん…、恭介…」
夢中になって梶の首に腕を回し、小野瀬は自分も彼の唇を貪った。
下の名前を呼ぶようになると、もう半分は意識が飛びかけている証拠だった。唇と舌を求めて夢中で絡め吸い返しながら、小野瀬は腰を振り続けるのをやめようとはしない。
ちゅぷちゅぷと、舌を吸い合い舐め合う音と同時に、そこを擦り合って立てる音が淫らに響く。
「恭介……ッ、ふぅ…んっ……んっ……恭介ぇ…」
キスの合間に夢中で梶の名前を呼んでいることを、小野瀬はまったく気付いていなかった。
「今夜、どうする?」
さっきまでベッド代わりに使っていたパイプ椅子に腰を下ろし、梶は腕を組んで身支度を整える小野瀬を見上げていた。
たった5分か10分前まで、自分の下で淫らに喘いでいた男とは思えないほどに、その端整な横顔は取り澄まされたいつもの表情に戻っていた。
「どっちでも。好きにすればいい」
冷たく、興味も無さそうにそう言い、小野瀬はスーツから埃を払った。
「これは?」
顎で、梶が床に転がったローターを指し示すと、小野瀬はそれを見ようともせずに言った。
「おまえが始末してくれ」
それきり後も振り返らず、小野瀬はさっさと資料室を出て行った。
「へい、へい。仰せの通りに、課長様」
あんな醜態を散々曝していながら、それでも自分に対して取り澄ました顔で接する事が出来る小野瀬の神経が、梶には分からなかった。
ことセックスになると、どんな時でも小野瀬は梶に従順だったし、何を要求しても逆らうことはなかった。
それなのに、それ以外では、まるで梶の事など眼中にないかのように振舞う。
梶とのセックスなど、ひと時の夢だとでも思っているようだった。
勿論、自分の本意では無いと言いたいのかも知れない。
だが、本当に嫌だったら、あんなにも梶を求めたりするのだろうか。
超エリートの小野瀬と違い、確かに梶は落ちこぼれ社員だった。
大学時代の活躍を買われて、野球で入った会社だ。
だが、入社して1年足らずで肩を壊し、期待された活躍も碌に出来ないまま野球を断念せざるを得なかった。
なんとか、会社には残してもらえたが、自分でも出来る社員では無いことぐらい知っている。
だが、だからと言って毎日のように自分の身体を抱かせている男を、ああも見事に無視出来るものだろうか。
そんな小野瀬の心が、梶には理解出来なかった。