瞳の中に
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梶が小野瀬の秘密を知ったのは、本当に偶然の事だった。
面倒な接待が終わり、客を送り出して料理屋を出ると、梶はタクシーに乗った上司と別れて1人で駅までの道を歩き出した。
途中、何軒もの店の前を通り過ぎる時、小さいが高級なことで知られる隠れ家めいた店の中から、知った顔が出て来るのに出くわした。
あちらは店の前に横付けさせたタクシーにすぐに乗り込んでしまったので気付かなかったようだったが、梶の方は2人の顔をはっきりと見た。
それは、小野瀬と上司である木田専務だった。
(はん?)
専務には特別に可愛がられていると言われている小野瀬の事だ、2人で飲むことも有るだろうと思った。だが、梶の目に映った小野瀬の様子が何だかおかしい。
酔っているのとは違う。
そう、直感的に感じた。
前々から、いや大学時代から、梶にとって小野瀬はいい意味でも悪い意味でも気になる存在だった。
その優秀さ、気高いまでの美しさは、勿論、梶でなくても無視することなど出来はしない。
偶然にも同じ会社に就職すると分かった時は驚いたが、今まで殆ど接触の無かった小野瀬との距離が縮まったような気がして、正直、梶は嬉しかった。
だが、入社式の時に声を掛けた梶を、小野瀬は一瞥と冷笑であしらっただけだった。
腹が立ったが、それよりも、寂しいという感情が湧いたことに梶は自分でも驚いていた。
だが、そうまでされてまだ執着できるほど、梶だってお人好しではなかった。
それからというものは、仕事以外の事で小野瀬と口を利くこともなくなっていたのだ。
だが、今見た小野瀬の様子が、梶は気になって仕方なかった。
急いでタクシーを捕まえると、前を行く小野瀬達の車を追いかけてもらった。
着いたのは小野瀬のマンションだった。
少し離れたところで車を降り、梶はマンションの入り口に近付くとガラス張りのドアからそっと中を覗いた。
もうエレベーターに乗ってしまったのだろう、2人の姿は見えなかった。
しかし、いくら可愛がっている部下とは言え、飲んだ後そのマンションにまで来るというのは少し異常では無いだろうか。
梶はそう思いながら中へ入って行った。
郵便受けを見て、小野瀬の部屋が6階だと知ると梶はエレベーターの前へ行って登りのボタンを押そうとした。
すると、その脇の階段の上から誰かの声が聞こえた。
不審に思い、そっと足音を忍ばせて階段を上ると踊り場の手前で上を見上げた。
そこに、2人は居た。
「いやぁ…、お願いです…、部屋まで、部屋まで待ってください」
哀願するように言う小野瀬の頬を壁に押し付け、その片腕を後ろで押さえ込み、木田専務はさも楽しそうに忍び笑いを漏らしていた。
「ふふふ…、こんな所を誰かに見られたら、もうこのマンションにはいられないなぁ?小野瀬」
梶はその場に凍りついたようになってそんな2人を覗き見ていた。
小野瀬のズボンと下着は下ろされ、剥き出しの尻には木田専務の手でディルドらしきものが差し込まれていた。
余りに信じられない光景に、梶は夢でも見ているのでは無いかと自分を疑った。
だが、いくら酒が入っているとは言っても、接待だっただけに酔うほどは飲んでいない。現実と夢を履き違える訳も無かった。
「さっきの薬で、体中が火照って堪らないんだろ?ほらほら、我慢しないでイッてしまいなさい」
「ぅふぅ…」
グイグイとディルドを動かされ、小野瀬の身体が戦慄く。
梶が一番驚いたのは、その行為で小野瀬が紛れもなく感じているということだった。
「はぁっ…」
とうとう小野瀬は達し、その飛沫を壁に向かって迸らせた。
それを見て木田専務は嘲笑うと、小野瀬の耳に口を寄せるようにした。
「今夜はこれで解放してやろう。また、メールするよ」
そう言うと木田専務は乱れたままの小野瀬をそこに残し、エレベーターに―乗ってしまった。
小野瀬はまだ動けないようだった。
アナルに刺さったままのディルドも抜こうとはせず、壁に両手を突いてそこに顔を押し付けている。
泣いているのかも知れない。
梶は何と無くそう思って、階段を上り切ると小野瀬に近付いた。
「大丈夫か?」
声を掛けると、ビクッと小野瀬の身体が震え、ゆっくりと恐怖に満ちた顔が梶の前に現れた。
小野瀬は泣いてはいなかった。
「か…、梶…」
梶は黙ってディルドに手を掛けるとゆっくりと引き抜き始めた。
「あっ、イヤだっ…」
小野瀬が抵抗しようとした時には、もう梶の手によってそれは完全に引き抜かれていた。
梶はすぐに小野瀬の服を直してやると、壁のシミを自分のハンカチで拭い取り、ディルドをそれに包むと呆然としている小野瀬の腕を取った。
「行こう」
「か、梶…」
まだ足元がふらついている小野瀬を支え、梶はエレベーターに乗せると彼の部屋まで連れて行った。
「鍵は?」
そう言うと、小野瀬は素直にポケットから部屋の鍵を取り出した。
それを開けてやり彼を中へ入れると、梶は構わず靴を脱いで部屋へ上がって行った。
小野瀬の部屋は2DKで、その容貌と同じように、清潔感に溢れた、だがいくらか冷たい感じの印象を与えた。
居間のソファに小野瀬を座らせると、梶は勝手にキッチンへ入りコップに水を汲んで持って来た。
「ほら」
小野瀬は黙ってそれを受取ると、すぐにゴクゴクと半分ほどを飲み干した。
「脅されてんのか?」
訊くと、小野瀬は肩を竦めた。
「じゃあ、なんであんなことさせる?出世の為か?」
その言葉に小野瀬が初めて顔を上げて梶を見た。
「それ以外、なにがある?」
口元に冷笑を浮かべ、小野瀬は冷ややかに言った。
「馬鹿な…」
「おまえには分からんだろうよ」
些か馬鹿にしたような口調で小野瀬は言った。
「会社にいる限り、上に立たなくてどうする?俺はおまえとは違うんだ」
「そうだろうな」
だが、だからと言って小野瀬が出世の為に自分の身体まで使うような人間だとは梶にはどうしても思えなかった。
それに、彼ならそんな事をしなくても、幾らでも自力で出世出来る筈だった。
見ると、彼の額には異常なほどの汗が浮いている。頬も、さっきから火照ったように赤らんだままだった。
ふと気付き、梶は小野瀬の股間に手をやった。
「なっ…」
驚いて小野瀬がその手を払おうとする前に、梶は彼のペニスをグッと握った。
「あぅ…っ」
硬く張り切った部分を握られ、思わず小野瀬が声を上げた。
「媚薬?」
訊くと、小野瀬は悔しげに頷いた。
「さっき、料理屋にいる時に飲まされて…」
「苦しそうだな?」
ゆっくりと撫でてやると、フルッと身体を震わせて小野瀬は俯いた。
それは、初めて彼が見せたほんの少しの気弱さだった。
それを感じて、突然、くんっ、と梶の喉が鳴った。
両手を小野瀬のベルトに掛けると、すぐにそれを外しに掛かった。
「梶っ…」
「いいから」
無理やりにズボンを引きおろし、薬の為に熱を帯びてしまった小野瀬のペニスを露出させた。そして、そのままそれを手で包み込んだ。
扱いてやると、小野瀬は声を上げて身を捩った。
「いや…」
普段の彼との余りのギャップに梶は興奮した。
ズボンと下着を更に引き下ろして、今度はアナルの方に指を這わせた。
「はぁ…んっ」
ほんの少し擦っただけで小野瀬は艶っぽく鳴いた。それを見て、また梶の喉が鳴る。
「こっちがいいのか?」
コクッと、驚くほど素直に小野瀬が頷いて見せた。
「なるほど。木田専務に随分教え込まれてる訳だ」
嘲るように言うと、小野瀬は悔しげに唇を噛んだ。
「このまんまじゃ、辛くて堪らないだろ。してやろうか?」
まさか、承知するまいと思った。
いくら辛くても、馬鹿にしている自分などに小野瀬がそんな行為を求める訳がない。
だが、驚いたことに小野瀬は頷いた。
「ん…」
その艶っぽさに、梶は思わず唇を舐めた。
「ここに…」
探るようにアナルを指で擦り、梶は言った。
「……欲しいのか?」
「ん…っ」
また喘ぎながら小野瀬が頷く。
「そこに、欲しい…」
上気した顔で潤んだ瞳を向ける小野瀬は、最早、梶の知っている彼ではなかった。
可愛い、と梶は思った。
小野瀬とは、こんなにも可愛い男だったのだろうか。
「いいよ。ここに挿入れてやる。だから全部脱ぎな」
そう言うと、小野瀬はまた素直に頷いて着ている物をすべて脱ぎ捨てた。
「ほら…」
ソファに座り、梶がファスナーを開けてペニスを取り出すと、その猛々しい様に視線を絡ませ、今度は小野瀬が喉を鳴らした。
すぐに急くように後ろ向きに彼の上に跨ると、自分で掴んで腰を落とす。
「ああっ……ああぁ……っ」
それは、まるで歓喜の声のようだった。
躊躇いもなく一番深くまで梶を迎え入れると、小野瀬は満足げに息をついた。
「玩具よりもいいか?」
「ん……ん……」
何度も頷き、小野瀬は答えた。
だが、そう訊いた梶の方でも、初めて味わう彼の体が与える快感に酔いそうになっていた。
「ああ。いいよ、小野瀬」
梶が促さなくても、小野瀬は自分から腰を使い激しく彼の上で身体を揺らしている。甘ったるい、まるで男とは思えないような鼻に掛かった喘ぎ声が梶の興奮を益々高めていく。
「ふ、すげえ我慢汁…」
笑いながら梶は、先端から露を溢れさせて、ぬらぬらと濡れている小野瀬のペニスに手をやった。
「あっ…、ふぁッ」
括れを強く擦ってやると、ビクンッと震えて小野瀬が達した。
だが、薬で狂わされた身体はまだ治まってないらしい。
梶の両手を取ると、小野瀬はそれを自分の胸へ運んだ。
「ここ、弄って…、梶」
「ここ?感じるのか?」
言いながら、小さいが尖った乳首を両手の指で摘んでやる。すると、ククンッと身体が揺れた。
「ん…、もちい……ッ」
コリッ、コリッ、と転がしてやると腰を揺すりながらまた喘ぎ出す。
そうして、梶をそこへ銜え込んだまま小野瀬は何度も絶頂を迎えた。
だが、行為の後、シャワーから出てきた小野瀬の表情は、また以前の冷たさを取り戻していた。
「おまえも、これで俺を脅せるな」
その言葉に梶は思わず笑った。
「そうだな。じゃあ、これから俺にも、今日みたいに、いい思いをさせてくれる訳だ?」
脅迫するつもりなど毛頭無かったが、でも梶は小野瀬との関係を今夜限りで終わらせるのは嫌だった。
小野瀬の身体も、セックスの最中の、その厭らしく可愛い彼の姿も、手放すのが惜しくて堪らなかったからだ。
「ふん」
いつものように冷笑を浮かべ、小野瀬は梶を見た。
「物好きだな、おまえも。女ぐらい、居るんだろ?おまえ、大学の時から結構モテてたじゃないか」
だがそれも、肩を壊す前までの話だった。
「今は居ないよ」
素っ気無く、梶はそう言った。
「そうなのか?まあ、いいけど…。おまえが犯りたきゃ、犯らしてやる。その代わり、社内で俺を助けてくれよ」
「助けるって?」
その時初めて、小野瀬が木田専務に受けているセクハラは社内でも行われているのだと知った。
朝一で専務室に呼ばれ、今日のように悪戯されたり、ローターを埋め込まれたりしていたのだという。スーツの下に拘束着を着せられた事もあるらしかった。
そうして火照らされた身体を梶に鎮めて欲しいと小野瀬は言った。
「つまり、社内でもおまえとセックスしろって?」
「嫌か?」
「いいや。いいよ、幾らでも協力してやるさ」
だが、そうまでして、どうして専務の言うなりになるのだ、と梶は訊きたかった。
しかし、どうせ返ってくる答えはさっきと変わらないだろう。これ以上の弱みを、この男が自分に見せる訳などない。
そう思って、結局梶は何も訊かなかった。