社内恋愛


-3-

だが、やはり今日も津村は宅間のマンションへ来なかった。
宅間は時計を見てフッと笑うと、出掛ける支度をして部屋を出た。
途中で花束と果物を買い、宅間が向かったのは津村のマンションだった。


チャイムに応え、玄関を開けて、そこに立っている宅間を見た瞬間、津村は顔色を変えた。
「た、宅間…」
「津村さん、具合はどうですか?」
如何にも心配そうな顔で宅間は言った。
「も、もう…、な、なんとも…」
消え入りそうな声で答えた津村の後ろに彼の妻が現れた。
披露宴の時に会ったきりだし、宅間を覚えている様子はなかったが、夫の同僚だと言うことは分かったのだろう。丁寧に挨拶をした。
「奥さん、ご病気だと伺ったんですが、もう大丈夫なんですか?」
自分の病気を心配してわざわざ来てくれたのだと知り、妻は感激したようだった。見惚れるほどの男前から花束を貰い、夫の前だというのに憚りもせずに頬を染めている。
「い、いえ、ちょっと風邪気味だっただけで、もう大丈夫なんですよ」
「そうですか。それは良かった。今日は津村さんも会社で具合が悪くなったんで、もしかして、お2人で寝込んでいるのではないかと思って、お節介とは思ったんですが来てみたんです」
宅間の話を聞くと、妻は驚いて夫を見た。
「まあ、あなた、具合が悪くなったなんて言わなかったじゃない」
「い、いや、そんな大した事は…」
「奥さんを心配させないようにと思ったんでしょう。ね?津村さん」
「う、うん…」
夜分だからと遠慮する宅間を、妻はどうしてもと言って中へ上げた。
急だから何も無いと言いながら、寿司などを取ってもてなしてくれ、宅間も遠慮なく馳走になった。
宅間と津村が同じ大学だと知ると、妻はその頃の話を聞きたがり、気付くと結構な時間になっていた。
「あ、いかん。終電が…」
時計を見て宅間が焦ると、妻は泊まっていくように勧めた。
「いや、しかし、新婚家庭に泊まるだなんて無粋過ぎますよ。タクシーを拾って帰りますから」
宅間は遠慮したが、妻はどうしてもと言って利かなかった。
「いいんですか?津村さん…」
心配そうに宅間が聞くと、津村は少々蒼褪めた顔で頷いた。
「う、うん。どうぞ…。遠慮しないで…」
「じゃあ、そうさせて貰います。ありがとう」
にっと笑って宅間はそう言ったが、津村の顔は強張ったままだった。
風呂を勧められて先に入り、出て来ると和室に布団が敷かれていた。
「後で、少し寝酒を貰えませんか?習慣になってるので、呑まないと眠れなくて…」
宅間がそう言うと、津村は黙って頷いた。
居間にあった雑誌を借り、宅間が部屋で横になってそれを読んでいると、やがて盆の上にウィスキーの瓶とグラスを載せた津村が部屋に現れた。
「奥さんは?」
「もう…、寝た」
枕元に盆を置き、津村は瓶を掴むと氷の入ったグラスに酒を注いだ。
手が震えているらしく、グラスと瓶の口が当ってガチガチと音を立てた。
宅間はそれを見て、口元に笑みを浮かべた。
「何をそんなに怖がってるんです?」
 宅間が訊くと、津村は注ぎ終わったグラスを彼に差し出した。
「い、家にまで来るなんて、酷い…」
「酷い?どっちが?」
言いながらグラスを受け取り、宅間は津村をじっと見た。
「ずっと待ってたんですよ。なのに来てくれなかった…。だから俺が来たんです」
「そんな…っ」
膝の上でギュッと握られた津村の手を、宅間は手を伸ばして握った。
「こっちへ来なさいよ。キスしてあげます」
「そ…ッ」
「ほら…」
引こうとした津村の手を宅間はギュッと握って掴まえた。
津村はもう逃げなかった。
怯えた顔で背後を振り返り、だが結局、宅間の言う通り彼の腕の中へ入ってしまった。
にやりと笑って酒を含み、宅間は津村に口付けると、彼の口中へ酒を注いだ。
「ん…」
眉根に皺を寄せ、微かに呻くと、津村はそれを飲み込んだ。
酒のグラスを盆の上に戻し、宅間は空いた手で津村のパジャマのボタンを外した。
さっきの躊躇いを忘れたかのように、津村は両腕を宅間の首に回した。
現れた乳首は、もうすでに勃起していた。
それを弄られ、キスで塞がれた唇から津村は甘い吐息を漏らした。
そのまま津村を布団の上に押し倒し、宅間は彼の下半身から着ているものを剥ぎ取った。
そして、その状態を見てクスッと笑った。
「おや?まだ薬が切れてなかったです?それとも、奥さんの居る屋根の下で抱かれることに興奮してるんですか?」
クスクスと宅間が笑うと、津村は真っ赤に染めた顔を背けた。
「灯り…、消して」
「駄目です」
両膝で津村の太腿を押し、大きく広げさせると、宅間は彼の腹を撫で上げてツンと立ち上がった乳首を摘んだ。
「何時もみたいに大声で啼くといい。奥さんが驚いて覗きに来るぐらいね」
愉しげにそう言うと、宅間は指先でそれを転がし始めた。
「んくぅっ…んっ……くぅぅん…」
唇を噛み、津村が必死で声を堪える。だが、その努力がいつまで続くとも思えなかった。
ビクビクと身体を震わせて悶える津村を上から眺め、宅間は何度も唇を舐めた。
思った通り、津村は抱かれる事を拒まなかった。
それは、宅間の脅しが怖いからではない。
津村は自ら、宅間がここへ来るように仕向けたのだ。
2日続けて言いつけを破れば、きっと宅間は業を煮やしてここへ来るだろう。津村はそう思ったに違いない。
そして宅間は、知っていながらそれに乗ったのだ。
面白い玩具を手に入れたと思った。
そして、手に入れた玩具を逃がすまいとした。
だが、捕まえたと思っていた宅間が、実は自分が捕まえられたのだと知ったのだ。



それは、たまたま部長と一緒に接待の席に出た帰りだった。
タクシーの中で気まず気に黙りこんでいた部長が、突然苦笑しながら言った。
「津村君は元気かね?」
「ええ。お元気ですが…?」
その意味を図りかねて宅間が言うと、部長は目を逸らして窓の方を向きながらボソリと言った。
「まさか…、あんな手切れ金を要求されるとはな…」
宅間はそれを訊き返したりしなかった。
それ程馬鹿でも、察しが悪くも無い。
部長がどういう意図でそれを漏らしたのかは知らないが、その言葉で宅間には全てが分かったのだ。
全ては津村の作戦だった。
自分に興味を持たせる為の博打だったに違いない。
そして、宅間はまんまとそれに嵌ったのだ。


最初は愕然とした。
だが、次には面白くなった。
騙されたことへの憤りより、津村という人間の二面性が宅間には魅力的に思えたのだ。
そうなると、突然結婚したことも意味が違って見えた。
宅間から逃げようとしたのではなく、津村は自分に飽きてきた宅間の興味を引き戻そうとしたに違いなかった。
(面白い……)
宅間は自分の胸が躍るのが分かった。
そして、自分が、途轍もなく面白いゲームの中に居るような気がした。


ジェルで濡らした指をそこに差込み、緩々と弄ってやると津村はすぐに屈した。
声を堪え切れなくなって、パジャマの裾を口に入れて噛む。
だが、甘く蕩けるような声を鼻から漏らし続けている。

なんという淫らな生き物だろう。

それを上から眺めながら、宅間は思った。
己の魂が欲しがる淫楽を得る為には手段を選ばない。
淫らで、そして魅力的な生き物だと思った。
騙された振りをして、宅間は彼とのゲームを愉しんでいる。
手放すつもりなどない。
こんなに愉しませてくれる相手は何処を探したって見つからない筈だった。
蕾を押し広げながら、時折宅間の指がポイントを押した。
「ぅんっ」
 その度にビクッと震え、津村は先走りを飛ばしては喘いだ。
「このまま指で達きますか?」
訊くと、パジャマの裾を口から離して津村が首を振った。
「いやッ…」
それを見て、宅間はクスッと笑った。
「欲しいならおねだりしなさい。教えたでしょう?」
そう言って宅間が指を抜くと、津村は起き上がって体勢を変えた。
うつ伏せになると宅間の前に尻を掲げ、双丘を掴んで広げた。
「お願い…、もう、挿れて下さい…」
恥ずかしげにそう言った津村を眺め、宅間は彼が待っている言葉を言ってやった。
「こんな所を奥さんに見られたらどうするんです?いっそ、呼んで来て見てもらいましょうか?」
「ううんッ…」
嫌々をして顔を伏せたが、津村の股間から露が滴るのを宅間は見逃さなかった。
自分のマンションでするより、津村は明らかに興奮している。
そして、今日のこの遊びを宅間も十分に愉しんでいた。
「嫌なら、もう止めましょうか?後は奥さんにしてもらうといい」
意地悪く宅間が言うと、津村は振り返って潤んだ目を向けた。
「いや…、宅間……。宅間の…欲しい……」
その顔を見てゾクンと震える。
そんな自分が、津村の思惑通りに囚われている事を、宅間は口惜しいとは思わなかった。