イヌ・2


-3-

こんな夜分に誰だろう。
まさか、父か母が鍵を持たずに家を出たのだろうか。
そう思って、夏樹は立ち上がると、階下に降りて行った。
「どなたですか?」
玄関のドアの前に立って、向こう側にいる人物に声を掛けるとすぐに返事が聞こえた。
「夏樹、俺だよ。力丸」
「リッリキッ?」
夏樹は驚いて、急いで鍵を外すとドアを開けた。
「どうしたのッ?」
そう叫んだのは、夏樹よりも隆哉の方が早かった。
「え…?」
「その頭。夏樹…?」
「あ……」
夏樹は思い出して自分の頭に手をやると、カーッと頬に血を上らせた。
見事に丸坊主になっていた夏樹の頭から目を離さず、隆哉は驚きに目を見開いたままで息を呑んだ。
「あ、暑かったから…。夏の間だけ、短い方がいいと思って」
夏樹は俯いたまま、モゴモゴとした不明瞭な声で答えた。
本当は、サラサラな髪になりたくて理容室へ行ったのだ。だが、縮毛矯正のパーマは夏樹の小遣いでどうにかなる金額ではなかった。
帰ろうかどうしようか迷ったが、少々自棄になっていた所為もあって、思わず”坊主にしてくれ”と言ってしまったのだ。
まさか、今夜、隆哉が来るなんて思わなかった。
それでなくても見っとも無い自分が嫌で堪らないのに、こんな姿を彼に見られるなんて、消えてしまいたいと夏樹は思った。
「合宿…、抜け出していいのかよ」
まだ俯いたままで夏樹が言うと、隆哉の手が伸びて来てその肩を掴んだ。
「そりゃ、拙いけどね。でも夜は結構行方不明の奴がいるから。点呼までに戻れば大丈夫だよ」
「なにしにッ…」
訊こうとすると、頭の天辺にチュッと唇が落ちて来て、夏樹は思わず言葉を飲み込んだ。
「可愛い。夏樹、坊主頭も可愛いよ」
嬉しそうにそう言い、隆哉はまた夏樹の頭に唇を押し付けた。
「なっ、なに言って……」
カーッとまた夏樹の頬に血が上った。
可愛い訳がない。
仕上がって鏡を見た時、自分でさえその滑稽さに笑いそうになったのだ。
慰めなんて要らないと、振り払おうとすると、隆哉の腕がギュッと夏樹の体を抱き込んだ。
「昼間、ちょっと顔見たのがいけなかった。もう、会いたくて、会いたくて…」
「リキ……」
隆哉がわざわざ抜け出してまで会いに来てくれたのに、何故か素直に喜ぶ事が出来ない。その理由を捻くれて考えてしまう。
夏樹は、彼の身体に腕を回しながら言った。
「エッチ…、したいのか?」
「え…?そりゃ、夏樹がいいならしたいけど…」
隆哉の答えに夏樹は悲しげな顔になった。
だが、彼の胸に頬を押し付けていたので、隆哉には見えなかっただろう。
「いいよ。しよ?」
身体を離すと、夏樹はそう言って隆哉の手を引いた。
手を繋いだまま2階の自室に入り、夏樹はベッドに上がるとすぐに隆哉の方へ腕を差し伸べた。
(リキ……)
わざわざ会いに来てくれたのに、あんなに優しく抱きしめてもらったのに、会いたかったと言ってくれたのに、それでも不安で堪らない。
夏樹は泣きそうになりながら、近付いて来た隆哉の身体にしがみ付いた。
「どうした?寂しかった?」
訊かれてすぐ、夏樹は首を振った。
「違うッ…」
今にも涙が零れそうなくせに、夏樹はまだ強情を張ってそう言った。
「そっか…。じゃあ、寂しかったのは俺だけなんだね」
ツキンと、その言葉が夏樹の胸に突き刺さった。
「リキィッ…」
とうとう、わぁっと声を上げて夏樹は隆哉にしがみ付いて泣き出した。
「バカバカバカッ…。寂しかったに決まってんだろッ?だから昼間、会いに行ったんだッ。いつもいつも、リキのことばっか考えてたんだからッ。会いたかったんだからッ」
もう、強情を張るのはやめようと夏樹は思った。
隆哉が、こんなにも自分を想ってくれているのに、それを信じないで1人で悩むなんて馬鹿だ。素直にさえなれば、なにも不安がる必要なんてないのだ。
こうしていつも、隆哉は自分の傍にいてくれるのだから。
「夏樹ッ…」
ギュッと隆哉の腕に力が篭り、夏樹は泣くのをやめた。
「早く、チューしてよ…」
「ん……」
まだ涙のいっぱい溜まった瞳で夏樹が見上げると、隆哉は笑って頷いた。
はぁっと、熱い吐息と共に、隆哉の唇が夏樹の唇を覆った。
夏樹が待ちきれずに唇を開くと、一旦離れた唇が、今度は夏樹の上唇を咥えた。
「んっ…」
少し尖って突き出たそこを、ちゅ、ちゅ、と隆哉が吸う。
そうされるとくすぐったくて、夏樹はいつももじもじと身体を動かした。
ぞわぞわと、熱が下から背筋を這い上がって来る。唇だけでなく舌も吸って欲しくて、夏樹は隆哉の唇を盛んに舐めた。
「可愛い、夏樹。乳首がもう、こんなに硬いよ」
タンクトップの上から指で擦られて、夏樹はゾクンと震えた。
隆哉の手がタンクトップの裾を掴み、胸の上まで捲くり上げた。
隆哉の言う通り、夏樹の小さな乳首は何かを期待するかのようにツンと勃起していた。
「やんっ…ん」
両方を指で転がされ、夏樹は真っ赤になって目を逸らしながら甘い声を上げた。
ここを触られるのが、そして、触られて感じてしまうのが酷く恥ずかしかった。
隆哉に抱かれるようになるまで、勿論自分では弄った事などなかったし、そこがそんなに敏感だなんて知りもしなかったのだ。
「ふぁ…ッ」
キュッと乳暈ごと摘まれ、盛り上がった部分に隆哉の舌が降りた。 片方もまた、もう一方の指がクリクリと転がしている。
「あー……あーッ」
恥ずかしかったが、声は止まらなかった。
カリッと歯を立てられて、ビクッと震えながら息を止めると、夏樹は先走りで下着を濡らしてしまった。
「リキィ…」
正気だったら恥ずかしくて死にたくなるような甘えた声で、夏樹は隆哉を呼んだ。
「うん、待って…」
隆哉は頷くと、夏樹の短パンと下着を脱がせた。
そして、枕元の抽斗からクリームの瓶を取り出すと、中味を少し指に取って夏樹の背後に回した。
「夏樹、脚を抱えて」
言われて、夏樹は素直に両脚を腕で抱えた。
ぬるぬると、隆哉の指が入り口を解し、やがてゆっくりと入って来た。
「ぅ……あんっ」
少し喘ぎ、夏樹はまた隆哉から目を逸らした。
堪えようとしても自然に息が上がる。胸を上下させ、夏樹は声を堪える為に唇を噛んだ。
最初は異物感しかなかったそこが、今では隆哉に弄られると堪らなく感じてしまう。
早く隆哉と繋がりたくて、無意識に身体が準備を始めるのが分かった。
クリームの所為で、隆哉が指を動かす度にくちゅくちゅと音が聞こえる。それが酷く卑猥に感じ、そしてまた、夏樹を煽った。
「気持ちいい?夏樹…」
ぬるん、と股間を擦られ、夏樹はビクッとして目を開いた。
後ろを弄られただけで、勃起したそれから露を滴らせていたらしい。
カーッとまた、恥ずかしさに夏樹の顔が朱に染まった。
「もう、いいかな?」
隆哉の言葉に夏樹は頷いた。
これ以上焦らされたら、きっと自分からねだってしまっただろう。
隆哉は指を抜くと、怒張した自分自身を掴んで夏樹のそこに宛がった。
「ぅ…くぅぅ……、あーあ…、あーッ」
痛みと圧迫感。 だが、それを凌駕する快感に夏樹は声を上げた。
ゆっくりと自分の中を進み、奥まで深く突き刺さる。
興奮で信じられないほど熱くなった身体が、今にもそこから溶け出しそうだった。
「夏樹、苦しくない?」
優しく訊かれて夏樹は首を振った。
すると、隆哉は自分の膝を抱えていた夏樹の両手を取り、それを彼の頭上で押さえるようにして圧し掛かった。
「動くよ?」
「ん…」
再び夏樹が頷くと、隆哉はゆっくりと腰を使い始めた。
「あふっ……あぁ…あん…っあっ…」
隆哉の速度が上がってくると、夏樹も迸るように声を上げ始めた。
刺激される事によって、確かに快感が生まれる。 だが、それよりも隆哉が自分の中に入っているのだという思いが夏樹を興奮させ、そして熱と快感を齎すのだ。
「リキィ……俺だけ?俺だけ?」
喘ぐ合間に、夏樹はまた隆哉に訊いた。
「そうだよ。夏樹だけだ…」
何時もと同じ隆哉の答えに、夏樹はホッとして頷いた。
「ああッ…」
隆哉がポイントを的確に擦り上げ、夏樹は仰け反って声を上げた。
「あんッ…ヤァッ……イクッ、触って…ねえ、擦ってよぉッ…」
射精したくて、身体の奥が泡立ち始めているのが分かった。
だが、後ろだけでは燻っているだけで昇りつめるのは難しい。夏樹は早く楽になりたくて、腰を突き上げてねだった。
だが、隆哉は押さえつけていた夏樹の手を離そうとはしなかった。
「もう少し…、我慢して?」
言いながら、夏樹の中ではポイントを執拗に擦っている。
夏樹はもう、我慢出来ずに泣き始めた。
「いやぁッ、イキたいぃ…イキたいよぉッ」


グッ、グッ、と擦られる度、ブルッ、ブルッと夏樹は痙攣するように震えた。
段々、目の前がチカチカしてきて、訳の分からない何かが体の奥から溶け出していった。
泡立っていたのもが、一点を目指して昇り始める。
「ああ……ああ…あっ…」
ククンッと身体に力が入ったかと思うと、夏樹はとろりとそこから射精した。
「夏樹…」
少々感動したような声で隆哉が夏樹を呼んだ。
「ふぁッ…」
まだ萎えずにいたそこを掴まれ、夏樹はまたビクッと跳ね上がった。
「凄い…夏樹…」
「いやっ、あうっ……あっ、あっ、あっ……」
扱かれながら、尚、中も擦られて、夏樹は何度も身体を震わせると、今度は勢い良く自分の腹の上に迸らせた。
最後はもう、訳が分からなかった。
自分が泣きじゃくっているのにも、その癖、自ら脚を抱えて腰を揺らしているのにも気付いていなかった。


行為が終わった後で、呆けたようになってただ横たわっていた夏樹を、隆哉は抱えてバスルームまで運んでくれた。
「1人で平気?」
訊かれて、夏樹はぼんやりと頷いた。
隆哉が出て行ってしまうと、崩れるようにバスチェアーに腰を下ろし、夏樹は前にあった鏡の中の自分をぼうっと眺めた。
隆哉に噛まれた乳首や、激しく擦られた部分がまだ熱を持ってはばったい。
それに気付くと、胸の中がくすぐったいような切ないような不思議な気分になった。
「俺、後ろだけでイッちゃった……」
ボソリと呟くと、鏡の中の顔がカーッと真っ赤に染まった。

恥ずかしい。

一体、隆哉の前で自分はどんな醜態を晒したのだろうか。
何を口走ったのか、どれほど乱れたのか、良く覚えていなかった。
「リキ、呆れなかったかな…」
また呟くと、夏樹はボディタオルを取ってそれにソープをつけた。
身体を洗い、さっぱりして出てくると、隆哉がシーツを抱えて入って来た。
「あ、出た?シーツ替えといたから、洗濯しちゃうよ」
「い、いいよっ、そんな…」
「けど、随分汚しちゃったし」
言いながら、隆哉の頬が少し赤くなった。
それを見て、夏樹もまた赤くなった。
隆哉はすぐに洗濯機にシーツを入れ、洗剤を入れるとスイッチを入れた。
そして、身体を拭いた夏樹をまた腕に抱え上げようとした。
「い、いいよっ。もう歩けるからッ」
「けど…」
「いいから。リキもシャワー浴びなよ」
「うん。じゃあ…」
隆哉が頷くと、夏樹は身体にバスタオルを巻いたままで出て行った。
部屋に戻ると、シーツが取り替えられたベッドは、きちんとメイクしてあった。夏樹はクスッと笑ってその上に座ると、バスタオルを外して服を着始めた。
いつも、夏樹の為なら、隆哉は何でもしてくれる。
忠犬などとクラスメートからからかわれても、ちっとも気にする様子も無い。
そんな隆哉を、何故素直に信じられなかったのだろう。
「エッチの時は狼だけど…」
だが、そんな隆哉も好きで堪らないのだ。
「きっとアイツ、ゲテモノ趣味なんだ」
ちっとも綺麗じゃない。それどころか、人よりも劣る部分ばかりが目に付く。 こんな自分を、好きだと、可愛いと言ってくれる隆哉を、夏樹はそう決めつけた。
そう考えてしまえば、心が軽くなるように思えたのだ。
綺麗な人間を好きな人ばかりじゃない。きっと、こんな自分でも、隆哉には好みなのかも知れない。
夏樹はそう思って自分を励ました。
その方が、隆哉を信じずにいるよりずっといい筈だ。
隆哉がシャワーから出て部屋に戻って来ると、無性に甘えたくなり、夏樹はその首に腕を回して言った。
「明日も来てよ、リキ…」
「えっ?いや、さすがに連日は無理だよ」
困った顔になった隆哉を見上げ、夏樹は少し膨れて見せた。
「ちぇ。じゃあ、合宿終わったらすぐに来て?」
「うん、分かった。学校から真っ直ぐ来るよ」
「それから、映画に行きたい。あと海も。それからさ…」
夏樹の要求に、隆哉はいつも通り笑って頷いてくれる。
胸が熱くなって、夏樹は少し目を潤ませた。
「エッチもいっぱいしたい……」
「夏樹…」
ちょっと驚いた様子で、隆哉の目が大きくなった。
今まで、夏樹は受けるばかりで自分からしたいと言った事がなかったのだ。
「だって…、リキの所為で、俺の身体、変になったんだからなッ」
ギュッとしがみ付き、夏樹は隆哉の肩に押し付けて真っ赤になった顔を隠した。
「俺だけだって言って…?」
隆哉の腕が背中に回され、夏樹の身体をギュッと抱きしめた。
「うん、夏樹だけだよ」
言葉と一緒に、隆哉の熱い息が夏樹の耳を擽った。
それだけでうっとりして、そして夏樹は、まだ体の奥で燻っていた熱が大きくなっていくのを感じた。
「残りの夏休みは、ずっと一緒にいような?」
「うん…」
頷くと、また夏樹は隆哉の肩に頬を押し付けた。
そして、もうすぐ帰らなければならない隆哉との、残された僅かな時間を出来る限り引き伸ばしたいと、そればかりを考えていた。