イヌー市川と吉岡の場合ー
薄暗い、そして黴臭い倉庫の隅の方からその音は聞こえて来た。
微かな、水音のようなもの。
そして、それよりも大きな人の息遣い。
それが段々に激しくなり、やがて少年の咎めるような声が上がった。
「嫌だッ…」
「夏樹…ッ」
揉み合うような音の後で、ドサッと重い物が落ちるような音と、同時に低い呻き声が上がる。
「やっ…。学校では嫌だってッ、リキッ」
埃っぽいマットの上に押さえ付けられて、小さな身体が必死にもがいている。だが、悲しい程にその抵抗は無駄に終わっていた。
「いやぁ…」
頭の上に伸ばさせられた両腕を易々と押さえつけられ、夏樹はうつ伏せのままズボンと下着を剥ぎ取られてしまった。
そして、隆哉の膝が腿の間に入り込み無理やり押し開く。
「あっ…」
夏樹の裸の膝が、硬くざらついたマットに擦れてズシュッと音を立てた。
「嫌だよッ、ここじゃ嫌……、リキ…、止めてよッ」
声を殺しながらも必死で訴える夏樹だったが、隆哉の力は緩められることは無かった。
「でも、今日は帰りに用があって、夏樹の家に行けないんだ」
「だったら、明日でもいいだろッ。こんなとこで嫌だよッ、離してよぉッ…」
「ごめん…、我慢出来ない」
切羽詰った声でそう言うなり、すぐに隆哉の濡らした指が夏樹の双丘を割って無理やり入り込もうとした。
「うぐぅ」
夏樹が呻いて首を振ると、今にも零れ落ちそうだった涙が頬を伝っていった。
だが、そんな夏樹に構わず隆哉の指が容赦なく動いて、濡れた卑猥な音を立て始めた。
無理やり押し広げられて痛いのか、ビクッ、ビクッと夏樹の背筋が震えるのが分かった。
「いや、リキィ……ぅうくぅ…」
「夏樹…」
泣き止まない夏樹を慰めるように隆哉は何度も頬や髪にキスを落としたが、夏樹の身体を解す手は止めようとはしなかった。
「学校でするの嫌だって…ッ、やだよぉ…」
子供のようにしゃくり上げながら夏樹は言ったが、隆哉は捕まえた腕を緩めなかった。
「ごめん、でも俺…」
上ずった声でそう言うと、隆哉は片手で袴の紐を解いた。
そして、夏樹の後ろに猛ったものが押し当てられる。
ビクンッ、と大きく夏樹の身体が震えるのが分かった。
「いッ…、いた…痛いぃ」
言いながら、夏樹が更にしゃくり上げる。
隆哉は押さえつけていた夏樹の手首を離すと彼の頭を撫でるようにして言った。
「もっと、力抜いて?」
「いや…」
「夏樹…」
隆哉は更に両膝を夏樹の腿の間に押し込むと、無理やりに身体を開かせるようにしてグッと腰を突き出した。
「いうッ…イッ……痛いッ」
「夏樹、頼むから」
「いやぁ、いやだっ…」
「夏樹…、夏樹…」
両手で夏樹の太腿を掴み、隆哉はそれを持ち上げるようにして身体を押し付けた。
夏樹の下半身が持ち上げられるような形になり、頬がギュッとマットに押し付けられた。
「ああっ…、リキの馬鹿ぁッ」
圧倒的な力の差に、夏樹は悔しげに叫んだ。
だが、そう言いながらも諦めて要求通りに力を抜いたらしく、ゆっくりと隆哉自身がその中へと沈んでいった。
「うくぅっ……、ふぅ…ぅう…」
苦しげに呻き、夏樹は更に涙を零した。
身体が辛いだけではなく、多分、言いなりにさせられていることが悔しくもあったのだろう。ポロポロと頬を伝う涙が途切れる事は無かった。
そして、余程、苦しいのだろう。
隆哉が腰を使い始めると、胸の下に縮込めた両手がギュッと握られ身体が強張るのが分かった。
だが、行為自体には身体が慣れているのか、やがて痛みに呻いていた夏樹も上げる声が甘く変わっていった。
「ふぅぅ…ッ……んっ…んっ…く……んッ」
「夏樹、いい…?気持ちいい…?」
荒く短い息を吐く合間に、隆哉が訊いた。
コクコクと夏樹が頷く。
制服の袖を噛んで堪えようとしていたが、それでも喉を突いて出る喘ぎが鼻から甘く抜けてしまうようだった。
隆哉の大きな手に掴まれて、グイグイと激しく揺すられている小さな身体が柔らかく撓る。
やがて小刻みに首を振り始めると夏樹は堪え切れずに噛んでいた袖を離した。
「も……でちゃ…、リキィ……でちゃうぅ……」
息が上がって殆ど言葉は聞こえなかった。
だが、隆哉には通じたらしく、腰を掴んでいた手が傍に置いたタオルを掴み夏樹の前に回った。
「いいよ。俺の手に…」
言うのと同時に、夏樹の身体がブルンと震えるのが分かった。
「あんっ……、あっ…はぁ」
声を漏らし、夏樹はくたりと脱力した。
その夏樹の腰を再び掴み隆哉が動きを早めた。
「んく…ぅッ」
すると忽ち、夏樹の身体が強張った。
「もうちょっと…、我慢して…?」
隆哉に囁かれて、夏樹はまたコクコクと頷いた。
達したばかりで苦しそうだったが、それでも夏樹は自分の拳を噛んで隆哉の身体を受け止めていた。
「ふぅ、驚いたなぁ」
跳び箱の陰で、剣道武主将の市川詠慈はやっと息を吐いた。
部室に置いていあった古い竹刀をここへ運び込んだ所に、後輩の力丸隆哉と石橋夏樹が入って来たのだ。
何故2人してこんな所に来たのかと声を掛けようとした矢先、急に2人がキスをし始めて市川は思わず身を隠してしまった。
隆哉が夏樹と仲がいいことは知っていた。
夏樹は良く、部活が終わるまで力丸を待っていて一緒に帰ったりしているし、校内でも隆哉を見かけると大抵その傍には夏樹の姿があった。
夏樹は背の高い隆哉とは対照的で、特別に身体が小さい。2人が一緒に居ると同じ高校1年にはとても見えなかった。
クラスは同じらしかったが、それ以外では余り共通点の見えない2人だったし、美形でカッコいい隆哉の傍に、夏樹が何時もべったりと寄り添うようにしていることを良く思わない女生徒も多いと聞いていた。
勿論、市川は2人がいいなら傍がとやかく言う問題では無いだろうと思っていた。
女子たちのそんな言い分は、早く言えば、自分が夏樹の位置に取って代わりたいが為のやっかみだと分かっていたからだ。
夏樹が彼女たちと同じ気持ちで隆哉の傍にいる訳ではなし、見当違いな嫉妬だと、そう思っていたのだが。それがまさか、見当違いではなかったとは驚きだった。
2人がこんな事をする様な関係だとは思いも寄らなかったのだ。
「しかし、リキのヤツ、あんなに泣いて嫌がってるのに、可哀想に…」
大体、市川の知る隆哉は優しい思いやりのある男だった。
それなのに、さっきは嫌がる夏樹に対して隆哉は少しも容赦しなかった。自分の欲望を果たすのが先で相手の事など顧みないように市川には見えた。
兎に角、あんな強引な隆哉を市川は見たことが無かったのだ。
それに、小さくて、色が黒く、まるで子猿のようだと思っていた夏樹が、今日はやけに艶っぽく、そして可愛く見えた。
泣いて嫌がる姿も、確かに隆哉が興奮するのも分かるような姿態だったのだ。
多分、抵抗される事で尚更昂ぶってしまったのではないだろうか。
身体が小さいだけあって、夏樹は腰も尻も小さい。
それなのに、隆哉の大きな一物をそこへ受け入れるのは気の毒にさえ見えたが、最後はその腰を懸命に揺すって隆哉に応える様子は、酷く健気で、そしてエロティックでもあった。
そして、半分泣きながら喘ぐ声にもゾクゾクした。
盗み見ながら、ゴクッと自分の喉が鳴るのを感じ、市川は思わず口を手で押さえたほどだった。
しかし、事が終わった後は形勢が逆転して、怒る夏樹を隆哉が懸命に宥め始めたのは可笑しかった。
それを見て、市川にも2人の関係がなんとなく分かったような気がした。
多分、大方の人間がそう思っているのとは逆で、夏樹が隆哉にくっ付いているのではなく、隆哉の方が夏樹にぞっこんで傍を離れないのだろう。
だからこそ、さっきのように、隆哉は行為が始まると余裕を無くしてしまうのかも知れなかった。
「けど、そうか。だからリキは驚かなかったんだな…」
実は、市川が恋をしている相手も同性だった。
同じ剣道部でやはり3年の副主将、吉岡潤也。市川は彼にもう3年近く片思いをしていたのだ。
それを知っているのは、剣道部の中でも隆哉だけだったが、その事実を知っても隆哉は大して驚く様子を見せなかったのだ。
初めて吉岡を見た時の衝撃を、市川は今も忘れてはいなかった。
剣道部の部室に入部を申請に行くと、そこには先客がいた。 それが、吉岡だったのだが、市川は最初、女子が部室を間違ったのかと思ったほどだった。だが、すぐに制服が男子のものだと気付いた。
そして、驚くほど綺麗ではあったが吉岡が男だという事もすぐに分かった。
“美少年”というのは、こういう人間を言うのだと、市川はその時初めて分かったような気がした。
そして、入部後、初めての稽古の時に市川はまた度肝を抜かれた。
小学校の低学年から剣道の道場に通い腕前には自信のあった市川だったが、自分の肩ほどの背丈も無い、しかも軟弱そうに見えた吉岡の実力はそんな市川にも引けを取らないものだったのだ。
「強いなぁ、吉岡」
素直に感心して市川が言うと、吉岡はグッと眉を上げて下から市川を見上げた。
「小さいと思って馬鹿にしてたんだろ?」
「そんなことないよ。体の大きさなんかで判断したりしない」
市川が慌てて言うと、今度はにやりと笑った。
「じゃあ、顔に似合わずと思ったろ?」
カーッと頬に血を上らせた市川を見て、吉岡はプッと吹き出した。
「正直だなぁ、市川って。気に入ったよ」
それから、2人は急速に仲良くなった。
吉岡が叔父さんの道場で子供の頃から稽古していたことも知った。
家の方向は正反対だったが、市川は時々、学校帰りにその道場へ行って、部活の他にも吉岡と2人で稽古をすることもあった。
その内に、市川は自分が吉岡に恋をしている事に気付いた。
夜、自分で身体を慰める時、いつも使っていたエロ本などを余り見なくなった。その代わり、頭の中に吉岡の姿態が浮かぶようになったのだ。
その頻度が段々に激しくなり、やがて、市川の相手は完全に吉岡になってしまった。
そうなると、学校で吉岡と接していても、時折、夜の妄想が頭を過ぎるようになった。
部室で着替えたりしていると、見てはいけないと思うほどに吉岡の身体が気になって堪らなかった。
1度も見た事は無いが、下着の中の隠された部分も見たい。
部活の後の、汗に塗れた吉岡の傍へ寄ると、その匂いが鼻について忘れられず、そんな夜は身体が火照って眠れなかった。
夏の合宿の時、吉岡が皆と一緒に風呂に入るのが耐えられなくて、何とか阻止しなければと必死で頭を巡らせたりもした。
見られたくない。
自分以外のどんな男にも、吉岡の裸を見せたくなかった。
だが、厚い胴着を来て防具をつける剣道部員は、それで無くても汗だくになるのだ。まさか、風呂に入るなとは言えない。
苛々と、何かいい案は無いかと頭を捻っては見たが、思い浮かばなかった。
だが、当の吉岡は混雑する風呂場を避け、ちゃっかりと体育館に隣接したシャワールームで汗を流して澄ましていた。
「芋洗いの風呂になんか、入る気にならないよ。夏だから、別に湯船につかる必要も無いし、シャワーで十分だろ?」
そう言って笑っていたが、もしかすると吉岡の方でも、皆に肌を見られるのが嫌だったのかも知れないと、後になって市川は思った。
吉岡の飛び抜けた美貌を見れば、首から下はどうなっているのかと興味を持つ輩も少なくない。それでなくても、部室で着替える時、吉岡の身体を盗み見るようにしている部員もチラホラあったのだ。
多分、そんな事は吉岡にとって、珍しいことではなかったのかも知れない。だから、自然に自分の身を人目から隠すようにする癖がついてしまったのではないだろうか。
そんな吉岡を、市川は気の毒に思った。
自分こそ、他の誰よりも吉岡の身体に興味があったし、邪な思いを抱いているのも事実だった。
だが、その反面、綺麗過ぎる容姿の所為で堂々と風呂に入ることさえ出来ない吉岡が可哀想だと思った。
俺が、守ってやりたい。
そんな想いに強く囚われ、益々彼を見るのが切なくなった。
そして、そんな悶々とする毎日の中で、市川は自分の想いを吉岡に告げる勇気を出せずにいた。
自分を親友として信頼し切っている吉岡を、それではまるで、裏切るようなものだと思えたからだ。
本心を言えないまま、諦めようとして、2年になってからは、告白されて女の子と付き合ったりもした。
だが、やはり長続きせず、その後も何人かと付き合ったが、上手くいかなかった。
「案外移り気なんだな、市川って…」
意外そうに、そして、少々呆れたように吉岡に眉を顰められ、市川は苦笑するしかなかった。
そして、誰と付き合おうとも満たされはしないのだと、結局は思い知らされただけだった。
市川が自分の想いを隆哉に知られてしまったのは偶然だった。
吉岡にはごくたまにだが、同性からのラブレターが舞い込む事があった。
市川も知っていたし、吉岡の方でも隠す気も無いらしく、下駄箱やロッカーに放り込まれていたそれを、苦笑混じりに市川の前で鞄に仕舞った。
「そういう手紙って、ちゃんと読んでるのか?」
気になって堪らず、市川は手紙を鞄に入れている吉岡に訊いた。
「ああ、まあ…。一応は目を通すけどな」
「返事とかは?」
今迄に吉岡が誰かと付き合った事はない筈だった。だが、だからと言ってこれからも誰とも付き合わないとは限らない。
もしかしたら、手紙を寄越した中で気に入る相手が出てくるかも知れない。
市川は気が気ではなかった。
「しないよ。手紙も読んだら全部棄ててる」
「そうか…」
それを聞いて市川は少し安心した。
だがなんと、返事が返って来ない事に焦れたのだろうか。 選りにも選って、市川にラブレターの仲介を頼んできた奴がいた。
「冗談言うなッ…」
腹立たしげに突き返すと、3年の柔道部員は、またそれを市川に押し付けた。
「頼むよ。渡してくれるだけでいいんだって、な?」
「なんで俺がッ、こんなもの自分で…」
言いながら手紙を押し返そうとすると、相手はパッと拝む姿勢を取り、逃げるように去って行ってしまった。
「おッ、おいッ」
手の中に残された封筒を見て、市川は苦虫を噛み潰したような顔になった。
言いたくても言えない恋心をずっと隠しているというのに、誰が他人の橋渡しなどしてやるものか。
怒りに任せ、市川が封筒を引き千切った時だった。
「あ…」
驚くような声を聞き、ハッとして振り返ると、そこには隆哉が立っていた。
「力丸…」
呆然と顔を見ていると、隆哉は表情を改めてコクッと頷いた。
「あ…、あの、これは…」
引き千切った手紙を所在無く見つめ、市川が言葉を探していると、隆哉が近付いて来てスッと手を差し出した。
「自分が間違って破った事にします」
「え?」
驚いて目を上げると、隆哉はもう1度頷いて、市川の手から手紙を抜き取った。
「主将は知らなかった事に。俺が預かって、間違って破った事にしますから」
「おまえ…」
「誰にも言いませんから」
勿論、市川は隆哉が信頼出来る男だという事を知っていた。
「ありがとう…」
礼を言うと、隆哉はもう1度頷いた。
隆哉に知られてしまってからは、却って少し心が軽くなった。
後輩ではあっても、隆哉はしっかりしていたし、2人きりになると市川は自分の気持ちを少しずつだが打ち明けるようになった。
今まで、誰にも言えず、3年近くも心に秘めていただけに、近頃ではその想いに押し潰されそうな気分になっていた。だから、市川にとって隆哉の存在は救いでもあったのだ。
頼むと、他の部員を撮る振りをして携帯で吉岡の写真を撮り、市川の携帯に送ってくれたりもした。
近頃では、自分の気持ちを告白した方がいいと、隆哉は何度か市川に勧める事があった。
「黙っていても、中々気付いてくれないですよ。俺が見る限り、吉岡先輩は主将の事を特別な存在として見ているような気がします」
そうやって、励ましてくれたりもしたが、市川は踏ん切りをつけられなかった。
それは勿論、嫌われるのが怖かったからだ。
吉岡は自分が同性から性の対象として見られる事を酷く嫌っている。それは、親友である市川が1番良く知っている事なのだ。
それなのに、その自分が吉岡の1番嫌う想いを抱いているのだと知られたら、多分もう、傍には居られなくなるだろう。
(いいんだ、俺は……)
市川はいつの間にか諦めている自分に気付いていた。
恋人になれなくてもいい。吉岡に1番近い存在として、その傍に居る事を撰ぼうと思った。