31.外回り
コンクリートの壁に囲まれた地下駐車場で、森下は目の前の震える背中を見つめていた。
わざわざ車の外に降ろし、ミニバンのハッチバックに手を突かせた。
嫌だとか、止めてくれだとか言いながら、結局佐倉はいつも通り森下の要求に従った。
下半身だけを裸にし、性急にそこを解して交わる。 愛撫など、ただの1度もしてやったことは無かった。
2人の間に愛情など存在しないことは、佐倉だって勿論知っている。 佐倉が自分の仕掛ける行為を少しも喜んでいないことを森下は知っていた。
喜ぶどころか、本当に嫌がっている。
そして、苦痛に感じている。
それなのに、何故、拒まないのだろうか。
こんなにも恥辱に満ちた行為を、結局は要求通りに受け入れる。
(哀れなオッサンだな…)
口元を歪めるようにして皮肉な笑みを浮かべると、森下は佐倉の腰を掴んでゆっくりと挿し引きし始めた。
「く…」
痛いのか、佐倉が苦しげな呻き声を噛み殺した。
「我慢しないで、声出せば?ここだと、良く響いてあんたのエロ声にも艶が増すだろ?」
耳元で馬鹿にするように囁いてやると、佐倉は顔を背けてそっぽを向いた。
今年で46歳。
だが、佐倉は未だに平社員だった。
地味で、確かに余り仕事が出来る方ではなく、営業にも向いていない。
従兄弟だかにあたる専務のお情けでリストラされずにいられるのだと専らの評判だった。
部署を移った森下が、研修の名目で佐倉と一緒に得意先を回る事になったのは3ヶ月前からだった。 だが、なにをやっても器用な森下にとって佐倉が必要だったのは最初の1週間だけだった。
すぐに仕事を覚え、あとは1人でも問題なかった。
だが、それでも森下は佐倉と一緒に営業に出ることを望んだ。
1人では碌な成績も上げられない佐倉だったから、上司も森下のサポートをさせるつもりで彼をそのまま森下に付けてくれた。
行動を共にするようになってすぐ、森下は佐倉を不思議な男だと感じた。
男の癖に、それも中年の癖に、妙に小奇麗な顔をして、そして、その顔に表情が殆ど現れない。
そう、言うなれば人形じみた男だった。
訊けば妻子も無く、マンションに1人暮らしだと言う。
一緒に食事をしても旨そうな顔をする訳でもなく、淡々と食べ物を口に運ぶ。 その様子は、仕方なく食べているだけで、必要なければ何も口にしないのではないかとさえ思わせた。
趣味も無いようだし、会社に来ている以外ではどんな生活をしているのか、生活臭のようなものがまるで感じられなかった。
頭も悪い訳ではなく見栄えもいい。
それなのに成績を上げられないのは、仕事が出来ないのではなく、する気が無いのだろうと森下は思った。
(変人だな…)
最初は、ただ単にそう思っただけだった。
だが、そんな佐倉の秘密を、森下は偶然にも知ってしまった。
朝の会議の後、携帯電話が見当たらなくなった。
仕事で外を出歩く森下にとって携帯電話は必需品だ。
多分、会議室に置き忘れたのだろう。 そう思って取りに行った。
今朝使った小会議室へ近付くと、中で人の声がする。ドアのノブに手を掛けたが、森下はそれを回さずに顔を上げてプレートを確かめた。
だが、そこには「使用中」のプレートは出ていなかった。
眉を寄せ、そっとノブを回すと、森下は片目が入る分だけを開けて、そこから中を覗いた。
居たのは佐倉と、そして彼の従兄弟の沢井専務だった。
(なんだ…?)
2人のおかしな体勢に森下は眉を寄せた。
そして、すぐに佐倉の下半身が剥き出しな事に気付く。
(なにッ?)
テーブルの上に後ろ手を付き、佐倉は苦痛に顔を歪めていた。
片脚を持ち上げられ、その前に立った沢井が激しく腰を揺らしている。
その度に佐倉の中に出入りしているものの存在に気付き、森下は愕然とした。
「幸雄ッ、鍵ッ……誰か来たら…」
苦しそうに顔を歪めたままで佐倉が言った。
「大丈夫だ…」
「嫌だ…、幸…ッ」
2人のしている行為には勿論驚いた。
2人がこういう関係だったことも然りだが、会社の会議室で、しかも40過ぎの男同士が場所もわきまえずに盛っていることが信じられない。
それに、 1人は、あの佐倉なのである。
殆ど表情を変えたことのない佐倉の、こんなにも人間的な顔を見たのは初めてだった。
それは、2人が行っている行為そのものよりも森下にとっては驚きだった。
「ゆき…、鍵ッ」
苦しげに顔を上げた佐倉がドアの方を見た。
だが、森下は目を逸らさなかった。
一瞬、佐倉の目が見開かれた。
だが、すぐに佐倉の顔からは表情が消えていった。
駐車場で、森下は佐倉が出て来るのを待った。
10分もすると、まるで何事も無かったかのようにいつもの顔で佐倉は駐車場に現れた。
「待たせて悪かったな」
「いえ、別に…」
答えると、森下はそのまま車を発車させた。
だが、森下が車を止めたのは得意先の会社ではなく、人気の無い公園の入り口だった。
エンジンを切って片手を伸ばすと森下は佐倉の股間を掴んだ。
「まだ、余韻が残ってる?」
皮肉めいて訊いたが、佐倉の表情に変化は無かった。
(くそッ…)
その態度に何故か腹が立った。
さっき、沢井に抱かれていた時の顔は、別段快感を得ているようには見えなかった。
ただの、痛みに耐えているだけの顔。
だが、それでもその顔にはいつもは無い表情が現れていた。
その、いつもとは違う顔に森下は自分でも異常だと思えるほどに惹き付けられていた。
「俺にもさせてくださいよ」
ギュッと股間を掴んだまま森下は言った。
「ここで?」
呆れたような口調で佐倉は答えた。
だが、森下が性交を要求した事に対して驚く様子はなかった。
(なんで、そんなに澄まして居られる?)
まるで自分の要求も、そして自分自身も取るに足らないと言われているようで、森下は腹立たしくて堪らなかった。
「いいだろ?さっきだって、開けっ放しの会議室でヤってたんだから」
吐き棄てるように言い、森下は佐倉のズボンのベルトに手を掛けた。
そのまま、抵抗することも無く佐倉は森下を自分の中へ受け入れた。
勃つかどうか少々心配だったが、佐倉の妙に艶かしい白い下腹や太腿を見ている内に兆してきた。
そして、この無表情な人形のような男の顔が、自分の行為で歪むのだと思うと妙に興奮して、懸念する必要も無かった。
やはり、佐倉は苦しそうだった。
額に薄っすらと汗を掻き、ギュッと目を瞑って微かに呻く。
だが、痛がっているだけのその顔が、ほんのりと上気して森下に錯覚を起こさせた。
グッ、グッ、と腰を突き上げると嫌がって僅かに首を振る。
絶えられなくなったのか、森下の肩をギュッと掴んで来た。
そんな様子を具に見ながら、森下は自分がどんどん興奮を高めているのに気付いた。
それからと言うもの、森下は佐倉と外に出ると、度々行為を強いるようになった。
その度に佐倉は黙って要求を受け入れる。
多分それは、自分と専務の仲を口止めしたいが為だろうと森下は思っていた。
(愛しい男を守りたいって?メロドラマかよ…)
苦笑して、森下は佐倉の肩に顔を近付けた。
佐倉が思っているほど、沢井の方では彼を重んじているとは思えない。 そんなことを頭の隅に置きながら、森下は項に唇を近づけた。
佐倉からは所謂“中年臭”のようなものが感じられない。というか、殆ど体臭が無かった。
味もしないのだろうか…。
漠然とそんなことを思い、森下は項に歯を当てた。
「うんッ…」
噛んだ瞬間、艶っぽい声が駐車場に木霊した。
ビクンッと尻が震え、佐倉が射精したのが分かった。
「なに?イッたの…?」
驚いて森下は言った。
今まで、佐倉が行為の最中に達したことなど無かったからだ。
「噛まれると感じる性質?」
笑いながら森下が言うと、佐倉はまた顔を背けた。
「いいから、早く、終わってくれ…」
苦しげにそう言うと、佐倉は何故か深い溜息をついた。