月光
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ランプの明かりにぼんやりと映し出された部屋には余り物が無かった。
だが、粗末ながら寝台もあり、テーブルと椅子が一客置いてあった。
「腹が減っているのだろう?何が食べたい?」
訊かれて、修道士は戸惑いながら答えた。
「パンか、お粥でもあれば…」
「そんなものでいいのか?」
「はい。十分です」
修道士が答えると、男は頷いて部屋を出て行った。
暫くして戻った時には、湯気の立つお粥の皿と水差しを持って現れた。
「食べなさい」
「有難うございます」
テーブルの上に置かれたそれを見て、修道士は思わず喉を鳴らしそうになるのを堪えた。
席に付いて祈りを捧げると、すぐにスプーンを手に取った。
ふうふうと吹きながら、熱い粥を口に運ぶ。
ただの穀物だけの粗末な粥だったが、久し振りの温かい食事を口にした彼には涙が出るほどに旨かった。
あっという間に平らげ、水差しからグラスに水を注ぐと、それも一気に飲み干した。
「少しは満たされたか?」
訊かれて初めて、まだそこに男がいた事に気付いた。
今の今まで、そこには何の気配も無かったように思ったが、それは自分が夢中で食べていた所為だったのかと、修道士は幾らか恥ずかしくなって頬を染めた。
「お蔭様で、生き返ったような気がします」
「それは良かった。で?旅の途中らしいが、何処へ行くのだ?」
「それは……」
まさか、逃げて来たとは言えず、修道士は口篭った。
すると、初めて男が、その美しい唇に笑みを浮かべた。
「目的も無く、旅に出た訳ではあるまい」
「はい…」
だが、その後に続く言葉は無かった。
すると、答えを待たずに、男は何処からともなくひとつの桃を取り出した。
そしてまた、何処から出したのか分からないナイフでその皮を剥き始めた。
その見事な手付きに見とれていると、皮を剥ききった蜜の滴る果実を一切れ切り分け、男が修道士の唇の前へと差し出した。
「嫌いか?」
訊かれて修道士は首を振った。
「いえ…」
だが、目の前に手掴みで出された果実をどうしていいのか分からずに、修道士は男の目を見上げた。
すると……。
最初に見た時と同じように、修道士は何もかもを投げ捨ててしまいたいような気持ちになった。
「さあ…」
低い、それでいて良く響く声が修道士を促した。
さっきまでの迷いなど無かったかのように唇を開き、修道士は男の手から果実を口の中へ入れた。
噛むと、果肉から溢れ出た蜜が口いっぱいに広がる。
そして、つっと一筋、唇から漏れて顎を伝っていった。
「さあ、もっと」
残りの欠片を差し出され、修道士は迷うことなく口を開けた。
そして、果実を口の中へ入れた後、それを噛み砕いて飲み込むと、まだ眼の前にあった男の濡れた指を口に含んだ。
ずっと男の目に魅入られたまま、修道士はその指をうっとりとした表情でしゃぶった。
「旨いか?」
訊かれて、こっくりと頷く。
つっと指を抜かれ、名残惜しげに舌がその後を追った。
「もっと、欲しい?」
「はい…。下さい」
また一切れ与えられ、修道士は飢えたようにその果実を口に含んだ。
完全に、心を奪われてしまった。
そんな表情で、修道士はまた男の指を口に含んだ。
頬を高潮させ、息を荒げ、いつの間にか修道士は衣の裾を持ち上げると、男の指をしゃぶりながら自分の男根を掴んでいた。
「おまえは逃げて来たのだろう?」
訊かれて、迷いも無く頷いた。
「肉欲に溺れ、神への忠誠を棄てた。あの庭師の事など、これっぽっちも愛してはいなかった。ただ欲しかったのは、あの男の身体だけ」
クスクスと笑いながら、そう男は言った。
何故そんな事を知っているのか、心の何処かでは疑問に感じていたが、今はそれを投げかける気にもならなかった。
修道士は、ただ男の甘美な指を味わうことだけで夢中になっていた。
甘い。
なんという味わいだろう。
もう、離すのが嫌だった。
こうしていつまでも、この男の指を含んでいたいと思った。
そして、それと共に体中が熱くなってきた。
何処か奥の方から、ジンジンと体中を駆け巡っていく。その熱に煽られ、最早耐え難い程に疼いていた。
「んぐんっ……、んんふ……」
とろり、と体中が溶けそうだった。
自慰を続けながら男の目を見つめる。
また、するりと指を抜かれ、思わず追い掛けてしまった。
「もっと…、下さい」
修道士の言葉に男は哂った。
「なんとも穢れ切った神の子よ」
言葉の後で修道士のロザリオを掴むと、男はそれを引き千切って床にばら撒いた。
だが、そんな事をされても修道士は男の目から視線を外そうとはしなかった。
「私が欲しいか?」
訊かれて、修道士は頷いた。
「与えてやろう。十字架の前で」
音も無く部屋を出て行った男を必死で追いかけ、修道士は祭壇の前へ立った。
吸い込まれそうな煌く瞳を見上げ、深い吐息を零す。湧き上がって来る欲望に、今にも足が萎えて崩れ落ちそうだった。
男が顎を掴み、首筋を伸ばさせるようにした。
白い肌の上に浮き出た静脈をそっと別の指で辿る。
修道士はそれだけで快感に身を震わせて目を閉じた。
ツッと鋭い爪が皮膚を切り裂いた。
「……ッ」
だが、痛みはほんの一瞬だった。
すぐに、恍惚となって修道士は艶かしい唇から甘い声を迸らせた。
男が傷に唇を付け、そこに歯を立てたが痛みは微塵も感じなかった。
あるのはただ、目くるめく様な快感だけ。
「ああ…」
恍惚として修道士は衣を捲くり上げると、すっかり立ち上がって露に濡れた男根を掴んだ。
ビクンッと身体を震わせ、先端から精を迸らせる。
そして、喘ぎながら手淫もせずに吐精を繰り返した。
「はぁ…っ……あぁ……ああッ」
こんなにも強い快楽を与えられた事は無かった。
ただ首筋を吸われているだけだというのに、途切れることのない絶頂が修道士を襲った。
萎えることのない性器の先から絶え間なく白濁した精が飛び出す。
両手を自分の腹に当て、厭らしく撫でながら胸まで滑らせると、熟れたまま愛撫を待ち望んでいた突起を指に摘んで擦り始めた。
「あ……」
吸うのを止めた男が顔を上げて、濡れた唇を舐めるのを見上げると、修道士はその身体に縋った。
「下さいっ…、もっと下さいっ」
「いいだろう」
修道士を嘲笑い、男は顎を杓って見せた。
すぐにその場に横たわると、修道士は迷いも無く脚を開いて抱えた。
「ここに下さい……“マスター”」
もう、修道士の心の中に神への愛は微塵も無かった。
欲しいのは、唯一、目の前に立つこの男だけだった。
「あなたの標を私に打ち込んで…」
その言葉を聞き、男は高らかに笑った。
「なんと可愛い事を言う」
修道士の顔の横に両手を突くと、男はその青い瞳を覗き込んだ。
自分に飢え、与えられる快楽を待ち望んでいる従順な目だった。
十分に猛ったものでそこを突いてやると、修道士は吐息を漏らしながら更に脚を開いた。
ひくついて、震えているのが分かる。
焦らすように何度も先端で擦ってやると、唇を舐めてもどかしげに指でそこを押し広げた。
「下さい、マスター」
クッ、と笑い、男が僅かに腰を突き出した。
ぬるんと先端が埋め込まれる。
それだけで、修道士は歓喜の声を上げた。
奥まで入れず、焦らして何度も入り口を擦ってやる。
すると、修道士は嫌々をするように首を振り、泣き声を上げた。
「私と来るか?毎夜、こうして可愛がってやろう」
訊かれて、修道士は即座に頷いた。
「行きます。貴方と…、何処までも……」
その返事を聞き、男はまた高らかに笑った。
その声が、聖堂の中に木霊する。
いつしか正面に回った月が窓からその月光を注ぎ、男の姿をぼんやりと浮かび上がらせていた。
翌朝、男も修道士の姿もそこには無かった。
白い漆喰の壁を月の光に浮かび上がらせていた筈の教会は見る陰も無く、崩れ落ちた瓦礫と化していた。
あれほど美しく咲き誇っていた無数の薔薇も、今はもう枯れて腐った塵の山に過ぎなかった。
そこにあった筈の美は、月が落ちると共に魔法のように全てが消え失せていた。
ただ、唯一残っていたのは、瓦礫の中にひっそりと埋もれた修道士の金のロザリオだけだった。