無月宵
-2-
朧が姿を消した後、夜梟丸は寝間の上に座った虎太郎に手を突いて頭を下げた。
「知らぬとは言え、大変なご無礼を。ですが、今は火急の時、お咎めは何卒、務めを終えた後にお願い申しまする」
「もう、よい」
そう言われて、夜梟丸はさらに深く頭を下げた。
「夜梟丸、顔を見せておくれ」
「は…」
ゆっくりと夜梟丸は顔を上げた。
「暗くて分からぬ。灯りを」
言われて、夜梟丸は懐から火口を取り出すと行灯に灯りを入れた。
ぼんやりとした行灯の明かりに照らされ、夜梟丸はじっと自分に目を注ぐ虎太郎を見た。
闇の中で見た時より、数段美しい。
虎太郎を産んだ母はさぞかし美しい女であったのだろう。
「もそっと、近くへ」
「は…」
膝でにじるようにして、夜梟丸は虎太郎の前まで行った。
「おまえは、幾つじゃ?」
「十九でございます」
「そうか…。では、若君と同じだな」
病床にある長慶も、そう言えば今年で十九になった筈だった。
「若君は…、そんなにお悪いのか?」
「私は余り良く存じません。ただ、こうして虎太郎様の周囲に不穏な動きが見えるからには、やはり殿が、いよいよお覚悟をなさったのではないかと…」
「……私は、とうとう兄上のお顔も見せてはもらえぬのか」
悲しげに首を振り、虎太郎は項垂れた。
生れ落ちてすぐにこの寺に預けられ、その後は母親にさえ自由に会うことは出来なかったのだろう。
寂しくなかったといえば嘘になる。
腹が違うとは言え、長慶は兄弟だ。蔑まれていると知ってはいても、懐かしく思う気持ちがあるのかも知れなかった。
御落胤と言っても、今までずっとこの寺に押し込められていたのだ。囚われ人と何も変わることは無い。
夜梟丸には目の前の少年が酷く儚く見えた。
上げかけた手をはっとして引っ込めた時、虎太郎が顔を上げた。
「おまえのように若い男を見るのは初めてだ」
少々眩しそうな顔でそう言われ、夜梟丸はコクッと喉を鳴らした。
「ここには七十を越すお上人様と五十過ぎの寺男しか居らぬ。後は時折、近くの百姓が野菜などを運んで来るだけだ」
言いながらにじり寄ると虎太郎は片手を伸ばした。
「触っても良いか?」
「は…」
些かたじろいだが、夜梟丸は頷いた。
そっと伸ばして頬に触れてくる。その袖から覗いた二の腕の白さが息を呑むほどに艶かしい。
「手を…」
言われて差し出すと、虎太郎は嬉しそうに両手で包んだ。
「大きいのう。これは、剣の修行で出来たのか?」
掌の硬いたこを押し、虎太郎は言った。
「そうです」
「傷も沢山…」
薄暗がりでも夜目に慣れた夜梟丸の目にはその頬の火照りさえはっきりと見て取れた。
初々しい白い肌をほんのりと桜色に染めているのは、自分に触れたことで気を昂ぶらせているとしか思えなかった。
先ほど乱された襟元から鳩尾に落ちる影が見える。
その下の白い下帯を剥ぎ取ってみたいという邪な欲求が夜梟丸の内に沸いた。
「御免ッ…」
人肌を恋しがっているだけとはとても思えない。
案の定、押し倒されて驚愕に短く叫びはしたが、虎太郎は上に乗ってきた夜梟丸を押し退けようとはしなかった。
「虎太郎様、今宵限りでお忘れを…」
囁くと、こくりと頷いて素直に目を閉じた。
薄っすらと開いた柔らかな唇に、夜梟丸は我が唇を押し付けた。
恐らく、今まで誰一人として触れたことがないだろう。
恐怖感からか、虎太郎の両手は夜梟丸の袖をぎゅっと握り締めた。
あやすように舐めてやり、徐々にその口中を犯すと、夜梟丸は少年の暖かな舌に我が舌を絡ませた。
虎太郎は息を荒げ、激しく胸を上下させながら可愛らしく喘いでしがみついてくる。
夜梟丸はその身体を太い腕で抱えると、起き上がりながら膝に抱き上げた。
まだ舌を吸うのを止めずに少年のしごきを解くと、肌を露にさせてその上に手を滑らせた。
「んはぁ…」
まるで絹のような肌の上に、誘うように尖った桜色の乳首を夜梟丸は両手の親指でゆるりと擦った。
「あっ…、嫌じゃっ」
初めての愛撫に恥ずかしげに身を捩った様が、なんとも艶かしい。
隠そうとする手を払い除け、夜梟丸は片方を口に含んだ。
舌先と指で擦ってやると、すすり泣くような声を上げ、膝頭を所在無げに摺り合わせる。夜梟丸は虎太郎を横抱きに抱えると、また唇を激しく吸った。
片手で確かめると、股間のものはもう硬く張り詰めている。
下帯を緩めてやると横から手を差し込みやんわりと握り込んだ。
「んふっ…」
びくんっ、と少年の身体が揺れ、両腕が夜梟丸の首にしがみつく。
余りの愛しさに、夜梟丸の腕に力が篭った。
まさかに、我が殿となるかも知れぬ身体を本当の意味で犯すことは出来ない。
素股をさせ、耐え切れなくなった欲望を吐き出すと、夜梟丸は虎太郎の身体を綺麗に清めて、元の様に寝巻きを着せてやった。
だが、その頃には腕の中の華奢な身体は、心身ともに疲れ果て眠りに落ちていた。
「生涯お傍にて、忠義を誓いまする」
愛しげに囁き、夜梟丸は最後の口づけをそっと落とした。
夜明け前、虎太郎の旅支度が終わるのを表で待つ間、今度は見事に薬売りに化けた朧が夜梟丸の袖を引いた。
「御落胤の清い御身体の味は、どうであった?」
訊かれても、夜梟丸は驚きはしなかった。
百戦錬磨の朧のことだ、昨夜のことなどお見通しだろうと思っていたからだ。
「何故止めなかった?」
反対に聞き返すと、朧はくすりと笑った。
「何故此度、おまえがこの役に選ばれたと思う?」
「なに…?」
てっきり、腕を買われてのことだと思っていた夜梟丸は、不審げに眉を顰めた。
「おまえは、里では一番の美男じゃからの」
その言葉に、夜梟丸の顔色が些か変わった。
それでは、まさか長老もこうなると知って夜梟丸をここへ遣わしたのだろうか。
「生まれてすぐにここへ閉じ込められ、母恋し、人恋しで育った若君じゃ。誰ぞに頼りたいと思うこともあろう。……したが、女を宛がう訳にもいかぬ。下手に溺れられても適わぬでの」
「だからとて、何故に…」
自分なのかと言い掛けた夜梟丸に、朧はまた笑みを見せた。
「わしでは、心を動かしては下さらなんだ」
「なにっ?」
驚いた夜梟丸に、朧はにたりと笑った。
「次期のご当主と深い繋がりを持つ者があらば、里としてもやり易い。あの狡猾な長老の考えそうなことよ」
「……したが、上手くいくとは限らぬだろう?」
夜梟丸の言葉に、朧は小首を傾げた。
「上手くいったではないか?」
その時、障子が開いて旅支度を終えた虎太郎が姿を現した。
商家の手代姿の夜梟丸に合わせ、小僧のような形をしている。だが、その気品のある美しい面立ちはとても小僧には見えなかった。
草鞋を履かせてやり、次には笠を被せると、虎太郎が夜梟丸の袖を引いた。
「ずっと一緒か?」
不安げな顔に夜梟丸は力強く頷いて見せた。
「は…。何処までも」
すると、夜梟丸の身体越しに背後に居る朧を伺い、また身体を寄せて真っ赤に頬を染め、虎太郎は言った。
「次は、遠慮は無しじゃ…」
ぐっと息を詰まらせた夜梟丸の背後で、朧が声を出さずにそっと笑った。