手の内・3
-3-
社長が手に持っていたのは、書類を挟むクリップボードだった。
それがヒュッと風を切り、また僕の尻に目掛けて振り下ろされた。
「ひっぃぃやッ、痛いぃぃ…いやッ…」
それは、容赦無い折檻だった。
痛いだけではなく、何より恥ずかしかった。
いい歳をして、それもこんな辱められた格好で尻を打たれるなんて…。
「ああっ…、いや…ああッ……」
ジンジンと、打たれ続ける尻が痛んで逃げ出したかったが、僕にそんな自由は無かった。
社長の思うままに甚振られる以外、選択する余地も与えられてはいないのだ。
「うふぅ…ッ、うう……うう…ッ」
だが、耐える内、僕は自分の身体の変化に気付き始めた。
痛みが、じわじわと広がって感覚が麻痺し始める。
そして、打たれる度にゾクンッと体の中心が揺さぶられた。
「いやぁ…だめ…こんなのだめ…・・あっ…あ…」
痛みが甘い疼きに変わる。
僕の必死の抵抗も、何の意味も無かった。
ビシーンッ…
その衝撃が最後だった。
「ぁ…っ…ふぅぅ……ッ…」
とうとう僕は達し、絨毯を汚した。
「由委……」
それに気付き、社長も打つのを止めた。
「うう…う……」
泣き出した僕の痛む尻に、社長の手が掛かった。
「尻を叩かれてイクとはな…。まったくおまえは……」
呆れたような口調だったが、尻の膨らみを撫でる手は優しかった。
「由委…」
指が、膨らみから、スルリと中心へ届く。そこに触れられただけで、僕の身体はブルッと震えた。
「おまえは誰のものだった?」
「あなたの…ものです……」
撫でられているだけで、また欲望が膨らんでいくのが分かった。
与えて欲しくて、身体中が期待に震える。もう、快楽でも苦痛でも、彼の与えてくれるものなら何でもいいとさえ思えた。
「俺のものである限り、この身体の何処であろうと、他の男に触れさせる事は許さん」
「はい…ッ…。はいッ…」
僕は必死で頷き、自由にならない体勢で彼を見上げた。
「もう2度と…2度と……。気をつけますから、だから……ッ」
「だから何だ?」
「くださ…い…。犯してください……ッ」
言った途端、一気に昂ぶるのが分かった。
自分の放った言葉が自分自身を煽る。
そんな僕を、社長は満足げに見下ろした。
「まだ駄目だ」
意地悪くそう言うと、社長は前島が持って来た紙袋を手に取った。
「前島のヤツ…」
中を覗いて苦笑すると、屈み込んで僕の身体に手を掛けた。
「立て」
口調は命令的だったが、社長は僕を助け起こしてソファに座らせた。
「分かるか?」
袋から取り出して僕に見せたのは、やはり革で出来た筒のようなものだった。
片側に靴紐のように編み上げの細い紐がついている。
それを、社長は僕の硬く立ち上がっていた股間のものにつけた。そして、容赦なく紐を締めあげた。
「い……ッ」
僕の顔が苦痛で歪んでも、社長は手を緩めなかった。
「苦しいか?」
頷くと革のベルトから食み出した先端に指が掛った。
「ふぁっ…・・ん…」
さっきから溢れさせていた体液を塗りつけるようにして、ヌルヌルと先端が擦られる。
思わず僕は突き出すようにして腰を浮かせた。
「まだ薬が効いているのか?それとも単に、おまえが淫乱なだけか…?」
笑いながらそう言い、社長はさっきのローターを手に取った。
「これも入れてやる。両方つけたまま、家まで我慢しろ」
「や……ッ、そんな……っ」
首を振ったが、勿論許してなどもらえなかった。
帰る車の中で、僕は身体を縮こませたまま必死で耐えていた。
その奥深くまで押し込まれたローターがうねり、ウズウズと身体の芯から甚振られている。
それでいて、射精出来ないようにギッチリと締め上げられた股間は、熱を放出できずに張りつめたままだった。
荒い息を唇を噛んで押し殺している僕の隣には、憎らしいほど涼しい顔をして社長が座っている。
僕の額から吹き出した汗を見ても眉ひとつ動かしはしなかった。
やはり、彼にとって、僕などは取るに足らない存在なのだろうか。
それとも…。
もし…。
もしも…。
これが、彼の嫉妬だとしたら…。
そうだとしたら、僕はもう、何をされても良かった。
もっともっと辱められようとも、甚振られようとも構わない。
彼が嫉妬心からこんな態度をとっているのだと、それさえ僕に分からせてくれるなら、それがどんな行為だろうと僕にとっては喜びだった。
だが、前を向いたきり僕を見ようともしない彼の横顔からは、何も感じることが出来ない。
それが不安で堪らなかった。
マンションに着いて、部屋に入ると社長はすぐに僕に命じた。
「服を脱いで、ベッドへ行け」
その顔を見ても、さっきからの表情に変化は無い。
僕は頷いて、言われた通り寝室へ入ると全裸になった。
社長もまた服を脱ぎながら寝室へ入って来ると、僕の前に立った。
訴えかけるように見上げた僕を見下ろすと、あの射抜くような視線で僕の目を見つめた。
「由委」
「はい…」
「おまえは、俺とどうなりたい?ベタベタと甘えて、蜜の様な時間を過ごしたいか?」
「ぼ…、僕は…」
訊かれて初めて、そんな時間を彼と過ごす事など、僕は少しも考えてもいなかった事に気付いた。
彼との関係を、もっと変えたいとは思う。
だが、それは、甘え合うただの恋人同士になりたいという訳では無い。
「僕は…、もっと貴方に近付きたい。1番傍にいて、そして、それが相応しいと言われる男になりたい…・」
僕の答えに、社長は満足げに笑った。
両手が、僕の頬を包む。
「それが出来るか?」
「……分かりません…。でも、努力します」
瞬きをすると、溢れかけていた涙が雫となって零れ落ちた。
「ずっと、貴方の傍にいたいから…」
「良く言った。じゃあ、褒美をやる」
言葉の後にキスが与えられ、僕は夢中になって彼に縋った。
ゆるゆると、丹念に舌を嬲られて身体中が燃える。
熱くて、熱くて、堪らなかった。
「ぁうぁッ……」
突然、ローターが引き抜かれ、僕は思わず声を上げた。
イきそうになったが、締め上げた革のベルトがそれを阻んだ。
「ああ…、もう…、もう……ッ」
「外して欲しいか?」
頷いたが、社長は意地悪く笑った。
「まだ駄目だ。ベッドへ手を突け」
僕はベッドに両肘を突くと腰を突き出すようにして高く上げた。
「ふ…、こんなにヒクつかせて…。もう、薬は切れているんだろう?」
「分かりません……」
媚薬など関係なかった。
社長に触られれば、いつでも僕の身体は薬を使った以上に熱くなる。
「ローターですっかり解されてしまったようだな…」
言葉と同時に、待ち望んでいたものがその入り口に当たるのが分かった。
待ち切れなくて、腰を揺すってしまう。
それを見て、社長が忍び笑いを漏らすのが聞こえた。
「さあ、味わえ」
言葉の後に、ゆっくりとそれが入って来た。
「あ……っ、あ…、あ……」
内壁を擦り上げながらその存在が満ちていく。
快感と、喜びとで、僕は恍惚となった。
「気持ちいいか?」
「…ッいいっ……」
感動とも言える声を出し、僕は答えた。
「ああ…・・もう、イクッ……。外してくださいぃ…」
「まだ奥まで入ってないぞ」
「おねが…」
振り向くと、社長の手が股間に伸びて来た。
紐を解き、ベルトを外すと同時、ググッと一番奥まで突き上げられ、僕は悲鳴のような喘ぎ声と共に達した。
「このまま、動くぞ」
まだ喘ぎを止められないまま、僕は頷いた。
ベッドの上では奴隷でもいい。
もっと犯して、もっと甚振って欲しい。
もっともっと、彼に翻弄されたいと僕は願っていた。
多分、それが、榊英介が見抜いた僕の本質なのだ。
「いいか?2度と許さんからな?」
朦朧としかけた僕の耳に、低い彼の声が確かに届いた。
その言葉の意味を知り、僕は泣きながら何度も頷いた。
翌日は授業が無く、僕は社長と共に会社に出勤した。
社長室に入ってすぐ、ノックがあり、前島が姿を現した。
チラリと僕に視線を走らせたが、彼はすぐに目を逸らしえしてしまった。
だが、僕はその視線を受け止め、そして彼から目を逸らさなかった。
社長は、昨日の事にはまったく触れようとせず、前島からスケジュールを聞くとただ頷いた。
前島は何か言いたげだったが、結局は何も言わず、一礼するとドアに向かった。
だが、彼がノブに手を掛けた時、社長が顔を上げた。
「前島」
「はい…」
蒼ざめた顔で振り返った前島に、社長はニヤリと笑った。
「由委は俺の傍にいる為ならなんでもする。おまえも、ウカウカしてはいられんぞ」
「……ッ…」
絶句した前島を鋭く見つめ、榊英介は言った。
「おまえに、遊んでいる暇などない。追いかけている者がいることを忘れん事だな」
「……はい」
深く頭を下げて前島は返事をすると、部屋を出て行った。
「由委」
「はいっ…」
「俺にあんなセリフを言わせたんだ。期待に応えろよ」
「はい」
差し出された書類の束を受取り、僕は勢い良く返事をした。
何よりも力強い言葉に支えられ、僕は決意を新たにした。
そんな僕の瞳を見つめ、榊英介は満足げに頷いた。