orangette


昼に、大樹と真澄が一緒に学食で食事していると、そこに佐久間がやって来た。
「大樹、来週の木曜はどうだ?俺、午後からしか授業ないし、午前中は空いてるんだけど」
「ああ、俺も木曜なら大丈夫ですよ」
「そうか。じゃあ、映画館の前で待ち合わせな?」
「はい。分かりました」
大樹が返事をすると、彼女が待っていたらしく、佐久間は軽く手を挙げて行ってしまった。
「なに?佐久間先輩と映画行くの?」
初耳だった真澄は、僅かに眉を寄せた。
「あ、うんほら、あのシリーズ物の…。佐久間先輩も観たかったって言うから、一緒に観ることにしたんだ。朝イチだったら、昼前に終わるし、その後で彼女とデートも出来るしって…」
笑いながら大樹は言ったが、真澄は硬い表情のままだった。
「駄目だった?真澄、忙しそうだったし、今回は行けないのかと思って…。映画見るだけで解散なら、いいかと思ったんだ」
少々怖気づいて大樹が訊くと、真澄はやっと笑みを浮かべた。
「いや…。俺が悪かったよ。大樹が行きたいって言ったのに、ちゃんと返事しなかったから。そうだよな、朝とかレイトショーなら行けないことなかったのに…。ごめんな?」
「ううん。俺こそ、ごめん…。黙って約束しちゃって」
「いや、いいよ。映画くらい…。俺だって大樹以外の奴ともライブ行ったりしてるんだから、何も言えないよ」
そう言った真澄は、もういつもの優しい真澄だった。
やはり、自分が誰と出掛けようと気にならないのだろうか。
そう思うと、大樹は寂しい気持ちがした。



アルバイト先のオーナー夫妻はいい人たちで、販売のアルバイトは初めてだったが、大樹は楽しかった。
店で着る服も、そう何着もは買えないのでどうしようかと思っていると、奥さんの夢子が、自分のお古を沢山持ってきてくれた。
「大樹君のサイズなら十分私ので着られるし、よかったら着てよ。似合いそうなの持ってきたし」
大樹が恐縮していると、夫婦であれこれとコーディネートしてくれて、結局全部貰うことになった。
オーナーの黒須ミツルはロックが好きらしく、店で掛けている音楽は全部彼の私物だった。
置いてあるCDを大樹が見ていると、黒須はその中の1枚を取り出した。
「興味あるなら貸すよ?これとかお勧め」
「俺、ロックあんまり知らなくて…。煩いのは苦手なんですけど…」
受け取りながらそう言った大樹に、黒須は他のCDも取り出して差し出した。
「なら、これとかいいよ。ロックに慣れてなくても聴きやすいし、バラードも多いし」
「ありがとうございます。それじゃ、お借りします」
店で掛かっている曲も、案外聴き易くて煩いと感じたことはなかったし、大樹は自分がロックに偏見を持っていたのかも知れないと思った。
この店に入ったのは本当に偶然だったが、大樹はアルバイトを始めて良かったと思った。自分の視野が少しずつ広がっていくように感じたのだ。
学校にいる時、真澄は大樹の傍に居てくれることが多かったが、国分が待っていると行ってしまう。だが、大樹は以前のように二人の邪魔をしようとはしなかった。
心の中では、真澄が国分の所へ行ってしまうのが怖かった。
いつ別れを切り出されるのか、恐怖に怯えていたのだ。
だが、真澄を束縛しないと決めた。我儘は言わないと誓った。
だから、無理して笑みを浮かべて、手を振る真澄を見送った。
その日、学食で食事を終え、真澄とコーヒーを飲んでいると、そこへ国分が現れた。
断りもせず、自分のコーヒーのカップをテーブルに置いて、国分は当然の様に真澄の隣に座った。
「なあ、明日のライブ後の打ち上げ、参加しないってマジ?」
「ああ。ライブは行くけど、今回、打ち上げはパス」
真澄が答えると、国分は眉を寄せた。
「なんでだよ?打ち上げが楽しいんじゃん」
不服そうな国分に、真澄は苦笑した。
「何のために行ってんの?俺は好きなバンドを見に行くんだから、打ち上げは二の次だよ」
「そりゃそうだけど、真澄だっていつもは楽しんでるだろ?なんで、今回は行かないんだ?」
言いながら、国分はちらりと大樹を見た。
もしかすると、大樹が邪魔するようなことを言ったと思ったのだろうか。
明日、真澄たちがライブに行くことさえ、今の今まで知らなかったのだから、勿論、大樹は何も言っていない。だが、この前の時のように、またウザいことを言ったのかと思ったのかも知れない。
「兎に角、今回はやめとく。明後日は朝からバイトだし、あんまり遅くなるのもな」
「ふうん…」
国分は面白くなさそうだったが、それ以上は何も言わなかった。
だが、もう1度、少し険しい目つきで大樹を見た。
「あ、俺、この後バイトだから、もう行くね?それじゃ…」
国分の視線から逃げようとした訳ではなかったが、大樹はそう言って空のカップを持って立ち上がった。
「ああ。頑張れよ」
「ありがと…」
本当は、真澄と国分を二人きりにしたくなかったが、大樹は笑顔で真澄に頷いた。
決めるのは、選ぶのは真澄だ。
選ばれなくても、一人で泣けば済むことだと大樹は思った。
翌日、真澄と国分がライブに行くことを知っていたが、大樹は真澄に会ってもそのことを言わなかった。
午後の授業を終えてバイトに行き、夜、部屋に戻ると食事をして、黒須から借りたCDを聴きながらレポートをやっていた。
すると、来るとは思っていなかった真澄が、部屋を訪れた。
「どうしたの?ライブ行ったんじゃ…?」
「行ったよ。終わったから帰って来た。大樹、飯食った?」
「うん、俺は食べたけど…。真澄、やっぱり打ち上げに行かなかったの?」
「うん。この前あんなことがあったし、なんか乗らないから。みんなは平気らしいけど、俺は暫くはそんな気になれないよ」
「そう…」
「コンビニで色々買ってきたんだ。大樹もちょっと食べなよ」
「あ、うん。ありがと…」
大樹が急いでテーブルの上を片付けようとすると、その上に置いてあったCDに気づいて、真澄がそれを持ち上げた。
「あれ、このバンド…」
「あ、うん。オーナーがロック好きで店でも掛けてるんだけど、聴いてみないかって貸してくれたんだ」
「へえ?俺もこのバンド好きだよ。どう?聴いてみて」
「うん、凄くいいよ。好きな曲、いっぱいある」
「ほんと?なんだ、大樹もロックいけんじゃん」
嬉しそうに言われ、大樹も笑みを浮かべた。
「そうだね。俺ちょっと偏見持ってたのかも…」
真澄が聴きたいというので、大樹はプレーヤーからヘッドフォンを外した。
買ってきた食べ物をテーブルに並べて真澄が座ると、大樹は思い出して冷蔵庫を開けた。
「残り物で悪いけど、よかったら食べてみて」
「え?大樹が作ったの?」
「うん。夢子さん、料理上手なんだ。俺でも出来るからってレシピ教わったから…」
「へえ?」
料理を箸で摘まんで口に運ぶと、真澄はすぐに目を輝かせた。
「うん、旨い。なに?これ」
「サーモンとアボカドの白和え。切って混ぜるだけで簡単だけど美味しいよね」
「うん。ワサビとごま油が効いてるね。酒にも合いそう」
「料理に使おうかと思って買った、安い白ワインならあるけど」
真澄が飲みたいというので、大樹はグラスと冷蔵庫から冷えた白ワインを持って来た。
「うーん、やっぱり合う。安いワインでも旨いよ」
「よかった…」
「帰って来てよかったな。煩い打ち上げより、こうやって大樹とゆっくり吞む方がいいよ」
満足そうにそう言って、真澄はワインを口に運んだ。
「ほんと?」
驚いて大樹が見ると、真澄は笑みを見せて頷いた。
嬉しくなって、大樹は自分もワインのグラスを口に運んだ。
ボトルの半分ほど空けると、真澄が今夜は泊って行くと言った。
大樹が熱を出して看病のために泊まってくれて以来初めてのことだったので、大樹は嬉しくて自分が少々浮かれているのを感じた。
そのまま、もう少しワインを吞み、勧められて真澄が先に風呂に入ろうとした時、彼の携帯に着信があった。
「なんだよ、宮下?どうかした?」
ワインで気分が良くなっていた真澄の口元には笑みが浮かんでいたが、宮下が何を言ったのか、次の瞬間、その笑みは消えていた。
「え?今から?無理だよ。俺だって、もう吞んじゃったし…」
どうやら、打ち上げをやっている連中からの誘いらしい。だが、真澄は行くつもりはないらしかった。
だが、更に何か言われると、真澄は不機嫌な表情になって溜め息をついた。
「ええ?俺のこと呼んでるったって、呑ませたの俺じゃないだろ。お前らで連れて帰ってやれよ。……ああ、頼む…。うん、じゃあな」
電話を切った真澄は、もう一度、大きく溜め息をついた。
「大丈夫?」
大樹が心配そうに訊くと、真澄は苦笑を浮かべながら言った。
「国分が泥酔したらしくて、俺を呼べって管巻いてるらしい。そんなになるまで吞ませた方も悪いだろ。責任持って送れって言ったよ」
「でも…、行ってあげた方がよくない?真澄が帰っちゃったのが嫌だったのかも…。それで悪酔いしちゃったとか」
大樹がそう言うと、真澄はその頬に手を当てた。
「優しいな、大樹は…。これが反対に国分だったら、きっと……」
そこまで言って、真澄は口を噤んだ。
ばつの悪そうな顔になった真澄に、大樹は唇の端を持ち上げて見せた。
「国分ははっきりしてるから。俺みたいにウジウジしないし、さっぱりした性格なんだよね。だから、みんなに好かれるんだろうな。……羨ましい…」
「何言ってんだよ?大樹だってみんなに好かれてるだろ?それに、ウジウジなんかしてないよ」
「ありがと…」
笑みを見せたが、すぐにそれを消すと大樹は真澄の腕を掴んだ。
「ね、やっぱり、行ってあげた方がいいよ。心配じゃないの?」
本当は行って欲しくなかった。
行かないと、真澄が言ってくれたことが嬉しかった。
だが、もしかして自分に遠慮しているのかも知れないと思うと、大樹は真澄を送り出すべきなのではないかと感じた。
「でも…」
まだ躊躇っている真澄に、大樹は彼の携帯を取って渡した。
「もう1回、宮下に電話してみたら?難儀してたら可哀想だよ」
「そうだな」
今度は承知して、真澄は宮下に電話しながら立ち上がった。
「ああ、宮下?まだ居る?」
言いながら自分のコートを取り、腕を通す。ちらりとこちらを見た真澄を、大樹はただ見上げた。
「うん……、うん…。分かった。じゃあ、今から行くから。…うん、待ってろよ。…うん、じゃあ…」
電話を切ると、真澄はコートのボタンを留めて携帯をそのポケットへ突っ込んだ。
「ごめん、大樹。ちょっと行ってみるよ」
「ううん、気を付けて…」
行って欲しくなかったが、大樹は笑みを見せた。
折角、真澄が来てくれて久しぶりに泊まると言ってくれたのに、敵に塩を送るような真似をする必要はなかっただろう。
だが、平気なふりをしていながら本当は必死な自分を、真澄に知られたくない。
真澄が出て行ってしまうと、大樹は溜め息をついて、暫くの間、テーブルの上の汚れた食器をぼんやりと見ていた。
今夜はもう、真澄は来ないだろう。
きっと、国分の部屋に泊まるに違いない。
今までは、余り実感がなかったが、きっと二人は体の関係もあるに違いなかった。
もうずっと、大樹は真澄とキス以上はしていない。それは、真澄が自分を欲しくなくなったからだろうと思っていた。
自分ではなく、今の真澄が欲しい体はきっと国分なのだろう。
分かっていても、今まではそれを実感するようなことはなかった。だが、今夜はそのことが頭から離れなかった。
国分の長い手足が目に浮かぶ。
それはきっと、しなやかに、真澄の体に絡みつくのだ。
「自分で送り出したくせに…」
分かっていても辛かった。
大樹は立ち上がると、洗い物を済ませ、風呂に入った。
眠れそうもなかったが、来ない人を待っていても仕方がない。電気を消してベッドに入ると、暫く暗闇を見ていたが、やがて目を瞑った。



どれくらい経っただろう。
うつらうつらしていた大樹は、玄関の鍵の開く音でハッとした。
真澄が合鍵でドアを開けているらしい。
(嘘…。戻って来てくれた…?)
喜びで、忽ち目が冴える。だが、大樹は起き上がろうとはせず、じっとしたままベッドの中に居た。
大袈裟に騒げば、またきっと真澄は自分を重く感じるだろう。だから、このまま待とうと思った。
すると、電気を点けずに携帯の明かりだけで近づいて来た真澄が、コートと服を脱いでそっとベッドの中に入って来た。
その体に大樹が手を伸ばすと、真澄の顔が近づいた。
「起こした?ごめん…」
「ううん。寒かった?冷たいよ」
「うん。あっためて?」
抱きついてきた真澄の冷えた体を抱きしめて、大樹は幸せを感じた。
まさか、今夜はもう来てくれないと思っていたのに、こんな風に甘えてくれるなんて嬉しくて堪らなかった。
「帰って来ちゃって大丈夫なの?」
「うん、大変だったよ。あいつ、俺が行くなり絡んできてさ。どれ程吞んだのか知らないけど、自分一人で歩けない癖に、口は減らないし…。吞ませた奴らにタク代割り勘させて、部屋まで送ったけど、ベッドまで運ぶの大変だった。散々悪態ついたかと思ったら眠っちゃったし、水だけ置いて帰って来たけど、帰りはタクって訳にもいかないしな。歩きと電車で、さすがに寒かった」
国分の態度が腹立たしかったのか、真澄の言葉は刺々しかった。
裏腹に優しい手が、大樹のパジャマの裾から入り込んで、素肌の背中を撫でた。
冷たさに、びくっとした大樹を見て、真澄は少し笑った。
「ごめん…。暖かいな、大樹…」
「うん、いいよ。暖まって…」
大樹が言うと、真澄は更に彼の体を深く抱きしめた。
「優しいなぁ。暖かいし、いい匂いだし、マジ、癒される…」
そう言って、真澄は満足げに大樹の匂いを吸い込んだ。
(ほんと…?嬉しい……)
目を閉じて、大樹も真澄の体の感触を確かめるようにした。
すると、唇に真澄の唇が押し付けられるのを感じた。
嬉しかったが、何となく気後れがして、大樹は僅かに身を引いた。
「嫌だった…?」
怪訝そうな真澄に、大樹は首を振った。
「ううん…、違うけど…。あの…、無理しなくていいよ?俺はこうやって真澄が来てくれるだけで嬉しいし…」
「無理って…。何でそんなこと言うの?」
「だって俺…、真澄しか知らなくて経験不足だし、満足させてる自信もないし…。本当は面倒だと思ってるのかもって…」
言っている内に少し悲しくなって、大樹の声は尻窄みに小さくなった。
国分は多分、経験も豊富で、ただされるままにしがみついているような自分とは違う筈だ。きっと真澄も彼を抱く方が満足出来る筈だった
駄目だと思っても比べてしまう自分が、大樹は嫌だった。
だが、そんな大樹を、真澄はまたギュッと抱きしめた。
「馬鹿な事言って…。面倒だなんて思う訳ないだろ?俺しか知らないとか、ほんと可愛いよなぁ…」
ちゅ、ちゅ、と何度も大樹にキスをして、その耳元に真澄は囁いた。
「もっと、あっためて?」
「ん…」
頷くと、大樹は真澄の首に腕を回した。



真澄が直接アルバイト先に行った後で、大樹も部屋を出た。
今日は午前中の講義に出た後で、アルバイトに行く予定だった。
昨夜、久し振りに抱かれた所為か、なんだかまだ体が火照るようだった。
単なる気まぐれだったのかも知れないが、それでもまだ、真澄が自分に欲望を感じてくれたのかと思うと嬉しかった。
夕方、店で接客をしていると、アルバイトを早番で上がったらしい真澄が友達の大森と一緒に現れた。
合図されて笑みを見せたが、お客が居るので傍には行かなかった。すると、大樹の代わりに黒須が近づいた。
「いらっしゃい。大くんの友達?」
「はい。こんにちは」
「君、何度かうちの服買ってくれてるよね?いつもありがとう」
「いや、ここの服好きなんで…。あのウィンドウのジャケットもカッコいいですね」
「ああ…」
言いながらウィンドウに近づくと、黒須はボディからジャケットを脱がせた。
「じゃあ、君が大くんが言ってた子かな?」
ニコニコしながらそう言うと、黒須は真澄にジャケットを差し出した。
「確かに君に似合いそうだ。大くん、分かってるね」
「大樹が俺に似合うって言ったんです?」
「うん。このジャケットに釣られて店に入って来たのを、俺たち夫婦で捕まえちゃったんだよね。飾っといて良かったよ」
鏡の前に真澄を連れて行き、黒須はコートを脱いだ真澄に、ジャケットを着せた。
「うん、やっぱり似合う」
満足そうに黒須が言い、真澄も鏡の中の自分を見て、笑みを浮かべた。
「いいなぁ…。けど、結構いい値段しますね。バイト代入るのまだ先なんだよなぁ」
「大くんの友達だから、特別にお取り置きするよ」
黒須に言われて真澄は振り返った。
「ほんとですか?じゃあ、お願いします」
大樹は接客を終えていたが、大森に声を掛けられて、一緒に服を選んでいた。だが、真澄の方をちらりと見ると、まだジャケットを着たままの彼に笑みを送った。
思った通り、あのジャケットは真澄によく似合っている。そして、彼も気に入ったらしい。
この店に入ってから、本当に嬉しいことばかりだと大樹は思った。
真澄も加わって、大森の服を選び、彼も気に入った物を見つけて買ってくれた。
二人はバイトが終わるまで大樹を待っていてくれて、そのまま一緒に夕飯を食べることになった。
来てもらったお礼に大樹が奢ると言い、三人で近くのファミレスに入った。
すると、案内された席の奥に、国分と友人が座っていた。
すぐに気づくと、国分は立ち上がって真澄の脇に立った。
「真澄、昨日はごめん。迷惑かけて…」
いつも強気な国分だったが、さすがに悪いと思ったのか、今日は殊勝な様子だった。
「まあ、いいよ…。随分酔ってたけど、大丈夫だったか?」
訊かれて、国分は苦笑した。
「うん…。午前中いっぱい起きられなかった…。昨夜…、泊ってくれたのかと思ってたよ。今朝、居なかったから、ちょっと驚いた…」
国分にしてみれば、自分を心配した真澄が、当然泊まったと思ったのだろう。
「ああ、ごめん。よく寝てたから、大丈夫かと思って」
「うん…。ああ、……じゃ、またな」
友達を待たせているので、国分は席に戻った。だが、戻る前にちらりと大樹を見た。
その視線が、少し怖くて、大樹はさっと下を向いた。
注文を終えて、真澄がみんなの分のドリンクを取りにドリンクバーへ行くと、伝票を持って立ち上がった友人に続き、国分がまた大樹たちの席へ近づいた。
「大樹、この頃、随分変わったよな?なんか必死って感じ?まあ、健気だけど…」
笑いながらそう言い、国分が出口の方へ行こうとすると、そこにドリンクのグラスを持った真澄が立っていた。
「あ…、じゃあな、真澄」
悪びれもせずにそう言い離れて行く国分を、無言で見送った真澄は、疲れたような顔をして大樹の隣に座った。
「なんだ?あれ…。この前から、棘があるよなぁ」
腹立たし気に大森が言うのに、大樹は曖昧な笑みを見せた。
「水、掛けたこと俺が謝らないから、怒ってるのかも…。今、ちゃんと謝ればよかった。はっきり出来なくて、だから、ウザがられるんだよね」
大樹の言葉に真澄の目が少し大きくなった。
「ウザいって、国分が言ったの?」
厳しい顔つきになった真澄が、眉根に皺を刻んだままでそう訊いた。
「う、ううん…、違う…。国分は、そう思われるから気をつけろって意味で…」
しまった、と思ったが、大樹は何とか胡麻化そうとして言った。
すると、真澄が目を見開いた。
「まさか、あいつ、俺が大樹をウザがってるって言ったの?」
「嘘だろ?酷ぇ…」
大森も、驚いて顔を顰めた。
「う、ううん、違うよ。そうは言ってないから…」
大樹が何とか取り繕おうとしたが、真澄の表情は変わらなかった。
「だから、水掛けたのか?おかしいと思ったんだ。大人しい大樹が、何でそんなことしたのかって…」
「ううん。俺が勝手に勘違いして、酷いことしたんだ。それなのに、ちゃんと謝らないから…」
そう言った大樹を遮るように、真澄は彼の手を掴んだ。
「ごめんな?あの時、ちゃんと理由を聞きもしないで…」
「そんな…。いいんだよ。俺こそごめんね?あの…、ほんとに俺が悪かったんだから」
だが、真澄は険しい顔のままで黙ってしまった。
すると、気を執成すようにして大森がメニューを広げた。
「あ、俺、ビール飲もうかなぁ」
「うん、いいよ。真澄も飲んだら?俺、奢るから」
大樹が言うと、真澄はやっと少し表情を緩めた。