ワルイアソビ
-12-
俺たちは、殆ど喋らなかった。
俺も、何を言っていいのか分からなかったし、武我の方も、きっと同じだったんだろうと思う。
やがて、窓の外に海が見えてきて、俺たちは黙ってそれを眺めた。
「やっぱ、寒そうだな…」
俺が呟くと、武我も頷いた。
「次で降りよう」
「うん…」
電車がホームに着くと、俺たちは立ち上がってドアの前で車両が止まるのを待った。
そして、ドアが開くと、余り人気のないホームへ降りた。
「こっちかな?」
武我の指す方を見て頷くと、俺は並んで歩き始めた。
「やっぱ、風が違わね?」
「うん、そうだな」
それきりまた黙り、階段を上って改札を通ると、俺たちは駅の外へ出た。
初めての場所で何処から行けばいいのか分からなかったが、兎に角、俺たちは海の方向を目指して歩き出した。
駅は海からそう遠く無さそうだったし、歩いて行けばすぐに着くだろう。
俺は、首に巻いた武我のマフラーに顎を埋めるようにして、顔に当たる風を避けながら歩いた。
5分ほどで、堤防が見え、その向こうに海が広がった。
「あっちから下りられるな」
武我が呟き、俺たちは堤防の間に作られた階段を目指して歩き始めた。
砂浜に下りると、遮るものが無くなった所為もあって海から吹く風は激しさを増した。波も、予想以上に荒れていて、白い波頭を盛大に壊しては浜辺に打ちつけていた。
「うぅぅぅぅッ……。さ…、みぃぃぃッ……」
体中に力を入れて吹き飛ばされないように耐えながら、武我は笑いながら叫んだ。
俺も笑い、同じように身体を強張らせながら、武我の隣へ立った。
「飛沫があたる。冷てぇっ…」
こんな季節に海になんか来た自分達がおかしいと思うのか、その馬鹿馬鹿しさが却ってそうさせるのだろう、武我は楽しげだった。
その気分が移ったのか、俺も何だか楽しくなり、ポケットに手を突っ込んで身を竦め、砂に足を取られながらも武我と並んで歩き始めた。
すると、武我が縮こめていた手を伸ばして、俺のコートのポケットに突っ込んで来た。
見ると、口元に笑みを浮かべ、ポケットの中の俺の手を掴んだ。
「あったけーーーーッ」
俺に聞こえるように、怒鳴って言うと武我は俺の手を掴んだままグイグイと引っ張って歩き続けた。
昨夜も手を繋いでくれたけど、今のこれはなんだか意味が違うように思えた。
昨日は、惨めな俺に同情して、導いてくれようとして繋いだ手だったように思う。
でも、今、俺の手と繋がれてる武我の手は、特別な意味を感じさせなかった。
「ほんと、あったけ…」
風と波の音で聞こえないと分かっていて、俺は小さく呟いた。
「駄目だぁ。さみぃッ…。どっかで、なんか食わねえっ?あったかいモンでも飲もうぜっ」
俺の方に口を寄せて武我が叫んだ。
俺は頷くと、武我の手を掴んだまま回れ右をした。
海まで降りてくる途中で、ちっちゃいカフェがあったのを思い出し、俺たちはそこへ向かった。
来るお客は、近所の知り合い程度、みたいなアットホームな雰囲気の店だったが、これでも海水浴客が来る時期には随分込み合うのかも知れなかった。
俺たちが窓際の席に着くと、ママというよりは、“小母ちゃん”と呼びたくなるような店主がニコニコ笑いながら水とお絞りを運んで来た。
「食いモン、出来ます?」
武我が訊くと、小母ちゃんは笑顔のままで頷き、メニューを示した。
「今、パン切らしてるから、ご飯モノと麺類だけなんだけど」
見ると、メニューには“ナポリタン”の他に、“焼きそば”と“焼きうどん”もあった。
「俺、焼きそばにすっかな…。あと、ホットコーヒー」
武我がそう言うと、小母ちゃんは頷いた。
「じゃあ俺、チキンピラフとカフェオレ」
「はい。ちょっと待っててね」
暖房が効いた店内のお蔭で、俺たちは少し暖まってきた。
マフラーを外してコートを脱いで隣の席へ置くと、俺は窓の外に見える海に目をやった。
夏だと、さぞかし輝いているんだろうが、今はまだ灰色で寒々しい。けど、寒くても、武我と一緒に歩けて嬉しかった。
武我はやっぱり、俺に思い出を作ってくれる気なのかも知れない。
さっきは凄く自然に思えたけど、手を繋いでくれたのも武我の気遣いだったのかも知れない。
「なんか、すげえ古い漫画がある」
笑いながらそう言うと、武我は立ち上がって、店の隅にあった漫画や雑誌を収めたカラーボックスに近付いた。
「ほら晶、こんなの知ってっか?」
差し出されて俺は首を振った。
「読む?」
「いや。いい…」
武我は頷くと、持っていた単行本を仕舞って席に戻って来た。
「この後、どうする?映画行くか?」
訊かれて、俺はまた首を振った。
「いいよ。見たいの、ねえし」
「じゃ、どうする?」
俺は、なんと答えていいのか分からず、ただ首を振った。
ほんとは、もういいよ、と言うつもりだった。
一緒にこうやって出掛けられて、手も繋げて、それだけでもう十分だと思った。
最後の思い出は、俺にとって凄く穏やかな時間になったと思う。
だからもう、武我は俺から去って行ってもいい筈なんだ。
けど、言えなかった。
ホントはまだまだ、ずっとずっと一緒に居たかったから。
「なら…、さ」
武我の手が、黙り込んだ俺の手に伸びて来て、トントンと中指の関節辺りを叩いた。
「ホテル行くか?」
「え…?」
驚いて俺が目を上げると、武我はちょっと恥ずかしげな顔で俺を見ていた。
「さっき、向こうを下りてったとこにラブホあったじゃん?行こ?」
他の客は誰も居なかったが、やはり内容が内容なので気になったのだろう。テーブルの上に身を乗り出して俺に近付くと、武我は小声になってそう言った。
「マジ?」
俺が掠れた声で訊くと、武我は頷いた。
「嫌か?」
「やじゃねえけど…」
そりゃ、嫌な訳はねえ。
だって俺は、いつだって武我が欲しいんだから。
「なら、食ったら行くべ?な?」
「…うん」
マジで、武我は俺とまたエッチするつもりなんだろうか。
そして、終わった後で言うつもりなんだろうか。
これで最後だ、って。
俺が訊こうかどうしようか迷っていると、小母ちゃんが俺たちの注文の料理を運んで来た。
「お待たせ」
「お、旨そう…」
湯気の立った出来たての焼きそばが目の前に置かれると、武我は嬉しそうに相好を崩した。
野菜や肉がたっぷり入っていて、家庭的な感じのその焼きそばは確かに旨そうだった。
チキンピラフは米から焚いた訳ではなく、所謂洋風の炒飯みたいな感じだったが、これもまた具沢山で旨そうだった。
「お…、そっちもいいな。な、半分しねえ?」
「え?ああ、うん。いいよ」
俺が答えると、武我は頷いて割り箸を袋から出して二つに割った。
ピラフは塩加減も丁度良くて旨かった。半分食べた所で今度は武我と交換し、焼きそばを食べたが、これもいい味だった。
「ん…、こっちも旨い」
武我も、俺の食いかけのピラフを一口食ってすぐに頷いた。
俺たちは満足して料理を平らげると、一息着いて店を出た。
金は武我が払ってくれた。俺が外でぼんやりと海を見ながら待っていると、清算を済ませた武我が出て来て俺の隣に立った。
「また、夏に来るか…」
武我の言葉に、俺は顔を上げだ。 けど、その言葉が、俺に対して言ったのかどうか分からなかった。
訊かれたような気もしたけど、ただの呟きのようにも聞こえた。
後の方だとしたら、俺と来ようと言ったんじゃなく、今度は他の誰かと来ようというつもりで言ったのかも知れない。
俺が返事をせずに黙っていると、武我は振り返って俺の手を掴んだ。
「な?今度は夏に来ようぜ?」
「……俺と?」
俺が疑い深く訊き返すと武我は笑った。
「他に、誰か居るか?」
「けど…」
俺とはまだ友達だから、一緒に遊ぼうという意味なのだろうか。
それとも、他の意味で言ったんだろうか。
俺が戸惑っていると、武我はまたフッと笑った。
「なあ、晶…」
「ん?」
「さっきもさ、それから今も、俺は自然におまえと手を繋いだと思う。何にも構えずに、なんとなく繋ぎたくなったからそうした」
確かに、武我は俺の手を自然に握ったかも知れない。
けど、それにどんな意味があるんだろう。
俺が戸惑っていると、武我はまたフッと笑った。
「だからさ、それでいいんかなって思う。色々考えたり、悩んだりしたけど、それがきっと、答えなんじゃねえ…?」
「え?」
見ると、武我は繋いでいた手にキュッと力を込めた。
「付き合おうぜ。俺、琴音と別れるからよ」
そう言って笑った武我を、俺は信じられないものを見るような目で見つめた。