イヌ・4
-16-
夏樹が隆哉に捕まったのは、丁度コンビニの前だった。
その向こうに小高のマンションへ続く道があったが、彼の姿は見えなかった。
「一昨日…、随分具合が悪そうだった。家まで送ってきたけど、あの後はどうなったのか分からないんだ…」
夏樹がマンションの方を見ていたのに気付いたのか、隆哉が言った。
「電話…、しなかったのか?」
訊くと、隆哉は首を振った。
「したけど、携帯の方は出なかった。家電の方に掛けたら、お母さんが出て、今は出られないって…」
「そうか…」
「今日は休むのかも知れないな…」
そう言うと、隆哉は夏樹を促して歩き始めた。
だが、小高は休まなかった。
少し顔色は悪かったが、一時限目が終わると元気に挨拶をして教室に入って来た。
みんなに、寝坊したのかと訊かれて曖昧に笑って誤魔化していたが、多分、遅れたのは病気の所為だろうと夏樹には分かった。
「おはよう、夏樹。一昨日は、変なメールしてごめん…」
気まずそうな顔でそう言った小高に、夏樹は少し怒った表情で言った。
「そう思うなら、送るなよ。マジ、引いたし」
「ご、ごめん…」
きつい物言いをした夏樹に、周りの皆が驚いた。
だが、夏樹は小高が望む通りに同情はしないと決めたのだ。だから、あんなメールを貰った時、普通に友達が反応するように小高に答えを返そうと思った。
「なになに?どうしたん?」
周りの友達がすぐに寄って来たが、夏樹はシッシッと追い払うように手を振った。
「いいから、いいから。おまえらには関係無いよ」
「おー、全く相変わらずきついよなぁ、夏樹は。基君、気にしないで?泣くんじゃないぞぉ?」
ヨシヨシと頭を撫でながら猫なで声で言った友達を見て、夏樹はプッと吹き出した。そして、小高もまた釣られて笑い出した。
夏樹が振り返ると、隆哉は此方を見ていたが、その表情は浮かないものだった。
その顔を見ると、夏樹の胸もまた重苦しくなった。
放課後、部活に行く隆哉と小高を見送り、夏樹は一人で教室を出た。
今日は美雪も委員会があるらしく、隣を覗いたら丁度教室を出て向かう所だった。
彼女と別れを告げ、夏樹は一人で家へ帰った。
その夜、隆哉から電話があった。
「基、明後日入院なんだって…」
「そう…」
「夏樹…、明日の朝は迎えに行けないけどいいかな?」
それは、朝練があるからではないのだと夏樹にはすぐに分かった。
「うん…、いいよ」
「ごめん…」
「謝るなよ」
「…うん」
「じゃ、明日、学校で…」
「うん、おやすみ…」
電話を切った後、夏樹はホッと溜め息をついた。
今までの隆哉との電話で、これが1番短かったかも知れない。
いつも、少しでも長く声を聞いていたくて、お互いに話を長引かせようとするのだが、今日はそんな気分にならなかった。
「キスしたい…。抱いて欲しい…、リキ…」
急に不安になり、夏樹は自分を抱き締めると呟いた。
このまま、元に戻れないまま、しこりを残し続けるのだろうか。
好きって、なんだろう…?
突然、夏樹は思った。
最初、隆哉が自分を好きだと言った時、自分はただ驚くばかりだった。
だが、すぐに嬉しいと思ったし、女の子に追い掛け回されるほど人気者の隆哉が自分を選んでくれた事を信じられない思いと、それから自慢したい思いに駆られた。
だが、あの時まで、自分は隆哉を恋愛対象として見ていた覚えはない。
そう考えると、隆哉の言う“流された”ことになるのだろうか。
いや、ただ気付かなかっただけで、きっと自分もそういう意味で隆哉を好きだったのだろうと思う。
そうでなければ、隆哉の気持ちが本当は自分ではなく吉岡にあるのではないかと疑った時、あれほど絶望する訳がない。あんなに辛い気持ちになる訳がなかった。
いつから好きになったのかなんて、今ではもう分からなかった。
だが、もしかすると、初めて会ったあの時には、もう隆哉を好きだったのかも知れないと夏樹は思った。
携帯電話を取り上げ、夏樹は隆哉の番号を押した。
ツーコールで隆哉が電話に出た。
「夏樹?どうかした?」
「リキ…、会いたい…ッ。行ってもいい?」
「えっ?今から…?」
驚く隆哉に被せるようにして夏樹は言った。
「自転車で行くから平気。すぐに行くから…ッ」
「駄目だっ。それなら、俺が行くよ。待ってて…」
そう言うなり、夏樹の返事も待たずに隆哉は電話を切った。
「リキ…」
隆哉も自分に会いたいと思ってくれていたのだと、夏樹は彼の反応で分かった。それが嬉しくて、携帯を握り締めたまま夏樹は部屋を飛び出した。
幾ら自転車で急いでも、此処へ着くには10分は掛かる筈だった。だが、それを悠長に待っている気にはなれなかった。
夏樹は階段を駆け下りると、居間にいる母親に向かってコンビニへ行くからと言って玄関に降りた。
ビーチサンダルを突っ掛けて、ドアを開けると外へ駆け出す。
隆哉が来る筈の方向へ夏樹は歩き出した。
コンビニを通り過ぎ、曲がり角の街灯の下まで来ると、夏樹は息を整えながら耳を澄ました。
やがて、隆哉の漕ぐ自転車の音が闇の中に聞こえてきて、自転車のライトが向こうに見えた。
余程急いで来てくれたのか、まだ5分しか経ってない。
夏樹は急に込み上げてきたもので胸が熱くなるのを覚えた。
「リキッ…」
叫んで駆け出すと、隆哉も自転車を止めて駆け寄って来た。
放り投げるようにして手を離した自転車が倒れてガシャンと音を立てた。
「夏樹…ッ」
街灯から離れていた為、薄暗がりの中で良く顔は見えなかったが、夏樹は抱き締められてしっかりと隆哉の匂いを感じた。
この存在を無くしたくない。
絶対に無くしたくなかった。
「リキッ…嫌だッ…」
“嫌”の意味を夏樹は言えなかった。
それは、自分自身にさえ上手く説明出来ないことだったからだ。
だが、隆哉には通じたらしい。
抱き締める腕に更に力を込めると隆哉は頷いた。
「うん…、夏樹…」
じっと夏樹の匂いを嗅ぐようにして項に顔を押し付ける。隆哉もまた、自分と同じようにこの腕を離したくないと思っているのだと夏樹は感じた。
夏樹は顔を上げると、背伸びをして隆哉の首に腕を回した。
「ウチ、行こ?」
「で、でも…」
躊躇う隆哉をじっと見上げると夏樹は首を振った。
「平気だよっ。行こ?来てよっ…」
じっと夏樹の目を見たまま、コクッと隆哉が頷く。
夏樹は彼の手を取ると、グイグイと引っ張って歩き出した。
家に着くと、夏樹は隆哉を先に2階へ上がらせ、自分は居間に顔を出した。
テレビを見ていた母親に“ただいま”を言うと、もう寝るからと言って自分も2階の部屋へ上がった。
ドアを開けると、部屋の真ん中で隆哉が振り返った。
夏樹は急いでテレビをつけて少しボリュームを上げると、隆哉の胸へ飛び込んだ。
「リッ…」
夏樹が顔を上げた途端、隆哉の唇が降って来た。
口を開くより先に、舌で抉じ開けられて喘ぐ。だが、夏樹の手はしっかりと隆哉の身体を掴んでいた。
「んくっ…」
口の中の全部を舐められ、唾液が溢れて苦しくて飲み込んだ。隆哉の手は頬を包んでいるだけなのにズクズクと股間が熱くなって夏樹は眩暈がしそうだった。
隆哉の手が動いたかと思った瞬間、ひょいと抱き上げられて夏樹はハッとなった。
そのまま、ベッドの上に運ばれてすぐにジーンズと下着を脱がされた。
興奮して気が急いているのがはっきりと分かる。隆哉の指は少し乱暴だったが、夏樹は気にしなかった。
カタッ、カタッと音を立て、隆哉がベッドのヘッドボートの引き出しを開けた。そして、入っていたローションのチューブから性急に蓋を取り払い、液体を夏樹の尾てい骨の窪みに注いだ。
「ひゃっ…」
小さく声を上げて、夏樹が震える。
ベッドの端から突き出すようにしていた臀部が僅かに揺れた。
「んぅ…っ」
ぬるぬると窄まりを撫でていた隆哉の指が、ぐーっと押し入れられる。
途端に、夏樹の身体から熱いものが競り上がってきた。
隆哉に触れて欲しくて、自分がどんなに我慢していたのか、夏樹ははっきりと分かった。
どんなに自分が耐えていたのか、どんなに隆哉の手が恋しかったのか、はっきりと分かった。そして、それが分かると涙が零れそうになってしまったのだ。
「夏樹…ごめっ…。俺、ゴム持ってない…」
気付いて口惜しげに言うと、隆哉の指が中から出て行こうとした。
夏樹は、すぐに激しく首を振った。
「いいよっ。平気だからッ…」
「でも…」
「いいってッ。早くっ、早くしてよぉ…ッ」
切なげに夏樹が言うと、すぐにまた、隆哉の指が奥まで入って来た。そして、その部分を、ぐっ、ぐっと押し広げる。
多少の痛みはあったが、夏樹は構わなかった。
(早くっ、早く来て…リキッ…)
求める気持ちが大き過ぎて、切なくて泣きそうになる。
性急に身体を解されているだけのその行為でさえ、気が変になるほど感じて、夏樹は喘ぎ続けた。
「ふぁっ…」
ズッ、と深く隆哉の指が入った瞬間、とうとう夏樹の身体が跳ね上がった。
突然の射精感にビクビクと身体が震える。尻を高く上げたまま、夏樹は悩ましげな声と共に、白濁した体液を零し続ける自分の性器を掴んだ。
「夏樹ッ…」
興奮した隆哉の声が名前を呼んだ。
そして、それと同時に指が出て行く。
「んぁっんッ…」
夏樹の身体はそれにも敏感に反応し、声を漏らすと、また少し震えた。
すぐに、隆哉が自分のものを宛がうのが分かり、夏樹はコクッと唾を飲み込んだ。
無意識に両手を突っ張るようにして身体を支えると、隆哉が押し入って来るのに備えた。
そして、力強く隆哉が侵入を始めると、夏樹はまた艶かしい声を上げた。
目が眩みそうだった。
達したばかりの、触られてもいない股間までがジンジンする。
目の周りがぼうっと熱くなり、ガクンッと腕から力が抜けた。
身体を頬と胸で支えると、その夏樹の両手を上から隆哉の手が包んだ。
「夏樹ッ…、夏樹ッ…」
夢中で名前を呼びながら隆哉が律動を始めると、夏樹は殆ど泣きながら喘ぎ始めた。
夏樹が目を覚ました時、隆哉は隣で眠っていた。
まだ明け方で、外はほんのりと明るくなっている程度だった。
いつ眠りに落ちたのか覚えていなかったが、泣きながら喘ぎ続け、最後は隆哉の腕の中で気を失うようにして眠ったのだろう。
喉が痛んで、そして目の周りがヒリヒリした。
身体は裸のままだったが、危険を犯して隆哉が階下に下りてくれたらしく、汚れはタオルで綺麗に拭き取られていた。
そっと揺すると、隆哉は呻いて寝返りを打った。
「リキ…、起きないと…」
声を掛けると、もう一度呻いて目を擦り、隆哉が目を覚ました。
「ん…?何時?」
「5時、回ったトコ…。ウチの親が起きる前に出ないと拙いよ」
「うん、そうだな」
隆哉は頷くと、伸びをしながら起き上がった。
「夏樹…」
「ん?」
夏樹が返事をすると、隆哉はチュ、と軽く夏樹の頬にキスをし、そしてそのまま、夏樹の肩に顔を埋めた。
「ありがと…、夏樹…」
「なんだよ?別に、起こしてやったぐらいで礼なんかいいよ」
笑いながら夏樹が言うと、隆哉は肩に目を押し付けたままで首を振った。
「そうじゃない…」
そう言った後で、隆哉は夏樹の身体に腕を回すとギュッと抱き締めた。
「ありがとう…」
その意味が今度は夏樹にも分かった。
そして、そのひと言に隆哉の気持ちの全てが込められているのだと思った。
「うん…」
頷いて、夏樹も隆哉の身体に腕を回すと力を込めた。
そして、暫くそのままじっと抱き合うと、どちらともなくお互いの身体を離して見つめ合った。
「ほら、もう行けよ…」
笑みを見せて、夏樹は隆哉の胸をそっと押した。
「うん…。じゃ、学校で…・・」
そう言うと、隆哉は名残惜しそうにベッドから出て行った。
漫画雑誌の上に置いてあった自分の靴を持つと、隆哉は何度も振り返りながら部屋を出て行った。
夏樹は急いで起き上がって下着だけを着けると、階段の上から隆哉が出て行くのを見送った。
今から急いで家に帰り、シャワーを浴びて支度をするのだろう。
いつも、早くから起きて走っている隆哉だったから、朝の内に出入りをしても家人も怪しんだりしない筈だった。
夏樹は部屋に戻ってベッドに腰を下ろすと、そのままゴロリと横になった。
まだ、隆哉の残した温もりと匂いが残っている。
目を閉じて、それに浸ると、夏樹はゆっくりと伸びをした。
昨夜は久し振りに抱かれて、途中からもう何も覚えていないほどだった。
感じ過ぎて、多分泣きじゃくっていたのだろう。目の周りが腫れているようで、隆哉を受け入れた部分も、まだ何か挟まっているみたいにはばったい。
思い出すと、くすぐったくて、そしてとても嬉しかった。
もう、2度と元の2人には戻れないような気がして何処か不安で仕方なかったが、その気持ちはもう、夏樹の中から消えようとしていた。
ただ、元の2人に戻れたのだとは思わなかった。
元に戻ったのではなく、自分達は別の、もっと違う何かを得たような気がしたのだ。
「眠っちゃったら、起きられないよなぁ…」
枕を抱きしめて、夏樹はそう呟くと、また目を閉じた。