まるで、帯波にのまれるように


-3-

「いいなぁ…。やっぱ、海の傍は…」
「ジョー…ッ」
はぐらかされたことに少々苛つき、鉄太は少し声を荒げた。
すると、城はほんの少しだけ笑い、やっと鉄太の顔を見た。
「鉄って鋭いんだよな…。だから嫌なんだ…」
「城…」
それは、鉄太が初めて見た、城の泣きそうな表情だった。
その表情に戸惑う。
だが、城がここへ来た理由は、やはりちゃんと在ったのだと分かった。
「言えよ。……その為に来たんじゃねえの…?」
鉄太の言葉に、城はフッと笑った。
「やだなぁ…。ホント、おまえってさ……」
言った後で、何とも言えない表情になり、城はガリッと人差し指の関節を噛んだ。
城が感情を露にしたのを、鉄太は初めて見たと思った。
だが、すぐになんでも無かったような顔になると、城は鉄太に笑いかけた。
「飯、食っちまおう?それから、花火しようぜ」
「ジョー…」
鉄太が口を開くと、城は新しいビールの缶を差し出した。
「今夜…、泊まれよ、鉄…」
どうやら、後でゆっくり話そうと言いたいらしい。それを察して、鉄太は缶を受け取ると頷いた。
「分かった。じゃ、もっと飲むか…」
「ああ」
ニッと笑い、城は自分の缶ビールを取って鉄太のに軽く当てた。



料理を食べ終え、鉄太が持ってきた缶ビールも飲み尽くすと、2人は食べ終えた食器を調理場まで運んだ。
そして、花火を持つと宿でバケツを借りて海へ出た。
まだ夜も早い所為で、あちこちに散歩する人影や笑い合う若者達の姿が見られた。
2人は堤防の階段を下りると砂の上に水の入ったバケツを置いた。
「点くかな…?」
海からの風が強いので、2人は海に背を向けると自分達の身体を風除けにしながら花火に火をつけた。
「おっ…点いた」
シューッと、火花が飛び出し、忽ち暗闇が照らされた。その灯りでお互いの顔が見える。鉄太は口元を綻ばせる城の顔を見て、自分も笑みを浮かべた。
「次、これな」
終わるとそれを水の中に漬け、すぐにまた、城は次の花火を持った。
それぞれに選んだ花火を次々と燃やし、バケツの中には燃え滓が増えていった。
やがて、パチパチと金色に弾ける火花を見ながら、城が突然、そしてぼんやりと言った。
「あっけないよな…」
「…そうだな」
城の心の中が見えなかったが、鉄太は答えた。
「でも、だから綺麗なんだ、きっと……」
その言葉に、城は顔を上げて鉄太を見た。
「…カッコいいこと言うんだな」
「そうだろ?」
笑って見せると、城も笑った。
そして、最後の花火をバケツの中に入れると、2人は仲良く取っ手を持ちそれを下げて宿へ戻った。
部屋に戻ると、もう布団が敷かれていた。
海へ出る時に言っておいたので、鉄太の分も並べて敷いてあった。
そこにごろりと横になると、鉄太はリモコンを取ってテレビのスイッチを入れた。
「なあ、前期が終わるまでは居るんだろ?」
鉄太が訊くと、城は首を傾げながら彼の横に胡坐を掻いて座った。
「考え中。…夏休みが終わったら、退学届け、出してもいいかと思ってる」
その答えを聞いて、鉄太は眉を寄せた。
「なんでそんなに急ぐんだ?……日本に居たくねえの…?」
鉄太の問いに、城は軽く肩を竦めると胡坐を解いて立ち上がった。
「俺、風呂入ってくるわ。鉄はどうする?」
「ん?ああ…、家で入って来たんだけどな。ここ、何時まで入れるっけ?」
「11時までだったぜ」
「そか…。なら、後でシャワーだけ浴びに行くわ」
「ん。じゃ…」
頷くと、城はタオル類を持って部屋を出て行った。
自分に何かを言いたくて来た筈なのに、城はまだ、話すことを躊躇っているようだった。
それだけに、城の話が重要なことだと感じる。その話を聞いた後で、自分達の関係が変わるのだろうか。
そんな気がして、鉄太は落ち着かなかった。


風呂から戻った城は、風呂場の前の販売機で買って来たのか、手に炭酸飲料のペットボトルを2本持っていた。
「コーラでいい?」
訊かれて、鉄太は頷くと1本受け取った。
「サンキュ」
起き上がって、鉄太はキャップを捻るとすぐにそれに口を付けた。
城も湯上りで喉が渇いていたのか、ゴクゴクと喉を鳴らして半分ほどを飲んでしまった。
「ふー、あっちぃ……」
息をつき、城はもう1度ボトルを口に運ぼうとしたが、何を思ったのか手を途中で止めるとボトルを下に下ろした。
「俺さ…、ゲイなの、前に言ったじゃん…?」
「えっ?…あ、うん…」
突然の思いがけない話に鉄太は少々面食らった。だが、城の顔を見ると、布団の上に座り直した。
「男の話とかさ、他のヤツに話すことじゃないし、キモいと思われても面倒だし、今まで誰にも言ったことないんだけど…、ま、一応、付き合ってる人、居たんだわ…」
「…うん」
頷きながら鉄太は“やはり”と思っていた。城の心境の変化は、付き合っている相手と関係があるのだろう。
「オヤジの大学の時の後輩で、シルバーアクセのデザイナーなんだけどさ。店も持ってて製作もやってる。……高校の時、オヤジの伝で店でバイト始めて…、それが切っ掛け」
大したことじゃないと言うように肩を竦めた城が、無意識に指輪の無い親指を触るのを鉄太は見た。
そして、あの指輪はその人からのプレゼントだったのだと気付いたのだ。
「若く見えるけど、歳なんか倍も違うし……。けど、俺が惚れて、絶対に迷惑掛けないって約束で付き合ってもらった」
「迷惑って…?」
鉄太が訊くと城はまた肩を竦めた。
「あっち、奥さん居るんだよ。まあ、ずっと別居状態で、籍が入ってるってだけで離婚したのと同じだって本人は言ってたけどね…」
「そうか…」
まさか、城がそんな恋をしていたなんて、彼の普段の様子からは想像も出来なかった。
別居中とは言え奥さんの居る相手と道ならぬ恋をするのは、楽しいことばかりじゃなかっただろう。だが、そんな辛さなど微塵も感じさせはしなかったのだ。
「俺がハワイに行く時は、一緒に行くかな…なんて言ってたんだ。向こうで店持ちたいって…。まあ、俺も真っ正直に信じてた訳じゃないよ。そんなの、夢みたいな話だもんな…」
自嘲気味に笑って城は言った。
だが、きっと彼の言った言葉を心の中では信じていたのだろうと鉄太は感じた。
一息つきたかったのか、城はペットボトルを持ち上げてコーラを飲んだ。
そして、気持ちを決めたように表情を変えた。
「先月、急に引っ越すって言い出してさ…。何かと思ったら、別居中の奥さんが病気になったからって…」
「え…?」
フッと息を吐くと、城は顔を上げて鉄太を見た。
「死ぬような病気じゃないらしいけどな…」
「ジョー……」
鉄太が見つめると、城は薄っすらと笑みを浮かべた。
「面倒見てやれるのは、自分しか居ないからってさ…。何年も別居してて、もう夫婦じゃないよな、なんて言ってた。…けど…、やっぱ敵わないんだって分かった訳。ずっと傍に居たって、それだけで選んでなんかもらえないんだ。…夫婦の絆は、俺なんかにどうにか出来るほど、(やわ)いもんじゃなかったんだ」
手を伸ばすと、鉄太は城の肩を掴んだ。
「そういうことじゃねえよ。だって…、事情が事情だろう?」
鉄太の言葉に、城は笑って首を振った。
「悪いな…ってさ。たった一言、それだけだった。……本当は、そろそろ俺と別れたかったのかも知れない。丁度いい口実だったのかもな…」
ゆっくりと、鉄太の手が城の肩から滑り落ちた。
「…だから、指輪、外したのか…?」
訊くと、城は手を上げて指輪のあった親指を握った。
「持ってろって言われたよ。…けど、置いてきた。もう…、無理だろ?」
「ジョー…」
言葉も無く、鉄太はただ城を見つめた。
何でもないことのように、城は自分の恋が終わったことを告げた。
だが、その心の中に深い悲しみがあることを、鉄太はちゃんと分かっているつもりだった。