恋するほどに切なくて


-4-

何処か人目につかない場所へ行こうかとも思ったが、葦原の言いつけを破る気にはなれず、やはり彼が帰って来るのを待つことにした。
僕がそこに座ったままぼんやりとジュースを啜っていると、向こうから女の子の3人組が近づいて来た。
「葦原くんはどうしたの?」
近づいて来たのは矢沢さん達だった。
「あ、あの、ケーキの数が合わないとかで、今、委員長が来て一緒に…」
「ふぅーん…」
なんだか感じの悪い雰囲気だった。腕を組んで、じろじろと僕を見下ろしている。
「しっかし、よく化けたわよねぇ。あの“冴えないくん”が…。さすが、野々宮小枝よね。ブスだけど、化粧だけは上手いんだから」
矢沢さんの言葉に他の2人は面白そうに笑った。
僕は嫌な気分になって、そこを離れようと思った。だが、立ち上がろうとした僕の足を矢沢さんがギュッと踏みつけた。
「いっ…」
思わず呻くと、益々体重をかけて矢沢さんが僕の方に身体を近づけた。すると、他の2人も僕を囲むようにしてその隣に立った。
「生意気なのよ。男の癖に、葦原くんとデートだなんて…。例え、洒落だって許せない」
「あんた、本当にオカマなんじゃないの?女装が板に付き過ぎてるよ」
「まさか、下着も女物なんか付けてんじゃ無いでしょうね?見せてみなよ」
「や、止めろよっ」
スカートを捲られそうになって、僕は慌てて抑えた。
すると、矢沢さんの足がガシッと僕の脛を蹴った。
「いたっ…」
脚を抑えて蹲った僕の頭に矢沢さんの罵声が降って来た。
「オカマッ。気持ち悪いのよ、あんたっ。葦原くんに近付くなっ」
思わず僕がキッと睨みつけた時、後ろから声が掛かった。
「何やってんのっ?あんたたちっ」
振り返ると、野々宮さんが凄い形相で立っていた。
「別に。話してただけよ。行こう」
他の2人を促すと、矢沢さんは涼しい顔で立ち去って行った。
「大丈夫?北野…」
「うん、ありがとう。…平気」
蹴られた脛を撫でながら僕が言うと、野々宮さんは僕の前にしゃがんでハイソックスを下ろした。
「大丈夫じゃ無いじゃん。蹴られたの?あの女ぁ…」
真っ赤になった僕の脛を見て、野々宮さんは矢沢さんの後姿を睨みつけた。
「自分が葦原に振られたからって、八つ当たりして…。見っとも無いったらありゃしない」
「いいよ、もう。ほんと、だいじょぶ…」
僕がハイソックスを元に戻した時、葦原が戻って来た。
「どうした?」
「あ。葦原、今…」
立ち上がりながら説明しようとした野々宮さんを、僕は手を出して止めた。
「な、なんでもない」
女の子に馬鹿にされて暴力まで振るわれたなんて、格好悪過ぎて知られたくなかった。
「野々宮さん、僕の着替え何処にある?もう、メイクも落としたいんだけど…」
「ああ…、そう…」
「駄目だ」
答えようとした野々宮さんを遮って、葦原が手を伸ばすと僕の腕を引っ張った。
「言ったろ?今日は七綱の権利は俺のモンなんだ。勝手なことはさせないからな」
「あ、葦原…?」
驚いて目を見張った野々宮さんを尻目に、葦原は僕の腕を掴んだまま無理やり引っ張って歩き出した。
「ど、何処行くの?」
「いいから、来いよ」
「やだよ。僕もう、こんな格好…」
「煩い。いいから来いって…」
有無を言わさず、葦原は僕を引っ張って行くと、体育倉庫に連れ込んだ。 そして、中に入ると野球のバットをつっかえ棒にし、扉を開かないようにした。
「なんなの?里久…。どうしてこんなとこ…」
「おまえ…」
葦原は僕に近付くと、片手でぎゅっと顎を掴んだ。
「野々宮と何かあるのか?昨日も仲良さそうに、2人で裏庭に居ただろっ?」
「み、見てたの…?」
僕は驚いて聞き返した。
「どうなんだよっ?」
葦原は苛々とした口調で言うと、グッと僕を睨みつけた。
もしかして、これは嫉妬なのだろうか。
気が付くと、僕の胸の奥から熱いものが込み上げてきた。
まだ葦原は、嫉妬するほどの気持ちを、僕に対して持っていてくれたのだろうか。
「なんにもない…よ。ある訳、ないだろ…?」
涙が滲んだ僕の瞳を見つめて、葦原は表情を緩めると僕の顎を離した。
「ずっと、会いたかったんだから…。もう、嫌われたのかと思ってたんだから…。酷いよ。幾ら忙しいからって、電話もくれないなんて……」
「七綱…」
しがみ付いた僕の身体を葦原の腕がギュッと抱きしめてくれた。
「嫌ならもう、抱いてくれなくてもいい。ただの友達でもいいから、傍に居させて……」
訴えるように言うと、フッと葦原が息を吐くのが聞こえた。
「馬鹿。どうしていつも、そうやって、俺を信じてくれないんだよ?」
「里久…?」
悔しげな葦原の表情を見て、僕はハッとした。
「七綱はいつもそうだ。俺が幾ら好きだって言っても信じてない。いつも人の目ばっかり気にして、俺から離れていこうとするのは七綱の方だろ?」
「だ、だって…」
人前で親しげな素振りなんか見せたら、葦原に迷惑が掛かると思った。だから、近付かないようにしていたのだ。
「みんなの前だからって、どうして喋っちゃいけないんだ?店に来たって構わないよ。いつも、来いって言ってるだろ?」
「そうだけど、でも…」
「俺は七綱と教室でも普通に話して、外でも普通に会ってデートしたい。誰に見られたって構わないよ。俺は人に何か言われるのなんか全然平気なんだから」
「じゃあ、この前、野々宮さんたちと店に行った時も怒ったんじゃないの?僕が行ったのが嫌だったから、わざとあんな風に…」
言葉の途中で葦原は首を振った。
「あれは牽制だよ」
「え…?」
「野々宮達に牽制したんだ。七綱は俺のモンだって」
「里久…」
「俺とは外でお茶なんか飲んだ事無いくせに、女の子なんか連れて来るんだからな…」
少し恨みがましい目になると葦原は吐息をついた。
「この前だって、まるで俺が、おまえをダッチ代わりにしてるように思われてるみたいで腹が立って…。俺はただの性処理で、七綱を抱いてる訳じゃ無い。そんなことが目的なら、何もおまえに辛い思いさせなくたって、どうにでもなるんだから」
それを聞いて、僕は慌てて首を振った。
「辛い思いなんかしてないよ。そんな風に思ったことなんか無い」
「でも、いつも我慢してるように見える。おまえの身体を傷付けないようにしたいけど、やっぱり苦しめてるんじゃないかって思ってたんだ」
「違うよっ…」
僕はまた、葦原の身体にしがみ付くようにして抱きついた。
「違う。我慢なんかしてない。苦しい思いなんかしてないよ…。ごめんなさい…」
自分の恥ずかしい姿を見せたくなくて逃げてばかりいた所為で、葦原を悩ませていたのだと知ると、僕は申し訳なくて泣き出してしまった。
「ずるいよ、七綱は…」
葦原の指が、僕の睫から溜まった涙を掬い取った。
「俺が、おまえに泣かれるのに弱いって、知ってるくせに…」
唇が重なり、久し振りのキスは驚くほど熱かった。 葦原はまるで味わうようにして僕の舌や口蓋を撫でてくれた。
離れたくなくて、僕は初めて自分から唇を押し付けて2度目のキスを貰った。
「俺だって会いたかったよ。すげえ、会いたかった。意地悪してごめんな?」
「意地悪?」
「ああ。七綱の言う通り、わざと電話もしなかった。そうすれば、おまえの方から掛けてくれるかもって思って、最後は意地になっちゃってた…。もしかしたら、店の方に会いに来てくれるかも知れないと思って、あのケーキも、いつも売り切れる前に1個だけ取って置いたんだ」
「え…?」
じゃあ、あの時の栗のタルトは、葦原がわざわざ僕の為に取って置いてくれたものだったのだ。
「嬉しい…」
僕の瞳からまた涙が溢れそうになる。
すると葦原は何故か照れたように笑って、周りを見回した。
「なあ、抜け出さないか?」
「え…?」
「ここじゃあなぁ…。あんまりムードが無さ過ぎて…」
「でも…」
ムードとはどういうことか。葦原が何故そんなことを気にするのか分からなかったが、僕だって彼と2人っきりになれる場所へ行きたかった。 でも、いつもよりもずっと人目の多い今日、誰にも見つからずに抜け出すことなんか出来るのだろうか。
「大丈夫。丁度、七綱は桜女子の制服着てるし、俺も上着さえ脱いじゃえば何処の生徒か分かんねえよ。学祭に来た他校生の振りして出よう」
それでも、やはり顔の知られた葦原は、なるべく人目につかない場所を選んで裏門から抜け出した。
何とか誰にも見咎められずに脱出に成功すると、僕達は大通りに出てタクシーを拾った。
繁華街に出て、葦原は僕を裏通りのラブホテルに連れて行った。
こんな場所に来るのは勿論初めての僕は、堂々とした葦原の腕にしがみ付き、後ろに隠れるようにして部屋まで行った。
「おいで…」
立ち竦んで部屋を見回していた僕を、葦原はベッドの上に(いざな)った。
「里久…」
「いいから…」
キスと同時に手がスカートの下に入り込んできた。
「ん?…うわ、エッチ。パンツも女の子のを穿いてんだ?」
「やっ…、駄目ッ」
僕が慌てて隠そうとすると葦原がその手を掴んで止めた。
「いいから…。ほんとに今日の七綱は女の子にしか見えない。綺麗だよ…」
「こういう方が、好き…?」
不安になって問い掛けると、葦原はクスッと笑った。
「好きって言ったら、またしてくれる?」
「…うん。なんでもする…」
言いながら悲しくなって、僕は目を閉じた。
やはり葦原は、女の子の方がいいのだろうか。
すると、僕の閉じた瞼にキスが降りてきた。
「嘘だよ。女の子の格好なんかしなくたって、七綱は綺麗だ。いつもの七綱が1番好きだよ」
「里久…」
「全部脱いで、見せて」
僕は葦原に背中を向けると、言われた通りに着ているものを脱いで裸になった。
「いいよ。枕に寄り掛かって脚を開いてごらん」
「い、いやっ…」
だって、そんなことをしたら見られてしまう。
キスだけで、もう、そこを固くしているのを知られてしまう。
僕は首を振って脚を抱え込んだ。
「だったら、縛るぞ」
「や…」
ネクタイを外しながら言った葦原を見て、僕はまた首を振った。
「今日は許さない。七綱が俺に抱かれるのが辛くないって言うなら、ちゃんと証明して見せろよ。感じてること、俺に分からせろ」
「う……」
恥ずかしくて死にそうだったが、僕は涙を堪えて言うことを聞いた。
もう絶対に、葦原を怒らせたくない。
おずおずと脚を開くと、葦原がクスリと笑う。 僕は忽ち自分の全身が真っ赤に染まるのを感じた。
「可愛い…、もう、こんなに…」
「見…ないで…」
「駄目だよ。全部見るって言ったろ?」
葦原の顔が近づき、僕の項を息が擽った。同時に、両手の指が乳首に届く。
「ここもこんなに尖らせて…」
摘まれてビクッと震え、僕が思わず唇を噛むと、葦原の囁く声がまた耳元で産毛を撫でた。
「我慢するなよ。声、聞かせて…」
首を振ると、ギュッと両の乳首が潰された。
「あうッ……」
痛みに思わず声が出る。
すると、今度はゆっくりと、指が撫でるように動いた。
「声を出すまで許さないよ。七綱が我慢出来なくなるまで、何度でもイかせるからな」
痛みを与えられた後に弄られると、いつもよりも敏感になっているのが分かる。僕はすぐに屈して、唇を開いた。
「や…、あっ、あ…、ふぅ…んっ…」
「…ほら、思った通り、可愛い声だ…。嬉しいよ、七綱…」
満足げに言われて、僕は目を開けた。
「ほんと?気持ち悪くない?」
「気持ち悪い訳無いだろ?七綱が感じて鳴いてくれたら、俺だって嬉しいし、興奮するよ」
「ほんと……・?」
「なら、確かめてみろよ」
葦原の手が僕の手を掴み、自分の股間へ導いた。
その固さを確かめると、僕の胸は熱くなった。
「嬉しい……」
「七綱……」
僕はもう、声を我慢しなかった。
本当は葦原になら何処を触られても感じて、声を堪えているのは辛くて堪らなかったのだ。
そして、我慢するのを止めた途端、僕の身体は更に敏感になったようだった。
「うっ…んっ、ああっ……」
愛撫だけで達かされ、僕は初めて声を上げて達した。
「信じられないよ。こんな身体で、今までずっと声も出さずに我慢してたなんて……」
そう言って、僕の滴りで濡れた指を、葦原は背後に回した。
「思ってた通り、乱れた七綱は凄く可愛い…。今まで出し惜しみしてた分、いっぱい鳴いてもらうからな?」
恥ずかしくて、カッと身体が熱くなったが、葦原の言葉に期待して胸が震えたのも確かだった。
僕だってずっと欲しかった。
触れてもらえなかった時間が、どれほど長かったか知れないのだ。
「ほら、自分で脚を持って開いて……」
言われてすぐに、僕は言うことを聞いた。
「あくっ…」
つぷり、と指を差し込まれて思わずまた声が出る。
僕の反応を確かめるようにしながら、葦原は指を奥へ進めた。
「久し振りなのに、思ったより柔らかいね?自分でしてた?」
見抜かれて、また頬が熱くなる。
「だって……、だって、ずっと会ってくれなかったし…、里久のこと考えると、寂しくなるんだもん……。そこが、疼いて…」
恥ずかしくて段々声が小さくなってしまった。
僕の厭らしい本性が、葦原の前で段々に暴かれていく。本当に、こんな僕を嫌ったりしないのか、また心配になった。
「ああ、もうっ。ちくしょっ…」
いきなり叫ぶように言われ、僕はビクッと震えた。
やはり、気持ち悪いと思ったのだろうか。
だが葦原は、恨みがましい目つきになって言った。
「そんな可愛いこと、そんな可愛い顔して言うなんて、反則だって……。想像しちゃっただろ」
「や……」
余りの恥ずかしさに、僕は両手で顔を覆った。
その指の上に、葦原の唇が触れる。
「もう、我慢出来ない……。まだ十分じゃ無いけど、いい?痛くても、少し我慢して…?」
僕は顔を覆っていた両手を外すと葦原の首に回した。
「うん…、平気。僕も……、早く欲しい…」
「七綱…、愛してるよ…」
「里…」
返事はキスの中に飲み込まれ、僕は涙でそれに答えるしかなかった。



「七綱、手、出して…」
シャワーから戻った僕を後ろから抱えるようにして腕の中へ入れ、葦原は僕の左手を掴んだ。
その薬指に銀色の指輪が嵌められた。
「良かった。サイズ、合ってたな…」
驚いて、呆然とそれを見つめる僕の耳元に、葦原の息が掛かる。
「誕生日、おめでとう」
「えっ?なんで…?えっ…?」
びっくりして指輪と葦原を交互に見ると、彼は照れたように笑った。
「携帯のプロフィールに書き込んであったのをチェックしてたんだ。何がいいか悩んだんだけど…」
葦原の両腕が僕を抱きしめ、頬が僕の肩の上に載った。
「いくら好きって言っても、七綱は信じてくれないから、こんなものでも俺の気持ちの証明になるかもって思って…。ちゃんといいものが買いたかったから、バイト始めたんだけど、何か却って寂しい思いさせて悪かったよ」
「そんな…」
僕の頬に、また溢れた涙が伝い落ちた。
葦原の頬に頬を摺り寄せた所為で、彼のことまで濡らしてしまった。
「言っとくけど、初めてだからな。指輪なんか送った相手…」
「嬉しい…。嬉し過ぎて、死んじゃうかも…」
指輪の嵌った薬指を唇に押し当て、僕は込み上げてくる嗚咽を堪えた。
「馬鹿。大袈裟だって…」
言いながら葦原は、僕の身体を自分の方に向けさせた。
「今夜は、ちゃんとデートだからな?映画かなんか見て、何処かで飯食って、それからまた、一晩中エッチ。…分かった?」
「うん、分かった…」
感極まって、僕は葦原に飛びつくようにして抱きついた。
「ありがと…、里久…」
「俺の気持ち、今度こそちゃんと伝わったよな?」
「うん…、うん…。ちゃんと信じる、信じるから…」
「信じるから?」
「…キスして…」
クスッと笑った後、チュッと葦原の唇が触れた。
「初めて言ったな?結構長かったぜ、ここまで来るの」
「…めんなさ…」
駄目だと思っても、また泣いてしまう。
嬉しくて、嬉しくて、どうしても涙が止まらなかった。
「もう、我慢したりしない…。いっぱいキスして。いっぱい抱いて。それから…、ずっと、ずっと、傍にいてよ」
返事の代わりに、葦原は僕をベッドの上に押し倒した。
眼鏡もコンタクトレンズも必要の無い距離で、僕は彼の瞳の中に映る自分の顔が、幸せに満ち溢れているのを見つけたのだった。