1℃
他人との間に、僅かだが温度差を感じる。
それは、黒田雪にとって度々のことだった。
だから今では、もうそれが当たり前になり、やがて気にしなくなっていた。いや、気にしないと言うより、温度差を埋めようとする努力を止めたのだ。
相手を好きだと思って付き合っていても、自分の何処かに冷えた部分を感じる。それを否定してみても、却って違和感は広がるばかりだった。
(必死だな…)
自分の上で激しく揺れる身体を下から眺めながら、黒田はそう思った。
気持ち良くない訳ではない。
興奮しない訳でもなかった。
だが、どこか冷めている。
そんな自分が、黒田は嫌いだった。
優華は顔も身体も綺麗だ。付き合おうと言われて、勿論、悪い気はしなかった。
そして、デートするのもセックスするのも嫌ではなかったし、彼女の身体に満足出来ない訳でもなかった。
「いい?ねえ…、いい?」
額に汗を浮かせ、激しく腰を揺すりながら優華が言った。
「ああ…、いいよ。凄くいい…」
Eカップの胸が上下に揺れる様を見ながら黒田は答えた。
普通の男なら、美人の彼女にこうまでされて夢中にならない訳が無かった。増してや、やりたい盛りの高校生なのだ。
だが、黒田は冷静さを失えずにいる。そんな自分に呆れるばかりだった。
そして、付き合っている内に、彼に夢中になっていた相手も黒田の冷めた部分に気付く。
優華も例外ではなかった。
シャワーを浴びて部屋に帰って来ると、優華は服を身に着けながら、ベッドに横になったままでいる黒田を見ていた。
「なに?」
見上げると、優華は溜め息をつきながら首を振った。
「もう、いいよ」
「え?」
「あたしのこと好きじゃないのは最初から知ってたけど、でもさ、こっち向かせようと思って必死になるの、もう疲れちゃったし」
「ごめん…」
謝るのはおかしいと分かっていたが、そう言うしかなかった。
「優華が悪いんじゃないよ。好きになってもらえて嬉しかったし…。俺が欠陥人間なんだ。ごめんな?」
済まなそうにそう言うと、優華はフッと笑って、ベッドに腰を下ろした。
「いいよ。雪が寂しそうなの気付いてたんだ。……理由は分からないけど、それを埋めてやれなくてごめんね?」
「優華…」
反対に謝られて胸が痛んだ。
優しい女だと、改めて黒田は思った。そして、そんな彼女に夢中になれない自分が本当に嫌だった。
過去に、何かトラウマのようなものがあったのだろうか。
時折、そう考えることがある。
だが、考えても考えても、今の自分を形作っている何かを見つけることは出来なかった。
帰っていく優華を玄関の外まで送り、黒田はまた部屋に戻った。
来週は塾で模試がある。
そろそろ勉強もしなければならなかった。
机に向かって参考書を開いてみたが、ちゃんと見る気にもならなかった。
持っていたペンで意味も無く文字の上を叩く。そうしてまた、ぼんやりと何故自分がこうなのか考えた。
元々頭は良く、それほど必死に勉強しなくても、黒田は学校でも塾でも常に"出来る生徒"だった。
素行も良く、大人からは真面目に見えるのか優等生と思われている。
昼日中、両親が留守の家に同級生を連れ込みセックスに耽っているなどとは、誰も想像しないだろう。
はぁっ、と溜め息をつき、黒田は机の上に頬をつけた。
「なんか、熱い事ねえのかな…」
熱くなれる何か、熱くなれる相手、それらを、自分は一生見つけられないのではないだろうかと思う。
「寂しそう…、か」
さっき、優華に言われた言葉が蘇って、黒田は口に出した。
別に寂しい訳ではない。
ただ、冷えているだけだ。
深く、深く、底知れない冷たさが、自分の奥深くから湧き上がってくるだけだった。
(煩いな…)
何で高校生の、それも女子というのは朝からこんなにテンションが高いのだろう。
毎朝そう思いながら、黒田は窓側の自分の席に着いた。
だが、心の中とは裏腹に、挨拶してくる全員に愛想良く返事をするのは忘れなかった。
誰からも好かれ、黒田の悪口を言う人間など居ない。
成績も良く、教師からの受けも良いが、それでいて生徒達からも煙たがられたりしない。
優等生風でいながら、気さくで誰とでも溶け込める。そんな黒田はみんなから一目置かれる存在だった。
一通り挨拶して、他愛の無い話を聞いてやり、黒田は心の中で溜め息をつきながら窓の外に目をやった。
予鈴が鳴るまでにはまだ10分近くあるので、校舎に向かって歩いて来る生徒が、まだかなり居る。
その波をぼんやりと眺めながら、黒田は後ろに居た男子生徒たちの話を、聞くとは無しに聞いていた。
「あの双子、またやらかしたらしいぜ」
「ああ、3年の。今度はなに?この前、停学食らったばっかりで、先週じゃん、復帰したの」
呆れたように1人が答えた。
この学校で"双子"と言えば誰でも知っている。勿論それは、3年の杉原兄弟のことだろう。
去年までは、大きな体格を生かして2人揃ってラグビー部に居た。だが、血の気が多く、他校の生徒とのトラブルが絶えなくてクラブを辞めさせられたらしい。
今も、しょっちゅう校内でも外でも問題を起こしている。ただ、親が地元の有力者なので退学にはならずに済んでいるのが現状だった。
180は優に超す長身に、広い肩幅、胸も厚く筋肉が重そうな体格だ。一卵性で良く似た風貌だし、意識してそうしているらしく髪型もいつも一緒だった。
その2人が、常に揃って行動するのだから目立たない訳は無い。
何処を歩いても、大抵誰かが振り返った。
「ほら、居るじゃん。猫の尻尾」
先に話し出した方が言うと、聞いていた方が笑った。
「なに?金魚の糞だろ?」
「ああ、そうそう。分かりゃいいだろ?その糞がさ、西高のヤツに粉掛けられたとかで、双子が締めに行ったって…」
「へえ?あいつ、そんなに大事にされてるようには見えないけどな…」
"金魚の糞"と称されたのは、黒田たちと同じ2年の重光知己だった。
双子とは幼馴染だとかで、常に傍にくっ付いている。だから、みんなに"双子の金魚の糞"と言われているのだが、双子の方は友達と言うより、付いて回る重光をただ便利に使っているだけのように見えたのだ。
強い双子に守ってもらいたいのか、小柄で如何にも弱そうに見える重光は、登下校の時はいつも彼らの傍らに居た。
双子の笠を着てか、髪を染めたりピアスをしたり、服装を乱したりと、一端の不良気取りだった。
そんな重光は益々馬鹿にされ、友達も殆ど居ないらしい。
ただ、黒田が見る限り、重光の顔立ちは悪くなかった。
いや、どちらかと言えば、美形の部類だったろう。
髪を変に刈上げたり、眉を極端に脱色したりしなければ、きっと女子にも人気が出るに違いない。
黒田から見れば、わざと質を落としているように感じられたのだ。
もう予鈴が鳴り始めた中、校庭を見ていた黒田の目に、噂の双子と、そして重光が校舎に向かって歩いて来るのが見えた。
(何が楽しいんだろうな…)
大きな双子に小突かれて、華奢な重光がよろけるのを見て、黒田はそう思った。
だが、そうされていながら、重光は笑っているのだ。
(何がいいんだろう?)
不思議で堪らず、黒田はそのままずっと重光の姿が眼下に消えるまで目で追い続けた。
まるで、他の人間を拒絶する為に、自分に近付けまいとするかの様に、重光はわざと自分の美しさを貶めている。そんな風に黒田は感じた。
(面白いな…)
漠然とそう思い、そして、そんな自分に驚いた。
今まで、然して気にも留めなかった筈の重光に、意外にも自分が興味を持っているらしいと気付いたからだ。
ああまでして、双子の傍に居ようとするのは何故なのだろうと思う。
きっと重光は、あんなおかしな格好をせず自分の魅力を素直に使えば、沢山の友達に囲まれて毎日笑っていられる筈だった。
だが、それを棄てて、有意義になる筈の高校生活を、特定の特異な存在と共に居ることを選んだ。
それほどの、何が、あの双子にはあるのだろう。
暴力と言う名の力か、金か、それとも他にもっと素晴らしい何かを、あの双子は持っているのだろうか。
それともただ、強い者に惹かれるだけなのだろうか。
何かに強く惹かれる。
そんな思いを、黒田は嘗てしたことなかった。
(話、出来るかな?)
重光に近づいてみたいと思った。
そして、彼の言葉を、黒田は聞いてみたいと思った。
放課後、黒田はわざと重光のクラスの前を通った。
すると、丁度重光が教室から出て来て帰るところにぶつかった。
「重光君?」
声を掛けると、重光は不審そうに振り返って黒田を見た。
やはり、改めて近くで良く見ると、綺麗な顔立ちをしていると思った。
ただ、滑らかな肌に薄い引っ掻き傷のようなものが幾つか見えるのが勿体無い。ピアスをした耳朶も誰かに引っ張られでもしたのか、少し化膿しているように赤くなっていた。
「なんか用?」
不貞腐れたような調子で、黒田を斜に見ながら重光は言った。
「用って訳じゃないけど、少し話せる?」
訊くと、キュッと重光の眉が上がった。
「俺と?なんで?」
今まで全く接点の無い、しかも優等生の黒田が話をしたいと言ってきたことが不思議だったのだろう。重光は面食らったようだった。
「興味があるから」
ニッと笑って黒田が答えると、重光は薄気味悪そうな顔をした。
「なんだ、それ。悪りぃけど、俺、用があるから」
黒田を見ながら2,3歩後ずさりをし、その後でくるりと向きを変えると、重光は逃げるように走り去ってしまった。
チッ、と舌打ちをした後で、黒田は走り去る重光の背中を見ながら苦笑した。
(やっぱり、ストレートに言っても無理だったか…)
警戒されてしまったことが面白かったのか、黒田の笑みは消えなかった。
多分、重光は双子の下へ行ったのだろう。
黒田は校舎の外で待つことにし、向きを変えると階段を下りて行った。
昇降口が見える位置で、黒田は重光が出てくるのを待った。
すると、思った通り、大きな双子に挟まれて重光が姿を現した。
3人の姿を見ても、黒田は近づかなかった。その代わりに、3人の行く先を確かめるようにして、その姿を目で追った。
すると、3人は何故か校門の方へは足を向けず、今は使われていない古い部室がある裏門の方へ歩いて行った。
(なんだ?)
黒田は眉を寄せると、気付かれないように離れて後を付いて行った。
3人が、空き部室のドアを開け中に消えるのを確かめると、黒田は反対側へ回って薄汚れた窓から中を覗いた。
すると、まだ置きっぱなしになっていたベンチに並んで座る3人が見えた。
(こんなところで密談か?)
それとも、煙草でも吸おうというのだろうか。
そう思って、黒田は3人の様子を見ていた。
すると、驚いたことに、双子の1人が真ん中に座った重光の顎を掴み、いきなり唇を押し付けた。
(なにっ…?)
さすがに面食らい、黒田は自分の口を片手で覆った。
その行為に慣れているのか、重光は嫌がる様子も無く、好きなように相手に舌を舐らせている。すると、双子のもう一方が、背後から重光のシャツのボタンに手を掛けた。
胸を広げられ、勃起した乳首を両手で摘まれると、重光は喘いでキスしていた唇を離した。そして、今度はその相手に唇を許した。
重光の唇を取られた方の双子は、自分のズボンのファスナーを開けると、重光の片手を導いて性器を掴ませた。
そして、弄られて赤く膨れ上がった重光の乳首を口に含んだ。
「ふぁっ…」
窓の外に居る黒田にも聞こえるほどの声で重光が喘いだ。
「俺のもしろよ、シゲ」
苛々とした口調で、背後に居た方が重光のもう一方の手を掴んだ。
重光は素直に従い、彼の性器もその手に掴むと、ぎこちなく動かし始めた。
だが、利き手ではなかった為に動きがもどかしかったのだろうか。左側から手淫させていた方が、重光の髪を掴んで自分の股間へ顔を押し付けようとした。
「おい、止せよ。海」
もう1人が顔を顰めたが、海と呼ばれた方は利かなかった。
「煩せえ。シゲ、ほら、舐めろって」
「やっ、やだよ。海ッ…」
さすがに重光も嫌がって抵抗した。
「今更、なんだよ?いいから口開けろ」
そう言うと、海は重光に強引に口を開けさせて自分の物を咥えさせた。
「うぐっ…」
奥まで押し込まれて噎せそうになりながらも、重光は碌な抵抗をしなかった。
そして、もう1人が呆れるように見守る中で、海は重光の頭を掴んで激しく口淫させると、やがて、気持ち良さそうにその口の中に吐精した。
「げほっ…」
やっと掴んでいた手を離され、重光は噎せながら口を離した。
すると、吐き出されたものを飲み込んで、苦しそうに何度も咳き込んでいる重光を、後ろに居た方が身体ごと自分の方へ向けさせた。
そして、まだ苦しげな重光の唇にキスをした。
「んぐ…んっ」
重光は激しく口中を嘗め回され、そして舌を吸われて喘いでいたが、その右手を取り相手はまた自分の性器を掴ませた。
一方で、自分ひとり満足した海は途端に興味を失ったらしく、ズボンを直し終わると、そんな2人を見ようともせずに立ち上がった。
「先行ってるぜ、陸」
「ん…」
頷くと、陸と呼ばれた方はやっと重光から唇を離した。
海が部屋を出て行くと、重光は陸を見上げておずおずとした調子で言った。
「陸のもしようか?」
すると、ジロリと冷たい目で重光を睨みながら陸が答えた。
「いいよ」
「でも…、するよ。俺…」
股間に屈もうとした重光を陸は乱暴に押し返した。
「いいってんだろ?大体、フェラまですることなんかねえんだ。おまえも海も、おかしいんじゃねえの?」
腹立たし気に陸は言ったが、黒田からすれば、自分のやっていることだって真面とは言えないだろうと思った。
(つまり、なんだ、重光知己はあの双子のオナペットってことか?)
いや、それどころではない。見た限りでは、もっとヘビーな関係だ。
それにしても、今見た状況は、どう考えても異常だった。
男同士だということではない。同性愛を否定する気は黒田には無かったし、単なる嗜好の違いとしか考えていなかった。
だが、これは違う。
1人対2人で、しかも片方は双子の兄弟だ。
兄弟が同時に同じ1人を相手にする、ということが黒田には異常に思えたのだ。
あの関係を、重光は自ら進んで結んでいるのだろうか。
それとも嫌々ながら従っているのだろうか。
だが、脅されて仕方なくしているのだとしたら、あんなにいそいそと2人の後を付いて歩くだろうか。
「もう俺、いいわ。帰ろうぜ、シゲ」
白けた調子でそう言うと、陸は立ち上がってズボンを直した。
「あ…、うん」
重光が身支度を直し始めたのを見て、黒田はそっと窓から離れた。
強要されているのではないと、何となくだが黒田はそう感じた。
そして、今の光景を見て、益々重光に興味を持ってしまった。
(近付きたい…)
黒田はそう思って、大分離れてしまったさっきの部屋を振り返った。
だが、近付くにはどうしたらいいだろうか。
さっき重光は、声を掛けた自分のことを随分警戒しているように見えた。共通点が何も見当たらない重光に、どうやって接近しよう。
頭の中でぐるぐると考えながら、黒田は校門へ向かって歩いた。
すると、先に部屋を出て行った双子の片割れが、植え込みの煉瓦の縁石に座り、雑誌を読んでいるのが見えた。
どうやら、2人が来るのを待っているらしい。
遠くからその姿を眺めながら、黒田は細かく彼を観察した。
双子の方は真性のゲイなのだろうか。
だが、幾ら双子だといっても同じ嗜好になるとは限らないだろう。
大体、どうしてこんな奇妙な関係が彼等の間に出来上がったのか、黒田は不思議でならなかった。
(女の代わりか?)
単に性欲を紛らわす為に、手近で済ませているだけなのだろうか。
だが、黒田が噂で聞いた限りでは、ああ見えて双子はモテるらしい。
粗野で乱暴だが、体格はいいし、顔立ちも男らしくて悪くは無い。ワイルドなタイプが好きな女には堪らないのかも知れなかった。
その気になれば、相手をしてくれる女くらい不自由しなさそうだったし、わざわざ男を相手にあんな行為をする必要も無さそうだった。
それに、確かに重光は綺麗な顔立ちをしているが、だからと言って女っぽい訳ではない。その重光を相手に、ノンケ男があんな行為に及ぶだろうか。
(分からないな…)
黒田からすれば、本当に奇妙だった。
そして、奇妙だと感じると同時に、妙に惹きつけられる何かがあった。
そんなことを考えながら見ていると、双子のもう1人が重光を連れて近付いて来た。
声を掛けられて顔を上げると、海は雑誌を閉じて億劫そうに立ち上がった。
そして、さっきまで自分の物を咥えさせていた重光には興味も示さずに、自分の片割れに並んで話し掛けた。
すると、話し掛けられた方も薄っすらと笑みを浮かべる。
そんな2人の後ろから重光は黙って付いて行くのだった。
(面白いな…)
そう思って3人を見送りながら、黒田は無意識に笑みを浮かべた。
珍しく自分が他人に興味を引かれていることが楽しかった。そして、重光にどうやって近付こうか考えながら、ワクワクしている自分にも気付いていたのだ。