1℃


-2-

その翌日から、黒田は重光たちを観察した。
すると、双子を避けて重光1人に近づく為には、昼休みしかないことが分かった。
朝も帰りも常に重光は双子と一緒で、近付く機会は無い。だが、昼休みなら、重光が1人でいることもあったのだ。
何日か、昼休みに1人で居る重光を遠くから観察し、彼には双子の他に友達が居ないらしいことが分かった。
裏庭の木の下にぽつんと座る重光に、自分の昼食を持って黒田は近付いた。
「やあ。隣、座っていい?」
愛想良くそう声を掛けた黒田を、重光は警戒した眼差しで見上げた。
「なんで?」
相変わらずの不機嫌な声で重光は言った。
「君と友達になりたいから」
黒田が答えると、重光は益々険しい顔になった。
「俺、おまえのこと何も知らねえけど?」
重光の言葉に肩を竦めると、黒田は構わずに彼の隣に腰を下ろした。
「俺も知らない。名前と顔と双子のオナペットってことぐらいしか」
最後の言葉を聞いて、重光はギョッとした表情になると、僅かに後ろに下がった。
「な…、何言って?そ…、そんなの違うッ」
立ち上がろうとした重光の手を、黒田は素早く掴んだ。
「そう?写真、撮ったんだけどな」
携帯を出して見せると、重光の目が恐怖に見開かれるのが分かった。
「な?なッ…」
絶句した後で、携帯と黒田を交互に見ると、重光はゴクッと喉を鳴らして唾を飲み込んだ。
「おまえ、何が目的だ?」
恐怖で強張った顔のままで重光は言った。
黒田はまた肩を竦めると、携帯をポケットの中に仕舞った。
「言ったろ?君と友達になりたいんだ。これは…」
ポンと携帯を仕舞ったポケットを黒田は叩いた。
「まあ、切っ掛けだよ」
「切っ掛け?友達って…、こんな脅迫みたいなことして、何言ってんだ?」
呆れたような重光の言葉に黒田は少し笑った。
「別にどこにも流しゃしないよ。安心して?それに、この前は逃げられたけど、今日はこうやって、君は俺と話をしてる。だから、ちゃんと切っ掛けにはなったろ?」
黒田の言葉に、重光はまた唾を飲み込んだ。
「なんで、俺となんか友達になりたいんだ?おまえ…、いっつもチャラチャラしたヤツ等と居るじゃねえ?」
どうやら重光は、黒田のことを全く知らない訳ではないらしい。
最も、優等生で成績も常にトップクラスの黒田のことは、同学年の生徒なら大抵は知っているだろう。
「前にも言ったろ?君に興味があるんだよ。君は綺麗だし、謎めいてて興味をそそられる」
黒田の言葉に、重光はカッと頬を染めた。
そして、気味の悪そうな目をして黒田を見た。
「おまえ、ホモ?」
訊かれて、黒田は声を上げて笑った。
「まさか。別れたばっかだけど、彼女も居たしね。その言葉、そっくり返そうか?君と双子はホモなの?」
「違うッ。俺は、そんなんじゃねえっ」
むきになって声を荒げた重光を黒田は興味深げに眺めた。
ゲイではないと言うなら、何故あんな行為をするのか。重光の答えは矛盾している。
だが黒田は、敢えてそのことを追求しなかった。
「ふぅ…ん。じゃあ、双子だけがホモなんだ?」
「ちっ…」
勢い良く顔を上げた重光だったが、何を思ったのか、すぐに黒田から目を逸らした。
「陸は、違う。陸はただ、面白半分でしてるだけだ」
「ならホンモノは、あの海っていう兄貴の方だけか…」
黒田の呟きに、今度は重光も否定しなかった。
だが、黒田から見れば、重光に手淫をさせたりキスをしている陸の方もノーマルだとは思えなかった。
「お…、おまえ、俺とその…、そういうことしたいとか思ってんなら、見当違いだから」
重光の言葉に黒田は苦笑したが、耳を赤く染めて目を逸らした彼を見て、全く有りえなくも無いと突然思った。
「別に、そんなつもりじゃないよ。ただ、興味があるから色々と話もしたいし、君の傍に居たいと思うだけ」
警戒されないように、黒田はそう言った。
「お、俺と陸たちのことに口出さないって言うなら、別に俺は構わない。…けど、俺とお前が友達になれるなんて思えないけどな」
「そうかな…」
素っ気無く言った重光に首を傾げ、黒田はパンの袋を開けた。
重光は食が細いのか、菓子パンをひとつ食べただけだった。それとパックのコーヒー牛乳を飲んでいた。
「甘いのが好きなの?」
訊くと、重光は渋々頷いた。
「うん、まあな。…可笑しいか?」
ぶっきら棒にそう言われ、黒田はまた苦笑した。
「いや、別に可笑しくないよ。ケーキとかも好き?」
「うん」
警戒しながら頷いた重光に、黒田はポケットの財布からカードを出して渡した。
「ここのケーキ好き?口に合うかな?」
「え?ここって、有名だけどすげえ高いんだぞ」
カードの店名を見て、重光は驚いた。
「俺なんか、食ったことねえよ」
「そう?なら、丁度良かった。ご馳走するよ」
「えっ?な…、何でだよ?」
「え?いや、ここのオーナーって母親の弟なんだ。だから、タダで貰えるし」
「ええ?そうなの?すげえッ」
驚いて身を乗り出した重光を見て、黒田は可愛いと思った。
(悪ぶってるくせに、子供みたいなところがあるんだな…)
笑みを浮かべると、黒田は言った。
「じゃあ、今度店に連れて行くよ。叔父さんに言っておけば、好きなケーキを幾つでも食べさせてもらえるから」
「けど…」
また警戒して眉を寄せた重光に、黒田は笑って見せた。
「別に下心なんて無いよ。店で俺と一緒に食べるのが嫌なら、箱に入れてもらって持って帰ればいい」
黒田の言葉に、重光は顔に血を上らせると、唇を尖らせて言った。
「べ、別にいいよっ。嫌じゃねえし、おまえと一緒に店で食うよ」
「そう?じゃあ、日曜は?土曜は塾があるから」
土日ももしかしたら双子と一緒かと思ったが、黒田は一応そう訊いた。すると、重光はまだ口を尖らせたままで頷いた。
「別にいいぜ。日曜は暇してるし…」
あっさりと頷かれ、黒田は少々拍子抜けした。
もっと警戒されて、中々返事をもらえないだろうと思ったのに、ケーキぐらいで釣れるとは驚きだった。
きっと重光は、見た目とは違って随分とお人好しなのだろう。
大体、"写真を撮った"と言う黒田の言葉を鵜呑みにして、中身を確かめようともしなかったし、脅迫めいたことを言って近付いて来た黒田への警戒も、あっさりと解いてしまったように見えた。
この様子では、やはり重光は双子に逆らえないだけなのかも知れないと黒田は思った。
「そう?なら良かった。じゃあ、駅前で待ち合わせる?」
「ああ、いいぜ。あ、メアド教える」
「ああ…、ありがとう」
重光の余りの警戒心の無さに、黒田は呆れるよりも感心してしまった。
こんな調子じゃ、誰にでも簡単に騙されてしまうのではないだろうか。
携帯を取り出した重光の、その顔の無邪気さに黒田は見惚れていた。
(可愛いな…)
不意にそう思って、思わず唇に笑みが浮かんだ。
きっと、いつも不機嫌そうにして、何か言われれば顔を顰めている重光の、鎧の下の素顔を知るものは少ないのだろう。
「なあ…、気を悪くするのは承知で敢えて訊くけど、双子にあんなことされて重光君は嫌じゃないの?」
「い、嫌だけど…、仕方ないだろ」
また、忽ち不機嫌な表情になり、ぶっきら棒に重光は言った。
「なんか、我慢しなきゃならない理由でもあるのか?」
続けて訊くと、重光は顔を上げて黒田を睨んだ。
「そんなの、おまえに言う必要ないだろ?それに……」
言葉を切って、重光は目を逸らした。
「今までは嫌でもなかった。キスしたり、触り合ったりするだけだったし…」
どうやら重光は、この前、海に口淫を強要されたことで初めて危機感を持ったようだった。
恐らく、それまでは軽いお遊びようなつもりだったのかも知れない。
「重光君、好きな人いないの?」
ふと気になって黒田が訊くと、重光の顔が忽ちカーッと赤くなった。
「な、なんで?」
「いや…、ただ訊いてみただけ」
重光の反応で答えは分かった。だから、黒田はそれ以上追求しようとは思わなかった。
「いないよ…。好きなヤツなんて」
わざと素っ気無く重光は言ったが、その切ない表情に答えは表れていた。
多分、彼には彼の複雑な事情があるのだろう。
「日曜日、10時でいい?」
話題を変えて、黒田は明るく言った。
すると、ハッとして顔を上げ、重光は何時もの不機嫌な表情に戻って言った。
「ああ、いいよ。じゃあ、10時に駅前な?」
「うん」
頷いて、黒田が嬉しそうに笑うと、重光は顔を顰めながらそっぽを向いた。
「何がそんなに嬉しいんだよ?ばっかみてぇ」
重光のその言葉も表情も、黒田には照れ隠しだとバレていた。
(本当に可愛いな)
何時になく、浮き浮きしている自分を感じ、黒田は不思議な気分を味わっていた。



約束の日曜日、もしかしたら来ないかも知れないと思ったが、時間よりも10分ほど早く黒田が駅へ行くと、重光はもう待っていた。
(へえ…?)
その律義さに些か感動し、黒田は壁を背にして携帯に目を落とす重光の姿を少しの間眺めた。
ダメージのジーンズにタンクトップ。草臥れた須賀ジャンはヴィンテージ なのかも知れない。
もっとジャラジャラ付けてくるのかと思ったが、アクセサリーはごついクロスのペンダントだけだった。
金髪にピアスで、相変わらずの不機嫌そうな顔だったから、ちょっと見にはチンピラにしか見えない。
だが、黒田が来ないかも知れないとでも思ったのか、ふっと顔を上げて不安そうな表情を見せると、酷く可愛く感じた。
「ごめん、待たせた?」
近づいて行きながら黒田が声を掛けると、一瞬だが明らかに安堵の表情を見せた。
だが、それはすぐにまた、あの不機嫌そうな表情に戻ってしまった。
「別に。今来たとこだし…」
口を歪めてそう言った重光は、照れ臭いのか黒田の目を見ようとはしなかった。
(ヤバいな…。可愛いし、マジで…)
そう思って、黒田は心の中で苦笑した。
「行こうか?」
「ああ」
並んで歩き出しながらも、重光は黒田を見ようとはしない。相変わらずの不機嫌な表情で鎧を纏い、伏し目がちに地面を見ていた。
「重光君、知己って呼んでいい?」
黒田が言うと、重光の頬がカッとピンク色に染まるのが見えた。
「べ…、別に。好きに呼べばいいだろ?」
ピンク色に染まった可愛らしいその色とは対照的に、ぶっきら棒に重光は答えた。
だが、そんなギャップに黒田は益々重光を可愛いと感じてしまった。
「じゃあ、俺のことも名前で呼んでよ」
「……おまえの下の名前なんか知るかよ」
そっぽを向きながら重光は答えた。
だが、そんなつれない態度にも、めげる様な黒田ではなかった。
「セツって言うんだ。雪って書いてセツ。婆さんみたいな名前だろ?」
苦笑しながら黒田が言うと、驚いたことに重光はパッと顔を上げて黒田を見た。
「んなことねえよっ。綺麗な名前じゃん」
「あ、ありがと」
少々面喰って黒田が言うと、また頬を染めて重光はサッと顔を背けた。
本当は、携帯でデータを交換し合った時に黒田のフルネームは重光の携帯に記憶されていた筈だった。その名前を見て、"綺麗な名前"だと感じてくれたのだろう。
知らないと言ったのは、重光のポーズだったようだ。
(ヤバい……、俺…)
見られてはいないと分かっていたが、表情を隠したくて、黒田は素早く片手を口に当てた。
(なんだ、これ?こんな感じ、初めてだ…)
今まで、どんな事にも誰に対しても熱くなったことが無かった黒田が、今、初めて胸の奥に熱いものを感じようとしていた。
隣を歩く、この重光知己に、何かを感じようとしていた。
そして、自分でもそれが不思議で、黒田は少々戸惑っていた。
(俺のものにしたいな……)
不意にそう思い、黒田はまた愕然とした。
自分が誰かを欲しがるなんて、本当に初めてのことだったのだ。
だが今、無性に重光を征服したくなった。
彼が誰を好きだろうと、自分の方を向かせたい。そして、自分だけを見つめさせたかった。
「雪の日に生まれたのか?」
まだ地面を見つめたままで、重光はぶっきら棒にそう訊いた。
「うん。大雪だったらしいよ」
黒田が答えると、重光は地面を見たまま不機嫌そうな表情で頷いた。
「じゃ、冬生まれか…」
「うん、2月。知己は?」
「10月」
「じゃあ、兄貴だね」
黒田が言うと、重光は苦笑した。
「4ヶ月しか違わねえじゃん」
「そうだけど…」
黒田も笑うと、重光はやっと目を上げて彼を見た。
だが、まだ正面からではない。ちらりと横目で見上げただけだった。
「おまえ、身長幾つ?」
口を尖らせた、拗ねたような口調で重光は言った。
「んー…、177か8かな?もう少し伸びたかも」
「ふぅん」
黒田の答えを聞いて、重光は面白くなさそうだった。
どうやら、自分の身長が低いのを気にしているらしい。
そんな重光を見て黒田は笑みを浮かべると、彼の腕を取って少し引いた。
「ほら、見えてきた」
空いた方の手で先を指さすと、重光は店を確認して頷いた。
そして、すぐに掴まれたままの腕に気付くと、スッと引いて黒田の手から離れた。
だが別段、触られたことを嫌がっている様子も見えなかった。それを確認して、黒田は口元に笑みを浮かべた。