1℃
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「好きなんだ?」
乾いた声で、黒田は訊いた。
「は…?」
怪訝そうに自分を見た重光をじっと見つめて、黒田はまた言った。
「好きなんだろ?双子のどっちかを?ホモじゃないって言ったけど、知己は双子のどっちかに恋してるんだ?」
「なッ…」
否定しようとした重光の顔が、カーッと真っ赤に染まった。
何かを言おうとした唇を閉じ、サッと目を逸らす。その反応に、黒田は自分の言ったことに確信を持った。
「分かり易いね、知己は」
苦笑しながらそう言い、黒田は手を伸ばすと重光の肩を掴んだ。
「嫌だとか言ってたけど、本当は喜んでしてるんだ?双子とキスしたり、フェラしたりも?」
「違うッ」
まだ顔を真っ赤に染めながら、だが、重光は怒ったようにそう言った。
「違う。俺、俺は…」
口籠った重光の肩を両手で捕まえ、黒田はグッと近づくとその唇を奪った。
「ぅんッ…やっ」
嫌悪感よりも驚いた方が大きかったのか、顔を背けた重光はただ眼を見開いた表情で黒田を見た。
「お、おまえだってホモじゃないって言ったろ?なんで、キスなんかッ?」
そう言った重光の両手首を掴んで押し倒すと、黒田はじっとその目を見た。
「そう、今まで一度だって男なんか好きになったことないよ。触りたいとも思ったことない。でも、気が付いたんだ」
「な、何を?」
「俺ね、知己の事が好きだよ」
「え…?」
重光の目がまた大きく見開かれた。
そして、黒田に手首を掴まれたままでキュッと両手を握った。
「す…き?」
「うん、好きなんだと思う」
黒田の答えに、重光は少し笑った。
「なんだ、それ…」
黒田も笑うと、顔を近付けて重光の額に唇を押し付けた。
そして、また離れるとじっと重光を見下ろした。
「俺、今まで誰も好きになったことが無いんだ。好きにって言うか、夢中になったことが無い。恋とか、何だか良く分からないし…」
言いながら身体をずらすと、黒田は両腕で重光の身体を抱くようにした。
「何処か欠陥があるのかもって思ってた。どんな事にも、誰にも夢中になれない。どこか冷めてて、彼女と居ても頭の隅で現実味が無いなんて考えてたり…」
クスッと笑って、黒田は重光を抱きしめた。
「……初めてなんだ。誰かをこんなに振り向かせたいと思ったのは…」
「んなこと言われても、お…、俺…」
戸惑う重光を見て黒田はまた笑った。
「優しいね、知己は」
「え?」
「こんな理不尽なことされて床に押さえつけられてるのに、払い除けもしないし怒りもしない。俺に同情してるんだ?」
「そ、そういう訳じゃねえよ」
「じゃあ、なに?」
「お…、俺…」
顔を背けて、重光は黒田から目を逸らした。
その頬から耳が赤く染まっているのが、酷く艶めかしかった。
「ただ俺、好きだなんて言われたの生まれて初めてだから…」
「え…?」
黒田が訊き返すと、重光はやっと眩しそうに目を細めて彼を見上げた。
「親にもさ、言われたことねえし…」
「知己…」
誰にも好きだと言われたことが無い。
重光のその言葉に、黒田は酷く切なくなった。
誰の事も本気で好きになれない自分を、黒田は少し不幸なのかも知れないと思っていた。
だが、愛を求めながら1度も得られたことの無い重光の方が、もっともっと不幸だろう。
「綺麗だな、知己は…」
決して幸せとは言えない家庭で、虐げられて育った癖に、重光は驚くほど純粋だと黒田は思った。
だが、その恰好や態度に騙されて、誰もそのことに気付いていない。
しかし、黒田の目には誰よりも綺麗な存在に映っていた。
「な、なに言ってんだッ。馬っ鹿じゃねえ?おまえ…」
またカーッと頬を染めて顔を背けた重光に、黒田は顔を近付けた。
「んっ、…やッ。止めろよ…、んっ…」
キスされて逃げようとしたが、口の中に入って来た黒田の舌に喘ぎ、重光は動きを止めた。
音を立てて重光の舌を吸い、黒田はやっと唇を離すと、今度は頬を摺り寄せる様にした。
「凄いドキドキする…。誰とキスしてもこんなことなかったな…」
囁くような小さな声で黒田が言うと、重光は真っ赤な顔で目を瞑った。
「知己のこと、凄く欲しいけど、でも汚したくない。何でかな?こんなこと思うの…」
黒田の言葉に、重光は照れたのか目を泳がせた。
「ば、馬鹿か。んな、女に言うようなこと言うなッ」
重光の言葉に、黒田はクスッと笑った。
「そうだね。ごめん」
言った後でまたキスしようとすると、重光は嫌がって顔を背けた。
「調子に乗んなよ?いい加減、離せ」
精一杯凄んだ声で重光は言ったが、黒田には効かなかった。
「嫌だ」
「おいッ」
下から睨まれても黒田は手を離そうとはしなかった。
じっと見つめられて、重光の頬がまた少し赤く染まった。
「勝手にしろ」
目を逸らしてそう言った重光を、まだじっと見つめたままで黒田は言った。
「何で逃げないの?本当に、勝手なことするよ?」
黒田の言葉に、重光は目を上げると同時に溜め息をついた。
「別に…。どうせお前の方が力あるし、俺は無駄なことして痛い思いするのは嫌だから。殴られて思い通りにされるより、大人しくした方が得だしよ」
「過去に、暴力振るわれて思い通りにされたことあるの?」
母親の今の男は殴ると言ったが、身体を求めて来た男は優しかったと言った。だが、優しい時ばかりではなかったのだろうか。
それとも、他にも重光の身体を求めた男が居たのだろうか。
「いや、別にそうじゃねえけどさ。しょっちゅう殴られてると、殴られない為にはどうすればいいのか嫌でも考えるようになる。それだけ…」
"それだけ"と、素っ気なく重光は言ったが、黒田にはその言葉が重く響いた。
手を離すと、黒田は起き上がった。
「そんなこと言われたら、もう何にも出来ない。俺は知己に痛い思いなんかさせたくないし、誰からもされて欲しくない」
「おまえ…」
驚いた顔で黒田を見ると、重光は起き上がった。
「本当に、俺のこと好きなの?」
コクッと喉を鳴らした重光に、黒田は頷いた。
「うん…。じゃなきゃ、こんなに苦しくないと思う」
「雪…」
初めて名前を呼ばれて黒田が微笑むと、照れたのか、重光は目を逸らした。
そして、おずおずと手を伸ばすと、黒田の首に腕を回した。
「マジで、いいよ…。俺おまえの事、嫌いじゃねえし」
その言葉に、黒田は笑みを浮かべた。
「やっぱり俺に同情してるんだね?好きでもないヤツとしてもいいの?」
「同情なんかしてねえって」
そう言うと、また目を伏せ、重光は少し口を尖らせながらボソボソと言った。
「俺、ホモじゃねえって言ったけど、でも女は嫌いだ。触る気にもなんねえ。……女を見てると、全部お袋に見える。だから俺なんか、まともな恋愛なんて出来っこねえし、好きな相手に振り向いてもらえる事なんか一生ねえよ。だから、いいんだ…」
初めて目を上げると、重光はやっと黒田と目を合わせた。
「好きだって言ってくれる相手とするなら、嫌じゃねえよ」
「知己…」
黒田がじっと見つめると、今度は少し目を泳がせたが、重光は目を伏せようとはしなかった。
「今まで、俺の事を友達扱いしてくれた奴なんかいなかった。家に呼んでくれた奴も、おまえが初めてだ。……だから俺…、おまえに…」
言葉を探そうとしたが、何と言っていいのか分からなかったのだろう。重光は口籠った。
そんな重光の身体を、黒田は強く抱き寄せた。
「そんな理由でOKしちゃ駄目だよ。優しくしたのも、家に連れて来たのも、俺に下心があるからだって、どうして考えないんだ?それに、俺に対して見返りみたいなことをする必要なんかないんだ」
「そんなんじゃない…」
言いながら、重光は黒田の背中に腕を回した。
「見返りとかじゃねえよ。それに、下心とか言うなら、俺の事好きだって言ったのも嘘か?」
「嘘じゃないよ」
そう言って、黒田は重光を抱く腕に力を込めた。
嘘なら良かったと思う。
嘘だったら、好きだと言った言葉が本当じゃなかったら、もしかしたら自分は、もっと簡単に重光を抱けたのかも知れないと黒田は思った。
(熱い……)
身体も心も、信じられないほど熱いと思った。
たった1度、体温が上がっただけ。
多分、それ程の違いだろうと思った。
だが、黒田にとっては、その僅かな差が未知のものだったのだ。
「やっぱり、いい…」
そう言いながらも黒田は重光を抱きしめた手を離さなかった。
「しちゃったら、手に入らないことが余計に辛くなると思う。初めての感情だから良く分からないけど、でも、そう思うんだ」
「雪…」
黒田の名前を呼んだ重光の声は戸惑っているように感じられた。そして同時に、少し切なそうな響きを持っていた。
「また、デートしてくれる?」
黒田がそう訊くと、重光は真っ赤になって目を逸らし、また不機嫌な表情を作った。
だが、それは彼の照れ隠しなのだと黒田にはもう分かっていた。
「デートって…っかじゃねえ?別に、遊びに行くのはいいよ。俺、暇だしさ」
「うん…」
黒田が頷くと、彼の方を見てもいない癖に重光は溜め息をついて言った。
「そんな目で見んなって」
「そんなって、どんな?」
すると、チラッと目を上げて重光は一瞬だけ黒田を見た。
「やめろって。ヤられるよか恥ずかしいっての」
「分かった」
そう言って、黒田はやっと重光の身体を離した。
すると、重光は手を伸ばしてゲームのコントローラーを持った。
「なあ、対戦しねえ?俺、対戦ってしたことねえんだ」
「いいよ。何にする?」
「んと…」
嬉しそうにゲームを物色する重光を見て、黒田は思わず口元に笑みを浮かべた。
ゲーム自体、余りしたことが無いのだろう。重光は本当に楽しそうで、微笑ましくさえ感じたのだ。
重光が夢中になり、夕方まで様々なゲームで対戦したが、黒田もやり飽きたゲームとは言え楽しかった。
そろそろ帰る、と言う重光を送って黒田も外へ出たが、家まで送ると言うと、また怒ったような顔をして重光は首を振った。
「いいよ。女じゃねえんだから」
「じゃあ、明日の昼休み、また行っていい?一緒に昼飯食おうよ」
「ん…、どうかな…?おまえ、学校ではあんまり俺に話し掛けねえ方がいいよ」
困ったような表情で重光は言った。
「どうして?」
何となく、理由は見当がついたが、敢えて訊くと、重光は下を向いたままで首を傾げた。
「うん…、まあ。その方がいいって。じゃあな?」
素っ気なくそう言うと、重光は黒田に背中を向けて歩き出した。
「じゃあ、メールしていい?」
その背中に声を掛けると、重光は振り向く素振りだけ見せて頷いた。
「ああ。俺もするよ」
「うんッ」
黒田が答えると、重光はまた少しだけ振り向いた。