恋しい指
-4-
“虐めたい”という気持ちとは裏腹に、彼を守ってやりたいという気持ちが自分の中に生まれたのを感じる。それを、信じられないと思いながら、彼に対する性欲をはっきりと意識していた。
その欲望に抗い切れず、霧島は指を増やして無理やりそこを抉じ開けるように差し入れた。
「い、痛ッ…」
小さく叫び、安部が霧島の腕を掴んだ。
怯えたように見上げる安倍の目を見つめながら、霧島は強引に指を押し進めた。
「い、いや……。お願いです、止めて……」
弱々しく首を振る安部に霧島は言った。
「我慢しなさい。すぐに慣れる」
「そ、そんな……」
「抱いて欲しくないの?」
霧島の言葉に、安倍の目が見開かれた。余りの驚きで、言葉も出ない様子だった。
その隙に、霧島は更に指を奥へと入れた。
「ぅくッ……」
今度は反対にギュッと目を瞑り、眉間に皺を寄せると、安部は痛みを我慢して顔を高潮させた。
そのピンク色に染まった顔が艶かしいと霧島は思った。こんなに美しい肌の色を、今までに見たことが無い。
「ほら、ちょっとずつ緩んできてる……。すぐに俺のを挿れてあげますから」
囁いて、霧島が耳朶を口に踏むと、安部はゾクンと震えて見せた。
「分かるでしょう?俺の指の動き…。 “安部さんの好きな”俺の指ですよ?」
意地悪く囁き続けると、安部が嫌々と首を振った。
恥ずかしがっているのが分かったが、それと同時に安部が興奮しているのが霧島には分かった。その証拠に、痛みと不快感で縮こまっていた安倍の性器が、また硬さを取り戻し始めていた。
「厭らしいな……。感じてるんだ?初めての癖に……」
その性器を撫でながら霧島が尚も囁くと、小さく声を上げて、安部はまた嫌々と首を振った。
その仕草がとても可愛いと感じる。今までに、誰かに対してこんな感情を抱いたことはなかったと思う。それが、霧島には酷く悔しかった。
小さく舌打ちすると、霧島はもどかしげに指を抜いた。
「もう、いいですね?痛くても我慢して?」
驚きと恐怖で、自分のシャツを掴んだまま固まってしまった安部を他所に、霧島は迷いもなく自分のズボンのベルトを緩めた。
そして、さっきまで指を入れて広げていたそこに熱く脈打つ性器を押し付けた。
「ぅくぅぅッ……。いやッ、痛いぃぃ……」
途端に、安部が悲鳴を上げた。
霧島は動きを止めると、傍にあったシュークリームの箱に手を伸ばした。
「待って…」
そう言うと、構わずにシュークリームの皮から食み出したクリームを指で掬う。そして、それを自分の性器に塗りつけた。
「今度は滑りがいいから。ゆっくり挿れるから、我慢して?」
だが、その言葉に安部は弱々しく首を振った。
「お願い、お願いだから、止めて……」
その言葉に、霧島は言った。
「やっぱり、指じゃなきゃ嫌?俺のことを好きだって言ったのは嘘なんだ?」
「ち、ちがっ…」
激しく否定してから、安部は恐々と霧島の目を見つめた。
「う、嘘じゃない……。本当に僕は霧島さんのことが好きです…」
その言葉を聞いて霧島は笑みを見せると、顔を近づけて安倍の唇にキスを落とした。
「じゃあ、可愛がって…?」
言いながら、グッと腰を繰り出し霧島は安倍の中へ入り込んだ。
「あっ……、ぅわっ…あぁっ」
痛みに声を上げたが、今度は拒もうとはしなかった。その代わり、安部は霧島の腕をギュッと掴んだ。
狭い椅子の上に浅く腰を預けただけの姿勢が不安定だったが、落ちないように、しがみ付いてくる安部が霧島には一層可愛く思えた。
そして、自分に何時ものような余裕が無いことも感じていた。
性行為の経験が無い安部を労わってやりたいと思っても、性急に彼を蹂躙したいという思いの方が勝っていた。
「んくっ、んっ……んっ……ん…」
突かれる度に声を漏らす安部が、痛がっているだけではないのだと分かった。声を上げるのが恥ずかしいのか、必死で唇を噛もうとしていたが、閉じた唇はすぐにまた開いて可愛らしい喘ぎを漏らす。
(ヤバい、俺……。マジでハマっちまう……)
そう思うと悔しくて堪らなかった。だが、それもいいだろうと思っている自分にも霧島は気付いていた。
躊躇う余裕もなく安倍の中に自分の精を放った後で、霧島は椅子の上にぐったりと崩れて目を閉じた安部を見下ろした。
そして、疲れたように息を吐くと、隣のデスクからウェットティッシュのボックスを拝借して、サッサと身支度を済ませた。
その間も、安部は動かなかった。
いや、動けなかったというのが正しいだろう。
何と言おうかと言葉を探していると、霧島よりも安部の方が先に口を開いた。
「あ、あの……」
目を逸らして床を見つめたまま、安部はそろそろと乱れ切った自分の服を掻き集めようとした。
「き、気にしないで下さい。あの…、分かってますから……」
「え?」
聞き返すと、安部はまだ霧島を見上げようとはせずに言葉を続けた。
「今日のことは……何かの間違いですよね?霧島さんは…その、多分、魔が差したって言うか、その……これは“ノリ”みたいなもので、別に意味なんか無いって分かってます。だから、気にしないで?……僕は、霧島さんに付き纏ったり、何かを求めたり、そんなこと……しませんから」
最後は涙で声が震えていた。
霧島が小さく舌打ちすると、安部の身体がビクッと震えるのが分かった。
まだ手に持っていたティッシュの箱から何枚かを引き出すと、霧島は安部の前に膝を突いた。
「動かないで。今、綺麗にしてあげます」
言いながら、服を直そうとしていた安部の手を払うと、霧島はウェットティッシュで彼の身体を拭い始めた。
「あ、あの、いいです。自分でします」
そう言った安部の伸びてきた手をまた払い、霧島は丁寧に彼の身体を拭った。
「大丈夫。俺が全部してあげます」
恥ずかしそうに身を縮める安部に構わず、何度も新しいティッシュを出すと、霧島はべたついた部分を全部綺麗に拭ってやった。
「さあ、これでいい…」
そう言うと、今度は安部の服を直し、最後はネクタイまで綺麗に締め直した。
「ずるいですよ、安部さんは」
まだネクタイから手を離さないままで、霧島はそう言った。
怪訝そうに、そして恐々と、安部は霧島を見上げた。
「そうやって、いつも俺のことをちゃんと見ないくせに、好きだって言う時だけ見つめるんだから」
ハッとして、安部がまた目を逸らす。その頬は、また綺麗なピンク色に染まっていた。
「思った通りだ…」
その頬の色を見ながら、霧島は指を伸ばした。
「無理やり犯したのに、ちっとも汚れないんだな、あんた……」
その言葉に、また安部が怪訝そうに目を上げた。
その頬を愛しげに撫で、霧島はフッと笑った。
「こんな筈じゃなかったのに、拙ったよ、ほんと……」
「あの…」
開いた唇の中に指を入れられ、安部は言葉を飲み込んだ。
そのまま開かせ、霧島は彼の唇をキスで覆った。
「ふ……んッ…」
喘いで逃げようとする安部を抱きしめると、霧島は明らかに戸惑っている彼の口の中に舌を入れた。
経験不足で応えることも出来ず、ただ喘いでしがみ付いてくる安部が可愛くて堪らなかった。
「逃がしませんよ」
唇を離してそう言うと、霧島はニッと笑った。
「今夜は持ち帰ってあげます。そして、もっと安部さんのことを教えてもらいます」
「え…?」
驚きで、安部が目を見開いた。
霧島の言葉の意味が、良く分からないのだろう。
「今まで、俺のマンションに招待された女は居ないんですからね。ああ勿論、そういう意味では男もですよ。だから、安部さんは特別です」
「とく……べつ?」
「そう、特別…」
そう言うと、霧島はまた安部にキスをした。
「ほら、立って。歩けなかったら肩を貸しますから」
霧島に助け起こされながら、安部はまだ霧島の言葉や態度が理解出来ず呆然としていた。
「悔しいですよ、実際。……まさか、あんた相手にこんな気持ちになるなんてね…」
首を振りながら溜め息交じりに霧島が言うと、安部はまた不安そうに彼を見上げた。
「でもまあ、仕方ない…。自覚したからには覚悟しますよ」
「あの…」
戸惑いを隠せない安部に笑いかけると、霧島は食べ残しや、デスクの上の残骸を綺麗に片付けてゴミ箱へ入れた。
「さあ、行きましょう」
戻って来て、霧島は安部の肩を優しく引き寄せた。
「食事は、俺が部屋で何か作ります。それから…、帰りにシュークリームも買ってあげますよ」
見つめられて、安部はやっと霧島が自分をからかっているのでは無いと気付いたらしい。頬を染めると、じっと見上げてコクリと喉を鳴らした。
「あ、あの……、え、駅の近くのお店のが1番好きなんです…。シュークリーム……」
おずおずとそう言った安部は、その後で僅かに微笑んだ。
漸く見ることが出来た彼の笑顔は、思ったよりもずっと可愛いと霧島は感じた。
(これも、惚れた欲目か……?)
そう思って苦笑すると、霧島は力を込めて安部の肩を抱いた。
「分かりました。好きなだけ買ってあげますよ。……それから、今度はベッドで、もっとゆっくり抱いてあげます」
そう言った霧島に、また、真っ赤になると、安部は自分の肩に載った大好きな霧島の指をチラリと見た。
その頬に手を当て、霧島は彼の顔を自分の方へ向けた。
「指だけじゃなく、全部見てください」
「は、はい……」
素直に頷いた安部が、勇気を出して自分の目を見つめるのを霧島はじっと待った。
安部の潤んだ瞳に見られることが、以前は迷惑だとしか思わなかったが、今はずっと見つめていたいと感じる。
(まあ、悪くないかもな…)
悔しくて、そんな風に思おうとしたが、霧島には自分が安部に溺れていく予感が、なんとなく胸に浮かんでいた。