便利屋銀次

第2話 娘と便利屋


「ん…ぅんッ…」
ビクッと銀次の身体が震え、山鹿は動きを止めた。
「痛いですか…?」
はぁっと、大きな息をつき、銀次は頷いた。
「ん…、悪り、ちょっと待ってくれ…」
身体を重ねるのはまだ3度目だった。
気恥ずかしさが先に立ち、銀次はまだ山鹿をまともに見ることが出来なかった。
六畳間に敷いた布団の上で背後から受け入れたが、慣れない所為か、まだすんなりと彼を身体の中に入れるのは難しい。
痛みもあるし、何より恥ずかしくて堪らない。
だが、だからと言ってこの行為を嫌だと思っている訳ではなかった。
「いいぜ…、ゆっくり…」
大きく息を吸い、銀次は身構えた。
「はい」
返事の後に用心深く山鹿が侵入を始めた。
優しい手が掴んでいた腰から脇腹を撫で上げ、勃起していた銀次の乳首に届いた。
ゆっくりとした愛撫が始まり、銀次はカッと身体が熱くなるのを感じた。
多分、過去に自分も別れた妻か、もしくはその前に付き合ったことのある女に、こんな行為をした事もあるかも知れない。
だが、まさかそれを自分の身体に受ける事になるとは思ってもいなかった。
そして、この、やけに卑猥に感じる行為が、痛みを凌駕して銀次を興奮させていた。
「ん…」
銀次が呻くと、また山鹿は動きを止めた。
「まだ痛いですか?」
痛い。
だが、それ以上に欲しいと思った。
銀次は枕に顔を押し付けるようにしながら首を振った。
「いいから、…もっと、奥…」
「はい」
素直な返事の後で唇が項に落ちるのを感じた。
過去に、こんなに優しく、自分は女を扱ったことがあっただろうか。
こんな男に愛される相手は幸せだ。そう思って、また銀次は身体が熱くなるのを感じた。
好きだと言われて、半分は流されるようにして抱かれてしまったが、正直、後悔していないと言えば嘘になる。
自分も確かに山鹿に惚れているのだと思うし、そうでなければ抱かれたりしなかっただろう。
だが、冷静になって考えると、この関係には色々と障害がない訳ではない。
自分は厄年を過ぎたオッサンで、過去に離婚歴もあれば年頃の娘だって居る。
今は、別れた女房と暮らしてはいるが、時折は訪ねて来ることもあるし、泊まっていくことだって無い訳ではないのだ。
山鹿の方だって、自分が同性愛者だと告白はしてくれたが、それを公に出来るような立場ではない。
高校で教鞭を取っている山鹿にとって、それは何があっても隠し通しておかなければならない事実だった。
だが、甘えられて、
「いいですか…?」
と、情けない顔で訊かれたりすると、
「勝手にしろ」
と答えてしまう。どうしても、拒絶することが出来ないのだ。
それだけ、可愛いと思うし、そして愛しいのだろうと思う。
(こんな、図体ばっかりでけえ、昼行灯みてぇな男…)
心を奪われたことが悔しくて、わざとそんな風に思ってみたりもする。だが、誰よりも優しく、そして誠実だということを銀次はちゃんと分かっていた。


キュッ、と首筋を吸われ、思わず喘ぎそうになる。
受け入れている部分はまだ痛みの方が勝っていたが、それでも自分の身体が十分に快感を得ていることは確かだった。
山鹿の腕に抱かれているのだと思うだけで感じている。
そのことに、銀次は気付いていた。



「起きれますか?風呂まで運びましょうか?」
「いや…。ちょっと休めば自分で行ける」
答えると、やんわりと唇が落ちてきた。
「ん…」
まるで当たり前のように男とキスをしている自分がまだ少し信じられなかった。
だが、それでも満ち足りた幸せを感じているのだから、多分、これでいいのだろうと銀次は思った。
「あ…」
銀次の携帯電話が鳴り、山鹿は彼の上から起き上がると、テーブルの上の携帯を取って渡した。
「どうも…」
受け取って携帯を開く。ディスプレイには娘の雪奈の名前と番号が出ていた。
「もしもし、雪か?どうした?」
素っ裸で男と寝床に入っていることは相手には見えないが、それでも急に罪悪感を覚えて、銀次は山鹿に背を向けた。
「なにっ?今からかッ?」
だが、娘の言葉にギョッとして、すぐにまた山鹿を振り返った。
山鹿の方でもその形相から危機を感じたのか、パッと起き上がって心配そうに銀次を見つめた。
「喧嘩したって、おめえ…、急にコッチに来たって困るだろうが?…、いや、俺がじゃねえよ、おまえがさ。明日だって学校があんだろ?」
銀次の言葉に、山鹿が声を潜めて言った。
「明日は土曜です」
「え?あそうか、明日は土曜で休みか…。…えッ?あいや、誰もいねえって、ホントだ、うん…」
銀次が慌てると、山鹿もばつが悪そうに両手で口を塞いだ。
「なんだ?もう駅まで来てるって?馬鹿ッ…、それを早く言えっ。危ねえだろうが、こんな時間に娘っ子がひとりで…。駄目だ、駄目だ。迎えに行くから、そこで待ってろ。いいな?」
急に父親の顔になった銀次を、山鹿は曖昧な表情で見つめていた。多分、今まで自分の腕の中に居た銀次とは違って見えるのだろう。
「先生、悪りぃ、娘が…」
「はい」
電話を切って顔を見ると、山鹿はにっこりと笑った。
「母親と喧嘩したらしくて…、今夜はこっちに泊まりてえって言うから」
「分かりました。じゃあ、僕は部屋に帰ります」
「ごめんな…?」
「いいえ、とんでもない。…あ、でも大丈夫ですか?駅まで歩けますか?」
心配そうな顔で山鹿が訊いてきた。
「ま、なんとかなんだろ」
苦笑しながらそう答え、銀次はよろよろと立ち上がって風呂場へ向かった。
シャワーの下で改めて自分の身体を見ると、また急に気恥ずかしさが込み上げた。
山鹿はコロン類を付けないので、まさか娘と会ってもその残り香などに気付かれたりはしないだろうが、身体のあちこちに残る肌を吸われた痕がやけに目に付いてしまう。
掌で無闇に擦ってしまい、余計に赤さが増したような気がした。
(後ろめたい訳じゃねえ…)
言い訳するようにそう思った。
自分は父親だが、妻とは別れて6年になるのだ。誰と恋愛しようが自由だろうと思う。
だが…。
相手が相手だけに、そう簡単に割り切れるものではないのは確かだ。今から会う娘に、此方からわざわざ山鹿のことを打ち明けたいとは思わなかった。
風呂から出ると、部屋が綺麗に片付いていた。
山鹿がやっていってくれたのだろう。 寝乱れた布団もちゃんと押入れに仕舞ってあり、今まで山鹿が居た形跡は何処にもなかった。
「ごめんな…、先生…」
そんな気遣いが、やけに胸を苦しくした。
娘に堂々と打ち明けられない自分を銀次は情けないと感じていた。


駅までの道を徒歩で行くのは、本当はかなりきつかった。まだ、後ろに山鹿のモノが挟まっているような感覚さえある。
そんな身体で娘に会う事が、気恥ずかしくて堪らなかった。

身体が甘くなる。

そんな感覚を、銀次は山鹿に抱かれるようになって初めて知った。
兎に角、腹だろうと背中だろうと、触れられて優しく撫でられただけで、とろりとそこが緩むような気がする。
そして、その甘い余韻が、まだ体中に残っていた。