便利屋銀次

第2話 娘と便利屋


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久し振りの雪奈の手料理だったが、銀次は余り食が進まなかった。
だが、食べなければ雪奈に余計な心配を掛けると思い、無理に箸を口へ運んだ。
雪奈が台所で洗いものをしている時、雪絵から電話が掛かってきた。
「お久し振り。元気?」
珍しく緊張しているらしく、少々硬い声色で雪絵は言った。
「ああ、お蔭さんで。おまえも元気そうだな?」
「ええ、まあ…。雪奈から聞いてるでしょ?私の再婚のこと…」
「ああ、聞いた。良かったじゃねえか、いい相手が見つかって」
気配を感じて振り返ると、雪奈が心配そうな顔でそこに立っていた。
銀次は苦笑いすると、大丈夫だと言うように頷いて見せた。
「ねえ…、どう思う?」
「どうって…、だから、良かったと思うぜ?」
答えると、雪絵の溜息が耳元で聞こえた。
「けど、雪奈がねえ…。難しいわ、実際…。微妙な年頃だし…」
「ああ、まあな…。けど、ちゃんと話し合えば、分からないこともねえだろ?再婚相手の事は嫌いじゃねえようだぜ」
「ほんと?銀次にはそう言ったの?あの子…」
振り返ると、雪奈は膨れた顔で腕を組んでいた。
それを見て笑い、銀次は頷いた。
「ああ、いい人だって言ってたぜ。お母さんを大事にしてくれそうだって」
「私には散々罵って、お父さんと住むからって言って飛び出してったのよ。…そう、雪奈、そんな風に言ってくれたの…」
「急な事で戸惑ってるだけだ。落ち着けば、ちゃんと分かるさ。気長に話し合っていくんだな」
「…うん、そうね」
そう言った後、何かを躊躇い、雪絵は少し間を開けた。
「でも、銀次はどうなの…?本当は、雪奈と一緒に暮らしたいんじゃない?」
「そりゃ、……勿論、そういう気持ちがねえって言ったら嘘になるよ。けど、おまえと居るより幸せにしてやれるかどうか、俺には自信がねえ」
「銀次…」
コトンと音がして、銀次はまた振り返った。
そこに正座して、雪奈はじっと銀次を見ていた。
「お父さん…」
銀次もじっと雪奈を見た。
「…でも、雪奈の父親は貴方だけよ」
耳元で、そう言う雪絵の声がした。
じっと雪奈を見たまま、銀次はそれに頷いた。
「ああ、そうだな」



夜中、雪奈が寝付いたのを確かめると、銀次は起き上がった。
外に出ると、山鹿の部屋には灯りが点いていた。
ドアをノックすると、暫くして山鹿が顔を覗かせた。
「銀次さん…、どうしたんですか?」
「ちょっと、いいか?」
「はい…」
中へ入ると、山鹿は少し不安げな顔でまた訊いてきた。
「なにか…?」
だが、銀次には言葉が見つからなかった。
自分の感情を、なんと言って表したらいいのか分からない。
首を振ると、銀次はじっと山鹿を見上げた。
「ただ…、顔見たくて…」
「え…?」
腕を伸ばして身体に回すと、山鹿は驚いたようだった。
だが、すぐに温かい腕が銀次の身体にも回された。
「せんせ…」
唇を近づけて囁くように言うと、その吐息を覆うように山鹿の唇が塞いだ。
縋って、そのまま口付けに溺れる。
何度も互いの舌を吸い、絡ませ合った。
「せんせ…、なあ…」
山鹿の両手を取り、銀次は自分の腰に当てると額を彼の肩に擦りつけた。
「でも…」
山鹿の躊躇いは、多分、隣に居る雪奈を気遣ってのことだろう。
だが、銀次は山鹿の肩に額を預けたままで首を振った。
「いいよ。…いいんだ」
すると、山鹿はまるで銀次の身体を攫うようにして寝室へ連れて行った。
ベッドの上でまた抱き合い、唇を貪る。
こんなに激しく求め合ったのは初めてだった。
山鹿の熱と、自分の内から発する熱で、体中が溶けていくような気がする。
迸りそうになる声を必死で堪え、銀次は山鹿にしがみ付いた。
入ってくる山鹿の指を感じたが、ただ熱くて痛みも分からない。
初めて自分から腰を揺すり、銀次は山鹿の指を奥へと導いた。
「先生…、もう…」
「でも、まだ無理です」
「いいよ。…早く」
繋がりたくて、もどかしくて堪らなかった。
山鹿の身体を引き寄せ、銀次は脚を開いた。
「うっ…つ…」
痛がって銀次が呻くと、山鹿はすぐに動きを止めた。
「やっぱり、無理…」
だが、躊躇う山鹿を銀次は離さなかった。
「平気だ。もっと奥…、奥に…ッ」
「銀次さん…」
銀次の吹き出した額の汗を拭い、山鹿は彼の唇を吸った。
銀次は両腕を山鹿の首に回すと、夢中でそれを吸い返した。
「先生…、離れたくねえよ…ッ」
銀次の言葉に、山鹿はギュッと力強く銀次を抱きしめた。
「はい…。僕もです」
グッ、グッ、と山鹿が中に入り込む。
痛みに呻いたが、銀次は彼の身体を離さなかった。
「せんせ…・、中に…、俺の中に…」
「はい…」
銀次を気遣って、山鹿は決して中に吐精することはなかった。
だが、今夜はそれが欲しい。
溢れる程に、自分の中に注いで欲しいと思った。
銀次が求めると、山鹿は頷いてゆっくりと動き始めた。



「ごめんな?先生…」
狭いベッドの上で銀次は横に並んだ山鹿の胸に額を押し付けて言った。
「謝ることなんかないですよ」
「いつか、…ちゃんと雪奈にも、あんたの事を話すよ」
「いいんですって…。そんなこと、気にしないで下さい」
笑いながらそう言いうと、山鹿は起き上がって下着を穿いた。
「風呂まで運びます。掴まって…」
「いいって。…もうちょっと…」
腕を掴んで引くと、山鹿は躊躇って身を引いた。
「でも、帰らないと…」
「いいんだ」
銀次がギュッと手を掴むと、山鹿はまたベッドの上に横たわって銀次の上に覆い被さった。
「嬉しいです」
そう言って笑った顔を見て、銀次は自分も口元を緩めた。
「お嬢さんには、何も言わなくていいんですよ。僕の事で、傷つけたりしたくない。僕は…、こうして銀次さんと居られるだけで、本当に満足なんです」
「先生…」
銀次はフッと目を逸らすと、頬を高潮させた。
「惚れてんのは、先生だけじゃねえから…」
ボソボソと言った銀次の言葉を聞いて、山鹿は本当に嬉しそうに笑った。
「はいッ…」
回された腕に愛しげに身体を撫でられ、銀次は満足げに目を閉じた。



「いいか?もう、雪絵に悪態をついたりするんじゃねえぞ。ちゃんと話し合って、それから相手の男にもちゃんと会って、蟠りを残さねえようにしろよ?」
雪奈を駅まで送ると、銀次はもう1度、そう言い聞かせた。
「分かったよぉ。しつこいな…」
雪奈はそう言って膨れたが、来た時とは微妙に気持ちが変化しているらしかった。
「お父さんこそ、ご飯くらい自分で食べられるようにしなよ。何時も人様に食べさせてもらってないで」
「煩せえ。エノさんにはちゃんと金払ってんだよ。構わねえだろうが」
「小父さんは兎も角、先生にもちゃんとお礼しなきゃ駄目だよ」
「あー、分かった、分かった」
「それから、今度来た時は私にもちゃんと紹介してよね」
そう言われて、銀次はギョッとした。
「えっ?」
「先生、ちょっとタイプだし。お父さんがお世話になってるお礼も言いたいもん」
ぺロッと舌を出した雪奈を見て、銀次は苦笑した。
「バーカ…、ナマ言ってんじゃねえ」
笑いながらそう言うと、バスンッと、銀次の鳩尾に裏拳を打ち込み、雪奈は手を振って改札口へ歩いて行った。
「焦らせんなよ…」
改札口で振り返った雪奈に手を上げて見せた後、銀次は遠ざかって行く背中に向かってボソリと呟いた。