便利屋銀次
第1話 先生と便利屋
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翌日の夕方、銀次はまた犬を引き取りに回ると散歩に出掛けた。
いつものように、犬に文句を言いながらそのリードを握り、例の公園の傍まで来ると、銀次はいつものコースから外れて公園の中へ入って行った。
勿論、昨日の男女がそこに居る訳はないと思ったが、なんとなく気になって足が向いてしまったのだ。
すると、薄暗い公園のベンチに、あの女生徒がぽつんと座っていた。
躊躇ったが、銀次は犬たちを引っ張ってその子の前に立った。
すると、じっと地面を見つめていた彼女がふっと顔を上げた。
制服のスカートを目一杯短くし、睫にたっぷりとマスカラを塗った今時の女子高生だった。
手には、ぬいぐるみのようにふわふわしたカバーが掛かったスマートフォンが握られている。誰かからの連絡を待ってでもいるのか、大事そうに両手で包むようにして持っているのが印象的だった。
「おまえ、山鹿先生の生徒だろ?」
訊くと、警戒するような目で銀次を見つめた。
だが、黙って待っていると、やがてコクッと頷いて見せた。
「そうだけど…」
「俺ぁ、伊藤銀次って言って山鹿先生の隣に住んでるんだ。便利屋をやってる」
「ふ…ん?」
そんな男が自分に何の用があって声を掛けてきたのか分からないのだろう。彼女は怪訝そうな表情を崩さなかった。
「昨日の夕方、ここで男と揉めてたな?腹の赤ん坊の父親は、先生じゃなくてあの男なんだろ?」
銀次の言葉に、サッと彼女の顔色が変わった。
「そっ…、そんなの、オッサンに関係ないじゃんッ」
立ち上がって睨み付けてきた彼女を銀次は冷静に見つめた。
「ああ、関係ねえかもな?けど、山鹿先生が教師を辞めて、おまえさんの面倒を見る気になっているのは知ってるだろ?それがどういうことなのか、分からねえほど子供じゃねえ筈だぜ?」
銀次が言うと、彼女は唇を噛んで俯いた。
「先生は好きで教師になったんだ。その仕事に誇りだって持ってる筈だ。それを奪うような嘘を、俺は黙って見過ごせねえよ」
「あたし…ッ」
キッと顔を上げて彼女は銀次を見た。
「結婚してくれとも、教師を辞めてくれとも言ってないッ。そんなの、頼んでないよ」
「じゃあ、どうして欲しかった?子供の父親が必要なんじゃなかったら、何故先生を騙すようなことをした?…ただ単に、腹ン中の子を殺す片棒を担がせたかっただけか?」
冷たく言い放たれ、彼女は泣きそうになって両手で顔を覆った。
「だって…、だって他にどうしていいか…」
「昨日の男に責任を取らせりゃいいだろ?元々そいつの子なんだ。なんだって、まるっきり関係のねえ先生におっつけようなんて考える?」
すると、彼女は項垂れたまま顔から手を離した。
その顔は涙で濡れていた。
「だって…、奥さん居るんだもん…。子供のことがバレたら困るって…。そしたら、もう会えないからって…」
銀次はそれを聞くと深く溜息をついた。
「そんな馬鹿な話があるか。てめえでした事の責任くらい、ちゃんと取れってんだよ」
吐き出すように言うと、銀次は顎で彼女の持っているスマートフォンを指した。
「で?その男が連絡をくれるのを待ってるのか?」
銀次の言葉に彼女は頷いた。
「こっちから連絡すると怒られるから…」
寂しげに言いながら、彼女はスカートを両手で押さえてそこにしゃがんだ。
手を出してすぐ傍に居た豆柴を撫でると、他の犬たちも彼女の回りに集まって来た。
「可愛いね?みんな小父さんの犬なの?」
嬉しそうに犬たちを撫でながら見上げた顔は、年相応に何処かあどけなさも残っている。銀次は自分の娘を思い出して胸が詰まるような気がした。
「いいや。俺は犬の散歩を請け負ってるだけだ。まあ、毎日の事だから懐いちまってるし、可愛いけどな」
「そう…」
「犬が好きなのか?」
「うん。私も飼いたいんだけどなぁ…」
舐められても嫌がりもせず笑っている所を見ると、本当に犬が好きなのだろう。
「一緒に散歩するか?」
銀次が言うと、彼女は吃驚して顔を上げた。
「え?」
「こんな寂しいとこで、鳴るかどうかも分からねえ携帯を握り締めてても仕方ねえだろ?少し、歩いたらどうだ?」
すると、彼女は素直に頷いて立ち上がった。
銀次は二匹の犬のリードを彼女に渡すと、先に立って歩き始めた。
「小父さん、先生と仲がいいの?」
「ああ。仲がいいって程じゃねえが、隣だしな。何かあったら助け合うくれえの親しみはあるよ」
「ふ…ん…」
「おめえは?そういう友達はいねえのか?」
訊くと、彼女は寂しそうに首を振って笑った。
「いない。表面は仲良くしてたって、いざとなったら助けてなんてくれないよ」
「ふーん…」
「…先生ならさ…、山鹿先生なら助けてくれると思ったんだ…」
「だったら、何故正直に助けを求めなかった?騙すような真似をしたんだ?」
「だって…、正直に言ったら親に話をされちゃうかも知れないって思って…。そしたら、もうあの人と会えなくなるし…」
銀次はそれを聞いて呆れたように首を振った。
「馬鹿だな…。どっちにしたって向こうは遊びだ。今じゃもう、おめえさんを棄てる算段ばかりしてるんだろうよ」
本当は、彼女ももうとっくに分かっていたのだろう。
流れてくる涙を手の甲で拭いながら、黙って銀次と一緒に歩き続けた。
散歩を終えて犬を帰した後、銀次は彼女を“寺”へ連れて行った。
彼女の名前は友香と言い、家はあの公園の近くらしかった。
親は共稼ぎで帰りも遅いらしく、この時間はまだ帰っていないと言う。
「その男に電話して、ここへ呼びな」
銀次が言うと友香は躊躇った。
「来る訳ないよ…」
「いいから呼べよ。四の五の言うなら家に怒鳴り込むからって、そう言いな」
「…分かった」
友香は仕方なく携帯を出すとその男に電話を掛けた。
銀次は榎田に友香を頼むと、外へ出て階段を2階へ上った。
山鹿は部屋に居た。
友香を連れて来たことを話すと驚いて外へ出て来た。
「今から赤ん坊の父親が来る」
「えっ…」
「向こうは妻帯者らしい。先生…、友香の味方になってやんなよ」
「銀次さん…」