便利屋銀次
第1話 先生と便利屋
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家に押しかけると言われて、男は渋々“寺”へやって来た。
年は30そこそこだろうか。背が高く、男前でお洒落で、確かに女にモテそうな感じだった。
だが、最初から馬鹿にするような態度で山鹿に接している所を見ると、シラを切り通すつもりなのだろうと思えた。
案の定、友香の妊娠は自分の所為じゃないと言い張ったが、山鹿が、埒が開かないので奥さんを交えて話しましょうと言うと、途端に顔色を変えた。
いつものぼんやりした男と同一人物とは思えない程、山鹿は毅然とした態度で接していた。
自分の教え子である友香を守ってやろうとしているのが銀次にははっきりと分かった。
それが、頼もしくて胸が熱くなる。
(カッコいいじゃねえか、先生…)
銀次は少し離れた席で事の成り行きを見守っていたが、山鹿贔屓の榎田は真相を知って怒りを爆発させた。
元々は小心なのだろう。散々に責め立てられ、男は段々に身体を縮めるようにして小さくなった。
「兎に角、このまま有耶無耶に出来ると思ったら大間違いだよッ。後日、この子のご両親と、そしてあんたの奥さんも交えて、きちんと話をしてもらいますッ。分かったねッ」
「はっ…はいッ」
物凄い剣幕で迫られ、男は小さくなって頷いた。
連絡先や会社の電話番号まで榎田に書かされ、男はスゴスゴと帰って行った。
「先生…、ごめんなさい」
泣きながら頭を下げた友香に山鹿は頷いた。
「何があっても先生が味方になるから、だから頑張れよ?」
山鹿がそう言って頭を撫でると、友香はわぁっと声を上げて泣き出した。
泣き止むまで宥め、山鹿は友香を家まで送って行った。
榎田はまだ怒りが収まらないらしく、今夜は晩飯にありつけそうもなかった。銀次は仕方なく近くのコンビニへ弁当でも買いに行こうと外へ出た。
すると、友香を送って帰って来た山鹿と出会った。
「じゃあ、僕が何か作りますよ。一緒に食いましょう」
訳を話すと山鹿はそう言って銀次の腕を引いた。
「え?悪いよ。さっきの騒ぎで先生だって疲れてんだろ?」
「大丈夫です。大したことは出来ませんけど、来てください。お願いします」
そうまで言われては断れない。銀次は山鹿に腕を引かれたまま、アパートの階段を上り始めた。
部屋に入ると、山鹿は先ず銀次の前に正座して頭を下げた。
「銀次さん、本当に有難うございました」
「よ、よせよ。俺ぁ、別に、何もしてねえぜ」
「いえっ…、銀次さんのお蔭です。教師を辞めずに済みそうです、ありがとう…」
「分かった、分かった。もう、手を上げなよ、先生」
顔を上げた山鹿に銀次は照れくさそうに笑って見せた。
「さっき、カッコよかったぜ。惚れ惚れしたよ」
「え…?」
「本当に自分の生徒が可愛いんだろうなぁ…。あの子もな、山鹿先生なら助けてくれると思ったんだって、そう言ってたぜ。生徒に信頼されてるんだなぁ…、立派だと思うよ」
「ぎ…、銀次さんッ」
「ぉわッ…?」
いきなり抱き付かれて、銀次は驚いて声を上げると、よろめいて後ろに倒れた。
結果、山鹿に圧し掛かられる形になってしまった。
「な、なんだよ?大袈裟だって、先生…」
自分の言葉に喜んで感極まったのかと思い、銀次は笑いながら山鹿の背中を叩いた。
だが、山鹿は一向に銀次を離そうとはしない。
「先生?おい…、重いってば…」
大きな山鹿に押し潰されそうになり、銀次は苦しくなってまた背中を叩いた。
「ぎ…、銀次さん、じ、実は…」
銀次の肩に顔を押し付けたまま山鹿は言った。
「うん?」
銀次が聞き返すとやっと顔を上げたが、その顔は真っ赤で、そしてやけに緊張していた。
「ぼ、僕…、実は前から銀次さんのこと…」
「うん、なんだよ?」
気の短い銀次は、少々じれったくなって眉を寄せた。
すると、山鹿はゴクッと大きな音を立てて唾を飲み込んだ。
「すっ、好きなんですッ…」
一瞬、その意味がよく分からなかった。
だが、目の前の真っ赤な顔を見ている内に、やっとその意味が銀次の脳に伝わった。
「はぁぁ?」
素っ頓狂な声を上げ、銀次はまじまじと山鹿を見つめた。
「す、す、好きって、おまえ…」
慌てた銀次に、山鹿は追い討ちを掛けるように言った。
「済みませんッ…。実は僕、女の人は駄目な性質で…」
「なっ、なにッ?じゃあ、最初からあの子に手を出す筈なかったんじゃねえかっ…」
たった今、告白を受けたことを一瞬忘れ、銀次は呆れたように言った。
「そんなんで、良く結婚するなんて…」
だが、そこまで言って銀次は言葉を止めた。
まるで穢れを知らないような山鹿の目を見ると咎める気にはなれなかったのだ。
その代わり、フッと溜息をつくと笑いながら言った。
「まったく…、一途ってのか、馬鹿ってぇのか…」
「銀次さん…」
その一途な目が、じっと自分に注がれているのを銀次は快く感じていた。
(可愛い…ってのかなぁ…?)
躊躇いがちに山鹿の唇が降りてくるのを感じ、銀次は思わず目を閉じた。
唇が当っても逃げる気にはなれなかった。
そのまま、山鹿の舌を口中に迎え入れたが、それでも不快だとは思わなかった。
(くそ…ッ。こんなの、久し振りだぜ…)
心の中で苦笑すると、銀次は山鹿の首に腕を回した。
「ん…、馬鹿やろ…、ンなとこ、弄るなよ…」
シャツの下に入り込んで来た山鹿の指が胸を弄ってくるのを感じ、銀次は気恥ずかしくなって身を捩った。
「痛いですか?…硬くなってる…」
「痛かねえけど…」
「ここ…、舐めたい…」
「ばっ…馬鹿ッ…」
「駄目ですか?」
真面目な目で見つめられて銀次は真っ赤になって目を逸らした。
「か…ッ…勝手にしろ…」
目を逸らしたままでそう言うと、山鹿は銀次のシャツを捲り上げた。
チュッ、と唇が乳首の脇を吸う。
ビクッと震えて銀次は目を瞑った。
(なにやってんだ?俺ぁ…)
18も年下の男に組み敷かれ、抱かれようとしている。
とても現実とは思えないことだったが、それでも山鹿を押し退ける気になれないのだから不思議だった。
「んっ、噛むなよ…ッ」
感じ過ぎて恥ずかしい。
銀次は片腕を上げると顔を隠すようにして目の上に乗せた。
「銀次さん、若い身体してるんですね…」
もう中年とは言え、体質なのか、加えて適度に肉体労働をしている所為か、銀次はほっそりとした筋肉質な体型を維持したままだった。
その引き締まった腹筋を嬉しそうに撫で、山鹿はキスを下へと移動させた。
「こら…」
顔を見せたくない所為で十分な抵抗が出来ない。
そこに熱い舌を感じ、ゾクンと震えるのを止められなかった。
「久し振りですか…?」
「…煩せえ」
憎まれ口も、掠れてやけに艶っぽい。銀次は零れでそうになる声を堪える為に口を結んだ。
「ぅん…・う…」
だが、後ろを抉じ開けられそうになって声を堪え切れなくなった。
「ここ…、いいですか?」
訊かれて、まだ目を逸らしたままで頷いた。
ここまでさせておいて、今更拒絶する訳にもいかない。
男同士でする行為を知らなかった訳ではなし、初心な小娘でもない。唇を許した時点で、もう拒むつもりはなかった。
「手加減してくれよな…?」
言ってはみたが、どの程度でそうなるのか分かっていた訳ではなかった。
だが、
「努力します」
と真面目な返事が返ってきて、銀次は思わず笑みを浮かべた。
痛みもあったが、人に触られた経験もない場所を押し広げられていく恥辱感の方が強かった。
体中から汗が噴出しているのが分かる。
エアコンのリモコンがテーブルの上に乗っているのが目の端に映ったが、この熱を奪い去られるのが妙に切なく思えて、銀次は目を閉じてしまった。
「入ります…」
掠れた低い声が耳元で言った。
銀次は目を逸らしたままで、ただ頷いた。
「う…」
だが、その塊を突き入れられると声を堪えるのは難しかった。
「あ…・ッ、つ…」
「痛いですか…?」
心配そうな声で訊かれ、銀次はやっと目を開けると山鹿を見上げた。
その表情を見て、安心させるように頷く。
「大丈夫だ。…来いよ」
銀次が言うと、山鹿は一瞬泣きそうな顔をした。
「銀次さん…」
「うん?」
「…嬉しいです」
「ばっ…か」
また恥ずかしくなって、銀次は目を逸らした。
「なにが可愛いかね…?こんなでっかい男の…」
隣で長閑に眠っている山鹿の顔を見つめて、銀次はクスリと笑った。
昨夜、あの後で、動けなくなってしまった銀次を山鹿はバスルームまで運び、甲斐甲斐しく面倒を見てくれた。
いいと言ったのに、食事を作ってベッドまで運んでくれたり、腰を擦ってくれたりと、兎に角尽くしてくれる。
確かにこれで、“可愛くない”と言ったら嘘になるだろう。
「好きです」
と、恥ずかしくて顔を覆いたくなるほど何度も囁かれ、それでも胸を熱くしている自分が信じられなかった。
だが……。
「恋…ってやつかよ…?」
そして多分、このぼんやりしてるように見えて情熱的な青年に、惚れてしまったらしいと気付いた。
「あーあ…、参ったなぁ…」
忌々しげに呟いて、それでも銀次は寝返りを打つと、山鹿の腕の上でもう1度目を閉じた。