手紙


-32-

「怖くなくなるまで、俺の身体を見て、触ってくれ。……そこから始めよう?俺は歩には触れない。アユの恐怖心が無くなるまで、絶対に触らないから…」
「壮士…」
コクっと唾を飲み込んだ歩の前で、壮士はベッドを降りると立ち上がった。
歩は膝でにじり寄ると、その前で壮士を見上げた。
引き締まって割れた腹筋、長い脚にもバスケットボールで鍛えた筋肉が盛り上がっている。腕にも肩にも、歩とは比べ物にならない逞しい盛り上がりがあった。
初めてはっきりと見た壮士の性器は、歳よりも幼い自分のそれとは違い、ちゃんとした大人のものだった。
歩はまた、コクっと喉を鳴らし、恐る恐る壮士の身体に手を伸ばした。
肩の上に両手を置き、ゆっくりと滑らせて上腕の筋肉を確かめる。そして、そのまま、胸へと移動させた。
緊張はしたが、怖くはなかった。拒絶する気持ちも起こらなかった。
歩は安心すると、壮士の胸を撫で、それから手を腹筋の割れ目へと滑らせた。
「硬い…」
呟いて見上げると、少し緊張した面持ちの壮士の眼と視線が合った。
「怖くない…?」
「うん…」
大人の男の身体だと歩は思った。
そして、自分はこの身体を受け入れたいのだと思った。
腹筋や腰骨を触る内に、我慢出来なくなったのか壮士の性器が勃起し始めた。
「ごめん…、気にしないでくれ…」
恥かしそうに眼を逸らし、壮士が言った。
「……触っていい?」
歩が訊くと、壮士は視線を戻した。
「怖くないのか…?」
「分かんない……」
答えると、歩は恐る恐る手を伸ばして、それを握った。
恐怖は湧かなかった。
壮士の眼を見上げると、歩はゆっくりと手を動かした。
「アユッ…」
目を瞑り、壮士は僅かに腰を引いた。
そして、歩の手の中のものが、また少し育つのが分かった。
壮士は自分を欲しがっているのだ。そう歩は改めて強く感じた。
(ずっと、欲しがってくれていたんだ…。それなのに、こんなに我慢してくれてるんだ…)
胸が熱くなり、歩は手を離すと、壮士の首に両腕を回した。
「キスして、壮士…」
眼を見つめてそう言うと、壮士は確かめる様に見つめ返した。
そして、歩の身体に触れないまま、ゆっくりと唇だけを押し付けた。

イケナイ…

と、小さく頭の隅で聞こえたが、歩は壮士の身体に回した腕を離さなかった。
(煩い…。俺は壮士が好きなんだ。壮士のものになりたいんだ。だから、いいんだよ…。悪いことなんかじゃないんだ…)
歩が唇を開くと、ゆっくりと躊躇いがちに壮士の舌が忍び込んできた。
それでも歩が逃げないことが分かると、壮士はやっと歩の身体に腕を回した。
(壮士……)
突然、自分の舌を吸う壮士の口腔の熱さに気付く。舌下を舐られて、ゾクンと何かが走った。
今まで感じなかった熱が、自分の中に生まれてそれに覆われていくのを歩ははっきりと感じた。
(熱い……ッ)
燃えるように熱くて、そして信じられないくらいに心地良かった。
「怖くないのか…?」
唇を離して壮士が訊くと、歩ははっきりと頷いた。
「うん…。もう、怖くない」
「アユッ」
ギュッと歩の身体を抱きしめると、壮士は再び激しく歩の唇に唇を押し付けた。
大好きな相手とのキスがどんなに強い快感を齎すのか、歩は初めて知った。
夢中で貪られ、呼吸さえ奪われても歩は壮士の身体を離そうとはしなかった。
どんどん、自分が貪欲になっていくのが分かる。幾ら与えられても、それ以上欲しいと思った。
「壮士…」
「うん…」
言わなくても、壮士には分かったようだった。
ベッドの上に上がって来ると、歩の身体を横たえさせ、もう1度その眼を見つめた。
「ホントに大丈夫だな?」
念を押すように言って歩の頬を包む。
「うん。大丈夫…」
今度は歩も心からそう言った。
ジェル付きのコンドームを嵌めた壮士の指が、躊躇いがちにゆっくりと入口を擦った。そして、滑りに任せて侵入を始めた。
「んっ…」
歩が呻くと、すぐに壮士の動きが止まった。
「痛いか?」
「ううん、大丈夫…」
歩は首を振って答えた。
新田にここを弄られた時は、どうしようもない嫌悪感があった。 だが、今はほんの少しの恐怖と、そして緊張があるだけだった。
歩は力を抜いて、壮士の指が入って来るのを待った。
「痛かったら言えよ?我慢しなくていいから…」
優しく言われて、歩は頷いた。
確かに痛みはあった。だが、痛みだけではないものを、歩は初めて感じていた。
息が上がって、胸が苦しくなる。
壮士が指を出し入れする度に、唇から声が漏れそうになって、歩は自分が恐ろしく興奮しているのだと感じた。
「もう、いいかな…?」
優しく十分に解され、歩は何度も頷いた。
腕を壮士の首に回し、されるままに脚を開く。コクっと、壮士の喉が鳴るのを聞くと、歩の胸が震えた。
再び、あの声が頭の中で聞こえたような気がしたが、もう歩は迷わなかった。
(壮士は特別……。壮士だけが特別なんだ……)
壮士の身体が歩の腿の下に入り込むようにして近付いた。
硬いものが当る。
そしてゆっくりと、それが歩の中に入って来た。



行為が終わった後も、何度も、何度もキスを交わし、そして壮士は歩の体中に唇を押し付けた。
まだ抱き合うようにして、バスルームまで行くと、シャワーの下でもまた抱き合ってキスをした。
じゃれ合いながらバスタオルで身体を拭い合い、裸のまま部屋に戻ってまた抱き合った。
「壮士……」
「うん?」
「彼女と、別れてくれる?」
歩が恐々と訊くと、壮士は今初めて思い出したような顔をした。
いや、実際、そうだったのかも知れない。その証拠に、笑いながら壮士は頷いた。
「勿論、別れるよ。どうせ、元々セフレみたいなもんだったんだ」
「え…?そうなの?」
「うん。あっちは妻子持ちと不倫しててさ、俺のことは当てつけみたいなもんなんだ。俺も、後腐れなくエッチさせてくれる相手が良かったから……」
そこまで言って壮士は不安げに歩を見た。
「軽蔑するか…?」
「ううん、良かった……。壮士が本気だったら、俺、どうなるのかなって、ちょっと不安だったから…」
「本気な訳ないだろ?俺はアユの事しか考えられなかったんだから…」
そう言って、壮士は表情を曇らせた。
「なぁ、アユ、転校しろよ。あっちにも家があるんだし、佳兄たちと一緒に住めばいいじゃんか」
「……そんなの無理だよ」
歩が答えると、壮士は甘えるように歩の胸に額を押付けた。
「けど、また離れるの嫌だ……」
「夏休み中はあっちに居るよ。それから……」
歩が言葉を止めると、壮士は顔を上げた。
「俺、頑張って勉強するから……。壮士と一緒の大学に入りたいんだ。だから、待っててくれる?」
すると、壮士はすぐに笑みを見せた。
「待ってなくたって、きっとアユはすぐに追いつくよ。もしかしたら、あっという間に追い越されちまうかも…」
「まさか…」
歩が笑うと、壮士はその額に自分の額を押付けた。
「アユ、約束な?冬休みも春休みも、絶対に帰って来いよ?待ってるから…」
「うん、絶対…」
もう一度キスをしようと唇を近付けた時、玄関の方で声がした。
「歩ー、壮ちゃーん、荷物運ぶの、手伝ってちょうだーい」
ハッとして顔を見合わせると、2人は飛び起きて、其々の服を慌てて引き寄せた。



翌朝、兄たちが待つ家へ帰る為に、歩たちは父親の運転する車に乗り込んだ。
歩が後部座席に並んで座ると、壮士はそっとその手を取って握った。
僅かに頬を染めたが、歩は両親の手前、素知らぬ振りをして窓の外を見た。
「そう言えば歩、昨夜、夜中に起き出して来たでしょう?何処か具合でも悪かったの?」
母に聞かれて歩は頷いた。
「あ、うん…、ちょっと」
壮士は気付かなかったらしく、怪訝そうに歩を見た。
だが、歩の具合が悪くなった原因が自分だったのでは無いかと思ったらしく、すぐに顔色を変えた。
歩は、サッと首を振って見せてから、母親の方に向き直った。
「なんか、急に節々が痛くてさ…」
「あら、夏風邪かしらねえ?」
母親が顔を顰めると、脇から父親が口を出した。
「背が伸びるんじゃないのか?」
「えっ…?」
思いもしなかったことを言われ、歩は驚いてフロントミラーの中の父の眼を見た。
「俺も奥手で、高校1年くらいから急に背が伸びたんだ。歩は俺に似たんだな、きっと」
その言葉を聞き、歩は壮士と顔を見合わせた。
成長しないことを気に病んでいたが、もしかするとそれは取り越し苦労だったのかも知れなかった。
嬉しそうに笑う歩を見て、壮士も笑みを浮かべた。
だが、すぐにちょっと怖い顔になると、歩の耳元で囁いた。
「俺よりでっかくなるなよ?」
その言葉に、プッと吹き出すと、歩はコツンと壮士の肩に頭をぶつけた。
もう、背が伸びないことなんて、本当はどうでも良かった。
こうしてまた、壮士と肩を並べることが出来た。
そのことが、歩にとっては何よりも大事なことだったからだ。
そして、前よりももっと深い場所で、自分たちは繋がったのだと思う。
「なあ、アユ、今度、俺も手紙書くからな?」
「えっ?」
驚いて歩が見ると、壮士は笑っていた。
「うん。じゃあ、俺もまた書くよ」
そう答えて笑い合った2人に、前の席から母親が言った。
「なぁに?あなたたち、今はメールでしょ?メール」
言いながら伸びて来た手には携帯電話が握られていた。
カシャ、と音がして、並んで座る歩と壮士が、ディスプレイの中にしっかりと写し出されていた。