ワルイアソビ
-8-
その翌日、俺は美野里と別れた。
散々に泣かれて胸が痛んだが、他に好きな相手が出来たことをちゃんと言って何度も謝ると、漸く納得してくれた。
「最初から、あたしが無理言って付き合って貰ったトコあったし…。仕方無いよね…」
涙を拭いて、そう言った美野里を見て、俺はホントに済まない気持ちになった。
「ごめんな?ホントにごめん…。腹立つなら、殴ってもいいぞ」
「いいよ、そんなの。それに、ホントはちょっと分かってた。晶くん、きっと他に好きな人居るって」
「え…?」
俺が驚いて目を見張ると、美野里は寂しそうに笑った。
「どうしてか分かんないけどさ、女の勘かな…」
「そっか…」
「けど、辛い…。晶くんが彼氏だったの、自慢だったし。皆に羨ましがられてたし…」
ホントは、辛い理由はそんな事じゃないって分かったけど、俺には何にも言えなかった。だって、それが精一杯の美野里の意地のような気がしたから。
「美野里が振ったって言っていいよ。友達にはそう言えよ」
「晶くん…」
「付き合ってみたら全然で、エッチも下手糞だったって、そう言えばいいよ。な?」
俺の言葉に、やっと美野里は笑みを見せてくれた。
「うん…。じゃあ、そう言う。ホントに言っちゃうよ?」
「ああ、言えよ」
そう言って俺が笑うと、美野里の目にはまた涙が滲んだ。
おまえは全然悪くねえのに、ホントにごめん。
優しいし、可愛いし、こんな俺みたいな半端なホモ野郎なんかに、おまえは勿体ねえよ。頼むから、もっとカッコ良くて大事にしてくれる彼氏を見つけてくれ。
それだけを願って、俺は美野里と別れた。
美野里と別れた事を、俺は武我には言わなかった。
他クラスだし、掛け違うと滅多に顔を見る事もないので、武我の方でも気付いた様子は無かった。
けど、琴音は同じクラスだ。
相変わらずくっ付いてる2人を見て、俺は胸の中を燻らせ続けていた。
そうやって、琴音といちゃいちゃしてるくせに、武我は1日置き位に俺の家に来ては俺を抱いた。
それに、学校でも相変わらずフェラさしたり、時には挿れて来る事もあった。
狭いトイレの個室の中でも、薄暗い用具置き場の中でも、俺は武我の言う通りに脚を開いたし、ケツを差し出した。
その度に、武我のチンコを突っ込まれて泣くほど感じて、見っともねえ姿を晒してたけど、でも武我の方だって、いつだって俺の中で気持ち良くイッたんだ。
相変わらず、俺を蔑むような言葉を言ったり怖いような眼で見たが、でも時折、まるで俺の事が好きなのかと思うほど、優しく愛撫してくれたりする。
そんな後に、中睦まじい2人を見るのは、俺にとってまるで拷問みたいだった。
その痛みが、俺の中にまるで澱のように溜まっていった。
段々に切なさが増し、何でもない時でも泣きたくなる。
武我に抱かれると、離したくなくて必死にしがみ付いちまうようになった。
はっきり言って、もう限界だった。
これ以上我慢してたら、俺はどうにかなっちまう。
キッパリと諦めるか、武我に告って玉砕するか、もうそれしかねえと思った。
離れようとした武我に、俺はまた縋るようにして腕を絡みつかせた。
「武我。なあ…」
キスを求めようとすると、武我がフイッと顔を背けた。
その瞬間に、ブワッと俺の中で押さえ込んでいたものが溢れそうになった。
ジンジンと鼻の奥が熱くなる。涙で視界がぼやけるのが分かった。
「晶…、この頃、がっつき過ぎじゃねえ?」
武我の言葉を聞きながら、俺は滲んできた涙を隠そうとして背を向けると枕を抱えた。
「最近、他の男と遊んでねえの?」
ビクッと、身体が震えるのが分かった。
まだ武我は、俺が誰彼構わず男と遊んでいると思ってるんだ。
「そう言や、最近、美野里チャン来ねえけどさ、まさか別れたん?ま…、この調子じゃ、もう女じゃ駄目っぽいけどな、おまえ…」
また、馬鹿にするような口調で言った後、武我が起き上がるのが気配で分かった。
シャワーを浴びて帰る気なんだろう。
俺は、涙を堪えている事が、もう難しくなっていた。
「……がっつていんの、そっちじゃねえ?」
背を向けたまま、震える声で俺は言った。
「あ?」
武我の動きが止まる。
俺はノロノロと起き上がりながら言葉を続けた。
「琴音ともヤッてんだろ?なのに、2日と空けずに俺んちへ来てさ。おまけに、隙がありゃあ学校の便所でまで突っ込みやがって。がっついてんのはどっちだよ?」
武我の言葉に対する口惜しさだけじゃなかった。
こんなにまで言われても、好きだと言えない自分に対する不甲斐無さ。
セックスだけに縋って、ただ待つしかしなかった臆病さ。
そんな全部が、堪らなく嫌だった。
感情がどんどん内から湧き出してくる。1度吐き出すと、あとはもう止まらなかった。
「俺は、他の男となんかヤッてねえッ。最初から、武我とだけだ。チューしたのも、勿論セックスだってっ……。誰が、他の男になんかヤらせるかよッ」
俺に言葉を叩きつけられても、武我は答えなかった。
ただ、黙って冷たい目を向けている。
それが、熱くなった俺を益々熱くした。
「美野里となんか、もうとっくに別れてんだよ。おまえに初めて抱かれた日の翌日にはもう、別れてんだ。俺はもうずっと、武我しか見てねえ。武我だけ……。武我だけが好きなんだよッ」
搾り出すように言った後、俺はもう見ていられなくて、武我の顔から目を逸らすと下を向いた。
もう、これで終わりだ。
武我が俺を撰んでくれるとは最初から思ってねえ。けど、離れて行っても、俺はそれを受け入れる。
武我が何か言うのを俺は黙って待った。
すると、ガッといきなり髪を掴まれて、俺は驚いて目を上げた。
次の瞬間。
ダンッ、と体中に衝撃が走った。
気がつくと、俺は力任せにベッドの上に押し付けられていた。
「くっ…」
髪を掴まれている部分がズキズキと痛い。
思わず呻いた俺の上に武我の言葉が降ってきた。
「……ざけんなよ?」
俺は目を開けて、視線を武我の方へ動かした。
「今更、なに甘ったるいこと言ってんだ?ふざけんなッ…」
どす黒い怒りが、武我の表情に現れていた。
けど俺は、その顔から目を逸らさなかった。
俺と関係を持ってから、武我がずっと苛ついていたのは知っている。
その所為で、俺に酷い言葉を投げつけたり、乱暴に扱ったりするんだろうと分かっていた。
けど、その本心を、俺は1度も聞いていない。
武我の苛つきの本当の原因がなんなのか、俺はもっと早くに知らなければならなかったんだ。
「好きだとかよ、今更聞いて、どうなんの?こんなヤベエ関係に持ち込んどいてよ、今更、そんなんで全部済ます気かよ?ええ?」
酷く腹を立てているのが分かる。いや、俺を憎んでさえいるみてえな、武我の表情だった。
けど、それなのに、何処か泣き出しそうに見えるのは何故なんだろう。
「違う…。俺は、逃げたくて言ってんじゃねえよ。ただ、最初からちゃんと武我に自分の気持ちを言わなかった事を後悔してんだ。ただ、武我に触りたくて、触って欲しくて、後の事なんか考えなかった。いや、考えないようにしてた…。ホント…、卑怯なことしたと思ってるよ。ごめん……」
俺が必死でそう言うと、武我は俺の髪から手を離した。
その代わりに、その手で俺の顎を緩く掴んだ。
でっかくて骨っぽい手。けど、長い指。
しなやかで、俺はその指が好きだった。
こうやって触ってもらえるのも、多分、これが最後なんだろう。
「俺は…」
武我の指が俺の肌の上でゆっくりと動いた。
「俺は、おまえの事なんてなんとも思って無かった。おまえは俺のツレで、気兼ねなく一緒に居れて、楽で、当たり前の存在で…。なのに何だよ?」
グッと、武我の指が俺の頬に食い込んだ。
「急に、俺が見たことも無かった顔しやがって…。やべえくらい、エロい顔して誘ってきやがって…。他の男は知りませんだぁ?んなん、信じられっかよッ」
「ごめっ…。けど俺、ホントにッ…」
武我の顔が近付き、刺すような視線が俺を貫いた。俺は、言葉を続けられなくなって飲み込んでしまった。
「晶、俺はホモじゃねえぜ?」
「し、知ってるよ…」
弱々しく俺が答えると、武我の手が俺の顔から胸へと降りた。
そして、寒さと怯えから勃起していた乳首を指で摘んだ。
「ひっ…」
思いっきり力任せに押し潰されて、俺は思わず悲鳴を上げた。
「痛てぇッ…」
押し返そうとして武我の胸に手をやったが、すぐに圧し掛かられて動けなくなった。
「ホモじゃねえのによ、おまえと居ると興奮して、もよおして、我慢出来なくなる。なんで、こんなに溺れなきゃなんねんだよ?晶……おまえ、俺を一体、どうしちまったんだよッ?」
「いぅッ、武我ぁ…」
ジンジンと痛む乳首が、やがて熱っぽくてモヤモヤとしてきた。強く捻られて、股間に痺れが走る。
身を捩ったが、武我は離しちゃくれなかった。
「男のケツに突っ込むなんてよ、想像した事もなかったんだ。それがどうだよ?いっぺんヤッたら、ヤりたくて堪らねえ…」
武我の片手が、俺の首に掛かった。
その暗い目を見上げ、俺は覚悟を決めた。
「信じられるか…?この俺が、琴音とヤッてたって、いつの間にかおまえの事考えてんだぜ?あいつん中でイッた直後に、おまえに突っ込みたくて堪らなくなんだよッ。なんなんだよ?なんでこんな?俺は一体、どうなるんだ…」
俺の首に掛かった武我の長い指が、少しずつ食い込んできた。
「ごめん。俺……、ごめん…武我」
苦しくて目が霞んで来たが、でも、掠れた声で俺は言った。
同時に、俺の目尻から涙が零れて落ちた。
途端に、すっと武我の手が離れた。
そのまま両手を俺の身体の脇に突き、武我は項垂れた姿勢でぽつりと言った。
「許さねえ」