ワルイアソビ
-9-
あの後、黙って服を着て、武我は俺の部屋を出て行った。
それきり、3日経つが1度も会ってない。
それは、俺が学校を休んでいる所為だった。
どんな顔をして武我に会ったらいいのか分からない。
武我を追い込んだのは俺だ。
俺が欲しがったばっかりに、武我を傷つけた。
身体が繋がれば、もしかして心も手に入るんじゃないかなんて、都合のいい事を考えてたのかも知れない。
そうだ。多分、そんな思惑もあって、俺は武我に逆らわずに、したい事をさせ続けたんだと思う。
けど、その結果、俺は武我をあんなにも暗い場所へ追い込んでしまったんだ。
「くそっ、マジ淫乱じゃん、俺…」
こんなに辛い思いをしていながら、それでも俺の身体は武我を欲しがる。疼いて、抱かれたくて堪らなくなる。
仕方なく、自分でケツに指を入れて、少しでも慰めようとした。
「んっ…」
ローションで濡らした指で中を掻き回したが、到底満足なんか出来やしなかった。
「欲しいッ。武我……」
超空しくなって、俺はオナるのを止めた。
どうせ、どんなにしたって、武我に小指で触られるほども感じやしねえ。
「くそっ…」
ドンッ、とベッドを叩き、俺は枕に顔を押し付けた。
そろそろ仮病も拙いだろ。
明日あたり、担任がウチに電話してくるかも知れねえ。
裸のまま起き上がり、俺は部屋を出た。
とりあえず、シャワー浴びて、外へでも出よう。飯食って、それから誰か酒でも飲ませてくれりゃいいのに。
ウチで、独りで飲むんじゃ駄目だ。
空し過ぎて、それこそ何処までも落ちそうだ。
シャワーを浴びて、髪をテキトウに乾かすと、俺は外へ出た。
今日も残業だって言ってた両親は、どうせ遅くまで帰って来ねえし、俺は電車に乗って武我の家のある駅で降りた。
武我はあれからどうしてるだろう。
少しは俺の事を考えてくれただろうか。
色々と考えながら、武我の家がある方向へ俺は歩き始めた。
何度も携帯を出して、武我に掛けようと思ったが、結局、勇気が出せなかった。
繁華街を過ぎて、住宅地に入ると、さすがに人も疎らになってくる。
通り掛かったコンビニに入り、俺は菓子パンひとつと缶コーヒーを買った。
武我はもう、家に帰ってるだろうか。それとも、学校帰りに琴音と一緒に何処かへ出掛けただろうか。
少しは俺の事を、いや、俺の身体を恋しがってくれてるだろうか。
そう思って苦笑し、俺はまたブラブラと歩き出した。
こんな事を考える時点で、俺はまだ全然駄目だって事だ。ちっとも懲りてねえ。
武我の事が欲しくて、身体中が疼いてる。
「武我じゃなくていいなら、簡単だけどな」
他の男でも、抱かれりゃ満足するだろうか。
それなら、誰でもいい。武我じゃないなら、誰だろうと同じだ。
俺は踵を返すと、駅の方へ足を向けた。
繁華街の外れに、少しヤバい通りがある。あそこなら、男を拾えるかも知れない。ちょっと時間は早いが、行ってみようと思った。
まだ、酒を出す店も灯を入れたばかりの時間だったが、それでも会社帰りのサラリーマンや、大学生らしい連中がチラホラと歩いていた。
その飲み屋街を抜け、俺は更に入り組んだ路地へと入って行った。
前に武我から聞いたが、この当たりには妖しい店が何件かある。ゲイらしきカップルや、そっち関係らしい男がうろついていると言っていた。
その路地へ入り込み、俺はゆっくりと歩き出した。
店の灯りがついている所もあったが、もっと遅くならないと店を開けないのか、暗いままの所が多かった。
人影も殆どなく、灯りのついていない店の前で2人の男が話をしているのを見かけただけだった。
俺は、なんとなく緊張しながらその2人の前を行き過ぎると、通りを抜けた。
振り返ったが、2人の男は俺を気にしてる様子もなかった。
ホッと息を吐き、俺はそのまま歩き出した。
やはり、まだ時間が早くて男を拾うにも相手が見つかりそうも無い。
すぐ向こうに、結構大きな公園がある。俺は、買ってきたパンをそこで食べようと思った。
(馬鹿みてえだな……)
自分を嗤いながら、街灯の燈った下にベンチを見つけ、俺はそこへ腰を下ろした。
何もわざわざ、武我の家がある場所まで来て、男を拾う事も無いだろう。
俺はすっかり冷めた缶コーヒーを取り出すと、プルトップを引いて缶を開けた。
ポケットから、もう一度携帯を取り出す。
本当は、武我に掛けて話をしたかった。呼び出せるものなら、呼び出したかった。
履歴を開いて、武我の名前を出したが、やはり発信ボタンを押すのを躊躇ってしまった。
コーヒーをひと口飲んで、溜息をつくと、携帯をまたポケットへ仕舞った。
その時、向こうから歩いてきた男が、俺の前で立ち止まった。
「独り?」
訊かれて顔を上げると、30代ぐらいのサラリーマン風の男だった。
「そうだけど…」
背は俺より低そうだが、体重は少し重いだろう。中肉中背の、これと言って特徴のない男だった。
「隣、いい?」
また訊かれて、少し警戒しながら俺は頷いた。
もしかして、あの通りに近いこの公園は、所謂“ハッテン場”というやつなんだろうか。
そう気付くと、俺は少し緊張を覚えた。
「ここ、初めてだよね?家、近くなの?」
「いや、家は近くないよ。あんたは?」
俺が訊き返すと、男はポケットからタバコを取り出しながら言った。
「俺は一駅先。君も1本どう?」
煙草の箱を差し出されて、俺は首を振った。
「いや、俺、吸わないんだ」
「へえ?じゃ、俺もよそうかな。…悪いしね」
「え?いいよ、別に。俺の周りなんて、友達も親もみんな吸うし」
「そうなの?でも、やっぱりよすよ。禁煙も考えてる所だしなぁ」
「そうなんだ?」
初対面の癖に、やけに馴れ馴れしい男だったが、感じは悪くなかった。俺の方も、少し緊張が解けたし、話も自然に出来た。
男は苦笑して頷きながら、出し掛けた携帯灰皿とタバコの箱をポケットに仕舞った。
「君、高校生?」
訊かれて、俺は咄嗟に首を振った。
多分、そうだと答えたら、男は警戒して行ってしまうような気がしたからだ。
「いや、大学だけど…」
「そう。若く見えるね?童顔なのかな?」
「あ、そうかも。良く言われるし…」
「やっぱり?それに、綺麗だとも良く言われるだろ?」
「え?いや…、そんなこともねえけど」
「そうかな、凄く綺麗だけど…」
言いながら、男の手がスッと俺の背中に回った。
ドキッとしたが、俺は動かなかった。
すると、男の手が俺の尻に触った。
「今夜、何か約束あるの?」
「い、いや…。なんにも…」
「そう?」
男の手が、さわさわと俺の尻を撫でた。
ゴクッと喉を鳴らし、俺は男の顔を見た。
「名前、訊いてもいいかな?」
「し、晶……ショウタ」
俺が偽名を名乗ると、相手はニコッと笑った。それが本名だろうと、そうじゃなかろうと、多分、この男は気にしないのだろう。
「ショウタくんか。俺はセイジ、よろしく」
俺が頷くと、セイジは尻を触っていた手を服の下に潜り込ませてきた。
「ここ、寒いね?何処かで温まらない?」
俺の耳元に口を寄せ、セイジは低い声でそう囁いた。
「映画館?」
俺が連れて行かれた建物を見て怪訝そうに言うと、セイジは笑って頷いた。
「ここ、“そういうトコ”だから。ラブホなんかは、男同士だと警戒されるからさ」
「ふぅん…」
俺は頷くと、チケット売り場へ足を向けたセイジを黙って見送った。
つまり、このうらぶれた映画館の便所でお手軽に済まそうって訳だ。
(また、便所か……)
俺は苦笑しながら首を振った。
まあ、いいけど。ムードなんか最初から期待しちゃいねえし、この男を好きな訳でもねえ。
武我じゃなきゃ、相手なんか誰だろうと、場所なんか何処だろうと、変わりなんかない。
「入ろうか」
チケットを買って戻って来たセイジに言われ、俺は頷くと後に続いた。
何の映画が上映されてるのか、良く見もしなかったし興味もなかった。どうせ俺たちは、上映室にも入らないんだろう。
「折角だし、映画見る?」
一応、という感じでセイジが訊いた。
俺は、曖昧に首を傾げて見せた。
「どっちでも…」
俺の答えに頷くと、セイジは上映室の扉の前を通り過ぎて行った。
やっぱり、最初から映画を見るつもりなんかなかったらしい。
だが、俺は構わずに黙ってその後に付いて行った。
通路の奥の男子用のトイレは、思ったよりも汚くはなかった。
個室は3つ並んでいたが、1番手前はドアが閉まっていて、中から明らかに2人以上の男の声がした。
セイジの言った事は本当らしく、この映画館はそういう連中の手軽な利用場所になっているらしい。
俺はセイジの後に続いて、1番奥の空いている個室へ入った。
「8時以降は入場料が安くなるから、結構、集まるんだ。上映室でも、映画そっちのけでオーラルとかに励んでる奴らもいるよ」
個室に入った俺にセイジがニヤニヤしながら囁いた。
頷いたが、興味はなかった。
別に、他のホモ連中がどうしていようと、俺には関係無い。
「ぅぅう…んっ」
向こうの個室で、生々しい声が聞こえ始めた。
それを聞くと、セイジはペロッと唇を舐めた。そして、俺の顔をやや上目使いに見上げた。
興奮して息が上がっているらしい。
俺は、少々気分が悪くなってきた。
鞄を棚の上に置き、コートを脱いで鍵フックに引っ掛けると、セイジは俺の前にしゃがんだ。
「いい?」
俺のベルトに手を掛けてセイジは言った。
頷くと、ベルトを外し、下着を下げてチンコを取り出した。
俺はドアに凭れて目を瞑った。
段々と胃のむかつきが激しくなってきた。
なんで俺は、こんなトコでこんな見ず知らずの男とヤろうとしてるんだろ?
武我が知ったら、きっと笑うだろう。
いや、もう笑いもしねえかな。
咥えられて、ゾクッと怖気が走る。
目を瞑っても、現実からは逃げられなかった。
美野里と別れて以来、フェラされるのは初めてだった。
武我は、俺にそれを求めても、自分がしてくれた事はなかったから。
多分、今まで付き合った女の誰よりも、セイジはフェラが上手かった。だが、それでも俺は、武我に軽く触られた時よりも気持ちいいとは思えなかった。
「あれ?駄目だなぁ。気持ち良くない?」
訊かれて、俺は目を開けた。
「ごめん…、なんか俺、こういうの初めてで。緊張してるみたい…」
俺が嘘をつくと、セイジは納得したのか、頷いて立ち上がった。
「ねえ、後ろは使った事ある?」
「うん…」
躊躇ったが、俺は頷いた。
ぶん殴って逃げようかと思ったが、思い直した。
なんだかもう、半分は意地だった。
武我以外の男と、俺はどうしてもヤらなきゃならないと思った。
便座の蓋に手を突いて俺が尻を突き出すと、セイジは指にゴムを嵌めてその上にジェルを出した。
その指を、俺のアナルにゆっくりと差し入れる。
ジェルの冷たさに、俺はブルッと震えた。