彼といる時間
-2-
翌朝、鏡に映した僕の顔は泣き続けた所為で目が腫れていた。
それを隠す為に、僕はコンタクトレンズではなくメガネを掛けた。
今日、教室で葦原に会ったら、どんな態度を取ったらいいのだろうか。
昨日、僕に言ってくれたように、葦原は普通に話しかけてくれるに違いない。でも、それにどう答えればいいのか僕には分からなかった。
「別れるなんて、いや……」
昨夜から何度も呟いた言葉を、僕はまた声に出した。
そうすると、また涙が零れそうになる。
それをグッと堪えて、僕は冷たい水で何度も顔を洗った。
だが、幾ら冷やしても瞼の腫れは引かなかった。
僕は仕方なくメガネでそれを隠し、学校へ向かった。
教室に入ると、まだ葦原は来ていなかった。
僕はホッとして自分の席に着くと、葦原が始業ぎりぎりに来る事を願った。そうなれば多分、今朝は話しかけられなくて済むだろう。
だけど、休み時間や昼休みになったら、葦原が近付いて来るかも知れない。今日1日逃げ続ける訳にはいかないだろう。
いっそのこと、すべてを話してしまおうかとも思った。
(だけど、もし……)
それなら別れようと言われたら、きっと僕はもう立ち直れない。
葦原に限って、そんなことを言う筈は無いと信じたかったが、心の片隅にある不安を拭い去る事は出来なかった。
自分の為に葦原が僕と別れることは無いと思う。だけど、諒子先生を守る為なら分からない。
あの写真には諒子先生の退職も掛かっている。
先生を傷つけない為に、葦原は僕と別れる方を選択するかも知れないと思った。
それくらいなら、このまま黙っていた方がいい。
葦原は腹を立てるかも知れないが、保科先輩を説得して何とか許してもらうまで、少しの間、彼を避けている他は無かった。
そんなことを考えている内に予鈴が鳴り、それと同時に葦原が教室に入って来た。
僕はわざと其方を見ないようにして、視線が合うのを避けた。
葦原の方も、すぐに席の近くの友達に話し掛けられてそれに答え始め、僕の方に近寄って来る様子は無かった。
僕はホッとして、そのまま彼の方を見ることは無かった。
時間休みも何とか上手くかわして葦原に話しかけられることは無かったが、昼休みにとうとう掴まってしまった。
弁当を持って外に出て行こうとすると、葦原が後ろから追い掛けて来て僕の腕を掴んだ。
「七綱…」
僕は仕方なく振り返り、葦原を見上げた。
少し腹を立てているような顔付きの葦原を見て、僕は罪悪感に苛まれた。
「逃げないって、昨日約束しただろ?」
「で、…でも、やっぱり…」
「やっぱり、なに?」
僕は、答えずに周りを見回した。
廊下の真ん中に立ち止まっている僕たちを、周りに居る何人もが好奇心の篭った目で見ている。葦原もそれに気づくと、僕の腕を取って廊下を歩き出した。
階段の下の死角になっている部分に僕を押し込むと、葦原は覆い被さるようにして僕の顔を見た。
「い…、嫌なんだ…」
僕がやっと口を開いてそう言うと、葦原の眉がギュッと寄せられた。
「なにが?」
「さ、さっきみたいに、皆に注目されるの…。僕はそういうのに慣れてないし、里久と居ると必ず皆が……、見るし」
それを聞くと、葦原はフーッと溜息をついた。
「まあな…。最初はそうかも知れないけど、そんなこと言ってたら、いつまで経ったって普通に出来ないだろ?その内、皆だって俺達が一緒に居るのに慣れるし、そしたら矢鱈に注目されたりしなくなるよ。今は、珍しがってるだけだって…」
「でも……、嫌…」
「七綱…」
葦原の声に怒りが含まれるのが分かった。
それでも僕は、嘘を吐き通すしかなかった。
やがて、もう1度葦原の溜息が聞こえ、その指が俯いた僕の頬に触れた。
「仕方ないな…。分かった、今まで通り、学校では話すのを止めよう」
「……ごめんなさい…」
顔を上げられなくて、僕は俯いたままでそう言った。
すると、葦原が屈んで下から覗き込んできた。
そして、アッと思う間も無く僕の唇にキスをした。
「その代わり、今日は一緒に帰ろう?俺のウチにおいでよ」
「で、でも…、バイトは?」
「今日は休み」
「き、今日は僕…」
「何か用事?」
寄せられた葦原の眉を見ると悲しくて堪らなくなった。
どうしてこんな表情を彼にさせなければならないのだろう。
いつも、いつも、彼を幸せにしたいと、そればかりを願っているのに。
「今日は、母さんと約束してて……、学校の帰りに真っ直ぐ病院へ行くことになってて…」
嘘を探して何とか言い訳すると、葦原は残念そうに頷いた。
「そうか。じゃあ、仕方ないな」
「ごめんなさい……」
僕が謝ると、葦原は笑みを見せて首を振った。
「いいよ。じゃあ、今夜にでもまたメールする」
「うん……」
返事をした僕の唇にまた素早くキスをすると、葦原は僕を残して去って行った。
残された僕は、我慢出来ずに泣き出してしまった。
葦原に嘘をつかなければならなかった事も、彼を裏切っている事も辛くて堪らない。
優しくされればされるほど、胸が痛くなってくる。
こんな事が、後どれ程続くのだろうか。
僕は一体、いつまで耐えていられるのだろうか。
嗚咽を噛み殺して零れ落ちる涙を手の甲で拭いながら、僕は暫くの間、そこで泣き続けていた。
裏庭で1人、枯葉の積もった樹の陰に座り、僕は弁当を食べる気にもならずに膝の上に乗せたままぼんやりとしていた。
暖かい時期なら兎も角、寒くなってくると外で昼食を取る生徒もいない。
誰にも見つけられたくなくてこの場所を選んだのに、驚いたことに保科先輩が現れた。
枯葉を踏む音に振り返ると、僕の方に近付いて来る先輩と眼が合った。
「見つけた。今日は眼鏡なんだ?」
そう言うと、保科先輩は僕の隣に腰を下ろした。
「……どうして?」
「さっき、窓から見下ろしてたら、こっちの方に来るのが見えたからさ」
「そう……ですか」
「食べないのか?」
弁当の包みを指差されて僕は首を振った。
先輩はそれを見て肩を竦めると、落ちていた枯葉を1枚手に取った。
「今日さ、部活終わるまで待ってろよ。一緒に帰ろう?」
「え……?」
「俺のこと、もっと良く知ってもらいたいし…」
そう言うと、先輩は僕の目を見つめた。
「葦原よりも好きになってもらいたいからな」
「そんな……」
そんなの無理に決まっている。他の誰かを葦原以上に好きになるなんて僕に出来る訳が無い。
葦原のこと以外考えられない僕に、出来る訳なんか無いのだ。
僕が力なく首を振って俯くと、先輩の手が肩に載った。
「兎に角、一緒に帰ろう。待っててくれよな?」
「……はい」
逆らえばどうなるか分かっている。
僕は俯いたまま素直に返事をするしかなかった。
図書館で時間を潰し、僕は先輩が部活を終えるのを待った。
部活時間終了のベルが鳴り窓から外を見ていると、バスケ部の生徒達も体育館から出て部室の方に引き上げて行った。
僕は仕方なく読んでいた本を閉じると図書室を後にした。
言われた通り裏庭で待っていると、暫くして保科先輩がやって来た。
「あ、いた。ちゃんと待っててくれたんだ?」
悪びれもせずに笑顔を見せた先輩に、僕は黙って頷いた。
「行こうか?待たせたお詫びに、何か奢るし」
「そんな…、そんなのいいです」
僕が慌てて首を振ると、先輩は笑いながら僕の肩に手を置いた。
「遠慮するなって。いいから、行こう」
躊躇う僕を連れて、先輩は学校の傍のバス停からバスに乗った。
バス停を5つほど通り過ぎ、降りるように促された場所を知って、僕は嫌な予感を覚えた。
「甘いもん好き?ケーキとか」
訊かれて頷きながら、僕は不安げに先輩の横顔を見た。
この先には葦原がアルバイトをしているカフェがある。これは、偶然なのだろうか。
だが、不安は的中し、先輩が僕を連れて行ったのはそのカフェだった。
「もう日が落ちちゃったから、外はちょっと冷えるな。中に入ろうよ」
不安で歩みの止まった僕の腕を取って先輩は店内に誘った。
「ここのケーキが旨いって、クラスの女子に聞いたんだ。そう言えば、学祭でカフェやった時に北野達のクラスはここのケーキを使ったんだってな?」
「はい……」
「凄い人気だったって、みんなが言ってたよ。俺は部活の方の出し物が忙しくて、殆ど何処も見てないんだ。ちゃんと見れたのは北野が出たミスコンだけ……」
話だけを聞いていると、先輩が僕をここに連れて来たのは偶然のように思える。
でも、それとなく店内を見回している先輩が、誰かの姿を探しているように僕には思えた。
ウェートレスが来て注文を済ませると、保科先輩はまた店内を見回した。
「今日は居ないんだな……」
その呟きを聞いて、僕は顔を上げた。
(やっぱり…)
先輩は、葦原がここでアルバイトをしていると知っていて、わざと僕をこの店に連れて来たのだ。多分、自分と一緒に居る僕の姿を葦原に見せる為に。
僕の疑いが、段々と確信に近くなってきた。
やはり先輩がこんな無茶な事を始めた裏には、葦原に対する何らかの私怨があるのだ。
そうでなければ、女の子に人気のある先輩が好き好んで僕なんかを選ぶ筈が無い。
こんな卑劣な手を使ってまで手に入れたいほどの魅力なんか僕には無いからだ。
「北野……?」
先輩に呼び掛けられて、僕は彼の方を見た。
「どうかした?」
その笑顔を見ていると、悪い人には思えない。僕は首を振って何とか笑みを返した。
「いいえ、なんでも…」
「今度の土曜さ、練習試合があるんだけど見に来ないか?」
「え……?」
「S校の体育館で9時からなんだ。来られるだろ?」
拒否する事は許されないのだと、その口調から分かった。
僕が頷くと、先輩は嬉しそうに笑った。
「現地解散だからさ、終わるまで居てくれよな?一緒に帰ろう」
もう一度頷いた時、注文の品を持ってウェートレスがテーブルに来た。
その後は他愛のない話をしてお茶を飲み、先輩に送られて家まで戻って来た。
「真っ暗だな。誰も居ないの?」
僕の家を見て先輩が言った。
「母は看護師をしてるので、今日は夜勤なんです」
「ふうん…。ちょっと、寄ってっていい?」
「え……?」
「北野の部屋、見たい。いいだろ?」
嫌だとは言えなかった。
僕は仕方なく先輩を家に入れると、2階の自分の部屋に案内した。
緊張して矢鱈と喉が渇く。
先輩の思惑が分からない為に、不安が僕を襲っていたからだ。
「へえ…、綺麗にしてるんだなぁ」
そんな僕の心境など知らず、部屋を見回して先輩は感心したように言った。
「あ、金魚だ…」
ジンジャーJr.とペッパーの水槽に近寄りながら先輩は嬉しそうに笑った。
「これが北野のペットか…。俺も小さい頃、飼ってたよ。流金と出目金」
「そうですか…」
僕が答えると先輩は笑顔のままで振り向いた。
「今は犬が居る。ミニチュア・ダックスを妹が飼ってるんだ」
僕は頷くと鞄を机の上に置いた。
「何か、飲み物を持ってきますね」
すると、先輩の手が僕の腕を掴んだ。
「いいよ、いらない。今、飲んできたし…」
そう言うなり僕を引き寄せると身体に腕を回してきた。
「や……」
その手から逃れようとして腕を突っ張ると、僕は先輩の胸を押した。
だが、その身体は僕の力なんかではびくともしなかった。
せせら笑うようにして、先輩は僕の身体を完全に腕の中に巻き込んだ。
「俺に敵うと思ってる?」
馬鹿にするような口調で言われ、僕は悔しくて懸命にもがいた。
こうして間近に見ると、先輩は葦原よりも背が高い。それに、スポーツマンなだけあって、細身に見えても触ると硬い筋肉を感じた。
「嫌っ…、お願い……」
抵抗も虚しくベッドの上に押し倒されて、僕は絶望的な声を上げた。
「部屋に上げた時点でOKってことだろ?今更遅いよ」
先輩の言葉に、僕は虚しく首を振った。
勿論、分かっていなかった訳じゃ無い。だけど、まさか、キス以上のことはされまいと高を括っていたのだ。
先輩は僕を本気で好きなわけじゃ無い。だから、嫌がらせで葦原との仲を裂くような真似はしても、僕の身体に手を出してくるようなことは無いと、何と無くだが思い込んでいた。
だが今、先輩は明らかに僕にそういう行為を望んでいるのだと分かった。
体重を掛けて僕の身体を押さえつけると、片手で器用にズボンのベルトを外した。そして、そのまま僕の下着の中にその手を滑り込ませてきた。
「いやッ。嫌ですッ……」
「なんで?俺と付き合うことに承知したじゃん。それって、こういうこともコミだろ?」
「そんな……、だって…」
こんな事、葦原以外の誰ともしたくなんか無い。
他の人とのセックスなんて僕には考えられなかった。
「葦原とはしてたんだろ?」
訊かれて、僕は黙った。
「当然、してたよな?ラブホに入ったぐらいだし」
「それは……」
葦原の名前を出されて、僕は急に昼間のことを思い出した。
葦原は何も悪くないのに、僕はまた彼に不快な思いをさせてしまったのだ。
その上、嘘までついて誘いを断った。
本当なら、今こうしてここに居るのは先輩ではなく彼の筈だったのだ。
僕を抱きしめていたのは、葦原の筈だったのに……。
そう思ったら、悲しくて堪らなくなった。
「う………ッ…」
込み上げてくるものを堪えようとしたが駄目だった。
目尻を涙が伝い落ちる。僕は唇を噛んで声を堪えた。
すると、フッと、短い吐息が頭の上で聞こえた。
「泣き虫だなぁ…、おまえ」
先輩は抑えていた手を離すと、僕の顔から眼鏡を外して涙を拭い取った。
「そんなに泣くと、また明日、目が腫れ上がるぞ」
呆れたように言われて僕は目を上げて彼の顔を見た。
目が腫れているのを隠す為に今日僕が眼鏡をかけていた事に、まさか気付いているなんて思わなかったのだ。
僕の両手を掴み、それをベッドの上に緩く押さえつけると、先輩はゆっくり顔を近づけて僕の頬に唇を押し付けた。
「でも、泣き顔も可愛いのな……。益々、好きになった」
産毛を撫でるように囁き、唇を移動させる。僕は咄嗟に顔を背けてキスから逃れた。
「嘘だ……」
「ん?何が?」
惚けて聞き返す先輩を僕は下から見上げた。
「僕を好きだなんて嘘です。そんなの……、信じない」
「どうして?好きじゃなかったら、男相手に、こんなことしないけどな」
口元に笑みを浮かべ、先輩はあくまでも惚けようとした。
「嘘…。お願いです。本当のことを教えて……」
必死で言った僕の言葉に、だが、先輩は首を傾げた。
「本当のことって?北野を好きだって言うのは本当だぜ。嘘なんか何もついてないよ」
言いながら、また顔が近づいて来た。
「今日は無理にはしないよ…。だから、キスはさせなよ、な?」
「や……」
逃げようとすると、抑えていた先輩の手に力が篭った。
「させないなら、無理やりにでも最後までするよ。俺から逃げ切れると思ってる?」
言われて、僕は抵抗を止めた。
悔しくてヒクッと咽が鳴る。だが、先輩の言う通り、僕が彼から逃げ切れるとは思えなかった。
先輩の唇が押し付けられて、僕はギュッと目を瞑った。
その時、僕の上着のポケットで携帯が鳴り出した。
ハッとして手を伸ばそうとするが、抑え付けられていて動けない。
もがこうとした時、不意に先輩の手が離され、その手が僕のポケットから携帯を取り出した。
「あっ…、駄目ッ…」
叫んで飛び起きようとした僕の身体を、空いた方の手で軽々と抑え付け、先輩は勝手に僕の携帯を耳に当てた。
「もしもし?…え?誰……?」
相手は出る前から分かっていた筈で、その証拠に彼の口元には楽しげな笑みが浮かんでいた。
「ああ、そうだよ。間違ってない。……ちょっと待ってな」
僕の方に携帯を差し出しながら、先輩はわざと相手に聞こえるように大きな声で言った。
「七綱、葦原だってさ」
僕は震える手を差し出して携帯電話を受け取った。
“七綱”だなんて……。
わざと葦原に聞こえるように名前で呼ぶなんて……。
(酷い…)
「もし…もし?」
震える声でやっと言うと、葦原の声が耳元で聞こえた。
「七綱、今の誰だ?」
不機嫌な、そして困惑しているような声で葦原は言った。
「と…、友達…。さっき、急に…、遊びに来て…」
僕が必死で言い繕う後ろで、先輩がクスクスと忍び笑いを漏らした。
「友達って言うかよ。ひでえなぁ…」
(やめてッ。お願い…)
ギュッと目を瞑ると、また耳元で葦原の声がした。
先輩の声が聞こえたのだろう。今度は前よりずっと、口調が強い。
「七綱、一体誰だよ、そいつ。友達って?学校のヤツか?」
「ちが…。葦原は知らない…。前の…、中学の時の…」
必死で平常心を保とうとしたが、どうしても声が震えてしまう。
僕は膝の上でギュッと拳を握り締めた。
「なんでそいつが、おまえより先におまえの携帯に出るんだ?」
「それは…」
僕が言い訳を探そうとすると、先輩の腕が背後から伸びて、僕の身体を抱きしめてきた。
ビクッと身体が震えたが、何とか声を出すのは堪えた。
すると、先輩が僕の項に唇を押し付けるようにして囁いた。
「前のオトコからの電話なんか、早く切りなよ…」
息が止まる。怖くてガタガタと身体が震え出した。
「七綱……?」
黙り込んだ僕を訝って、葦原が呼び掛ける。
「な…、なんでもない…」
チュッと肌を吸われ、僕はまたビクッと震えた。
(お願い………)
恐怖で今にも泣き出しそうだった。
「七綱?どうかしたのか?おかしいぞ」
「な……、なんでも…」
必死で答えようとした時、先輩が僕の手から携帯をもぎ取った。
「や……」
取り返す間も無く電源が切られ、伸ばした僕の手は先輩に阻まれて捕まえられてしまった。
「やめて下さいっ…。酷い…」
「酷い?」
言いながら先輩は携帯を僕の届かない机の上に乗せた。
「どっちがだよ?おまえ、葦原と別れるって約束しただろ?」
「そんなの……」
僕は思わず両手で顔を覆った。
「そんなの出来ない…。僕からなんて、言えません…ッ」
そのまま泣き出した僕の身体を先輩の腕が抱き寄せた。
「泣くなよ。……いいよ、分かった……」
優しい声が僕の旋毛の辺りで聞こえた。
僕が驚いて顔を上げようとすると、続けてすぐに先輩は言った。
「なら、アイツから別れるって言わせるさ」
息を呑み、僕は先輩の顔を見上げた。
だけど、一体何をするつもりなのか、その表情から窺い知る事は出来なかった。