一緒に帰ろう


-11-

昼食は今日も耀平と待ち合わせて学食で食べたが、やはり七於は余り食欲がなかった。
以前は、耀平と一緒に居られるだけで弾むような気持ちになれたのだが、今は悩みの方が先に立って、手放しで喜ぶ事が出来なかった。
だが、食欲がないのが分かると、また耀平に要らない心配をさせることになる。だから七於は、精一杯笑って見せた。
そのお蔭か、耀平も別段不審がる様子もなく食事を終え、一緒に帰る約束をして別れた。
帰りにランチルームの前を通ると、ちょうど女友達と一緒に出て来た砂羽子に出会った。
ハッとして七於が立ち止まると、砂羽子はチラリと一瞥しただけで友達と話をしながら通り過ぎて行った。
あんな事があったのだから、耀平も、それに砂羽子だって気拙いだろう。2人は同じクラスだし、顔を合わせない訳にはいかない。
それを思うと、七於はまた辛い気持ちになってしまった。
とぼとぼとした足取りで教室に戻ると、輪島はまだ戻っていなかった。
戻って来たのは始業時間ギリギリで、その後も、何となく話をする機会が無く放課後になってしまった。
最初から七於は耀平と帰るものと思ったのか、いつもなら帰り支度をしている所へ声を掛けてくれる輪島が、今日は他の友達と話をしていて何も言ってはくれなかった。
酷く寂しい気持ちになったが、七於は自分の席から皆に向かってさよならの挨拶をして外へ出た。
離れた方がいいのだろうと思っていたが、いざ、こうして輪島に距離を置かれると、酷く気持ちが落ち込んでしまった。
“ずっと友達”だと言ってくれたが、きっと輪島は、本心ではそれを望んでいないのではないだろうか。
いつもいつも、1番傍に居てくれた。
どんな時も、1番自分を理解してくれた。そして、助けてくれた。
誰よりも、輪島は優しかった。
それなのに、きっと自分は、誰よりも輪島を傷つけているのかも知れない。
「俺…ッ…」
涙が零れそうになり、七於は急いで手の甲で目を擦った。
その時、正面から、ドンッ、と衝撃を受けて七於は弾き飛ばされそうになった。
「あっ…」
「おっと…」
ずっと俯いて歩いていたので、前から人が来たのに気付かなかったのだ。転びそうになった七於の身体を、誰かが後ろで抱きとめてくれた。
「あっ…、ご、ごめんなさいッ…」
慌てて体勢を立て直し、七於は自分の身体を支えてくれた相手と、それからぶつかった相手に急いで謝った。
「なぁんだ。いいトコで会ったなぁ」
「ホント、ホント、探しに行く手間が省けたぜ」
「え…ッ?」
その言葉に驚いて、七於は相手を良く見直した。
「あっ…」
そこに立っていたのは、この前自分を取り囲んで輪島の事を訊いてきた上級生達だった。
サッと顔色を変え、七於は逃げようとして後に下がった。
「どーこ行くのー?」
その後ろを塞ぎ、馬鹿にするような口調で1人が言った。
「や…。あの、離してっ…」
また囲まれて、七於が真っ青になると上級生達は顔を見合わせて面白そうに笑った。
その時、そこに偶然、砂羽子が通り掛った。
「ちょっと、何やってんのっ?」
その異常さに気付き、不審に思ったのか、砂羽子は近付いてきて上級生達の隙間に入り込もうとした。
「おう、砂羽子。コイツだろ?輪島の…」
砂羽子とキスしていた上級生が、そう言ってニヤニヤしながら砂羽子を見た。
「そ、そうだけど…。なに?なんかするつもり?や、止めなよッ…」
「うっせえ。おまえだって、憎らしいって散々言ってたじゃねえ?すっきりさしてやるよ」
「止めなってッ。もう、いいんだからっ。離してやってよッ」
砂羽子も顔色を変えて、必死に上級生達の間に割り込み七於に手を掛けようとした。
だが、身体の大きな男達数人を相手に、砂羽子が敵う訳が無い。
「煩せえッ…」
忽ち弾き飛ばされて、そこに転がってしまった。
「さ、砂羽ちゃ…ッ」
慌てて傍に行こうとした七於だったが、後ろからがっちりと掴まってしまい身動きも取れなかった。
「邪魔すんなッ。おまえが良くても、こっちはそうはいかねえんだよっ」
「や、止めッ…」
砂羽子が起き上がるよりも早く、上級生達は両側から七於を捕まえて歩き出した。
「い、嫌だッ。離してっ、離してよぉッ…」
ズルズルと引き摺られるようにして、七於は連れて行かれた。
「黙れッ」
1人に口を塞がれたが、両手を掴まれていて逃れることも出来なかった。
声も出せず、恐怖に震え、七於は絶望に襲われながら目を瞑った。
(嫌だぁぁッ…。誰かっ、誰か助けてッ…)
必死にもがき、心の中で叫んだが、連れて行かれる七於に気付いた人間はいなかった。
上級生達は人気の無い場所を選んで移動し、七於を部室のある建物へ連れて行った。
そこは、去年潰れてしまった生花部の空き部室で、上級生達は何処からか鍵を盗み、勝手に利用しているらしかった。
その中に連れ込まれ、七於は畳の上に押し付けられるようにして転がされると、素早く口にハンカチを押し込まれてしまった。
「うぐぅぅッ…」
「おい、押さえろッ…」
手足をばたつかせて、何とか逃げようとしたが、両方から押さえ込まれて動けなくされてしまった。
もう、必死で首を振る以外、七於に出来る事は無かった。
怖かった。
怖くて、怖くて、七於の目にはもうすでに涙がいっぱいに溜まっていた。
ぼやけるその視界に、自分を覗き込む男達の顔が映る。表情は分からなかったが、七於には全員が黒い悪魔のように映った。
(やだぁっ。やだよぉッ…。怖いっ。誰か助けて…)
何をされるのか分からなかったが、それが良く無いことだというのははっきり分かった。
嗚咽が込み上げてきて、喉が詰まる。
泣き声は押し込められたハンカチに吸われて外に出る事が出来なかった。
「おいっ、さっさとしろよッ」
1人が急かすと、全員が七於の服に手を掛けた。
(いやっ、嫌だッ…嫌だぁッ…)
尚も激しく首を振る七於に構わず、男達は七於の服を剥ぎ取っていった。
「うぐっ、うぐぅぅぅッ…」
七於の必死の叫びはくぐもった声にしかならなかった。
とうとう、下着まで剥ぎ取られ、七於は裸の下半身を男達の目の前に晒されてしまった。
「おいおい、随分可愛いじゃん?」
馬鹿にしたような誰かの声が聞こえた。
「おまえ、マジで高校生かぁ?小学生の間違いじゃねえの?」
「ふっ…うぅ…う…」
弱々しく首を振り、七於は目尻から涙を流し続けた。
何を言われようと、馬鹿にされようと構わない。ただ、この場から解放して欲しいだけだった。
「けどさ、男男してなくて、却っていいじゃん。こんな可愛いなら、ヤれそうだぜ、俺…」
「マジかよ?なんか、突っ込むだけじゃなくて?」
誰かが言うと、クスクス笑う声がした。
「いいじゃん。勃つんなら、ヤッちまえよ。どうせこいつ、輪島とヤッてんだろ?」
その言葉に七於は震え上がった。
ただ見られるだけじゃない。
これから自分は、ここに居る男達に犯されるのだ。
(いやぁッ…助けてッ。ワジーッ…、耀ちゃん、耀ちゃんっ、助けてよぉッ…)
グッと太腿を持ち上げられ、七於はまた激しく首を振った。



教室で友達と話をしていた輪島だったが、普通科の女子から暇なら一緒に帰ろうというメールが来た。
それに承諾し、普通科の校舎まで迎えに行くと返信すると、輪島は工業科の校舎を出た。
裏から昇降口へ行こうと、渡り廊下に差しかかった時、顔色を変えて走って来る砂羽子に出会った。
(なんだ…?)
何だか、嫌な胸騒ぎを覚えると、輪島は急いで砂羽子の後を追った。
「おいっ、砂羽子ッ…」
後ろから呼び掛けると、砂羽子はハッとして振り返った。
「わ、輪島く…」
余りに慌て過ぎて、砂羽子は駆け寄ろうとした足を縺れさせた。
そして、輪島の前で転んでしまった。
「おいっ、大丈夫か?」
慌てて駆け寄ると、輪島はしゃがんで彼女に手を貸した。
「わっ、輪島君ッ、大変ッ、大変なのッ…」
物凄い力で腕を掴まれ、輪島はその尋常ではない様子に顔を強張らせた。
「大変って、なにが?落ち着けよ。落ち着いて話せ」
余程急いで走っていたのだろう、砂羽子は息が上がってすぐには話し始められなかった。
それが彼女を焦らせているのは目に見えて分かった。輪島は、砂羽子を落ち着かせようとしてその背中を何度か撫でた。
「なっ、七於…ッ、七於君がッ…」
やっとそう言って、砂羽子はまた輪島の腕を掴んだ。
「七於が?七於がどうした?」
はっ、はっ、と、何度も息を吐いて吸い、呼吸を整えると、砂羽子はやっとまた口を開いた。
「の、野田たちが、七於君を無理やり連れて行って…ッ。きっと、なんかするつもりだよッ」
「野田って3年の…?」
真っ青になり、輪島は砂羽子の身体を揺すった。
「何で七於をッ?なんかって、何するつもりなんだッ?」
「ま、前に野田の彼女があいつのこと振って、輪島君と付き合ったことあるんだよ。あいつ、それをずっと根に持ってて、さっき仲間と一緒に…」
「なんだって…?」
輪島が絶句した時、後ろで耀平の声がした。
輪島が振り返ると、耀平はツカツカと2人の方へ歩み寄って来た。
「砂羽子、それで、七於が捕まったって言うのかッ?」
「う、うん。あたし、止めろって言ったんだけど、突き飛ばされて…。1人じゃどうしようもなかったから、急いで耀平に知らせようと思って探してたんだよッ」
輪島を押し退けて、耀平は砂羽子の肩を掴んだ。
「それでッ?七於は何処へ連れて行かれたんだッ?」
だが、砂羽子は困惑顔で首を振った。
「分かんない…。あたし、そんなに深く付き合って無いんだよ。だから、何処へ行ったかまでは…」
「誰か、誰か、知ってるヤツいねえのかッ?」
「誰かって…・」
戸惑う砂羽子の隣で、輪島は何かに気付いたらしく表情を変えると、ポケットから携帯電話を取り出した。
それを開いて、急いでアドレスを探す。だが、目当てのアドレスは見つからないようだった。
「畜生…ッ。消去しちまったんだ…」
だが、輪島のその行動で、砂羽子が思い当たったらしい。
「そっかッ。野田の元カノ…ッ」
そう叫ぶと、砂羽子は3年の教室を目指して走り出した。



全速力で階段を駆け上って、3人は3年の教室に着いた。
だが、居る筈の教室に目当ての人物の姿はなかった。
砂羽子が落胆した表情を見せた時、輪島が気付いて声を上げた。
「愛花さんッ…」
輪島が叫ぶと、窓際で話をしていた女子が2人、吃驚してこちらを見た。
「なに?丈二?なんか用…?」
愛花と呼ばれた女性徒は、血相を変えて自分に近寄って来る輪島に驚いて訊いた。
「メグさんの携番知らないッ?」
「メグの…?知ってるけど…」
「教えてッ。てか、携帯貸してッ…」
「ええっ?」
ポケットから携帯電話を取り出した途端に輪島に奪い取られ、愛花は目を丸くして彼を見た。
「す、済みません。ちょっと、急用で…」
傍に来た砂羽子が、そう言って何度も愛花に頭を下げた。
「どうしたの…?」
眉を寄せて砂羽子の方へ乗り出した愛花に、彼女は、
「野田さんが…」
とだけ説明した。
その向こうで、携帯を耳に当てながら、苛々と輪島が歩き回り出した。その隣を、一緒に耀平が歩いて行く。
「あっ、メグさん?俺、輪島だけど…」
相手に通じた途端に、輪島の足が止まった。耀平は、自分も輪島の持った携帯に耳を押し付けた。
「野田さん達が学校で集まる場所って分かる?…え?いや、どうしてもすぐに会わなきゃならなくて…。え?前の生花部の部室ッ?あ、ありがとッ…」
輪島はそう言うとすぐに電話を切り、それを愛花へ返した。
「愛花さん、サンキュ。ごめんッ…」
輪島がそう言って走り出す前に、会話を聞いていた耀平は教室を飛び出していた。
面食らったような表情で見送る愛花たちを残し、輪島と砂羽子も教室を飛び出して行った。
走り続けていた砂羽子の脚は、もうかなり草臥れていたのだろう。男達2人に遅れてしまい、生花部の部室の前に着いた時には彼女の姿はなかった。
だが、先に走り出していた耀平に輪島は途中で追いついていた。
着いたのはほぼ同時だったが、先にノブに手を掛けたのは耀平だった。
息を切らしたまま、耀平はドアのノブを回すと、それを思いっ切り開けた。