一緒に帰ろう


-12-

そこに、男達はもう居なかった。
居たのは七於1人だけだった。
「な…、七於…?」
気を失っているのか、ぐったりと横たわったままで七於は身動きひとつしなかった。
「七於ッ…」
その下半身がすっかり裸にされ、そして汚されている事が分かると、輪島は悲痛な声で彼の名を呼んだ。
だが、中に入ろうとした輪島を耀平が突き飛ばした。
「触るなッ…」
ハッとして彼を見た輪島に、耀平は怒りを込めた声で言った。
「おまえは、七於に触るな…」
「耀平…」
呆然とする輪島を残し、耀平は中に入って七於の傍に膝を突いた。
「七於…?」
耀平が覗き込むと、七於の目は開いたままだった。
だが、その目には何も映っていないように見えた。
「七於っ…」
耀平が七於の肩を揺すった。
「い…嫌ぁッ…」
その途端、急にビクッとして七於は両腕を振り回した。
「やだっ、やだぁぁぁ…ッ。止めてよっ、止めてよぉぉッ…」
「七於っ、俺だよッ。耀平だッ…」
何度も殴られながら、耀平はそれでも七於の身体を腕の中へ入れようとした。
「七於ッ、七於ッ…」
ギュッと抱き締められて、七於は漸く暴れるのを止めた。
「よ、耀ちゃ…?」
「そうだ。もう大丈夫だ。大丈夫だから…」
「耀ちゃ…、耀ちゃ…んッ」
「七於…」
七於の目に涙が溢れるのを見て、耀平はまた彼の身体を力強く抱き締めた。
その時、やっと砂羽子が追い着いて来た。
そして、中に居る七於を見ると、息を飲んだ。
勿論、すぐに何があったのか察したに違いなかった。
「あ…、あたし、耀平の荷物、取ってくる。あと、タオル…」
小声で輪島にそう言うと、砂羽子はまた校舎の方へ駆け出して行った。
輪島は頷くと、もう一度部室の中に視線を戻した。
耀平に縋って泣き続ける七於と、そして、彼を抱き締めてその身体を何度も撫でる耀平の姿を辛そうにじっと見る。
やがて、深い溜息を残して、輪島はその場を去って行った。



砂羽子が濡らして来てくれたタオルで七於の身体の汚れを拭いてやると、耀平は彼を背負って家まで帰って来た。
七於はとても1人で歩けるような状態では無かったからだ。
七於から鍵を預かり、無人の家のドアを開けると、耀平はまた彼を背負ってバスルームへ連れて行った。
服を脱がせて風呂場の椅子に腰掛けさせ出て行こうとすると、七於が不安げに袖を掴んだ。
「上に行って着替え持って来るからな?」
そう言って手を握ってやると、七於は頷いて手を離した。
七於の部屋に入り、クローゼットから下着とパジャマを出すと、耀平はまたバスルームへ戻った。
七於はシャワーさえ出してはいたが、ぼんやりとしたままで身体を洗おうとする様子もなかった。
耀平は制服の上着を脱いでズボンの裾とシャツの袖を捲くると中に入って行った。
「身体…、洗おうな?」
スポンジにボディソープをつけ腕を掴むと、七於はビクッと震えた。だが、すぐに僅かに頷いて見せた。
耀平はゆっくりと七於の体を洗い始めた。
「ごめんね…?耀ちゃん…」
「なにが?何で謝るんだ…」
「だって俺、また耀ちゃんに迷惑掛けてる…」
「馬鹿言うな…」
それきり、耀平には言葉が見つからなかった。
自分は被害者だというのに、これほど酷い目に合ったというのに、まだ七於は自分を気遣っているのだと思うと、酷く切なかった。
「立てるか?」
訊かれて七於は頷いた。
耀平は、彼に湯船の蓋の上に手を突かせると、彼の臀部に手を掛けた。
「なっ…、何するのッ?」
恐怖に強張った顔で、七於が振り返った。
「大丈夫。ちょっと見るだけだ」
「いっ、いやッ。嫌だッ…」
七於は叫ぶと、クルリと後ろを向いてブルブルと首を振りながら、その部分を庇って手を後ろへやった。
「いや…、耀ちゃん…」
「けど、見ないと…。それに、もし…」
そこまで言って、耀平は口篭った。
だが、七於を励ますように腕を掴むと、なるべく怖がらせないように優しい口調で言った。
「中に…、入ったままになってると腹の具合が悪くなるって…。な?少しだけ我慢して、俺に任せろよ」
「い…、いや。何にも入って無いよ?もう、入って無いッ。入って無いッ…」
ブルブルと首を振り、七於は恐怖に竦んだようになって自分の体を抱き締めた。
恐ろしい体験が蘇ってしまったのだろう。七於は身を縮めてその場にしゃがみ込んだ。
「七於…」
耀平は彼の肩に手をやると、また励ますようにして撫でた。
「分かった。じゃあ、もう少しシャワー浴びて、それから出よう。な?」
「…う、うん…」
やっと頷くと、七於は顔を上げた。
耀平は彼の身体が温まるように、シャワーの温度を少し上げると、その体中に満遍なくお湯を掛けてやった。
風呂から出て七於を着替えさせると、耀平は彼を支えて2階の部屋へ連れて行った。
ベッドに寝かせると、七於は不安げな顔で耀平の手を掴んだ。
「耀ちゃん…、もう、行っちゃうの?」
「いや。小母さん達が帰って来るまで居るよ。大丈夫…」
「うん…。ごめんね?ごめんね?」
「もう、謝るな。おまえが、謝る必要なんてねえよ…ッ」
耀平の声が僅かに震えた。
急に怒りが込み上げたのか、それとも、七於が不憫で堪らなかったのか、耀平は七於の布団の上に拳を乗せるとその上に額を打ち付けるようにした。
「なんでだよ…?なんでおまえがこんなことされるんだ…?」
「耀ちゃん…」
「輪島だろ?恨まれてんのは輪島じゃねえかッ…」
ガバッと顔を上げると、耀平の目には涙が滲んでいた。
「なのになんで、おまえが傷つけられなきゃなんねえんだよッ。全部…、全部、あいつが…ッ」
「やめて…」
七於の手が、耀平の手を掴んだ。
「ワジーが悪いんじゃ無いよ。違うよ。…耀ちゃん、ワジーのこと責めたりしないで?ね?ね?」
「七於…」
首を振ると、耀平はまた拳の上に額を乗せた。
「なんでおまえ、そんなにあいつのこと…」
「だって、ホントにワジーの所為じゃ無いんだ。悪く無いよ…、ワジーは悪く無い…」
言いながら、七於の身体が小刻みに震え始めた。
「七於…?」
それに気付くと、耀平は彼の手を握った。
「怖い…ッ。耀ちゃん、怖いよぉぉッ」
また、恐怖が蘇ったのか七於は泣き声を上げた。
「七於…ッ」
膝で立ち上がると、耀平は布団の上から七於の体をギュッと抱き締めた。
七於の震えは止まらず、やっとウトウトと眠っては魘されて飛び起きることの繰り返しだった。
「痛いぃぃ…、いやぁ、いやぁ…、もう止めて…」
さっき眠ったと思ったら、また、うわ言で苦しげにそんな言葉を言い始め、脂汗をびっしょりと額に浮かべては首を振る。
その度に耀平は、彼の体を抱き締め、髪を撫でてやった。
「七於…、もう大丈夫だ。誰もおまえを傷つけたりしないから…」
「いやぁッ…」
ハッと目を開き、七於は耀平を押し退けた。
「嫌だッ。しないでッ。もう、しないでよッ…」
「七於ッ…」
揺すられて初めて、七於は耀平の顔を見た。
それが耀平だと気付くと、七於は彼の肩に顔を埋めた。
「耀ちゃ…、耀ちゃんッ…」
「大丈夫。もう、大丈夫だからな…?」
「ごめんなさい…。ごめんなさい…」
「いいんだ。謝らなくていい」
抱き締めると、七於の身体が異常に熱い事に耀平は気付いた。
「熱が出ちまったな…。下に行って、氷枕とか探してくるよ」
「今…、何時?」
「ん?もうすぐ、7時半だ」
「じゃあ、もうお母さん帰って来るから。だから、耀ちゃん、もう帰っていいよ。俺もう、大丈夫だから…」
「なに言ってんだ。小母さんが帰ってくるまで居るよ。それに…、おまえじゃ、小母さんに上手く説明出来ないだろ?」
勿論、七於が寝付いた本当の原因を母親に話す訳にはいかない。それは、七於も絶対に嫌だと言っていたし、そうなると耀平が上手く誤魔化してやるしか無いだろうと思った。
「じゃあ、ちょっと下に行くな?」
「うん…。ありがと、耀ちゃん」
父親は遅いらしいが、母親の方はいつもなら6時には帰ってくる筈だった。だが、今日は残業らしく、さっき七於の携帯に帰りは8時頃になるとメールが入ったのだ。
「なんか、食わせないとな…」
そう呟くと、耀平は1階に降り、階段の下にある納戸を物色し始めた。多分、氷枕があるならそこだろうと思ったのだ。
割りと目に付き易い場所に氷枕の箱があるのを見つけ、耀平はそれを取り出すと台所へ行った。
製氷室を開け、そこから氷を出して、ゴムの枕の中に半分ほど入れた。
「もしもし?あ、お袋?…あのさ、七於が学校で熱出して、今あいつんちに居るんだけど…」
耀平は水道の水を氷枕に入れながら、携帯を出して家に電話を掛け、残業の母親の代わりに七於を看病しているから2人分の食事を運んで欲しいと頼んだ。
それから、救急箱を見つけて体温計を探し出し、燿平は氷枕とそれを持って2階へ戻った。
「お袋が、今、飯運んでくれるからな」
「あ、ありがと…。ごめんね?」
「いいって。ほら、頭上げろ」
タオルに(くる)んだ氷枕を七於の頭の下に入れてやると、耀平は体温計をケースから出して彼に渡した。
「熱、計ってみ?」
「うん…」
体温計を服の下に入れ脇に挟むと、七於は反対側の手を耀平に差し出した。
「耀ちゃん…、手…、握ってていい?」
おずおずとそう言った七於に耀平は笑みを見せて頷いた。
「ああ…」
耀平が手を握ると、七於はやっと安心するように目を閉じた。
「耀ちゃん、俺ね…、俺、ホモかも知れないけど、でも、あんなこと、したいって思ってた訳じゃないよ…?」
「馬鹿…。分かってるよ、そんなの。それに、おまえはホモなんかじゃねえって言ったろ?」
耀平がキュッと手を握ると、七於はゆっくりと目を開いた。
「…うん…」
「もう、考えんな。…な?」
そう言って、耀平が髪を撫でると、七於はまた目を閉じた。
「うん…。ありがと、耀ちゃん…」
七於の熱は7度6分ほどで、高熱と言う訳でも無かった。
耀平の母が運んで来た夕飯を2人で食べ始めた頃に、仕事を終えた七於の母が帰って来た。
耀平は、学校で熱を出して保険室で休んでいたが、自分が連れ帰って来たのだと説明した。
母親に礼を言われ、夕飯を食べ終えると、耀平はその器を持って家へ帰った。
帰る前に、七於に、また明日来ると約束した。
すると、七於は心細げな泣きそうな顔で何度も頷いた。