一緒に帰ろう


-8-

ビクッと身体を震わせると、七於は身を縮ませた。
「おまえ…、輪島丈二と仲がいいんだってなぁ?」
「え…?」 輪島の名前を言われ、七於は目を見開いた。
一体、輪島とこの連中と何の関係があるのだろう。
すると、反対側の1人が、さっきの男と同じように七於の髪を摘んだ。
「輪島ってよぉ、男もイケるって評判だけどさ、おまえもアイツとヤッてんの?」
「…え?な、なにを…?」
意味が分からず七於が真面目に聞き返すと、全員が吹き出して笑った。
「あははっ…ウケるッ。だぁめだ、こりゃ…」
呆れたようにそう言うと、上級生達はポンポンと七於の頭を叩いて、笑いながら行ってしまった。
七於はホッとしたが、まだ不安げに振り返って彼らの後ろ姿を窺った。
彼らの口から輪島の名前が出た事が酷く不安だった。あの中の1人は、明らかに砂羽子と知り合いなのだ。 という事は、輪島の事も彼女から聞いたのかも知れない。
それが、悪いことでなければいい、と七於は思った。


教室に戻ると、もう輪島も戻って来ていた。
さっきの話をしようかと迷ったが、結局七於は何も言わなかった。
また、余計な心配を掛けるのが嫌だったし、七於をからかう種にたまたま輪島の名前を口にしただけで、彼には何も関係ないのかも知れない。だったら、何も言わない方がいいと七於は思った。
それよりも、耀平と砂羽子の話をしなければならない。約束したのだから、逃げる訳にはいかないのだ。
輪島を傷つけないように、どうやって説明すればいいのか、まだ七於には考えつかなかった。
だが、幾ら七於が嫌だと思っても、放課後はちゃんとやって来る。そして、ノロノロと帰りの用意を始めた七於の傍に、さっさと支度を終えた輪島がやってきた。
「七於、今日もたこ焼き食いに行くか?奢ってやるぞ」
「う…、うん…」
いつもなら大喜びする七於が、力無く頷いたのを見て輪島は眉を寄せた。
「俺と帰るの、嫌か?…耀平と約束してたのか?」
訊かれて七於は首を振った。
「ううんっ…。やじゃないよっ。耀ちゃんとは、何にも約束してないし…」
「そっか…」
輪島は頷くと、七於を安心させるように笑った。
「なあ、七於…。俺は何を言われても大丈夫だから。傷ついたりしねえし、腹を立てたりもしねえ。…それより、ちゃんとホントの事を話してくれる方が嬉しいよ」
「ワジー…」
七於が泣きそうな顔をすると、輪島はまた笑ってその背中を叩いた。
「ほれ、行くべ。たこ焼き食いながら話そう。な?」
「う…、うん」
輪島と一緒にいつものたこ焼き屋へ行き、七於は店の奥に並んで座った。
“やまや”は店先でたこ焼きやお好み焼きを焼いて売っている店だったが、奥に小上がりがあって、そこで店で買った品物を食べられるようになっていた。
ビールや清涼飲料水も置いてあったので、仕事帰りにたこ焼きやお好み焼きで一杯やって行く労働者や、学校帰りの中学生や高校生が良く利用しているのだ。
七於はここのチーズ入りたこ焼きが大好物だった。
いつもニコニコしていて人懐っこい七於だったから、店の主人もすっかり気に入ってしまい、七於が来ると、たこ焼きを2~3個余計に皿に載せてくれたりする。それをまた、七於が大喜びするので主人も気を良くしてしまうのだった。
だが、今日の七於は何時ものサービスにも、少し微笑んだだけで余り喜びを露にしなかった。
怪訝そうな顔をしたが、他にも客が居ることだし、主人も何も言わなかった。
「熱い内に食えば?」
箸を取ろうとしない七於に輪島が言った。
「あ、うん…。いただきま…す」
頷いてやっと箸を取ると、七於は熱いたこ焼きを摘んでふうふう吹いた。それを口に入れ、にっこりと笑う。
「美味しいね…」
「そっか…」
だが、そう答えた輪島には七於が無理をしているのが分かっているようだった。
「あの…ね、ワジー…」
箸を置いて、七於は輪島の方を向いて座り直すと、正座した膝に両手を置いた。
「あの…、あの…、ホントに、ホントに気にしないでね?絶対にワジーの所為じゃないし、ワジーは何にも悪くないからね?ね?」
必死にそう言う七於に、輪島は苦笑して見せた。
「分かった、分かった。大丈夫だから話せよ。…昨日、何があったんだ?」
「うん…」
頷いて口を開いたが、七於は放課後に目撃した事と砂羽子に脅された事は話さないでおこうと思った。それは、輪島には関係のない話だと思ったからだ。
「あの…、昨日ね…、えと…、俺、耀ちゃんちに用があって行ったの。そしたら、砂羽ちゃんと会って…。あ、えと…、砂羽ちゃんは耀ちゃんちから帰るとこで、俺は行くとこで、そんで…、途中で会ったの」
自分が耀平の家へ行き、そこで砂羽子との性行為の場面に行き合わせてしまった事を七於は割愛して話そうとした。何故なら、輪島に知られたくないと思ったからだった。
だが、それでなくても上手く説明出来ない七於にとって、嘘を交えながら話すのは容易な事ではなかった。しどろもどろになりながら、それでも七於は一生懸命に説明しようとした。
「それで…、えっと、砂羽ちゃんが俺にね、ワジーと…デートしたいから、言ってくれってそう言って…」
「え…?」
輪島にとってもそれは思い掛けない話だったのだろう。彼の眉間にグッと深い皺が寄るのが分かった。
「うんと…、俺っ、そんなの言えないって言ったんだ。そんで…、そんで…、耀ちゃんのこと裏切らないでって言ったら…、そしたら砂羽ちゃんが、最初から好きだったのはワジーで、耀ちゃんじゃ無いって…」
悲しげにそう言った七於を見て、輪島は溜息をつくと首を振った。
「そんな…。じゃあ、砂羽子は何で耀平と…?」
訊かれて、七於は泣きそうな顔になった。
「う…、うんと…、あの…、俺がワジーと居るから、だからだって。えと…、仲良くしてるの、気に入らないって…」
「なにっ…?」
忽ち険しい顔になった輪島を見て、七於は両手を出して彼の胸を押さえた。
「あ、あのね、俺が悪いの。うんと…、俺がワジーに勉強教えてって言ったろ?だからワジー、砂羽ちゃんとの約束、ドタキャンしたって…」
「じゃ、じゃあ何か?おまえに対する嫌がらせで砂羽子は耀平に告ったってのか?」
「う…」
七於は唸ると、下を向いてしまった。
すると、輪島がその顔を覗き込むようにして言った。
「じゃあ、砂羽子はおまえの気持ちを知ってたんだな…?」
その言葉に、七於はハッとして顔を上げると自分の口を両手で塞いだ。
やはり、知られたくない事を隠したままで説明するのは七於には無理だったのだ。
「それじゃ、おまえに嫉妬して、おまえを耀平から遠ざける為だけに、砂羽子は耀平を利用したのか…?そんな…、そんなのってあるか…」
憎々しげに、輪島は言うと目を伏せた。
だが、すぐに何かに気付いたらしく、顔を上げると七於の両腕を掴んだ。
「そのこと、耀平も知ってるんだな…?だから、今朝も昼も、あいつは砂羽子じゃ無くおまえと一緒だったんだろ?」
察しのいい輪島はすぐにそれに気付いてしまった。
七於は仕方なく、頷くしかなかった。
「俺と砂羽ちゃんが話してる時、耀ちゃんが来ちゃったんだ…。それで、聞かれちゃった…」
七於が言うと、輪島は深い溜息をついて彼の腕を離した。
「そうか。ショックだったろうな、耀平も…」
「うん…」
耀平の気持ちを思うと、七於はまた泣きたくなった。
だが、そう言った輪島もまた、きっと傷ついている筈だと思った。
「あの、ワジーの所為じゃないよ。違うから…。俺が、勉強出来なくて、ワジーに迷惑掛けてるから、だからさ…」
「馬鹿言うな。何でおまえの所為だよ?それこそ、砂羽子の逆恨みだ。おまえにはなんも悪いトコなんかねえだろっ?」
「で、でも…ッ。俺が、勉強教えてって言わなかったら、ワジーはちゃんと砂羽ちゃんと遊びに行ったろ?だから、俺が悪いんだよ」
「違うッ…。そんなん、口実なんだよ。俺は、最初から砂羽子と付き合う気は無かった。断るつもりで、口実におまえを使ったんだ。…だから、七於の所為じゃねえ…」
「ワジー…」
首を振ると、輪島は額に手をやって苦い顔をした。
「面倒臭そうな女だし、しつけえし…、最初から好みじゃなかった。だから、テキトウなこと言って断ってたんだ。したら、俺と仲のいい女友達が橋渡しして来て、無碍にも断れなくなった。けど、やっぱ気が乗らねえし…、1回付き合ったら付き纏われそうで嫌だった。だから、寸前で蹴っちまったんだよ」
「そ、そか…」
誘われれば誰とでも付き合うと言われている輪島だったが、やはり本当は違うのだろうと七於は思った。好きじゃなかったら付き合える筈がない。
誰にでも優しい輪島だったから、きっと誤解されてしまうのだと七於は思った。
「くそ…ッ。まさかあの女…、こんなことするなんて…」
輪島は口惜しげに言うと、また首を振った。
「耀平に…、謝らなきゃな…」
「えっ…?」
驚いて七於が見ると、輪島は苦笑した。
「このままって訳にはいかねえだろ?耀平は被害者だ。多分、許しちゃくれねえだろうけど、でも、やっぱ謝らねえ訳にはいかねえよ。…俺がテキトウなことした所為で、酷い目にあったんだからな…」
「で、でも…ッ」
七於は賛成出来なかった。
輪島が謝る事で、余計に耀平のプライドに傷を付ける事になるのではないかと思ったのだ。
「耀ちゃん、きっと、そっとしといて欲しいと思う。うん、俺、そう思う…。ね?だから、ワジーも謝らなくていいよ。その方がいいよ。ね?ね?」
相変わらず、思った事を上手く説明出来なかったが、それでも七於は必死で言った。
すると、それを察してくれたのか、輪島は頷いた。
「そうか…。そうかもな…。耀平だって、謝られたら余計に腹が立つかも知れねえもんな…」
「うん、そうだよ。だから、止めよう?そっとしといてあげよう?」
「分かった…」
頷くと、輪島は笑いながら七於の頭を撫でた。


すっかり冷めてしまったたこ焼きを食べ、2人は“やまや”を出た。
全てではないが輪島にちゃんと話が出来て、そして自分の気持ちも分かってもらえたことで、七於は少しホッとしていた。
だが、七於にはもうひとつ気懸かりな事があった。
それは、耀平と砂羽子のあの場面に出くわしてしまった所為だった。
実を言うと、今まで、性行為というものは七於にとって余り現実的なものではなかったのだ。
耀平が好きだったし、いつも傍に居たいと思っているのは確かだった。抱きしめられたらドキドキするし、小学生の時は大好き過ぎて頬っぺたにキスしたこともあった。
だが、セックスまでは考えた事が無かったのだ。
耀平にも良く“ガキだ”と言われるが、実際、自分は子供なのかも知れないと七於は思った。
この年の高校生なら誰でもするだろう自慰も、殆どした事が無かったし、皆がよく見ている、所謂エロ本にも興味が無かった。
それとも、砂羽子が言ったように、自分は同性愛者なのだろうか。だから、異性に興味が無いだけなのだろうか。
だが、耀平以外の他の男にも性的な意味での興味を持った事も無いのだ。
「あのさ…、ワジー…」
訊いていいのか躊躇ったが、七於は隣を歩く輪島を見上げた。
「うん?」
輪島は男とも付き合うらしい、と皆が噂している。それに、耀平もそれを信じているらしく、七於の事を心配しているようだった。
だが、今までに輪島が男子と付き合っているのを七於は見た事が無かったのだ。
それとも、自分が知らない所で、そういう付き合いをしているのだろうか。
「あの…、みんながさ…、ワジーは、その…、男とも付き合うって噂してるよ。知ってた?」
遠慮がちに七於が言うと、輪島は苦笑した。
「ああ、知ってるよ」
「…ホントなの…?」
七於の言葉に、輪島は肩を竦めた。
「まあ、気に入った相手なら別に俺はどっちでもいいかも知れねえな…。けど、マジで男と付き合った事なんかねえよ」
「ホント?じゃ、じゃあ、なんであんな噂…」
「ああ…。俺が1年の時さ、3年の先輩で俺の事気に入って可愛がってくれた人がいて…。その人、男もイケるって有名だったんだよ。でも、俺とはそんなんじゃなかった。あっちも、手を出して来た訳じゃねえし」
「そうなの?じゃ、みんな誤解してるだけなんだね」
「ああ。まあ、年中ツルんでて、そういうの好きな人だったから、普通にスキンシップもあったしな…。て、肩組んだり、そんなんだけど…。でも、周りは俺とその先輩がデキてると思ったんじゃねえ?俺も面倒だし、否定しなかったからなぁ」
「そっかぁ…。なんだ、そうなんだ…」
七於がホッとした顔で頷くと、輪島は笑いながら言った。
「安心したか?」
「うんっ。…あッ」
思わず頷いてしまい、七於は焦って自分の口を両手で塞いだ。
「ははは…、いいよ、別に。気にすんなって」
「ごめん…」
ばつが悪くなって七於は項垂れた。
すると、その背中をポンと輪島が叩いた。
「だから、いいって…。それに俺、その先輩とはそういう気持ちが無かったからならなかったけどな…。ホントに好きだったら躊躇わねえと思うし…。だから、噂も嘘って訳でもねえんだ」
輪島の言葉を聞いて七於は顔を上げた。
「ワジー…、俺ってホモだと思う…?」
不安げな七於の顔を見て、輪島は眉を寄せた。
「誰に言われた?砂羽子か?」
「ちが…ッ」
七於は慌てて首を振ったが、輪島は信じていないようだった。
「七於は耀平が好きなだけで、男が好きって訳じゃねえんだろ?だったら、ホモじゃねえよ」
「そうかな…?でも、だったらなんで女の子を好きにならないで、男の耀ちゃんが好きなんだろ…?」
不安げにそう言った七於だったが、輪島が答えをくれると思った訳ではなかった。
輪島の方も、その答えを持っていた訳ではない。言葉が見つからず黙り込むと、七於がまた恐る恐る訊いてきた。
「あのさ…、さっきワジー、躊躇わないって言ったけど、それってなんのこと…?あの、もしかして…、え…エッチのこと…?」
「あ…?ん…、まあな」
七於の口から凡そ聞く事はないと思っていた言葉が出て、輪島は少々驚いた様子だった。曖昧に言葉を濁すと、少し怪訝そうな顔をした。
「あの、あのさ…、やっぱ、するんだよ…ね?ワジーも…」
「え…?」
「その…、付き合ってる女の子と…、やっぱりさ…」
真っ赤になって俯いたまま、七於は言った。
今まで、珍しいくらいに性的な事に興味を示さなかった七於が、何故急にこんな事を訊いて来るのか輪島は不審に思った。
何か、その原因になるものがあったに違いない。だが、輪島は敢えてそれを訊かなかった。
「そりゃ…、まあな…。向こうだって、その気で付き合おうって言ってくるんだし。普通はそうだろ?」
躊躇ったが、輪島は正直に答えた。
すると、七於は悲しげに溜息をついた。
「俺…、やっぱ変なのかなぁ…」
考え込んでしまった七於が、一体何を心配しているのか輪島にはなんとなく分かった。
「おまえ…」
今度は輪島が訊くのを躊躇って、言葉を切った。
だが、やはり思い直してまた口を開いた。
「おまえ、耀平と…、そういうの考えたことねえの…?」
輪島の言葉に、七於は戸惑うように目を泳がせた。
「俺ッ…、俺っ…、良く分からない…。耀ちゃんのこと好きだけど、でも、エッチとか考えたこと無かった。やっぱ、変なのかな?俺…」
不安げな目をした七於を見て、輪島は励ますように背中を叩いた。
「そんなことねえよ。そういう事はさ、その内に嫌でも覚えるんだし……。それに、やっぱ、幾ら好きだって、本物でもなきゃ、そこまでしたいと思わねえのが普通だろ?別に無理する必要もねえし、あんま、考えんな。な?」
「…うん」
だが、七於は不安だった。
今でも、昨日の耀平と砂羽子の行為を思い出すと、恐怖が蘇ってくるのだ。それは、とても普通だとは思えない。
「ワジー…、あの…、あのさ、今日、暇?」
「あ?ああ…、別になんもねえけど」
輪島が答えると、七於は彼の腕を掴んだ。
「じゃ、じゃあ、あの…、ウチに来ない?」
「え…?」
それが、ただの気軽な誘いとは思えず、輪島は眉根に皺を寄せて七於をじっと見つめた。

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