涙の後で


-6-

逃げようとした俺の唇に、またキスが落ちて来た。
熱い舌に翻弄され、強く舌を吸われて、また頭が痺れる。気が付くと、服の下に村内の手が入り込んでいた。
「あっ…、いや…」
乳首を摘ままれ、俺は身を捩ろうとした。
だが、素早く服を捲られ肌を晒されて、驚いて動きを止めた。
すると、今度はその剥き出しになった乳首に村内が舌を這わせた。
「んやッ…」
驚く間もなく、もう一方も指で弄られ、じくじくと快感が訪れる。押しのけようとした手が、村内の肩の上で止まってしまった。
巧みな愛撫に息が上がる。いつの間にか開けられていたファスナーの中に村内の手が入り、俺の性器を掴み出していた。
「あ…、あ……」
(まさぐ)られて、すぐに声を漏らした。有川と随分何度もセックスをしたが、こんなに容易く感じさせられたことは無かった。
何処をどうすればいいのか、村内は分かっていた。
「可愛い…、ちーちゃん…」
そして、その”声”が、眩暈を起こさせるように、頭を真っ白にさせていく。嫌々と首を振ったが、それは抵抗とは言えなかった。
いつの間にか、すっかり下も脱がされていた。
そして、村内は躊躇いもなく、俺の性器を口に含んだ。
「い…んッ…、あぁッ……」
嫌だ、と言おうとして、すぐに喘いでしまった。感じ過ぎて泣きそうになる。
誰からもされたことのない、初めての行為だった。
怖くて、そして、すぐに溺れた。村内の思い通りに、俺は乱れた。
「出していいよ、ちーちゃん…」
囁くように言われ、恥ずかしくて首を振る。だが、口と指で執拗に愛撫され、すぐに屈してしまった。
喘いで、体を震わせ、俺は容易く達してしまった。
すると、まだ性器を愛撫しながら、村内の指が後ろを抉じ開けた。
「い、嫌ッ…」
さすがに抵抗しようと俺が身を起しかけると、村内の言葉がそれを押し留めた。
「ここ、初めてじゃないんだ…?」
何だか、罪を暴かれたような気持になり、俺は抵抗するのを止めた。
きっと、失望したに違いない。思っていたのと違って、俺が汚れていると分かった筈だった。
だが、そんな俺の耳に村内がまた囁いた。
「でも…、やっぱり、ちーちゃんは綺麗だ……」
否定の意味で首を振った。
愛してもいない男とセックスしている自分の何処が綺麗だと言うのだろう。
快感に溺れ、抵抗もせず、囁かれる声に欲望を満たそうとしている。こんな淫乱な自分を思うと、恥ずかしくて堪らなかった。
だが、村内の言葉に救われたような気持になったのも確かだった。
こんな俺を、まだ綺麗だと言ってくれる。優しく、大切に愛してくれようとしている。村内の気持ちが嬉しかった。
女だけでなく男とも経験があるのか、村内は俺に痛みも感じさせずに準備をさせた。
後ろから抱くようにして、俺の太腿を抱えると、村内は硬くなったもので入口をゆっくり擦った。
「痛くしないから、力抜いて?…俺のこと、中に入れて…」
何度も首を振ったが、俺は逃げなかった。
いけない事だと分かっていながら、今にも泣きそうになっていながら、その声が俺に抵抗するのを許さなかった。
「ぅく…うんっ……ぁぁ…あ…」
久し振りの、その感触だった。
最後に有川に抱かれたのは、もう1年以上も前になる。それなのに、本当に村内は俺に少しの痛みも感じさせなかった。
「ああ、凄い……、ちーちゃん……」
暖かい息と共に、感動したような声が俺の耳を擽った。
深く入り込んだそれが、緩々と中を擦り始める。異物感と共に、久しぶりの快感を俺に齎した。
「ふっ…ぅん……んッ…ぁ…」
喘いで仰け反る俺を抱きしめ、村内は息の上がった声で俺の耳元で言った。
「気持ちいい?ちーちゃん……」
僅かに頷いたが、言葉にはならなかった。すると、村内の動きが早まり、俺は益々息を荒げた。
「ああ、いいよ…ちーちゃん……千冬…」
ビクンと体が跳ね上がった。
(だ、駄目……ッ)
こんな時に、その声で”千冬”と呼ばれたら、混乱してしまう。
俺は必死で目を覚まそうとした。
だが、村内は俺の耳元に囁き続けた。
「千冬……、千冬……ッ」
(駄目…、止めて……ッ)
「千冬…」
(ああ…、慶……ッ…)
とうとう俺は屈してしまった。
奥底では違うと分かっているのに、長い間欲していた心が、慶に抱かれているのだと思い込もうとした。
途端に、気が狂ったように感じ始め、俺は声を迸らせた。
(慶…、慶……)
太腿を持ち上げていた村内の手が、俺の性器を掴み扱き始める。容易く達して、俺はその手を汚した。
「可愛い…、千冬……。もっと感じて……」
言葉の後で耳朶を口に含まれ、俺はぞくぞくと身体を震わせた。
慶に抱かれているのだと思い込んだ心は、目くるめく様な快感を身体に与え続けた。達した後も中を擦られ続けて、俺は狂ったように喘いだ。
「ああ、千冬…ッ…。俺を千冬のものにして……ッ」
そう言いながら、村内は俺の中に吐精した。


肩に、項に、何度も何度もキスをされ、俺は呆然としたまま、それを受けてじっと動かなかった。
とうとう、俺は慶を汚した。
他の男との行為をすり替えて、何も知らない慶を汚したのだ。
絶望で体が動かなかった。
もう、どんな顔をして会えばいいか分からない。いや、もう2度と顔を見ることは出来ないと思った。
俺のことを親友だと思って信頼してくれている慶を、1番最初の読者に俺を選んでくれた慶を、己の薄汚い欲望で汚したのだ。
もう、会う資格も無い。
「足りない…。もっとしたい……」
俺を抱きしめていた村内がそう言い、まだ俺の中に在った彼の性器が、いつの間にか、また硬くなっていた。
だが、するりと俺の中から出て行くと、起き上がって俺の身体を仰向けにさせた。
まだ、呆然としていた俺に熱くキスをすると、村内は俺の脚を開かせた。
見ると、猛った物をまた俺の中に入れようとしていた。
「……大きい…」
ぼんやりと呟くと、村内が動きを止めた。
「痛かった?」
心配そうに訊かれて緩々と首を振った。
「…気持ちよかった」
答えると、村内は安心したように笑い、俺の方へ身を寄せた。
「また、気持ちよくなろう…?」
「うん…」
頷いて、俺は村内の首に腕を回した。
もう、どうでもよかった。
何度でも抱けばいい。
俺は与えられる快感に、ただ善がっていたかった。
「あんぁ…ぁ…ッ」
また村内がゆっくりと俺の中へ入って来て、俺は躊躇わずに声を上げた。
キスされて、自分から舌を伸ばすと、村内に吸わせた。
手慣れている村内に容易く翻弄され、また快感に我を忘れた。
このまま溺れさせてくれればいいと思った。
何もかも、慶の事さえも忘れて、俺はこの男に溺れてしまいたかった。



何度も続けて抱かれ、感じ過ぎて疲れ果て、ぐったりと横たわっていた俺の身体を、村内は熱いタオルで丁寧に拭ってくれた。
「シャワーだけじゃ寒いから、今、お湯溜めてるからね。少し待ってて?すぐに風呂でもっと綺麗にしてあげるから…」
優しく言われて俺は頷いた。
「……ごめんね?ちーちゃん…」
切なげに言われて、俺は村内を見た。
「何で…、謝るの…?」
「俺…、抑えが利かなくて…。ほんとは、こんな事するつもりじゃなかった。凄く欲しかったけど、でも、ちーちゃんに嫌われたくなかったから、ずっと我慢してたのに…」
俺が黙っていると、村内は続けた。
「でも、もう来てくれないんだって、もう会えないんだって思ったら……」
言葉を詰まらせた村内の腕を、俺は手を伸ばして掴んだ。
「……酷いね。俺が悪いみたいだ」
俺の言葉に村内はハッとして顔を上げた。
「ち、違うよっ。悪いのは俺だから…ッ」
慌てた村内を見て、俺はくすっと笑った。
「嘘だよ。そんな事思ってない。村内さんは悪くないよ」
「ちーちゃん…」
「でも、分かったでしょ?……俺は村内さんが言ったような綺麗な人間じゃない。思ってたよりも、ずっと淫乱でがっかりしたでしょ?」
そう言って眼を逸らすと、村内は屈み込んで俺の額に自分の額を付けた。
「ううん……。ちーちゃんは、やっぱり綺麗だよ。全然、がっかりなんかしてない。前よりももっと好き…。凄く好きだ……」
両手を上げ、俺は村内の頬を包んだ。
「なんで……?」
涙が出た。
慶の身代わりにされたことも知らず、村内はこんなにも俺に気持ちを寄せてくれている。こんなにも優しくしてくれる。こんなにも、大切にしようとしてくれている。
その想いが切な過ぎて、涙が頬を伝った。
「泣かないで、ちーちゃん…」
村内の腕が俺を抱きしめた。
「泣かないで……。ごめんね?俺の事許して…?許して……」
悪いのは全部俺だ。許されないのは俺の方なのだ。
腕を回し、俺は村内の背中を撫でた。
「謝らないで…。悪くないよ、何にも悪くないから…」
「ちーちゃん……」


湯船に湯が溜まると、村内は言っていたように俺を運んで風呂に入れてくれた。
狭いユニットバスだったから、自分は中に入らず俺を湯船に入れると、いいと言ったのに、ソープで丁寧に体を洗ってくれた。
「施設に居た時は、下の子の面倒を見なきゃならなかったから、風呂で身体洗ってやったり、頭洗ってやったりしたこともあったんだ…」
俺の腕を洗いながら、村内は思い出して話し始めた。
「虐待受けて施設に保護された子もいて、そんな子は体中に痣や傷があってね。自分の事は不幸なのかなんなのかよく分からなかったけど、そんな子たちは可哀相だなと思った。俺なんか、暴力受けなかっただけでも幸せだったのかもね」
寂しそうな笑みを浮かべた村内を、俺はただじっと見つめるしかなかった。
俺なんかに、彼の寂しさも苦しみも分かる訳がない。そして、分かった振りもしたくなかった。
「お金…、借りたのはお母さんの為?」
訊くと、村内は苦笑しながら首を振った。
「その施設に居た時の仲間でさ、出た後も付き合ってた奴がいたんだ。支え合ってた処もあったから信頼てたし、まさか…、俺に借金押し付けて逃げるなんて思わなくてさ……」
「じゃあ……」
俺が口籠ると村内は頷いた。
「馬鹿だろ?俺…。まあ、今の処利息はちゃんと払えてるんだけどね。あんまり質の良くない会社だから、元金は中々減らなくて…。でも、何とかやっていけてるし、もっと稼いで、その内に綺麗にするよ」
手を伸ばして頬に触れると、村内は笑みを見せた。
「そんな顔しないで…。ちーちゃんが気にすることないよ」

風呂から上がると、村内はバスタオルで俺を包んで、また抱き上げようとした。
「もう、歩けるから」
「駄目だよ。まだふらふらしてるから」
言うなり、強引に俺を抱き上げ、村内はまたベッドに運んだ。
「今日は泊まって?俺はソファで寝るし、ちーちゃんはゆっくり身体休めて。外は寒いし、風邪引いたら大変だし。ね?」
必死に言い募る村内に俺は言った。
「うん…。じゃあ、そうする…」
すると、村内はホッとしたような表情を浮かべた。
シーツを取り換えてくれて、パジャマ代わりのスエットを貸してくれると、本当に自分はソファで寝るつもりらしく、村内は寝室を出て行った。
ベッドの中に入ったが、勿論、眠ることなど出来なかった。
自分がしでかしたことに吐き気がした。
慶を汚しただけじゃない。俺は村内のことも深く傷つけたのだ。
愛してもいないのに身体だけ与え、あんなに寂しそうな眼をさせた。
小金井先輩の時も坂上の時も有川の時も、いつもそうだった。何度も馬鹿な自分を戒めた筈だったのに、また同じことを俺は繰り返したのだ。
分かっていながら、何故、流されてしまうのだろう。何度も何度も、俺は大切な人に悲しい思いをさせずにはいられなかった。



喉が渇いて起き上がると、俺はよろよろと立ち上がった。
まだ少し、足に力が入らない。クローゼットや壁に手を突きながら寝室を出た。
「ちーちゃん?」
ソファに横になっていた村内が気が付いて起き上がった。
「喉、乾いて…」
俺が言うと、村内はすぐに立ち上がって来て、ソファに連れて行って座らせた。
「待ってて、今、持って来るから…」
そう言うと、冷蔵庫からミネラルウォーターを持って来てくれた。
「ありがとう…」
俺がキャップを開けて飲み始めると、村内は後ろに回り脚の間に俺を挟むようにして座ると、腕を回して俺の肩に頬を乗せた。
温かい身体が、ぴったりと背中に張り付き、俺に熱を与えた。
「ちーちゃん…、もう会えないの?」
そう思ったから、俺を帰したくなかったのだろう。さっき、必死で泊まらせようとしたのは、これきりで終わりだと思ったからなのだ。
空いた方の手で俺は村内の髪を撫でた。
「会えるよ…。また、会えるから…」
俺が言うと、肩から村内の重みが去って行った。
「ほんと?俺、もう無理なことしないから。ちーちゃんが嫌がることは絶対にしない。ただ会って、話するだけでいいんだ。だから、これで終わりって言わないで?」
振り向いて、俺は村内の眼を見た。
怯え切ったその眼が、俺の決心を鈍らせた。
「言わないよ。俺の料理でいいなら、また、ご飯も作るよ」
「ちーちゃん…」
言葉の後で、また村内は俺の肩に顔を押し付けた。
「ありがとう、ちーちゃん……」
村内に抱かれたまま、ミネラルウォーターを飲み干すと、俺はまた手を回して彼の髪に手をやった。
「一緒にベッドで寝よう。こんな狭いソファじゃ眠れないでしょ?」
村内の頭が起き上がり、俺の顔を見た。
「いいの?」
「うん。行こう?」
俺が立ち上がると、村内も立ち上がり、寝室へ付いて来た。
一緒にベッドへ入り、灯りを消すと、村内はまたさっきの様に俺を後ろから抱きしめるようにした。
「おやすみ、ちーちゃん…」
耳元で、慶の声が言った。
「おやすみ…」
目を瞑ると、俺は村内の腕に腕を回した。