涙の後で
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何度も綺麗だと慶は言ってくれた。
それなのに、本当は俺が淫らなのだと気づいて欲しくない。
今、触れているのが、何度も男に抱かれてきた身体なのだと、思い出して欲しくなかった。
必死で堪えていたが、ずっと欲していた慶の手を俺が感じずにいられる筈がなかった。
どんどん息が上がり、触れられている部分が恐ろしい程熱を持ってくる。感動で胸が震え、声は抑えられても、涙は抑えられなかった。
慶が本当に求めてくれているのだ。
望んでいたことが、次々と現実になっていく。それが、余りにも信じられなくて、俺は本当におかしくなりそうだった。
「ぅんッ…」
慶の手が性器を掴み、俺はとうとう声を上げてしまった。
「不思議だ…。他人のなんて勿論初めて触ったのに、全然…」
呟くような言葉の後に、それにチュッとキスをされ、俺はまるで電気が走ったように仰け反った。
「ああッ…」
ほんの軽いキスだったのに、射精してしまった。
恥かしくて、カーっと身体が熱くなり、俺は動く方の手で顔を覆った。
「ごめ……」
謝ると、慶の手が俺の顔から覆っていた手を外させた。
そして、また激しいキスが俺の唇に落ちて来た。
はぁっ、と息をつきながら離れると慶は興奮した顔で言った。
「我慢できない…ッ。自分にこんなに性欲があるなんて自分でも知らなかった…」
コクッと喉を鳴らして俺が見上げると、慶は切なそうな顔になった。
「けど、駄目だ…。俺は明らかに経験不足なんだ。勢いに任せて千冬を抱いて、傷付けたらと思うと怖い…。小金井さんの時の様になったらと思うと、怖くて堪らないんだ」
「慶…」
また感動して、俺は胸を震わせた。
慶は俺の身体を気遣ってくれているのだ。俺が小金井先輩との行為で傷付いたことを、ずっと気にしてくれていた。
手を伸ばし、俺は慶の頬を包んだ。
「俺も今すぐに抱いて欲しいよ…。でも、今日は無理…。色々なことが有り過ぎて、頭がパンクしそうだ。今、抱かれたら、訳も分からないまま死んじゃうかも…」
「千冬…」
俺の目尻から嬉し涙を拭い、慶はまたキスしてくれた。
その首に腕を絡め、俺は漸くこれが現実なのだと思うことが出来た。
「くそ…」
唇を離すと、慶が呟いた。
股間が育って苦しいのか辛そうな表情をしていた。
手を下ろして、俺は慶のファスナーに手を掛けた。
「俺がするから…」
そう言うと、慶はコクっと喉を鳴らして唾を飲み込み、ファスナーを開いた。
硬く育った慶の性器を掴み、俺はまた感動していた。
勿論、見たことも無かったし、一生見ることも無かった筈だった。だが、望めば今すぐにでも、慶は俺を抱いてくれるだろう。
俺を抱きたいと思って、こんなにも熱くなっているのだと思うと、本当に嬉しかった。
「口で…する?」
躊躇ったがそう言うと、慶は驚いて眼を見張った。
「あ、あの…、したこと無いから上手く出来るか自信ないけど…」
以前、楠田に馬鹿にされたが、俺は本当に今まで、されるばかりで自分では何もした事がない。だから、奉仕すると言っても良く分からない。
だが、同じ男だし感じる部分は変わらない筈だ。そう思って起き上がると、慶は首を振った。
「一緒にしよう…」
紅潮した顔でそう言うと、慶は俺を前に座らせた。
以前、真藤先輩としたように、俺たちは向かい合って座り、お互いの性器を掴んだ。
1度射精していたが、俺はもうすでに硬くなりかけていた。
濡れた俺の物と擦り合わせて、慶も濡れた。
自慰の延長のようなこんな行為でも、俺は十分に興奮していた。
「ふっ…ぅん……」
もう、声を我慢出来なくて俺はとうとう唇を開いた。
その唇に慶がキスをした。
激しく、舌を絡め合い、何度も吸われて、手の中のそれがどんどん濡れて来た。慶の指が、先端を擦り始めて俺はもう我慢が出来なくなっていた。
「も…だめ……、イク…ッ」
俺が体を震わせると、慶が激しく両方を扱いた。
そして、俺が射精するとすぐに、慶も達した。
「あ…」
息を荒げたまま、俺は慶の肩に額を預けた。
こんなにも慶が近くに居る。
心も体も、本当に近くに居るのだ。
顔を上げると、笑みを浮かべた慶の顔が近づいて来た。
そして俺たちは、当然のようにまたキスをした。
「風呂…、一緒に入ろう」
「うん…」
それもまた、自然なことの様に慶が言い、そして俺も当然のように頷いた。
一緒に風呂に入ると、慶はいいと言うのに俺の身体から髪まで洗ってくれた。
気恥ずかしいのと、何だか甘酸っぱいような気持がするのと、ドキドキが止まらないのと、全てが一緒くたになって俺は湯の温度の所為だけではなくぼーっとしっぱなしだった。
高校時代ずっと同じ部屋に居ても、慶の裸をはっきりと見たのは初めてだった。それは、俺が見ないようにしていたからだったが、今でもやはり俺にとっては眩しく感じられた。
俺の身体の泡をシャワーで流すと、慶は肩に唇を押し付けて来た。
「だ、だめ…ッ」
慌てて俺が離れると、慶は不安げな顔で俺を見た。
「ごめん…。今日はもう、ほんとに俺どうにかなりそう。これ以上、逆上せたら倒れる…」
俺の言葉にホッとしたような笑みを見せると、慶は頷いた。
「分かった。ほんとはもっと触りたいけど、もう大人しくする。それに、今日が最後じゃないし…」
「うん…」
慶の言葉に、また胸を熱くして俺は頷いた。
最後じゃない。
この幸せは、ずっとずっと続くのだ。
俺の部屋で一緒のベッドに入ったが、疲れているのに、俺はまだ興奮状態で、眠ることは出来なかった。
同じ布団の中に慶が居ることもそうだったが、今日1日に起こった全てが、まだ信じられない思いだった。
慶はやはり明日、一旦寮に戻ることにしたが、俺に念を押すことを忘れなかった。
朝と、店が終わってからと必ず電話すると約束すると、慶はやっと納得した。
学校の手続きやバイトのこともあるので、正式に引っ越して来るのはもっと先になりそうだったが、休みの日は必ず来ると言ってくれた。
「バイト辞められたら、すぐ引っ越すから」
「うん」
「クリスマスは一緒に過ごしたいけど、無理かな…」
「そうだね」
慶のアルバイトも休めないだろうし、俺も店を休めない。今年のクリスマスは別々になりそうだった。
「年末年始は何とか休み貰う。だから、一緒に年越ししよう」
「うん…」
「千冬の誕生日は店、休んでくれないか?デートしたい」
「ほんと?……嬉しい」
「ああ。何処か行きたい所、考えといてくれ」
「うん」
頷くと、慶の手が布団の中で俺の手を掴んだ。
その指に指を絡めて見つめると、慶が言った。
「千冬…」
「うん?」
「好きだよ」
そう言った慶の眼が笑っていた。
俺は、すぐには何も言えなかった。
目の前の慶の顔がぼやける。
「俺も……、大好き…」
そう言った俺の声は、涙で掠れてしまった。
心の中で、何度も何度も口にした言葉。
だが、一生言うまいと決めていた言葉。
心が通じ合った今は、何度でも、それこそ叫びたいほど言いたかった。
「大好き…ッ、慶…」
ずっと胸の奥で渦巻いていた想い。吐き出すことは叶わずに、仕舞い続けていた。
育ち過ぎてしまったこの気持ちは、時には俺を死にたいほどに苦しめた。
だが、今はもう心の中はずっと温かいままだった。
気持ちが通じ合うと言うことが、これほど幸福なことだとは知らなかった。
もう、何も怖くない。
俺はずっと、慶と生きていくのだ。
慶の顔が近づき、俺の額にキスしてくれた。
「俺も…、信じられないくらい好きだよ。千冬…」
なかなか寝付けなかったが、習慣で何時もの時間に目を覚ました。
目の前に慶の顔があって、一瞬、まだ夢を見ているのかと思った。
だが、ゆっくりとそれが現実だと思い出し、そして、ゆっくりと幸せがこみ上げた。
何度も盗み見た慶の寝顔。
そっと唇を近づけては、押し付けることも出来ずに離れ、瑠衣子ちゃんに見られてしまった後は、そんな行為さえ出来なくなった。
でも今は、キスしても罪悪感を覚える必要も無い。
手を伸ばして頬に触れると、慶は僅かに身動ぎした。
そして、眠ったままの筈なのに、腕を伸ばして俺の身体を引き寄せた。
「千冬…」
「うん?」
名前を呼ばれて返事をしたが、やはり慶は眠っていた。
無意識に俺を呼んでくれたのだと分かり、思わず笑みを浮かべた。
眠った慶はいつもより少しだけ幼い。だがやはり、ドキドキするほど綺麗な顔だった。
(もう、起きた方がい時間だけどな…)
そう思ったが、慶に抱きしめられていることが嬉しくて、手を解く気にはなれなかった。
俺も慶の身体に腕を回して益々寄り添うと目を閉じた。
寒い冬の朝でも、二人の体温で布団の中は暑いくらいだった。
その暑さの所為か、慶は少し呻くと俺の身体から腕を離して掛け布団の外に出した。だが、薄っすらと眼を開けると、今度はその手を俺の頭に乗せた。
「起きる…?」
「どっちでも…」
腕を解かれてしまったことが少し寂しくて、俺はそう答えた。
すると、また目を瞑り、慶の手がもう一度俺の身体を抱いた。
「気分、どうだ?少しは、疲れが取れたか?」
少し眠そうな声で慶は言った。
「うん、大丈夫。それに、今日から動かなきゃね。店の準備もあるし」
「まだ、いいだろ?午後からでも…」
「でも…」
言い掛けると、慶の手がパジャマの裾から入って来て俺の背中を撫でた。
「もう触っていいだろ?昨夜は我慢した」
「け、慶…っ」
子供みたいなことを言われ、驚いて俺が見つめると、慶は眼を開けていた。そして、顔を近づけて来て俺の頬に自分の頬を摺り寄せた。
「もっと、キスもしたい…」
一体、何時から慶はこんなに甘えたになったのだろう。
今まで見たことも無かった慶の顔に俺は戸惑いながらもドキドキしていた。
そして、ふと思い出した。
慶と村内はやはり兄弟なのだ。
意外なところが似ているのかも知れない。
慶の手が感触を楽しむかのように、俺の裸の背中を撫で始めた。同時に、唇が額や頬に押し付けられる。
まさか、このまま俺を抱くつもりなのかと思い、少し焦り始めた。
昨夜は駄目だと言ったが、今朝だってまだ心の準備が出来ていない。穏やかな幸せを味わっていた、さっきまでの時間が嘘のようだった。
「まっ、待って、慶…っ」
抱かれたい。
俺だって今すぐ慶に抱かれたかった。
でも、その前に、俺にも確かめたいことがある。
「き、訊きたいことがあるんだ…」