涙の後で


-4-

合宿が終わり、一足先に坂上は家に帰った。
俺は暇な時間の殆どを真藤先輩と過ごし、下の町へ降りたり、隣町へも遊びに出かけた。
お盆になり、学校には誰も居なくなった。
本当は生徒も全員、寮を出なければならなかったが、家の都合でどうしても帰れない生徒は申請すると残ることが出来た。
残ったのは結局、俺と真藤先輩の二人だけで、責任者として舎監の先生の代わりに中島先生が残ってくれた。
広い寮内に、3人の人間しかいない。
それは余りに寂しく、俺は中島先生に断って他の生徒が戻って来るまでの間、真藤先輩の部屋へ泊まることにした。
先輩の部屋にあった小金井先輩の荷物はもうすでに運び出されてしまい、ベッドは空いていた。俺は自分の部屋から枕とタオルケットを運び、小金井先輩が寝ていたベッドにセットした。
「おまえら、悪さすんなよ」
中島先生に言われて、真藤先輩は笑った。
「悪さってどんな?エロいこととか?」
「バーカ」
こつんと先輩の頭に拳骨を落として中島先生は言った。
「兎に角、何かあったら俺の責任になるんだからな、気をつけてくれよ」
「はいはい。大丈夫、中ちゃん先生の顔を潰したりしないよ」
そう言って笑った先輩は、いつもと少し違って見えた。
いつもは、俺なんかよりも凄く大人に感じるのに、中島先生と話している先輩は、何処か甘えているように見えた。
「しっかし、静かだなぁ…」
「蝉は煩せえけど」
先生の言葉に頷きながら先輩が言い、俺もカフェテリアの椅子に背中を預けてぐるりと周りを見回した。
この広い学校の中に俺たち3人しか居ない。
そう思うと、なんだか不思議な気持ちになった。
「今晩、飯食いに降りるか?」
お盆の期間はさすがに食堂の小母ちゃんたちも休むので、俺たちは食事を自分たちで何とかするしかなかった。
「お、先生の奢り?」
「仕方ねえだろ。お前たちに出させる訳にはいかねえしな」
「やった。じゃ、寿司食いたい。寿司」
「はぁ?贅沢言うな。回るヤツならいいぜ」
「なんだよぉ、ケチケチすんな。独身貴族」
「何ぬかす。俺は別れた女房に離婚する時身包み剥がれてんだぜ。金なんかあるか」
「ちぇ…。仕方ねえ、クルクル寿司で勘弁してやるか」
「てめえ、奢って貰う分際で生意気なんだよ」
また、頭を小突かれ、先輩は嬉しそうに笑った。
親しげな二人の会話に、とうとう俺は参加することが出来ず、ただ笑って見ているだけだった。
でも、中島先生と話している先輩は本当に楽しそうで、見ていて嬉しくなった。
そして、俺の中でひとつの疑問が生まれたのだ。
(もしかして、拓馬さんの好きな人って…?)
中島先生なのだろうか。
そう思うと、俺は先生と先輩の顔を交互に見た。
辛くても、片想いのままでいいと先輩は言った。
相手が中島先生なのだとしたら、先輩はきっと気持ちを告げないまま卒業して行く覚悟なのだろうと思った。
男同士というだけでなく、他にも沢山のタブーがある。
生徒同士の恋愛よりも、より多くの障害があるのは確かだった。
そう、友井先輩と清水先生のように。
それを知っているからこそ、真藤先輩は“このままでいい”と言ったのかも知れない。
そう考えると、切なかった。
「6時頃、駐車場に来いよ。車で行こう」
そう言って先生は席を立って寮へ戻って行った。
「いい先生ですね。気さくで、面白くて」
先生の背中が遠くなると、それを見送るように見つめていた先輩に俺は言った。
「ああ…。いい先生だよ」
そう言って笑うと、先輩はテーブルの上に置いた俺の手から人差し指だけを摘んだ。
「千冬も何かあったら中ちゃん先生に相談するといい。きっと力になってくれる。もっとも、俺に話せることなら俺に相談して欲しいけど」
「拓馬さんも、何か相談したことあるんですか?先生に…」
俺が訊くと、先輩はやっと指を離してニッと笑った。
「いいや。俺は何も悩みなんか無いし」
「……嘘つき」
俺の言葉に先輩は苦笑した。
「俺が残ったの、本当は嫌だったんじゃないです?邪魔だったんじゃ…?」
すぐに答えず、先輩は伸びをするようにして体を伸ばすと、椅子の背凭れに背中を預けた。
「なんだ、それ?」
俺が答えずにいると、先輩はじっと俺の目を見た。
「さっきの俺と先生に嫉妬したんなら嬉しいけど…」
「俺……」
何と答えていいのか分からず、俺は黙った。
先輩の好きな人がたとえ中島先生なのだとしても、それは俺が知らなくてもいいことだったし、好奇心だけで訊いていいことでもない。
「ち・ふ・ゆ」
俯いた俺の顔を下から覗き込むようにして先輩は俺の名前を呼んだ。
「そんな顔、しなくていい。気にしてくれて嬉しいよ」
顔を上げると、先輩は頷いた。
「ん?暑いから戻ろう」
顎を杓って寮の方を指した先輩に頷くと、俺は立ち上がった。
「あーーー、カキ氷食いてえ」
茹だるような暑さを怨み、先輩は空を向いてそう言った。



先輩の部屋でぼんやりとテレビを見、夕方になると、俺たちはまた外へ出た。
駐車場は教員寮の裏手にあり、中島先生の車だけがぽつんと泊まっていた。
その古いジープの運転席に、先生はもう座っていた。
車内灯をつけて何かを読んでいたが、俺たちが近づくと気がついて顔を上げた。
「行くか」
俺と先輩が後部座席に並んで乗り込むと、先生はそう言ってエンジンを掛けた。
「どうする?マジでクルクル寿司でいいんか?」
訊かれて先輩はすぐに頷いた。
「いいよ。奢って貰うのに贅沢言わないって。国道の方にさ、一軒あったよね?あそこでいいよ」
「ああ、あそこな。よし…」
夏のことなので6時ではまだ辺りも暗くなかった。
破れたジーンズにタンクトップ、それにビーサン履きの先輩は別段お洒落している訳でもないのに、やはり格好良かった。
そう思って見ていると、視線を感じたのかフッと先輩が俺の方を見た。
「うん?」
訊かれて、首を振る。
こんなカッコいい人が、俺と付き合おうと言ってくれるのが不思議だった。
やはり、先輩の心にはきっと他の誰かが住んでいるのだろう。そして、その人のことを仕舞い続けて、決して外に見せることはないのだろう。
「そう言えば確認しなかったな。千冬、寿司嫌いじゃないよな?」
「はい、好きです」
俺が答えると、先輩は笑った。
「そうか。良かった」
先輩が言うと、フロントミラーで俺たちを見ながら先生が言った。
「生もん嫌いでも、クルクル寿司なら色んなのがあるだろ?焼肉とかハンバーグとか、凡そ寿司じゃねえヤツ」
「あるある。メロンとかスイカとか、あとケーキにプリン」
乗り出すようにして助手席のヘッドレスト部分に腕を回して先輩は言った。
「寿司食わないで、そんなので腹いっぱいにしてる子供とかいるよな」
先輩の言葉に先生も頷いた。
「ああ。けど、だから子供はクルクル寿司が好きなんだろ」
先生の言葉に、今度は先輩がうんうんと頷いた。
本当に、中島先生と話している先輩は楽しそうだった。
いつでも俺を甘えさせてくれる先輩が、唯一甘えられる相手のように感じた。
そんな存在が先輩にもあるのだと分かり、俺は何だか安心していた。
人の悩みや苦しみを聞いてやるばかりで、先輩は自分の辛さをどうしているのだろうと思う時がある。でも、きっと中島先生が先輩の気持ちを癒してくれているのではないかと思った。
「まあ、おまえらだって、まだまだ十分ガキだけどな」
そう言って中島先生は笑い、その言葉を聞いて先輩の口元からフッと笑みが消えた。
だが、すぐに笑みが戻り、そして先輩は座席に座り直すと俺の肩に手を回して抱き寄せた。
「じゃ、好きなだけデザート食おうぜ。な?千冬」
「えー?」
先生への遠慮もあり俺が答えを迷っていると、先輩は俺の言葉を待たずに言った。
「あ、やっぱさ、クルクル寿司の後にファミレスに寄ってもらうか?そっちでデザート食おうよ、な?」
「こいつ…。どうしても俺に散在させてえのかよ」
中島先生はそう言って苦笑し、隣の先輩は楽しげに笑みを浮かべた。
だが、その笑みはすぐに消え、先輩はふいっと窓の外に目をやった。
何を思っているのか、それとも、何かを思い出しているのか、俺には分からなかった。ただ、先輩の切なさが伝わってくるようで、俺は肩に回された手に自分の手を乗せると、その指を握った。
一瞬、先輩の手が硬くなるのが分かったが、すぐに指が絡んできて、肩の上で俺たちの指が繋がれた。



「ふっ……」
唇を塞がれ、俺は吐息を漏らすと先輩の身体に腕を回した。

“悪さするな”と中島先生には言われていたが、俺がベッドに入ると真藤先輩はすぐに電気を消して俺のベッドに上がって来た。
「た、拓馬さん…?」
最初、俺は戸惑って圧し掛かってきた先輩の身体を押し返そうとした。そんな俺の両手首を掴み、先輩は構わずに唇を押し付けてきた。
軽いキスが数回落ち、その後で先輩は俺の目を見て言った。
「俺たち、付き合うんだろ?」
訊かれても俺は躊躇うばかりで何も言えられなかった。
付き合おうとは言われたが、勿論それは、本気で付き合うという意味には取らなかったのだ。
「カモフラージュだから、こういうことは無しって思った?」
その通りだった。
今までも、キスは何度もしていたし、それに対しての躊躇いも何時しかなくなってはいた。だが、それ以上の行為となると、正直考えてもいなかったのだ。
それに、俺はまだ小金井先輩と別れたばかりなのだ。
例え、その付き合いが本物ではなかったとしても、この展開は余りにも早過ぎて後ろめたさを感じずにはいられなかった。
「大丈夫。無理やりにセックスしようとは思ってない。けど、仮にも付き合うなら慰めあったって悪くない筈だ」
先輩の言葉に、俺は逆らうことは出来なかった。
俺にだって人並みに性欲はある。だが、まだ小金井先輩とのセックスで与えられた恐怖を、忘れることが出来ずにいた。
俺が黙っていると、先輩の手がTシャツを捲って脱がせた。
逆らわずに裸になった俺を見て、先輩はベッドのヘッドボードに付いたライトを点けると、今度は短パンに手を掛けた。
「あ、あのッ……」
俺が慌てて止めようとすると、先輩はクスッと笑った。
「汚したくないだろ?ほら、全部脱ぐ」
まだ躊躇いを残しながらも、俺は先輩にされるままに身に着けていたものを全部脱いだ。
「千冬の全裸、初めて見た。真っ白で綺麗だな…」
そう言われて急に恥ずかしくなり、俺は身体を縮めるようにして真っ赤になった。
「身体拭いた時、上半身は見たけど…。あの時はさすがの俺もエッチな気分になってる余裕も無かったし」
“エッチな気分”
その言葉を聞いて、益々恥ずかしくなった。今、先輩は俺に対してそんな気分になっているのだろうか。なんだか、信じられないような気持ちだった。
「あ、あの…、拓馬さんは?脱がないんですか?」
俺にだけ恥ずかしい思いをさせてずるいと思った。そう言うと、先輩は笑いながら自分も服を脱ぎ始めた。
夏なので、寮に居る時は薄着だったが、こうしてまるっきり脱いだ先輩を見るのは多分初めてだった。
着ている時は然程変わらないように見えたが、やはり慶よりも先輩の身体の方が筋肉の付き方などが出来上がっている感じがした。
逞しい、と思った。
そして、そう感じた途端に急にドキドキした。
覆い被さってきた先輩に押されて横たわる時、思わず先輩の身体に掴まった。
その身体が、熱くて湿っているのを感じると、益々俺は鼓動が早まるのを感じた。
チュッ、チュッと、何度も軽いキスが落ちる。
そのキスがやがて深くなり、俺の唇を覆った。
途端に、先輩の手がすっと胸の上に載った。
指が乳首を探り当て、キュッと摘まれるのが分かった。俺は思わず、唇をずらして声を上げた。
「んやッ…」
小金井先輩にも触られたけど、あの時の恥ずかしさと同じだった。逃げようとして先輩に抑えられると、俺は恐々と目を開けた。
「恥ずかしい?真っ赤になって…、可愛い……」
言われて、益々恥ずかしくなった。でも、落ちてきたキスは拒まなかった。
何度も深くキスされて舌を吸われる内、やがて、恥ずかしさは遠のき触られることにも慣れてくると、俺は自然と快感を追うようになっていた。
小金井先輩とは触り方が違うと思った。
真藤先輩の方がもっと慣れていて、わざと焦らされているのが分かった。その所為で、容易に快感に溺れさせられる。そして、恐怖はいつの間にか遠のいていた。
股間に血が集まり耐え切れなくなって身体を揺すると、先輩の手がゆっくりと下りた。
くちゅっ、と音がして自分が濡れているのが分かる。
恥ずかしくて思わず顔を背けた。
「んふっ…んッ……」
先輩の手が緩々と動き始めると、無意識に声が出てしまった。
「気持ちいい?」
訊かれて頷いた。
罪悪感は拭えなかったが、こうして先輩の愛撫を受けると俺にはこういう行為が必要だったのだと分かった。
何も考えずに溺れられることが。
「んっ、拓馬さ…ッ……」
思わず腰をくねらせると、先輩の手が離れて行った。
「位置、代わろう」
そう言って俺を起こすと、先輩は位置を入れ替わって座った。そして、俺を促して向かい合わせに座らせた。
「俺のも…」
そう言って、先輩は俺の手を取って自分自身を握らせた。
初めて他人の性器に触れ、俺は思わず息を呑んだ。
その様子を見て先輩がクスッと笑った。
目を上げると、先輩の視線にぶつかった。
その目がゆっくりと近づいて来て、濡れた舌が唇に触れた。
そして、熱いキスに促されるようにして、俺は手を動かし始めた。