涙の後で


-9-

入学式後のクラブの紹介で、俺と楠田は新部長から特別に指示を受けた。
「つまり、客寄せってこと?」
ニヤニヤ笑ってそう言った楠田はその役目を面白がっているようだったが、俺にははっきり言って重荷だった。
去年、俺たちが新入生として参加した説明会の時は、写真部には真藤先輩と小金井先輩という二人の人気者が居たお陰で部員獲得に苦労は無かったらしい。
今は、先輩たち目当てに入部した部員の半数は止めてしまったが、それでも何とか半分は残って活動を続けている。
今年は、その穴を俺と楠田で埋めろという訳だった。
楠田は兎も角、俺が真藤先輩たちの代わりになるとは思えなかったし、無闇矢鱈と愛想を振り撒くのは得意じゃない。だから、俺にこの役目は難しかった。
部長にそう言うと、
「にこにこして立ってりゃいいんだって。大丈夫、大丈夫」
と、肩を叩かれた。
大丈夫な気は全くしなかったが、俺は楠田と一緒に写真部の看板の脇に立って、精一杯笑顔を見せた。
順番に壇上に立ち、それぞれのクラブの紹介が終わると、今度は講堂内の決められた場所に移って新入生の質問に答えたりする時間があった。
俺は去年、正孝さんとの面会の途中で部屋に逃げ帰ってしまったので、今年が初めての体験だった。
写真部のブースにも何人もの新入生がやって来たが、気の所為か、今年の新入生はみんな大きい感じがした。
それを言うと、楠田は笑って言った。
「そうでもないよ。ただ、ここに来てる子達が大きい子が多いのさ。男っぽいカッコいい先輩目当てだと、俺みたいな可愛いタイプが来るけどね」
つまりは、話を聞きに来ている新入生の殆どが自分目当てだと言いたいのだろう。そう思って苦笑すると、ぬっと俺の前に一人の生徒が立った。
「高梁千冬先輩ですよね?」
「あ、…あ、はい」
何故、名前を知っているのかと驚きながら俺が返事をすると、ニコニコと笑いながらその新入生は手を差し出した。
「俺、写真部に入部します。したら、付き合ってもらえますか?」
「えっ?…え?」
俺が驚いて見上げると、隣でまた楠田が笑った。
「ああ、はいはい。そういうのは今言っても無理だろ?先ず、入部して、高梁先輩に自分のことを良ぉく分かってもらって、それからアタック。ね?じゃあはい、こっちに名前書いてねー」
スラスラと立て板に水の口上で、楠田はその新入生を入部手続きを担当している先輩の前へ誘導した。
驚きも覚めやらぬまま、今度はその手腕に感心して俺は楠田をまじまじと見た。
「なにポケッとしてんだよ。自分の役目が分かったら、今度は自分でやれよな」
「や、役目ってこういうことなの?」
「当たり前じゃん。だから俺たちは人寄せパンダなの」
「だって、こんなことで入部させたって続くのかなぁ…」
俺が疑問を口にすると、楠田は呆れたように俺を見た。
「去年だって、先輩たち目当てで入部したヤツの方が多かったよ。それだって半分は残ったろ?だから、理由なんて最初は何だっていいんだよ」
「そうかな…」
まだ釈然としなかったが、確かに先輩目当てで入部した部員も、今では結構楽しんで活動している。だから、楠田の言うことは間違っていないのかも知れなかった。
運動部の方は、スポーツ特待生も居るくらいで、さすがにもっと真面目に考えて入部する生徒が多かったが、文化部の方の入部理由は案外いい加減なのかも知れない。
“やってみたい”とか“面白そう”とかの理由が殆どだろうし、その中に“好きな先輩が居るから”というのがあってもいいのだろう。
そう思うと、俺も気持ちを切り替えることが出来た。
その後、時間が終わるまでに、楠田は3人、俺は4人の新入生に“付き合いたい”と言われ、その全員を入部させることに成功した。
“彼氏”が居ることは絶対に言うな、と楠田に釘を刺されたので、心が痛んだがその点は曖昧に誤魔化した。
勿論、俺たち目当ての入部希望者だけではなく、純粋に写真が好きで入って来る生徒も居る。その中の一人に、楠田は早速目をつけたらしかった。
「あの子、カッコいいと思わない?俺、乗り換えちゃおうかなぁ」
そっと袖を引かれて俺が身体を寄せると、楠田はそう囁いた。
確かに、今、入部票を記入している新入生は格好良かった。
(ちょっと、真藤先輩に似てる…)
そう感じて、俺は心の中で少し笑った。やっぱり、楠田の好みは真藤先輩なのだな、と思ったからだった。
部活をやっていない慶は、講堂に姿を見せなかった。
そして、何となく気になって見ていたが、日下部の姿も見えなかった。
楠田の助けもあって、なんとか自分の役目を果たし部屋に戻ると、慶は相変わらずパソコンの前に座っていた。
「ずっと居たの?」
訊くと、ディスプレイから目を離さずに頷いた。
「ああ。どうだった?勧誘、上手くいった?」
「うん。一応、16人かな。でも、その半分が残ればいいかも」
俺が答えると、慶は笑いながら振り返った。
「千冬目当ての奴等が殆どだったろ?」
「そんなこと無いよ。ちゃんと、写真やりたくて来た子もいっぱい居たよ。そういう子は残ってくれると思う」
「そうか。……だよな、部活を選ぶのが不純な動機だけじゃ悲しいよな」
そう言うと、慶はまた机の方を向いて大きく伸びをした。
「日下部君、来なかったの?」
躊躇いがちに俺が訊くと、慶は腕を伸ばした姿勢のまま、怪訝そうな顔で振り返った。
「いや。なんで?」
「ううん…。なんか、図書館に連れて行って欲しいみたいなこと言ってたから、もしかして誘いに来たのかなと思って」
「入学式の直後に?それはないだろ。それに、あいつも講堂に居たんじゃないのか?」
「どうかな?俺が見た限りじゃ、居なかったみたいだったけど」
「そうか。部活やる気ないのかな?」
「かもね……」
「あ、混まない内に、飯行くか?」
携帯を持ち上げて、時計を見ながら慶が言った。
「そうだね。まだ新入生は寮に戻ってないから、今の内に行こうか」
着替えようと思ったが、俺は制服のままで慶と一緒に部屋を出た。
時間が早い所為か、食堂はまだ半分ほどしか埋まっておらず、俺たちは窓際に座ることが出来た。
すると、すぐ傍に座っていた3年生のグループが此方をチラチラ見ながら何かを話していた。
気になったが、慶と居ると良くあることだったので、俺は気付かないふりをしてランチを食べ始めた。
慶に近付きたくても近付けない、そんな生徒が大勢居る。だからきっと、2年も続けて同室の俺は、案外やっかみを受けているのかも知れなかった。
公認の彼氏が出来てからは嫌がらせも受けなくなったが、それでもたまに、すれ違いざまに睨まれる事はあったのだ。
ランチを食べ終え、俺たちはそのまま部屋に帰った。
着替えようかと思ったが、もう1度学校へ戻って桜の写真を撮って来ようと考え直し、俺は制服のままでカメラを持った。
寮を出て学校までぶらぶら歩いて行き、ちらほら人の通る桜並木にカメラを向けた。
知り合いに声を掛けられ、挨拶をしながら写真を撮っていると、ファインダーの向こうに新入生たちの一団が見えた。
歩いて来る所をカメラに収め、それを画面でチェックしていると近づいて来た彼らに挨拶をされた。
写真に撮ったことを言い、問題ないかどうか訊くと、全員が構わないと答えてくれたので削除せずに保存することにした。
「その写真、プリントしてもらえないんですか?」
一人に訊かれて、俺は頷いた。
「欲しいならプリントしておくよ。ええと、名前……」
俺が名前とクラスを訊こうとすると、他の全員が写真を欲しいと言った。
「じゃあ、来週にでも写真部へ来てくれる?そしたら分かるようにしておくから」
俺がそう言うと、みんな承知してくれた。
「2年の高梁千冬先輩ですよね?ついでに写真部の見学、いいですか?」
さっき、最初に写真が欲しいと言った1年生がそう言い出し、了解すると他のみんなも名乗りを上げてきた。
「どうぞ。見学したいならみんなでおいでよ。来週なら部長も、先輩たちも来ると思うから」
俺がそう言うと、彼らは返事をして寮の方へ歩き出した。
俺がまたカメラを構えようとすると、その様子を見ていたらしい人物が此方に向かって来た。
「日下部……」
笑みを浮かべて近づいて来た日下部琉加を、俺は少々強張った顔で見つめた。
「モテモテですね?先輩」
「……そんなんじゃないよ。写真を撮らせてもらったから、話してただけ。写真部も見学したいって言うから」
「そっか…。文化部も色々あるんですね」
俺のカメラを見て頷きながら日下部は言った。
「日下部は部活やらないの?さっき、講堂に居なかったみたいだけど」
俺が訊くと、日下部はちょっと首を傾げるようにした。
「うーん…、入りたい部も無いんですよね。委員会は図書に入るつもりなんだけど」
「そうなんだ。中学では部活やってなかったの?」
「吹奏楽でした。でも、高校のブラバンは厳しそうだから。野球の遠征とかにも付いていくみたいだし、そういうのはちょっとね…」
「なるほど…」
「文芸部ってないんですね?あったら入ろうかと思ったんだけど」
「ああ、同好会ならあるよ。行ってみる?」
俺が言うと、日下部は少し驚いた様子だった。
「連れてってくれるんですか?」
「うん、いいよ。どうせ暇だし」
「じゃあ、お願いします」
そう言った日下部と肩を並べ、俺は目指す同好会がある校舎へ向かった。
部の全部に部室が与えられているのだが、同好会には部室が無かったので、課外授業が行われていない空き教室が使われていた。
「そう言えば、戸田先輩は部活やってないんですね?」
訊かれて、俺は頷いた。
「うん。慶は最初から部活はやる気なかったから。他に、時間を使いたいことがあるんだよ」
「そうですか…」
言った後で、日下部は何故かクスリと笑った。
「でもホント、戸田先輩が“慶”って呼ばれるのって変な感じですね。中学の時は1度も聞いたことなかったもんな。何と無くイメージじゃないって言うか…」
「そう?」
「ええ。でもまあ、その内に慣れるんでしょうけど」
俺が慶を名前で呼ぶのが余程気に入らないのだろうか。日下部は拘っているようだった。
俺はもうその話題を避けたかったので、別のことを話そうと口を開いた。
「そう言えば、周りが煩いだろ?もう、先輩たちからアプローチされたんじゃないの?」
俺が訊くと、日下部は頷きながら苦笑した。
「ええ、吃驚しましたよ。まさか、こんなことになるなんてね…。高梁先輩も随分人気があるみたいですけど、やっぱり入学当時は大変だったんじゃないです?」
「いや、俺は日下部ほどじゃないよ。……日下部は誰かと付き合う気はあるの?」
俺が訊くと、日下部は首を捻った。
「うーん…、いつまでも相手を決めないとこの状態が続くって聞いてるんでね。でも、誰でもいいって訳じゃないでしょう?」
「うん、そうだよね、曲がりなりにも付き合うんだから、好きな相手じゃないと無理だと思う。でも、同性と付き合うことに抵抗は無いんだ?」
俺の問いに日下部は笑みを浮かべた。
「まあ、それは別に無いかも。ただ、やっぱり相手は選びます。異性だろうと同性だろうと、俺は本当に好きな人と付き合いたいですから」
そう言って、日下部は俺を見た。
まるでそれは、俺が偽りの相手と付き合っていると言いた気に見えた。
「そう言えば、戸田先輩ってフリーなんですよね?てか、あの戸田先輩が同性と付き合うなんて考えられないけど……」
笑いながら言った日下部から目を逸らし、俺は言った。
「今はね。でも、1年の時は付き合ってた人が居たよ」
「……嘘でしょう?」
信じられないと言いたげに日下部は俺を見た。
「嘘じゃない。3年生の先輩で、この学校で一番人気がある綺麗な人だった。慶は誰もが注目していた“姫”に選ばれた“王子”だったんだ」
俺が言った途端に日下部はプッと吹き出した。
「なんです?それ。馬鹿馬鹿しい…。戸田先輩がそういうことに関わるなんて信じられないなぁ。やっぱり、郷に入れば郷に従えってところなんでしょうかね」
首を振りながら、日下部は少し呆れたような調子で言った。
「まあ、カモフラージュなら有り得なくないでしょうけど。戸田先輩ならモテるに決まってるし、周りの煩さに辟易したんでしょうね、きっと」
確信しているように日下部は言い、俺はそれには何も言わなかった。
だが、さっきから日下部が慶について何でも知っているように話すことが気になって仕方なかった。
慶は親しくなかったと言ったが、日下部の話だけを聞いているとそうは思えない。慶が意識していなかっただけで、きっと日下部の方では慶のことを特別に考えていたのではないのだろうか。
「あ、ここだ。この教室だよ」
文芸同好会の使っている教室に着き、俺は軽く扉をノックして開けた。
「高梁……、どうした?」
同じクラスの友達が同好会員だったので、俺を見つけると立ち上がって近づいて来た。
中には7~8人程の生徒がノートパソコンを広げたり、談笑したりしていたが、俺の姿を見ると、頭を下げてくれた。俺も、そちらに頭を下げながらクラスメイトに言った。
「新入生が見学したいんだって。面倒見てやって?」
俺が言うと、後ろに居た日下部に気付いたのだろう、クラスメイトは目を見開いた。
「お、おおッ。どうぞ、どうぞ」
興奮した様子で、彼は日下部を中へ誘った。
「失礼します」
礼儀正しく挨拶をして日下部は部屋の中へ入った。すると、中からどよめきが起こった。
俺は少々苦笑いをすると、クラスメイトに後を任せて教室を後にした。
きっと、文芸同好会のメンバーは日下部を獲得する為に、下へも置かない持て成しをするだろう。
日下部が入会することになれば、きっと会員も増えてもしかしたら部へ昇格するかも知れない。そうなれば部費も出るし、部室だって貰える。
運動部は活発だったが、文化部は大抵どこも部員獲得に苦労している。人気のある生徒が居ると、入部希望者の数が左右されるのは俺も身を持って知っていた。
帰りにまた桜の写真をカメラに収めようと歩いて行くと、向こうから慶がやって来るのが見えた。