涙の後で
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中島先生が調べてはくれていたが、やはり間に合わず、シャワー中の俺の写真は3日後には出回っていた。
余計な心配をさせるのも嫌だったのでそれまで黙っていたのだが、怖かったこともあって、俺は坂上の部屋に行って今までのことを全部打ち明けた。
「なんだって?シャワールームで?」
驚いた坂上は信じられないと言った表情でそう聞き返した。
そして、すぐに怒りで顔を真っ赤にすると、俺の身体を抱き寄せてギュッと力を込めた。
「くそッ。許せないッ」
「でも、中島先生がきっと犯人を見つけてくれる筈だから、大丈夫だよ」
「大丈夫なもんかッ。くそっ…。そんな写真、ばら撒かせるもんか。撮ったヤツ等、絶対に見つけてやるッ」
その言葉を聞いて俺は焦った。
まさか坂上が、これほど腹を立てるとは思わなかったのだ。
「真也、気持ちは嬉しいけど、無茶なことするなよ?中島先生が探してくれるって言ったんだから任せて。頼むから犯人を捜そうとか考えるなよ?」
「だけど…」
納得出来ない様子の坂上に、俺は激しく首を振った。
「真也に話したのは、犯人をどうにかして欲しいからじゃないよ。後から分かって、嫌な気持ちにさせたくなかったし、もし、俺の写真が真也の目にも触れることになったらショックを受けるかもって思ったからだ。それに…、時間がある時は一緒に居て欲しかったから」
「ちふ…」
「こんな時ばっかり頼ってごめんね?でも、なんか怖くなっちゃって…」
「いいよ。頼ってくれて嬉しいよ。出来る限り傍に居るようにするから」
「うん、ありがとう」
坂上に打ち明けたことで、俺は幾らか安心することが出来た。坂上の大きな身体に守られているのかと思うと不安が薄らいだ。
そのことを口にすると、坂上は嬉しそうな顔をしてくれた。
部活があって、登校時と下校時は坂上とは一緒に過ごせない。
だが、あの事件のお陰で慶との蟠りは何処かへいってしまい、心配してくれた慶は、また朝も帰りも一緒に行動してくれるようになった。
数日後、情報通の楠田が、俺の写真を買ったことのある生徒を探し当て、そこから逆に辿って犯人に目星を付けてくれたらしく、中島先生の所へ行ってくれた。
そして、中島先生が学校側には知られないように、その生徒達を部屋に呼んで話をしてくれたらしかった。
結局、犯人はその生徒達だったと分かり、先生が隠し撮り写真のデータを全て破棄させた。
ばら撒かれた写真全てを回収をするのはもう無理だったが、買った生徒を聞き出して、全裸写真だけでも、ある程度は回収してくれると先生は言ってくれた。
それで一先ず、隠し撮り騒ぎは収まったが、俺の不安は消えなかった。
前にも1度、裏山で襲われたこともあったし、同じようなことを考える人間が居ないとも限らない。
それに、俺の全裸写真が、一体どれだけの生徒の目に触れたのかと考えると、夜も寝付けなかった。
俺が歩くと、ひそひそと話をしたり忍び笑いをしている人間が居るような気がして、そうなると、もう学校中の生徒が俺の写真を見たのではないかと思えてしまった。
その夜も、何度も寝返りを打っては溜め息をつき、とうとう諦めて俺が上体を起こすと、その気配で目が覚めてしまったのか、慶が声を掛けてきた。
「眠れないのか?」
「うん…。ごめん、起こした?」
「いや、いいよ」
そう言って慶は起き上がって来ると、俺のベッドに腰を下ろした。
「ずっと、眠れてないだろ?やっぱり、写真のことが気になるのか?」
訊かれて、俺はまだ寝そべったままで頷いた。
「なんか、噂になってる気がして…。みんなが俺のことを見て笑ってる気がする。どんな写真なのか俺本人は知らないのに、みんなが 知ってるのかと思うと物凄く嫌な気分なんだ」
俺が言うと、慶は立ち上がった。
「折角起きたんだし、お茶でも飲むか?」
俺の気持ちを落ち着かせようとして言ってくれたのだろう。俺は有り難く厚意を受けることにした。
「あんまり眠れないようなら、中島先生に相談した方がいい。薬を出してくれるかも知れないぞ」
紅茶のカップを渡してくれながら慶が言うのに俺は頷いた。
「うん、明日にでも行ってみる」
「なら、俺も一緒に行くよ」
「いいよ。寮に戻って来ればもう危ないことも無いし。同じ建物の中なんだから一人で行けるよ」
「そうか?分かった…」
ベッドの上に座って熱い紅茶をすすると、何だか少し気分も良くなった。
「慶……、この前はごめん。変なこと言って…」
俺が謝ると、慶は笑いながら頷いた。
「もういいよ。俺も反省してる。あの時、何時までも腹を立てて千冬を避けようなんて思わなければ、写真を撮られる事も無かったんだ」
「違うよ。俺が悪い。だから、罰が当たったんだ」
俺の言葉に、慶はフッと息を吐いた。
「そんな風に考えるなよ。大体、異常なんだ。同性の裸を撮る為にバスルームにまで侵入するなんて」
その言葉に、俺はクスッと笑った。
「そうだよね。俺の身体に膨らんだ胸でも付いてるなら別だけどね」
「はは…。それなら俺だって見たいよ」
「ぺったんこでも良ければ、今見せるけど」
そう言って俺が紅茶をすすると、慶は笑った。
「いや、遠慮しとく。……でも、千冬の裸って俺でもちゃんと見たこと無いかもな。てか、一々、男の身体をじっくり見ようとも思わないけど」
「そうだよね」
慶の裸なら俺は見たかったが、でも、勿論それを口に出そうとは思わなかった。
「俺の裸の写真なんか見たって、興奮するとは思えないのになぁ」
本当に、段々馬鹿馬鹿しく思えてきて、その所為かやっと眠気もやってきたようだった。
立てた膝の上に頬を載せながら俺が欠伸を噛み殺すと、慶はそれを見てクスッと笑った。
「眠くなったなら寝ろよ。これは俺が片付けとくから」
俺の手からカップを取りながらそう言い、慶は立ち上がった。
「ありがと…」
寝ぼけた声でそう言いながら、俺はベッドに横になった。
翌日、教室で顔を合わせた楠田に後で話があると言われ、俺は昼休みに彼に誘われて一緒に部室へ行った。
どうやら、人目の無いところで話したかったらしい。
楠田は、職員室で鍵を借りると部室の鍵を開けて俺を中へ入れた。
「なに?話って…」
俺が訊くと、楠田は目で座れと合図をして、自分も机を挟んで俺の前に座った。
「話って訳じゃないんだ。実はさ、どんな写真を撮られたのか知りたいかと思ってさ、買ったヤツを脅して隠し撮り写真を手に入れたんだよ。高梁が見たいって言うなら見せるし、見たくないって言うならこのまま処分する。……どうする?」
「……見たい」
訊かれて俺は少し驚いたが、すぐに頷いた。
何人もの人間が見た写真を、自分だけが知らないのが嫌だったからだ。
「分かった」
そう言うと、楠田はポケットから2枚の写真を出した。
1枚は最初に聞いた着替え中の写真で、セミヌードと言っても思っていたほど恥ずかしいものではなかった。
窓の方に半分背中を向けているので、正面は殆ど見えていなかったのだ。
だが、この前バスルームで撮られた方は、思った通り性器までがしっかりと写されていた。
この写真を、沢山の人間が見たのだと思うと、俺はカーッと頬が熱くなるのが分かった。
別に、大浴場などで入浴中に見られるのはなんとも思わない。裸でいるのが普通なんだし、そんな場所で同性に見られたからって恥ずかしいとは思わない。
だが、見られる筈の無い場所での無防備な姿、それも写真にプリントされた物を改めて見るのは、鏡に映った自分の裸を見るのとは気分的に大違いだった。
これを、大勢の人間にに見られたのかと思うと、恥ずかしくて堪らなかったのだ。
「何人ぐらいが買ったんだろう…」
俺が言うと、楠田は首を振った。
「中島先生が犯人から聞いた限りでは、プリントされたのが30枚だったらしい。でも、まだその全部を売り捌いてはいなかったっていうから、まあ、半分だとしても15枚だけど……」
そこで一旦言葉を切ると、楠田は気の毒そうな顔をした。
「でも、見た人数ってなるとなぁ。自分では買って無くても、見せてもらったってヤツもいるだろうし。そうなると、売られた数だけじゃ分からないよ」
「そうだよね…」
憂鬱な気持ちになって俺が言うと、楠田は写真に手を伸ばして俺の目の前でそれを破った。
「ま、もう見られちまったもんは仕方ないよ。くよくよしてないで、早く気持ちをリセットするんだな」
ビリビリと写真を小さく千切り、それを俺の手に握らせると楠田は立ち上がった。
「さ、行こう。鍵返さなきゃならないし、伊藤先輩にも会いに行かなきゃならないからさ」
「あ、うん。ありがとう、楠田」
俺は渡された写真だったゴミを、念の為にシュレッダーの中に入れてから部室を出た。
放課後は寮に戻る前に中島先生の居る医務室へ行くことにした。
昨夜は慶のお陰で眠れたが、まだ不安があったし、又聞きではなく中島先生から直接話を聞きたいと思ったのだ。
慶が一緒に行ってくれると言ったのだが、医務室は自分の居る校舎の1階にあるので、階段を2階分下りるだけだったし大丈夫だと断った。
医務室には都合良く中島先生がひとりだった。
俺の顔を見ると、先生は何の話だか分かったようで、すぐに立って来てドアに鍵を掛けた。
「こっちに座れよ」
診察の為の椅子を指されて、俺は頷くと腰を下ろした。
「なんか飲むか?冷たいのもあるぞ」
「あ、はい。ありがとうございます」
俺が頷くと、先生は棚からグラスを出して小さな冷蔵庫を開けると、そこから麦茶のポットを出した。
机の上に俺の為に注いでくれた麦茶のグラスを置くと、先生は自分の椅子に腰を下ろした。
「酷い目に合ったな?」
気の毒そうに言われて俺は頷いた。
「吃驚しました。でも、もう、そんなに気にしてません。楠田や先生のお陰で犯人も分かったし、写真の回収もしてもらったし。見られたって言ったって、別に俺も女の子じゃないし、平気です。……ただ、腹が立つだけです」
俺の言葉に先生は頷いた。
「まあ、それは仕方ない。プライベートな空間に押し入って来て、許可も無く写真を撮るなんて行為は、誰がやられたって腹立たしいよ。ましてや、それが入浴中ときたらな。校内のことだし、おまえにも傷がつくと思うから極秘にもみ消したが、本当なら犯罪だ」
俺はまた頷くと、立ち上がって先生に頭を下げた。
「今度のことでは、中島先生にお世話になりました。本当に、ありがとうございました」
「止せよ。俺はやれることをやっただけだ」
「先生が居て下さって本当に良かったです。他の先生には、やっぱり相談し辛いので…」
俺が言うと、先生は笑みを見せた。
「まあ、そう言ってもらえれば俺は本望さ。その為に、俺はこの学校に居るんだからな」
そう言うと先生は、机の上の自分のカップを取って残っていたコーヒーを飲み干した。
「だが、今回の犯人探しは楠田の功労だよ。あいつの顔の広さと情報通振りが本当に役に立った。写真を撮ってたヤツ等も最初は軽い気持ちだったらしい。誰々の写真が欲しいっていう要望を聞いて隠し撮りしてやってたらしいんだが、それが金になると気付いて、段々にエスカレートしていったそうだ。訊いたら、小遣いなんか親から随分貰ってるんだよ。校内じゃ金は必要ないし、どうしたのか訊いたら、隣町のゲーセンなんかで派手に使ったらしい」
呆れたように先生が言い、俺は頷いた。
俺の裸で稼いだ金で遊んでいたのかと思うと、また複雑な気持ちになった。
「まあ兎に角、ヌードの方は売った相手も大体分かったし、残りの写真も出来るだけ回収する。もう少し待っててくれ」
「はい、ありがとうございます」
俺が礼を言ってもう1度頭を下げると、先生は立ち上がって、また自分のカップにコーヒーを注いだ。
「そう言えば、眠れないんだって?」
まだ何も言っていないのにどうして知っているのかと俺が驚くと、先生は笑いながら言った。
「昼休みに戸田が来たんだ。おまえが眠れないらしいって心配してたよ。後でここに来るかも知れないから、診てやってくれって」
「慶が?」
「ああ。あいつも今回の件についちゃ随分怒ってた。高梁を穢されたような気がしたんだろ」
「穢すって…」
その言葉に驚いて俺が呆れたように言うと、先生は苦笑しながら言った。
「あいつはおまえのことを特別視してるよ。まあ、恋というのとは違うけど、ただの友達としての感情とも違うような気がする。俺にも良く分からんが、おまえのことを大切に思ってることには違いないだろ」
“恋とは違う”
その言葉が俺には痛かった。だが、先生の言うことはきっと正しいのだと思った。
慶に特別に思われているだけでも、俺は喜ばなければならないのだろう。それ以上を望むのは贅沢過ぎる。
「何日ぐらい眠れないんだ?」
訊かれて我に返ると、俺は丸めていた背中を無意識に伸ばした。
「3日ぐらいです。でも、昨夜は少し眠れました」
「そうか。まあ、念の為に2回分くらい、安定剤を出しておくよ。どうしても眠れなかったら飲むといい」
「はい、ありがとうございます」
薬を受け取って医務室を出ると、部室へ向かう為に渡り廊下へ向かった。
放課後と言ってもまだ帰らない生徒も多く人通りもあったので、俺は確かに少し油断していた。
だが、人目の無い場所を歩く訳ではなく、部室も渡り廊下を渡ったらすぐの場所に並んでいる。まさか、そんなところで何か起きるなんて思いもしなかったのだ。