涙の後で


-5-

午後の2時過ぎに駅に着くと、先に着いた有川は、もう改札口の外で待っていてくれた。
何処かへ行こうかと訊いたが、お互いに荷物もあるので真っ直ぐ家に行こうということになった。
夕飯はピザでも取ろうと言う事になり、買い物もしなかった。
「会いたかった」
と、熱い目で見つめられ、バスの中で俺は頬を熱くした。
周りに目をやったが、見られている気配は無かった。だが、俺は少し有川を睨んだ。
「そういうの、後で…」
「うん…」
クスッと笑って、有川は窓の外に視線を移した。
家に着くと、また千秋に迎えられ、有川は嬉しそうに彼女を撫でた。
洗濯物の入った鞄をランドリーに置くと、俺は空気を入れ替える為に家の窓を開けて回り、それと同時に、エアコンのスイッチを入れた。
外はまだ暑かったので、窓を開けても涼しくなりそうもなかったのだ。
「雄李、シャワー浴びて汗流したら?」
バスタオルを差し出しながら俺が言うと、有川は頷きながら受け取った。
「先にいいんですか?」
「うん。俺は後からでいいから、先にどうぞ」
「じゃあ、お先に…」
有川がバスルームへ行った後で、俺は彼の荷物を部屋へ運んだ。
俺の部屋も暑かったので、エアコンをつけると着替えを持って下へ降りた。
有川が風呂から出たら彼の服も一緒に洗濯してしまおうと思い、俺は鞄から汚れ物を出して洗濯機へ放り込み、その後で脱衣籠にあった有川の服や下着も入れてしまった。
会ってみると、やっぱり有川はいつもの有川だと思った。
声だけしか聞けないと、些細な違いでも大袈裟に感じてしまうものなのかも知れない。俺は、自分の小心さに少々呆れてしまった。
窓を閉めると、間も無く冷房も効いてきた。
氷を入れたグラスをふたつ用意すると、冷蔵庫からコーラを出した。それを注いだ所に有川が風呂から戻って来た。
「済みません、着替え出すの忘れて…」
俺が服を洗濯機へ入れてしまったので、有川は裸の腰にバスタオルを巻いただけの姿でそう言った。
「あ、ごめん。一緒に洗っちゃおうと思って…。バッグ、俺の部屋に持ってっちゃった」
「ああ、いいです。それ、貰っていいですか?飲んでから取って来ます」
指差されて、俺は頷くとコーラのグラスを有川に渡した。
濡れた髪のままで、身体にもまだ水滴が残っていた。
暫く見ない間に、日に焼けて筋肉もついて、有川は随分と逞しくなっていた。
見惚れていると、コーラを飲み干した有川がグラスを差し出した。
「もう1杯注いで下さい。その間に、パンツ穿いてきますから」
笑いながらそう言われ、俺は思わず頬を染めていた。
有川が2階へ行き、俺は入れ替わりに風呂場へ行った。
シャワーを浴びて出て来ると、今脱いだ服と下着も入れて、洗濯機のスイッチを入れた。
居間に戻ると、有川はソファに座って、傍に来た千秋をじゃれさせて遊んでいた。
下は着てきたが、火照るのか上半身は裸のままだった。
その身体を直視出来ず、俺は立ったままで、テーブルの上から氷が解けたグラスを持ち上げた。
「はー…」
飲み干して息を吐くと、有川が笑顔で見上げた。
「千秋の首輪、変わったんだ?ハートが可愛いね」
「ああ、バイト代貰っても、使うところがあんまり無いからね。プレゼントしたんだ」
「今の学校じゃ、小遣いも然程要らないもんね」
そう言った有川の顔が少し曇ったように感じて、俺は眉を寄せた。
「雄李、凄く逞しくなったね?家の手伝いって力仕事なの?」
有川の家はスーパーマーケットを経営していると聞いていた。この夏休みは、ずっと店の手伝いをさせられるのだと腐っていたのだ。
「まあ、色々やらされてますけど。殆どは品物の出し入れとか、倉庫の方なんで力仕事が多いかな?後、朝走ってるんで…」
「へえ。日に焼けてるのはその所為か」
「うん…」
頷きながら、有川は俺の腕を掴むと自分の方へ引き寄せた。
「ちょ…っ。恥ずかしいよ…」
膝の上に座らせようとした有川に逆らい、俺は言った。
「誰も居ないよ?」
そう言って、有川は俺を膝の上に載せた。
「雄李…、ね、部屋に……」
言おうとした俺を遮るようにして、有川は首の後ろに回した手を引き寄せると、キスをした。
何時もは仰け反らされる首が、反対に覆いかぶさる様になって上から有川に口付けている。こんな体勢になるのは初めてで、俺は本当に気恥ずかしかった。
でも、両手で後頭部を押さえられたまま、舌を絡め取られて何度も強く吸われ、どんどん身体が熱くなった。
気がつくと、有川の片手がタンクトップの下から入り込んで胸を弄り始めていた。
「あ…、いや……」
唇を離して腰を浮かせようとすると、もう一方の手が腰に回された。
「硬くなってる。可愛い……」
「んっ…」
ぐりぐりと摘んで擦られ、俺は思わず声を漏らした。
「いや、雄李……っ」
捲り上げられて乳首が露わになり、俺はまた有川から離れようと腰を浮かせ掛けた。だが、その乳首をちゅっと吸われ、思わず腰を下ろしてしまった。
「ゆ、雄李っ」
「ん?」
やっと唇を離し、有川が俺を見上げた。
「お願い…部屋で……」
「うん、分かった。じゃあ、部屋に行きましょう」
やっとそう言ってもらえてホッとすると、俺は有川の膝から降りた。
だが、有川は俺を普通に歩かせてはくれなかった。
「ちょっ…」
「んー?」
絡め取られるように腰を抱かれ、歩きながら首筋や耳にキスをされて、恥ずかしさと興奮で体中が熱くなった。
早く抱かれたいと思っていた俺だったが、いざ、こういう雰囲気になってみると、気恥ずかしさが先に立つ。でも、待っていなかった訳ではなかった。
部屋に入った途端に激しくキスをされ、俺は何か焦っているような有川を押し返した。
「ん…待ってよ…」
「ごめん、待てない」
言うなり、有川は俺をベッドへ押し倒した。
「ちょっ…」
剥ぎ取られるようにして裸にされ、俺は少し怖くなった。
「い、いやっ、雄李…っ」
双丘を開かれ、其処に有川の舌を感じると、俺は逃げようとして枕を掴んだ。
こんなところを舐められるなんて初めてで、恥ずかしくて居たたまれない気持ちだった。だが、逃げようとする俺を押さえつけ、有川は舌を使うのを止めなかった。
「ふ……ぅ、雄李……」
枕に顔を押し付け、俺は恥ずかしさに耐えた。
「唾液だけじゃ無理かな…?」
独り言のようにそう言い、有川は今まで舌を使っていた所に指を入れて来た。
「いた……」
ゆっくりだったが、それでも痛くて俺は思わず声を上げてしまった。
「ごめん。ちょっと待って」
そう言うと、有川は自分のバッグからローションを取って来た。
中身を出してそれを塗りつけると、改めてまた指を入れた。
今度はローションのお陰で抵抗が無くなり、それ程痛くは無かった。
だが、何時もの有川とはやはり違うと感じた。余裕が無く、行為が性急で俺は少し怖かった。
「もう、いい?ごめん……、挿れさせて?」
「え…?」
最後に抱かれたのは、もうひと月以上前だった。それなのに、何時もの半分も時間を掛けてくれず、有川は俺の中に入ろうとした。
痛みと恐怖で、身体が硬くなる。
その俺の肩を後ろから強く掴み、有川はぐいぐいと力を入れて来た。
「んぅっ…あぁっ……」
泣くつもりは無かったのに涙が滲んでしまった。
「ごめ…、先に1度達かせて……っ」
“ごめん”と何度も言いながら、有川は今までに無く強引に俺の身体を攻め立てた。
俺はただ、じっと痛みに耐え、枕を掴んで声を抑えた。
言葉通り、俺のことは後回しに、有川は自分の快感だけを追うと俺の中で達した。
ゴムを着けている余裕も無かったらしく、俺は身体の中に有川の精を受け止めた。
「ごめん…」
またそう言い、有川は満足したのか、俺の中からゆっくりと出て行った。
そして、まだうつ伏せのままだった俺の身体を抱きしめながら向きを変えさせると、涙の溜まった俺の目を見た。
「怒った…?」
不安げな顔でそう訊かれ、俺は首を振った。
有川は両手で俺の頬を包むと、また“ごめん”と言いながら、何度も何度も顔中にキスを落とした。
「何かあったの…?」
俺が訊くと、有川は辛そうな顔で首を振った。
「何も……」
「……俺と…、別れたいの……?」
不安が蘇り、俺は怖くて堪らなかった。
思わず震える声で言うと、有川はハッとしたように顔を上げて、今度は激しく首を振った。
「違うッ。そうじゃない。そんなんじゃないよ。違う……っ」
「じゃあ、なに?……言ってよ。隠さないで言って?」
泣きながらそう言った俺を、有川はギュッと抱きしめた。
「家で…、ちょっと色々あって…。それだけなんだ。千冬さんと別れたいなんて、思ってないよ。そんなの、思う訳ないっ」
「ほんと?」
聞き返すと、有川は頷いてくれた。
「もう、痛くしないから…。不安にさせてごめんね?」
優しくそう言って有川はキスしてくれた。
でも、俺は不安を拭い去ることが出来なかった。
有川は、何かを隠している。
それは決して、俺達にとって、いいことではないよう思えたのだ。