リーマンの1日10題


03.絡み合った視線

「何、飲みます?アイスコーヒーでいいですか?」
訊かれて、豊田は頷いた。
歳は32、3だろうか。特別いい男、という訳でもなかったが、顔立ちは男らしくて悪くない。色が浅黒く、背が高かった。
学生時代に何かスポーツでもしていたのか、肩幅が広くがっしりしている。
思えば、こんなに近くでまじまじと岡野を見たのは初めてだった。
(眉の形がいいな……)
ぼんやりとそう思い、豊田は岡野の顔を見ていた。
「なんか、付いてますか?」
目も上げずに腕時計を見たままで、岡野はいつも通り無愛想に言った。
こちらを見ていなかった筈だが、どうやらずっと豊田の視線を感じていたのだろう。
豊田は苦笑しながら首を振った。
「いや、…失礼。いつも同じ職場にいるのに、岡野さんの顔を正面から見たことが無かったな、と思いまして…」
豊田の言葉に、岡野は顔を上げて視線を合わせた。
「そうですね。…でも、俺は豊田さんのこと、いつも見てましたよ」
じっと見つめられて、そんな言葉を言われて、豊田は戸惑ってしまった。
注がれる視線から目を逸らしたくて、それを堪えるのが容易ではなかった。
「ど…、どうしてです?」
まさか、この男が自分と同じゲイだとは思わない。だが、何か不審を感じていたのだろうかと不安になった。
すると、岡野はすっと軽く肩を竦め、相変わらず表情を余り変えずにグラスに目を落とした。
「別に理由は無いですが……。まあ、多分、いつも辛そうなのが気になってたのかも知れません」
「辛そう…?私がですか?」
怪訝に思って豊田が訊くと、岡野はまた目を上げてじっと豊田の目を見返した。
岡野の目には力がある。
豊田はそう思った。
じっと見つめられると、何かを見抜かれているようで怖くなった。
「そう…。いつも、何かを無理してる。何かに耐えている。そんな風に見える」
ゆっくりと岡野は言った。
そして、その言葉に豊田は愕然とした。
自分の苦しみを、誰かに気づかれているなんて思いもしなかった。増してや、その相手が岡野だなんて思ってもいなかったのだ。
「もっと、肩の力を抜いてもいいんじゃないですか?その…、スーツも、ここじゃ必要ない。もっと楽にしたらいい。俺はそう思います」
無愛想な、そして不器用な物言いだと思った。
だが、そんな岡野の言葉が妙に正直な気がして、豊田の心に染み入った。
「ありがとう…。なんだか、気が楽になりました」
笑みを浮かべ、豊田は心からそう言った。
そして、今まで碌に言葉を交わしたことの無かった岡野に、急に親近感を覚えた。
「岡野さんは、独身でしたか?」
訊くと、少々面食らったように岡野は初めて表情を崩した。
「ええ、まあ…。縁が無くて」
「恋人は?」
だが、今度の質問にはまた無表情に戻って答えた。
「嘗ては、いましたね…。こっちに来る大分前に別れましたが」
「そうですか……」
「豊田さんは?」
「え…?」
目を上げた豊田の視線を、また岡野は正面から捕らえた。
「辛い別れをしてここへ来たんですか?…なんだか、そんな気がします」
答える必要など無かった。
だが、分かっていながら、豊田は正直に頷いた。
「ええ…。そうです……」
答えた豊田に、岡野は何も言わなかった。
ただ、黙って頷き、そしてただじっと、豊田の目を見つめた。