リーマンの1日10題
04.今日も残業、明日は定時?
労わるような目だと、あの時、豊田は思った。
岡野の、自分を見つめた眼差しを、豊田はそう感じた。
それは、嫌な感じではなかったと思う。寧ろ、優しかった。
少なくとも、岡野とのあの10数分の触れ合いが、ここ数ヶ月の間に荒み切ってしまった自分の心を、幾らか和らげてくれたのは確かだった。
意地になるのも、肩肘を張って生きるのも、もう止めようと思った。
寂しさを噛み殺し、何でもないような顔をしていても、分かる人間には分かってしまう。それほどの孤独を、豊田は抱えていた。
だが、1人きりでそれを打ち消そうとしても無駄だった。もっと人と触れ合い、少しでも今の孤独感を埋めようと思った。
そうして、時が忘れさせてくれるのを待つしかないのだ。
翌日から、豊田はスーツを着て出勤するのを止めた。
豊田の姿を見かけ、岡野が僅かに笑みを見せたのに気づいた。見つめ返すと、軽く会釈してまた仕事に戻った。
もう視線を外してしまった岡野に、豊田はそっと笑みを返した。
いつか、もっとゆっくりと彼と話をしたいと思った。
話すのは苦手らしかったが、一緒に座って酒を飲むだけでもいい。彼とのそんな時間が、きっと自分を少しずつ立ち直らせてくれるような気がしたのだ。
だが、2人とも残業続きで、豊田は中々岡野を誘えなかった。
仕事中は親しく話す機会も無い。だから、豊田と岡野の関係は前と少しも変わらないままだった。
ただ、豊田が肩の力を抜いた所為か、周りの人間が少しずつ話し掛けてくれるようになった。
そのことで、自分がいかにピリピリしていたのか、豊田は改めて気づいたのだ。
“辛そうなのが気になった”と、岡野は言っていたが、もしかするとアドバイスする機会を待っていてくれたのかも知れないな、と思った。
自分より大分年下だが、豊田は岡野を頼れる男だと感じた。
あれ以来、以前よりも気にして見るようになったが、寡黙だが仕事も出来るし、他の日本人スタッフからも現地のスタッフからも信頼されているのが良く分かった。
(頼もしい…ってのが、1番合うかな…?)
そう思って、思わず忍び笑いを漏らす。
ここ暫くの間で、尚樹以外の人間を頭の中に思い浮かべたことは無かった。
そんな自分が、たったあれだけの付き合いで岡野のことを思っている。余程、優しさに飢えていたのだな、と思った。
残業するのが当たり前のような日本人に対して、現地スタッフは余程のことが無い限りみな定時で帰って行く。
郷に入れば郷に従えで、ここでは日本人スタッフも残業する者は少なかった。
自分も、たまには定時で帰ろうか。そして、岡野にもそう言ってみようかと思った。
いや、考えてみれば、お互いに待っている相手がいる訳では無し、残業だったとしても呑みにいけないことは無いのだ。
今日、思い切って誘ってみようかと豊田は思った。
目を上げて、岡野を見ると、真剣な顔で端末に向かっている。その横顔が、何だか酷く男臭くて魅力的に見えた。
(どうしちまったんだ…?俺は……)
岡野は決して、好きなタイプではない。それに、ノンケだと言うことも分かっていた。
今更、ノンケに片思いして切ない恋をするつもりもないし、また、そんな苦労を背負い込むほどの情熱も残ってはいない筈だった。
内心で苦笑しながら首を振ると、豊田はまた書類に目を落とした。