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「この頃、豊海君変わったよねえ」
休憩時間に、今まで余り話しをしたことの無かったアルバイトの女子スタッフにそう話し掛けられ、豊海は笑みを見せた。
「そう?」
「うん、なんか明るくなったよ。いいことあったの?」
「別に…何も無いけど…」
「そうかなぁ?彼女でも出来たんじゃないかって、みんなで言ってたんだよ」
「あはは…。そんなんじゃないよ。だって俺、モテないもん」
そう言って豊海は笑い、持っていたジュースを飲んだ。
「そうなの?あ、じゃあさ、今度、合コン来ない?」
「ええ?俺なんか行っていいの?喋るの下手だし、顰蹙(ひんしゅく)買わない?」
豊海が言うと、彼女はすぐに首を振った。
「そんなことないよ。豊海君可愛いし、きっとモテるって。ね、おいでよ。来週やる予定なんだ。志田君が男のメンツ集めてるから言っておくよ」
「うん、ありがと」
答えたが、豊海は迷っていた。
意識して明るく振舞うように、人と話をするように努めてきたが、本当はまだ、知らない人間と話をするのは苦手だった。
しかも、合コンなんて今までに1度も出たことが無い。こんな自分が場違いにならないのか心配だった。
唯一の友達とも言える志田が一緒らしいのは心強かったが、彼には決まった彼女が居る筈なので、もしかすると人を集めるだけで自分は参加しないのかも知れない。
だとすると、自分の知っている人間は誰も来ないかも知れない。そんな中で間が持つだろうか。
だが、変わろうと決心してから豊海は人の誘いを断らないようにしてきた。
今度だって、その努力が実った結果だとも言える。
だとすれば、物怖じしないで参加してみれば、またひとつ自分が成長できるような気もしたのだ。
後で聞いてみると、志田も参加するとのことだったが、彼女の事を訊くと、少々苦い顔をして志田は言った。
「いや、実はさ…、俺、麻衣にちょっと借りがあってさ…」
麻衣と言うのは豊海を合コンに誘った女子スタッフだった。
「で、メンツ集めてくれって言われてさ、絶対にお持ち帰りしないって約束で、今回だけは彼女に了解貰ったんだ」
「そうだったんだ」
「ああ、だから豊海も安心して来いよ。俺が盛り上げてやるしさぁ」
「うん、じゃあ行く。俺、初めてだし、ちゃんと助けてよ?」
「分かった、分かった。安心しろって」
志田に肩を叩かれて、豊海は頷いた。
初めてのことなので、考えるとちょっと緊張したが、志田が一緒だと思うと少し安心だった。それに、これはチャンスだと思った。
(変わるんだ、俺……)
自分を気に入る女の子が居るとは思わなかったし、これで彼女が出来るとも思っていなかった。正直、合コンの会費も豊海にとっては少し痛かったが、新しい出会いが、少しでも自分を変えてくれるかも知れないと思った。
それに期待して、豊海は初めての合コンへ出掛けることにしたのだ。


事前に男だけで待ち合わせして、集まったのは豊海と志田を入れて5人だった。勿論、女性の方も同じ人数だろう。
後の3人は志田の大学の友達らしく、みんな親しそうだった。
挨拶が済んだ後で気後れした豊海が少し離れた所に立っていると、中の1人が近づいて来て笑い掛けた。
「豊海君だっけ?志田とはバイト先が一緒なんだって?」
確か、小山内と名乗った男で、みんなの中でも一番背が高く垢抜けた感じがした。そして、笑顔がとても優しそうだった。
「あ、はい…」
豊海がぎこちなく笑うと、小山内は頷いた。
「じゃあ、居酒屋だね。志田が働いてるのは知ってたけど、まだあの店に行ったことないんだ」
「そうなんですか」
「うん、今度みんなで行くよ」
「はい…」
緊張しながら豊海が答えると小山内はクスッと笑った。
「怖がられてる?俺…」
「いっ、いいえッ…。ご、ごめんなさい。俺…、あんまり慣れてなくて、その…」
豊海が弁解しようとすると、小山内の手がすっと伸びて豊海の肩を掴んだ。
「いいよ、冗談。ごめんね?豊海君、合コンとかに来るタイプじゃないもんな。緊張してるみたいに見えたから、ちょっとからかっちゃった。ごめん」
「あ…、い、いえ…。そうなんです。こういうの初めてで、俺…」
「やっぱり…」
そう言うと、小山内はまた笑みを見せた。
「大丈夫、すぐに慣れるよ。みんなに合わせて笑ってればいいからさ」
「はい…。あの、ありがとう」
自分の緊張を解そうとしてくれたのだと気付き、豊海は小山内に礼を言った。すると、他の3人が近づいて来て言った。
「なに、2人で盛り上がってんの?」
「そうそう。盛り上がるとこ違うべ」
笑いながら言った2人と違って、何故か志田だけはちょっと怖い顔をして小山内の腕を掴んだ。
「ヒロ…」
「なに?」
対照的に屈託の無い表情で、小山内は志田の顔を見た。
「おまえ、悪い癖出すなよ?」
志田の言葉に、小山内は苦笑した。
「悪い癖って…、酷でえなぁ…」
「兎に角、もう時間だから店に行くぞ。…豊海、行こう」
そう言って志田は豊海の腕を掴んだ。
「あ、うん…」
引っ張られながら振り返ると、小山内は少し困ったような表情を浮かべていた。



コンパが行われる店は歩いて5分ほどの場所にあった。
豊海にとってはコンパの会費は随分と贅沢な散財だったが、これも投資のようなものだと思った。
こうして、沢山の人と会い、知らない相手とでも少しでも話せるようになりたかった。
人見知りで、内気で、暗い自分とさよならする。豊海はそう決めていたのだ。
店に着き志田が予約してあった名前を告げると、席に案内された。
半個室のような感じの席で、洒落た綺麗な店だった。いつも自分が働いている居酒屋よりも大分高級そうだと豊海は思った。
5分ほどすると女性たちも到着して、一先ず、全員が飲み物を待った。
勿論、アルバイト仲間の麻衣以外は知らない顔で、豊海は恥ずかしくてまともに彼女たちと顔を合わせられなかった。
(お、お客さんだと思えばいいんだ…)
接客している時は別に知らない相手でもなんとも思わない。だから、豊海は彼女たちを接客相手だと思おうとした。
そう思って見ると、少し落ち着いた。
乾杯を終えると、自己紹介に入った。そうなると、また少し緊張したが豊海は何とかそつなく自己紹介を終えることが出来た。
並び順で、最初が志田で次が豊海、そしてその次が小山内だった。彼の番になると前に座っている女性陣の目の色が変わるのが豊海にも分かった。
(凄い…。そうだよな…、カッコいいもん、この人…)
話し方も気さくで感じがいいし、モテるのも当たり前だった。合コンになんか来なくても、きっと小山内ならすぐに彼女が出来るだろう。
(もしかして、人数合わせに頼まれてたりして…)
そう思って、豊海は小山内の横顔を眺めた。
やはり上手く波に乗れないまま、豊海は他のメンバーが盛り上がるのを脇から眺めていた。
小山内はそんな豊海を気にしてくれているらしく、時折、話し掛けてくれた。
だが、彼狙いの女の子たちにすぐに浚われるようにして話を取られてしまい、結局、豊海はただ笑っているしかなかった。
「豊海、このあとカラオケだってさ。おまえ、どうする?」
トイレで追いかけて来た志田にそう言われ豊海は首を振った。
「うーん…、やめとく。なんか俺、浮いてるし…」
「そんなことないだろ。知美ちゃんなんか、豊海君可愛いねー、って言ってたぞ」
そう言われて豊海は苦笑した。知美と言うのは小山内の気を惹こうと躍起になっていた内の1人だった。自分に興味がある訳が無い。
「志田は行くの?」
反対に訊くと、志田は少々渋い顔になった。
「いや、一次会終われば後はいいかなーって思ったんだけどよぉ、麻衣のヤツが最後まで責任持てとか言うからさ、一応顔出すかなぁって…」
「麻衣ちゃんって、もしかして志田のこと好きなんじゃないの?」
何となくそんな気がして豊海は言った。すると、寝耳に水だったらしく志田は吃驚した顔で豊海を見た。
「ええッ?んな馬鹿な…。だってあいつ、全然そんな素振り見せたこと無いぞ」
「そうかなぁ?バイトの時も志田のこと結構気にしてるよ。それに…、もしかして今日も、なんか期待して志田のこと誘ったんじゃないかって気がする…。だって、麻衣ちゃん他の人には全然興味示してないし」
豊海が見ていた限りでは、麻衣の興味は志田にばかり向いていたように思えた。
「そ、そうか?…うわ、やべ…。んなこと言われたら、超意識しちまうじゃん…」
少々赤くなりながらそう言った志田を見て、豊海は余計なことを言ったと後悔した。志田にはもう彼女が居るのだし、自分の言葉で彼の気持ちが揺れたりしたら彼女に申し訳ない。
「あ、でも、俺の勘違いかも知れないから…」
慌ててそう言うと、志田は苦笑した。
「あ、いや。だからって、麻衣とどうこうってことにはならないから気にすんなよ。けど、やっぱ俺もカラオケ行くの止めようかな…」
言いながら、志田が出て行こうとすると、そこに小山内がやって来た。
「お、ヒロ、お前は行くだろ?カラオケ」
志田に訊かれて、小山内は一瞬躊躇うと豊海の方を向いた。
「うーん…、どうするかな…。豊海君は?行くの?」
訊かれて、豊海はすぐに首を振った。
「ううん、俺は一次会で帰ります。カラオケ苦手だし…」
「そうなんだ…」
頷くと、小山内は志田の方に振り返った。
「じゃあ、俺も止めるわ。…あ、豊海君、俺、送って行くよ。一緒に帰ろう」
「えっ…?い、いいですよっ」
驚いた豊海が慌てて答えると、険しい顔になった志田が小山内の腕を掴んだ。
「おいヒロ、おまえ、そういうの止めろって言ったろ?大体、幾ら可愛くたって豊海はそういうんじゃないんだからな。変な気起こすなよ」
「変な気って、酷でえなぁ…。別に口説こうとかしてる訳じゃないよ。ただ、ちょっと仲良くなりたいって思っただけだろ」
苦笑しながら小山内が言ったが、志田はまだ睨むのを止めなかった。
「いいから、お前はカラオケに行け。大体、お前狙いの子たちが、帰るなんて許す訳ないだろ?」
「ふー…。はいはい」
少々苦い顔でそう答えると、小山内は残念そうに豊海を見た。
2人の会話から察するに、どうやら小山内は女の子だけでなく男も好きなのかも知れない。だから志田は、ずっと豊海のことを気にしてくれていたのだろう。
(俺って…、やっぱりそう見えるのかな…?)
桜音に会うまで、同性を好きになったことは無かったが、豊海は自分が全くのノーマルな人間だとは思っていなかった。
幾ら格好いい相手でも、同性を好きになるなんて、それだけで普通じゃないだろう。それを、小山内は見抜いたのかも知れない。
「じゃあさ、豊海君も行こうよ。歌わなくていいからさ、ね?」
「え…?で、でも…」
豊海が戸惑うと、また志田が怖い顔をした。
「おい、ヒロッ…」
「いいだろ?誘ったって。変な意味じゃねえよ。それに大体俺、今回は気が進まなかったのに、弓野たちがどうしてもって言うから来たんだぜ。本当ならこれ以上付き合う義理も無いっての」
「ああ、もうっ。分かったよ。…豊海、悪いけど付き合ってくれるか?」
「えっ?で、でも…」
戸惑う豊海に志田は拝むような仕草をして見せた。
「頼むよ。人寄せパンダのヒロが帰っちまったら女の子たちも帰るって言い出すし。そしたら俺が弓野たちにボコられる」
「ええ…?わ、分かった、じゃあ少しだけ…」
豊海が答えると志田はホッとした顔になった。だが、すぐに振り返って小山内に指を突きつけた。
「けど、必要以上に豊海に構うなよ。いいな?」
「分かったよ」
言った後で溜め息をつき、小山内は困ったような顔つきで豊海に視線を移した。
(本当に俺に興味があるのかな…?)
半信半疑で見つめ返すと、小山内はフッと笑みを消してじっと豊海を見つめた。