手紙
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元々人懐っこい性格だった所為か、歩は新しい中学にもすぐに馴染んで、友達も出来た。
だが、壮士とのことがあった所為か、余り自分から踏み込むことが出来なくなっていた。
用心深くなってしまったのか、表面上は良くても、本当の意味で心を開ける友達は出来なかった。
それでも、学校が楽しくないとは思わなかったし、転校前に心に誓った通り、今度は勉強の方も必死で努力した。
少しでもいいランクの高校に入りたい。 少しでも壮士に近づきたいと、歩はまだ諦めていなかった。
母親に頼んで塾にも通わせてもらった。
今度の中学では、補習授業にも申し込んで塾が始まるまでの放課後も勉強した。
土日も遊ばず、自宅や図書館で勉強し、休み時間も成績のいい友達に分からない所を教えてもらったりした。
そのお陰で、歩の成績はめきめきと上がり、何とか上のランクの高校へ受験出来るまでになった。
試験当日、歩は母親が持たせてくれたお守りの中に、壮士の写真をこっそりと忍ばせた。
それだけで心強くなり、お守りを握り締めると緊張も和らいでいくような気がした。
歩の受験は大きなミスをする事も無く、無事にその日程を終えた。
発表の日、付いて行くと言った母を振りきり、歩は1人で結果を確かめに行った。
そこには、ちゃんと歩の受験番号が載っていた。
(やった……)
友達や両親と喜びを分かち合う沢山の人の中で、歩みは1人、その喜びを噛みしめた。
入学式の日、夕食はお祝いを兼ねて外で食べようということになった。
レストランに入り、父と母はワインで、歩はジュースで乾杯をした。
「おめでとう歩、ほんと、おまえがこんなに頑張るなんて、父さん、正直言って驚いたよ」
しみじみとそう言われて、歩は苦笑した。
「大袈裟だよ。俺の高校なんて孝兄や佳兄に比べたら、全然、程度低いしさ……」
「それでも、向こうで受験を考えてた高校に比べたら何ランクも上なんだろう?短い時間で良く頑張った、大したもんだよ」
「そうよ。お母さん、身体壊すんじゃないかと思って心配したのよ」
「しょうがないよ。だって、ずっとサボってた俺が悪いんだもん……。今度はちゃんと今から受験に備えて勉強する。ギリギリになって焦ったりしないように……」
それを聞いて父と母は顔を見合わせた。
「どこか、入りたい大学があるのか?」
「孝ちゃんの大学?それとも佳ちゃん?」
だが、歩は2人の顔を見て首を捻りながら笑った。
「まだ、秘密」
壮士へ
俺、志望校へ入学しました。
って言っても、壮士に比べたら二流の高校だけど……。
でも、俺なりにやれるだけはやって、そっちで受けようと思っていた高校よりはいいとこに入れたんだ。
それからね、今度は部活もやろうと思ってる。
バスケ部に入ることにしたんだ。
ほら、そしたらさ、壮士みたいに背が伸びるかもって……。
無理かなぁ…。
今度は俺、何をやるにも半端な事しないって決めたんだ。
部活も勉強も、精一杯やる。
誰かに頼ったり、甘えたりしない。
それでね、無理かもしれないけど、壮士と同じ大学に入れたらいいなって思ってるんだ。
そしたら壮士も、また前みたく、俺のこと友達って思ってくれるかな?
俺と一緒に居るのが嫌だって、思わないでくれるかな……?
そうなれるように、頑張ります。
歩
高校に入学して、歩は予定通りバスケットボール部へ入部した。
だが、大抵の新入部員は中学からの経験者が多く、歩のように初めてバスケットボールをやるという生徒は殆ど居なかった。
しかも、飛び抜けて体の小さい歩は、皆と並ぶとまるで小学生のようだった。
「おまえ、バスケやれば背が伸びるとか思って入部したのか?」
説明会が終わった後、やっぱり新入部員の1年が馬鹿にするようにそう言ったが、歩は取り合わなかった。
きっと、そう言われるだろうと思っていたからだ。
だが、知らない人間に本当の理由など話すつもりは無かった。
「おい、返事くらいすれば?」
黙っていると、相手は少しむっとしたようだった。
肩を小突かれて歩はよろめいた。
「あれー、ごめーん。ちょっと触っただけなのに」
小馬鹿にしたようなその言葉に、周りに居た新入部員達もケラケラと笑った。
「止めろよ」
そう言う声がして、ひと際大きな身体が歩の前に立った。
それは、同じクラスの堀尾孝祐だった。
高校1年で、もう身長180センチを越す大きな体に加え、リトルからバスケットをやっている堀尾は先輩達からも監督からも期待されている、今年の新入部員の中で1番の注目株だった。
「人がどんな理由で入部しようと構わねえだろ?ほっとけよ」
庇ってくれたのは嬉しいが、それでは歩が背を伸ばしたくて入部したと決められたようなものだった。
「違うから…」
歩の声に、堀尾は振り返って遥か高みから歩を見下ろした。
「俺、背の為に入部したんじゃ無いし」
ブスッとしてそう言うと、堀尾は困った顔でポリポリと頭を掻いた。
「あ、悪り。そう言う意味で言ったんじゃないんだけど」
その表情が可笑しくて、歩は思わずプッと吹き出した。
すると、堀尾も人懐っこそうな顔で笑った。
勿論、その大きな身体は入学式から歩の目に止まっていたし、クラスが同じになったこともあって、ついつい注目してしまってもいた。
見ていると、堀尾は中学が違っても関係なく、誰とでもすぐに仲良くなる性格のようだった。
自然、彼の周りにはいつも人が集まってくるようになったが、歩はまだ1度も堀尾と言葉を交わしたことがなかった。
しかし、この事が切欠で、歩は堀尾と話をするようになった。
帰る方向が同じだという事もあり、部活が終わると歩は堀尾と一緒に帰る事が多くなった。
堀尾は人気者だけあって話しやすく気さくな性格だったし、友達関係に少し臆病になっていた歩も、彼とは最初から垣根を作らずに話をすることが出来た。
「あー、腹減ったぁ」
部活の帰りに、まるで口癖のようにそう言った堀尾を見て歩は笑った。
「ホリって、いっつも腹減ってる」
「え?だって、腹減らねえ?部活の後は、もう背中にくっ付きそうだぜ」
歩だって食べ盛りには違いなかったが、やはりこの大きな体を維持するには何倍ものエネルギーが必要なのだろう。
「ホリ、また背が伸びてねえ?」
「あ?うん、そうかもな。ズボンが短くなったし」
「いいなぁ」
そう言って溜息をついた歩を見て、堀尾は笑った。
「アユだって、大きくなったじゃん」
「う……、1.5センチくらいな」
「ビミョウーッ」
からかうように言った堀尾を歩は忌々しげに叩いた。
「うっせえ。パン持ってるのやろうと思ったけど、やんないっ」
それを聞いて、堀尾は慌てて歩の前に回った。
「あっ、ウソウソ。ごめん、アユ。頂戴?ね?アユちゃーん」
情けない格好で拝んで見せた堀尾に、歩は思わず吹き出した。
「しょうがねえなぁ。はい」
「サンキュ。あっ、メロンパンだーっ」
嬉しそうに受け取って、堀尾はすぐに袋を開けた。
「アユもちょっと食う?はい、あーん」
メロンパンを一口大に千切って、堀尾は歩の口元へ差し出した。
「いいよー。全部食って、もっと大きくなりな」
「あはは。じゃあ、遠慮なく」
歩きながらパンをパクつく堀尾を見上げ、歩はまた溜め息をついた。
「ホント、少し分けてもらいたいよ」
もぐもぐと口の中のパン咀嚼し、ゴクンと飲み込むと堀尾は言った。
「なら、牛乳飲めよ、牛乳」
「えっ?ホリ、牛乳ででっかくなったの?」
歩が身を乗り出すと、堀尾はにんまりと笑った。
「いんや。俺、牛乳、大っ嫌い」
「なーんだよぉ……」
歩の落とした肩を、堀尾はポンと叩いた。
「ちっちゃくたっていいじゃんか。アユはそれで十分、いい味出してるし」
すると、歩の顔が忽ち曇った。
「やだよ。小さいと馬鹿にされるし……」
「部の奴らか?気にすんなよ、あんな…」
「ううん、違う。バスケ部の皆に言われるのなんか平気……」
「アユ……?」
覗き込んできた堀尾の心配そうな表情に気づき、歩はパッと顔を上げて笑った。
「なんでもない。やっぱ、一口欲しいなー」
「あ、うん」
差し出されたパンをパクリと齧り、歩はまた堀尾に向かって笑った。