手紙
-8-
昨日、気分を悪くして部活の途中で抜けた歩を、堀尾は随分心配していたらしい。
「今日は休めよ、アユ。休んだって何にも言われねえって」
「大丈夫だよ、ホリ。それに、どうせ明後日からは試験前で休みになるしさ」
放課後、堀尾が止めるのも聞かず、歩はそう言って部室に向かった。
部室にはもう、新田も来ていて、挨拶をして入って行った歩を見ると少々眉を顰めた。
「沢口、大丈夫なのか?」
「はい。昨日は済みませんでした」
頭を下げると、新田は表情を緩めた。
「いや、いいけど…。無理するなよ?なんなら、今日は見学してたらどうだ?」
新田の言葉に、脇から堀尾も口を出した。
「そうだよ、そうしろよ、アユ」
「でも…」
「また具合が悪くなったら、迷惑かけることになるぞ。無理しない方がいいって」
そう言われて、歩も思い直した。
「分かりました。じゃあ、今日は見学させてもらいます」
歩の言葉に、堀尾はホッとしたような顔をした。
取り敢えず、練習着に着替えて堀尾と一緒に体育館に行くと、歩は練習には参加せずにコートの外に立って見学した。
上級生、特に新田は、さすがに動きが違う。
その切れのあるプレイに惹きつけられ、どうしてもいつの間にか新田に目がいってしまう。
そして堀尾も、1年生ながら他の新入部員とは一線を隔している。レギュラー入りも近いと言われているだけあって、やはり光るものがあった。
雑用などをしながら最後まで練習を見学すると、今日が片付けの当番だった歩は後に残った。
他に、当番の1年生が2人居たが、ボールを籠に戻していた歩に近づいて来ると言った。
「悪いけどさ、俺ら今日、ちょっと用事があるんだ」
「おまえ、今日は練習してねえし、疲れてねえよな?」
言いたいことはすぐに分かった。
そして実は、こんなことは初めてではなかったのだ。
「いいよ、帰って。後はやっとく」
淡々とした口調で歩が言うと、2人は顔を見合わせて笑った。
「悪いな。じゃあ、頼むわ」
1番下手な癖に、先輩たちに受けのいい歩を妬んでか、時折こういう嫌がらせをされることがあった。
だが、歩は気にしないように努めていた。気にして騒げば、きっと嫌がらせはもっとエスカレートするだろうと思ったからだ。
そして、2人が帰った直後だった。
体育館の入り口に、余り歓迎出来ない連中が顔を出した。
校内でも有名な不良グループで、放課後、用も無いのに体育館周辺などをうろついていたりする。
今日も、何処かで屯していたらしく、帰り掛けに明かりが点いていた体育館を覗いたのだろう。
ニヤニヤ笑ったり、小声で何かを言ったりしながら1人で働く歩を眺めている。
だが、それ以上何かを仕掛けて来る訳でもなかったので、歩は見ないようにして無視し続けた。
やがて、飽きたのかいつの間にか姿が見えなくなり、歩はホッとして片付けを続けた。
ボールを片付け終えて、体育館の床にモップを掛けていると、そこに堀尾が顔を出した。
「アユ、何でおまえ1人でやってんだ?」
「ああ、みんな用があるっていうから…。ホリこそ、帰ったんじゃなかったのか?」
「いや、着替えてから、お前が当番なのに気が付いたからさ。体調が良くねえのに辛いだろうと思って、代わってやろうかと思ったんだよ」
「そんな、いいよ。大丈夫だから、帰れよ」
「なに言ってんだよ。大体、あいつらだって、おまえが体調悪くて見学してたの知ってるくせに」
腹立たしげにそう言うと、堀尾は歩の手からモップを取り上げた。
「ホリ…」
「モップは俺がやってやるから、アユは用具室にボール入れてこいよ」
「ありがと…、ホリ」
堀尾に礼を言うと、ボールの入った籠を引いて歩は用具室へ向かった。
扉の前まで行くと、中で話し声がする。怪訝に思ったが、歩は構わず扉を開けた。
そこに居たのは、さっきの不良グループの4人だった。
「あ……」
しまった、と思った時は遅かった。
歩が逃げ出すより速く、素早く近寄って着た2人に歩は両腕を捕まえられてしまった。
「は、離して下さいッ」
「まあ、まあ、いいじゃんよ。おまえが来るの、待ってたんだぜー」
「え?」
どうやら、飽きて帰ったのでは無く、ここで歩が来るのを待ち伏せしていたらしい。
「な、なんですかっ?」
強張った顔でそう訊いた歩を見て、4人はニヤニヤと笑っている。
「前から思ってたんだけどさー、おまえって、ちっこくて可愛いよなぁ…」
「そうそう。中身もさ、可愛いのかなーとか、気になっちゃってさー」
「な、なに?」
蒼ざめる歩を見て4人は楽しそうに笑い、そのまま重ねたマットの方へ強引に連れて行った。
「嫌だっ…、離して下さいッ。離せよッ…」
無理やり仰向けに押さえつけられて、歩は必死で身を捩った。
「いいじゃんか、見せろよー」
「もしかして、まだツルツルなんじゃねえ?」
3人がかりで押さえつけられて、身動きが取れなかった。
すると、前に回った1人が歩のハーフパンツに手を掛けた。
「やだっ、止めろよッ、やだってッ…」
歩の叫びも虚しく、ハーフパンツと下着が引き下げられた。
4人が口々に囃し立て、歩は恥ずかしさと悔しさで泣き出しそうになって目を瞑った。
「あれー?薄いけど、ちゃんと生えてるじゃんー」
「ほんとだぁ、ちくしょうッ。ぜってぇ、ツルツルだと思ったのによー」
「ばぁか。幾ら子供みたいに見えたってよ、もう高1なんだぜー。生えてるに決まってんじゃん」
「これでおまえの、1人負けなー。ちゃんと払えよ?」
どうやら、歩はこの不良たちに賭けの対象にされていたらしい。
「あーあ…。おめえ、見掛け倒しなんだよっ」
賭けに負けたらしい1人が、そう言って忌々しげに歩の性器を掴んだ。
「嫌ッ…」
歩が叫んだ時、他の1人が呆れたように笑った。
「見掛け倒しって、使い場所、違くねえ?」
「うっせえ。おい、折角だから面白いもんでも見せな。特別に扱いてやるからよ、出して見せろよ」
「や、やだよっ。止めてっ、離してっ…」
歩が叫んで身を捩ったが、4人は嘲笑う様にして見下ろしている。
歩の目に堪った涙が、今にも零れ落ちそうになった。
「おいっ、あんたらっ。何やってんだよッ」
その時、戸口で野太い声がした。
歩の戻りが遅いので心配したのだろう。そこには堀尾が立っていた。
「さっさと歩から離れろッ」
堀尾の迫力ある声と、その大きな体に怯んだのか、4人は歩から手を離して立ち上がった。
「んだと?コラ…」
「1年の癖に生意気なんじゃねえ?」
だが、相手が1人だと気づくと気を取り直したらしく、口々に言いながら、4人は堀尾の方へ近付いて行った。
「今、監督が点検に来ますよ。逃げなくていいんすかねえ?」
堀尾が馬鹿にしたように言うと、4人は腹立たしげに彼を睨み、ブツブツと何か言いながら立ち去って行った。
「アユッ…」
堀尾はすぐに歩の下へ駆け寄った。
歩は堀尾に見られたことが恥ずかしくて、彼の顔がまともに見られなかった。
「大丈夫か?変なこと、されたのか?」
躊躇いがちに訊いてきた堀尾に、歩は首を振った。
「ホリが来てくれたから、何にも…。ただ、見られただけ」
「そっか。良かった…」
ホッとした顔を見せ、堀尾は言った。
助け起こそうとしてくれた堀尾の手が腕を掴むと、急に安堵感が押し寄せ歩は震え出した。
「アユ…」
抱き寄せられて歩は堀尾にしがみついた。
「もう、大丈夫だ。家まで送っていくから、な?」
コクッ、コク、と頷き、歩は背中を撫でられたまま堀尾の腕の中で震えを止めようとした。
前に不良に襲われた時には壮士が助けてくれた。
だが、あの時、壮士はしがみつこうとした歩を自分から引き離した。
(あったかい…)
歩はそう思った。
自分の恐怖を和らげてくれようとして、こうして抱きしめてくれる堀尾の腕はなんと温かいのだろうか。
「ありがと、ホリ…」
不意に抱しめられている事に罪悪感を覚え、歩は堀尾の体から離れた。
「もう、平気か?」
「うん、大丈夫…」
監督が点検に来ると言ったのは、堀尾の咄嗟の機転だった。
2人は、体育館と用具室に鍵を掛けると、それを教員室へ戻し部室へ戻って来た。
そして、堀尾は歩が着替えるのを待って、一緒に部室を出た。
「アユ、これから、あんまり1人になんねえ方がいいぞ。ああいう奴らって、しつこいから」
帰り道を一緒に歩きながら堀尾が言った。
「うん…」
素直に頷きながら、歩は他の事を考えていた。
男の癖に、自分で自分の身を守ることも出来ない。塾帰りの壮士を待っていて襲われたあの時から、少しも成長していないような気がした。
「駄目だな、俺…」
思わず声に出して呟くと、堀尾が屈みこんで歩の顔を見た。
「え?なんで?」
訊かれて初めて自分が声に出して言っていたのに気付き、歩はハッとして顔を上げた。
「えっ、あ……、だって男の癖にさ、不甲斐ないから…」
苦笑して見せると堀尾は眉間に皺を寄せて少し怖い顔をした。
「なに言ってんだよ?今日のは、奴らが悪いんだろ?なんで、アユが反省するんだよ?」
「でも、男の癖に男に襲われるなんて、やっぱり見っともないよ。そんなの、隙がある証拠だろ?」
「馬鹿言うなっ。襲われる方が悪いなんて聞いたことないぞ。そんな考え、おかしいよ」
「そうかな…」
黙り込んだ歩を見て、堀尾は言った。
「アユ、前に誰かにそういう風に言われたことがあるのか?」
「えっ?う、ううん…、そうじゃないけど…」
壮士のことを、歩は言うつもりは無かった。
急いで首を振ったが、堀尾はまだ疑っているようだった。
「まあ…、兎に角、アユは全然悪くない。そんな風に考えちゃ駄目だぞ」
「うん。分かった」
見上げて笑みを見せると、堀尾もやっと表情を緩めた。
「あ、そうだ…」
背中に背負っていた鞄を前に持ってくると、堀尾は手を突っ込んで何やら探し出した。
「あ…、あった」
引き抜いた手の中には棒付きのキャンディが2本握られていた。
「ほい」
「あ、ありがと…」
1本を差し出され、歩は礼を言って受け取った。
「あ、グレープ味…」
「ん?オレンジの方がいい?」
「ううん。俺、グレープ味大好き」
そう言って笑うと、歩は包みを剥いてキャンディを口の中へ入れた。
壮士へ
今日、ちょっと嫌なことがあったんだ。
俺ってホント、どうしてこうなのかなぁ…。
やっぱり、チビだから馬鹿にされるのかな。
全然、背が伸びなくて嫌になるよ。
なにが悪いんだろ?
孝兄だって小さくないし、佳兄だって180センチくらいはあるのに、俺だけ何で小さいんだろ?
って、壮士に愚痴っても仕方ないけど。
ごめん。
でもほんとに、馬鹿にされたくないんだ。
それなのに俺、全然成長してないんだな、きっと。
自分では頑張ってるつもりだったけど、きっとまだまだ駄目なんだ。
もっと、しっかりしなくちゃね。
今日のことを言ったら、また、壮士に怒られちゃうかも知れない。
だから…
言いたくないよ。
ごめんな。
歩