手紙
-9-
試験前で部活が休みになり、歩は堀尾と連れ立って帰って来た。
「そう言えばさ、今年の合宿は隣町に新しく出来た総合スポーツセンターでやるんだってよ」
「へえ?そうなの?確か今月出来たばっかりだったよね?新しくて、いいなー」
歩が嬉しそうに言うと、堀尾も頷いた。
「うん。設備も凄くいいんだって。他県からも随分色んな団体が来るらしいし」
「そうなんだ」
「うん。なあ、ちょっと寄り道してさ、見ていかねえ?」
「あ、うん。そうだな、行ってみようか」
すぐ傍のバス停からバスに乗り、2人は隣町の総合スポーツセンターへ行った。
緑の中に3棟の合宿所、2つの大きな体育館、野球場、サッカー場、テニスコートが5面、それから陸上のグラウンドが設けられている。
柿落としはまだなので、利用している団体はなかったが、施設の外側からは自由に見学出来るように開放されていた。
2人も、門を入り、建物の外側やグラウンドなどを眺めて回った。
本部の外に、利用者のスケジュール表が出ていて、歩たちは自分たちの学校の名前をそこに見つけた。
7月28日から1週間が、歩たちバスケットボール部の予定になっていた。
「俺たちはC棟だな。あー、食堂のある本部から1番遠いじゃん」
「心配するのはやっぱり、そこか…」
歩は笑いながら、他の棟の予定表も見て回った。
「ウチの野球部がやっぱり28日からA棟だって。あ、その後はバスケ部だ。高校の……」
そこで歩の言葉が止まった。
「どうした?」
怪訝そうに言って、堀尾は歩の顔と掲示板を交互に見た。
(壮士の学校のバスケ部。そんな…、なんでここに……?)
こんな遠くの施設まで、何故高校のバスケット部が合宿に来るのか分からなかったが、その中には間違いなく壮士もいるに違いなかった。
(壮士が来る……)
突然、壮士に会えるかも知れないという喜びが歩の中に湧き上がった。
(壮士が来るんだッ…)
壮士に会える。
一体、何ヶ月ぶりだろうか。
確かめると、丁度歩たちが合宿を終える日に、壮士たちがやって来ることが分かった。
「帰ろ、ホリ」
「えっ?もう?」
驚く堀尾の腕を掴み、歩は出口の方へ引っ張った。
「うん。ほら、帰ろ。帰って、勉強しなくちゃ」
「ええー?なんだよ、急に。アユ…」
訳が分からず、引っ張られるままに堀尾は歩に付いて行った。
壮士が来る。
壮士に会っても恥ずかしくないようにしなければと、歩は思った。
ちゃんと、壮士に見てもらえるようにならなければ。
(頑張らなくちゃ、もっと…。壮士が来るまでに、もっと勉強して、それから……)
壮士が来るまでに、もっと背が伸びればいいのにと歩は思った。
見た目ももっと変わりたい。
もっと男らしくなって、大人っぽくなって、壮士が吃驚するくらいに変われたらいいのに。
そう歩は思った。
制服を着ていても、高校生に見られたことが無い。この前、不良たちに馬鹿にされて悔しかったが、自分が子供っぽいのは確かだった。
壮士は別れた時から比べたら、見た目だってきっと、随分成長しているに違いない。
(前よりもっと、差がついてるかも知れない)
そう思うと、突然、会うのが怖くなった。
「ホリ…」
急に立ち止まって、歩は堀尾を振り仰いだ。
「俺って、どう見える?」
「え?どうって?」
「やっぱ、ガキっぽい?高校生に見えない?」
「え?あー……」
困惑する堀尾の顔で、歩は聞かなくても答えが分かった。
「そっか…。やっぱ、そうだよな…」
寂しそうにそう言うと、歩は堀尾が答えるのを待たずに彼に背を向けて歩き出した。
すると、堀尾は慌ててその後を追って来た。
「アユッ、あのさ…、なんで?いいじゃん、その……、人はそれぞれ違うんだし。アユはそのまんまで、全然いいと思うし…」
堀尾は必死になって言葉を探しているようだった。
だが、それは歩の気持ちを浮上させてくれはしなかった。
「いいよ。慰めてくれなくて…」
「そうじゃないって」
堀尾は歩の前に回るとその肩を掴んだ。
「ほんとに俺、歩はそのまんまでいいと思う。アユは何でも頑張って一生懸命やって、スゲエよ。俺、アユのそういうとこ、尊敬してる。見た目だって、いいじゃんか小さくたって…。アユは、その……、可愛いし…」
可愛い?
歩は目を上げて堀尾を見た。
「それ、どういう意味?やっぱり、子供っぽいってこと?男らしく、ないってこと?」
「それは…っ」
口篭った堀尾を見て、歩は悔しげに顔を歪めた。
可愛いだなんて、幾ら自分よりずっと大きな身体をしているといっても、同級生の堀尾に言われたことがショックだった。
「アユッ、なあ…、違うって、そういう意味じゃねえって」
「いいよ。分かってるし…。ホントの事だもん。仕方ないよ」
堀尾が悪いのではない。彼が自分を慰めようとしてくれていることは、ちゃんと分かっていた。
「ありがと、ホリ…」
精一杯無理をして笑って見せると、堀尾はまた困惑した顔で口篭った。
あと数ヶ月の内で見た目を変えることなど無理だった。
そんな魔法みたいなことが起きる訳が無い。
風呂に入った後、身体を拭く為にタオルを取って、そのまま歩は自分の姿を鏡に映した。
この頃、食欲を失って余り食べなくなった所為か、もともと華奢だった身体は益々痩せてしまった。
細い腕、飛び出した鎖骨。うっすらと肋骨さえ見える。
そのくせ、頬は子供じみた柔らかな線を残していた。
零れ落ちそうな大きな目。ちょっと厚め唇は綺麗な色をしていて、よく、色つきのリップクリームでもつけているのかと言われるほどだった。
「可愛いだって…」
言いながら歩は自分の頬を撫でた。
勿論、髭なんか1本も生えていない。それどころか、脛も脇も、まだツルツルだった。
「何で成長しないの?俺…」
もしかすると、ホルモンの異常なのだろうか。
サッと、持っていたタオルを身体に巻くと、歩は着替えの下着とパジャマを掴んでバスルームを出た。
そのまま階段を駆け上り、部屋に入るとベッドの上に腰を下ろした。
ずっと、勉強のことや部活のこと、それから壮士に追いつきたいとそればかり考えていた。
思えば自分は、同じ年頃の少年が考えるように女の子の事を考えたことがあっただろうか。
彼女が欲しいと思ったり、好きな女の子が出来たり、そんな普通のことが、今まで自分には無かったと気が付いた。
クラスの皆だって、しょっちゅう女の子の話しをしている。
エッチな本が、クラスの中を回っているのも知っている。
それに壮士にだって、理沙という彼女がいる。彼女なのだから、当然キスをしたりしていたのだろう。
それから……。
キスだけじゃなくて?
「俺……」
裸の股間に手をやり、歩は自分の性器を掴んだ。
自慰の経験が無い訳ではなかった。覚えたての頃は、それこそ、毎晩のように夢中でした。
だが、最後にそれをしたのは何時だろう?
目を瞑って、女の身体を思い浮かべようとした。
好きなアイドル。前に見た、外国のエッチなグラビア。
手を動かしてみるが、少しも身体が熱くならない。
「俺……、やっぱり、おかしい…?」
無理をし過ぎて身体に異常を来しているのだろうか。
だが、そもそも、高校1年にもなって初恋もまだだなんて有り得ないのではないだろうか。
子供なのは、身体だけではないのだろうか。もしかしたら、精神的にも自分はどこかおかしいのだろうか。
「や……」
急に怖くなり、首を振って、歩はまた意識を集中しようとした。
触っているのが自分の手ではないのだと考える。
誰か、他人の……。
壮士の……。
壮士…?
「アユ?」
頭の中で壮士の声がした。
「壮士…?」
ゆっくりと、後ろから自分を抱きかかえるようにして壮士の手が股間に伸びた。
「やっ…」
首を振ると、クスッと笑う声が耳元で聞こえた。
「嘘つきだな、アユ。嫌じゃないくせに…」
言いながら、壮士の手がゆるゆると上下に動き出した。
「ほら、もう硬くなった…」
「んっ、や……」
キュッ、キュッ、と扱かれて、忘れていた快感が歩に訪れた。
「気持ちいい?俺にこうされたかった?」
訊かれて、歩はぼうっとなったまま頷いた。
もうすっかり濡れて、手が動くたびに厭らしい音がする。
歩は激しく胸を上下させて、荒い息を吐いた。
「キスして欲しい?アユ、俺とキスしたい?」
「うん……っん、壮士っ…」
「ホントは、理沙の場所に入りたかったんだろ?そうなんだろ?アユ…」
「んッ…、俺ッ……ぁあっ」
吐精と同時に身体から力が抜けた。
壮士の幻は、もうそこには居なかった。
自分の汚れた手を見て、歩は愕然として目を見張った。
「俺……、俺……」
自分の本当の望み、それが何だったのか漸く分かった。
欲しかったのは、壮士の親友の座ではなかったのだ。
「俺…ッ」
余りの衝撃に涙が込み上げた。
薄汚い自分の想いに吐き気がしそうだった。
一体、何時から自分は壮士をそんな目で見ていたのだろうか。
こんな想いを抱いていたのだろうか。
「だから嫌われたんだ、きっと…」
多分、壮士は自分のこんな気持ちに気付いたのだろう。だから、避けたのかも知れない。
もう傍にいるのが嫌だと思ったのだ。
「気持ち悪いって思ったんだッ…」
そう呟くなり、歩は我慢出来ずに泣き出した。
不良から助けてくれた時、壮士は抱きつこうとした自分を無理やり引き離した。
馬鹿みたいに泣いたから仕方なく手を繋いでくれたが、きっと本当はそれも嫌だったのだ。
あんなに理沙が憎かったのも、彼女と一緒に居る壮士を見て傷ついたのも、すべてはこの想いが原因だったのだ。
親友ではない。
欲しかったのは、理沙が居るその場所だった。
「男の癖に」
壮士のあの言葉がまた蘇った。
「男の癖に、歩は俺のことが好きなんだ?」
軽蔑するような口調で、壮士が言った。
嗚咽を我慢した所為で、歩の喉がおかしな音を立てて鳴った。
歯を食いしばり、必死で泣き声を上げるのを堪える。
だが、辛過ぎて、それは余りにも難しかった。
壮士へ
今日から中間テストです。
俺ったら、やっぱりバカ。
一昨日、風呂上りに、いつまでも裸でいて風邪ひいちゃって。
今日もまだちょっと熱があったんだけど、でも、テストだから休まなかったよ。
ちょっと、ぼうっとしてたけど、でもテストはちゃんと出来たと思う。
明日も頑張るよ。
この前、隣町の総合スポーツセンターを見てきました。
そしたら、壮士の学校のバスケ部が合宿予定表に入ってて、ビックリしたよ。
こんな遠くまで、合宿に来るなんて思わなかったから。
俺たちの部もね、今年はあそこで合宿なんだ。
凄く立派な施設だから、楽しみだよ。壮士もきっと、満足すると思う。
建物だけじゃなく自然も一杯で、白鳥とかアヒルがいる池まであるんだ。
体育館もでっかいのが2つあってね、設備も凄くいいよ。
俺たちの最終日に、壮士たちが来るんだね。
もしかしたら、ちょっとぐらいは会えるかなって。
壮士、バスケもきっと随分上手くなったんだろうね。
まさか、もうレギュラーだったりして。
やだな、また、いっぱい差がついちゃったかな。
テストが終わったら、また、朝練を始めなきゃ。
俺も、上手くなりたいよ。
壮士と一緒にプレイできたら最高なんだけど。
そんなの、夢だね。
歩