手紙


-15-

特撮ものの映画を見て出てくると、もうお昼だった。
2人はすぐ近くのファミリーレストランへ入り、そこで昼食を取ることにした。
普通のランチセットを頼んだ歩に対し、新田はライスを大盛りで頼み、その他にパスタとサンドイッチを頼んだ。
堀尾の健啖家振りをいつも見ている歩はそう驚くことも無かったが、やはり身体の大きさの違いは食欲にも比例するのだと改めて感じた。
「キャプテンって、まだ背が伸びてるんですか?」
歩が訊くと新田は苦笑してアイスコーヒーを飲んでいたストローから口を離した。
「いや、さすがに止まったらしい。去年までは延びてたけどな」
「小さい頃から大きかったんですか?」
「いや、中学1年までは普通だったけどな。それから急に伸び出して。兎に角もう、夜なんか関節が痛くて眠れんかった。医者に行って、薬を出してもらったりしたよ」
「へえ…。よく聞くけど、本当に眠れないんですか?」
「ああ。もう、関節全部がギシギシいってな。痛いのなんのって…」
それを聞いて、歩は溜め息をついた。
「いいなぁ。俺もそんな経験してみたい」
「これからするかも知れないだろ?」
「そうかなぁ。そうだったらいいけど…」
「けど俺は、沢口は小さくてもいいけどな」
「え?」
目を上げると、じっと見つめる新田の視線があった。
歩は恥ずかしくなってまた目を伏せると、ジンジャーエールを一口飲んだ。
「俺が、大きいと嫌ですか?」
堀尾も小さくていいと言ったし、もしかして自分たちが大きいから小さな自分が好きなのかと思った。
そして、そんな理由なら嫌だと歩は思ったのだ。
「うーん…。沢口が大きいのってちょっと想像出来ないけど、でも嫌じゃないと思う。大きくても小さくても、沢口は沢口だしなぁ…」
その言葉が、歩は嬉しかった。本当に新田は、自分を認めてくれているのだと思えたからだった。
ファミレスを出た後、少し街をぶらついて、それから歩は家まで送ってもらった。
「キャプテン、少し遊んでいきませんか?あ、でも、新しいゲームとかは無いんですけど…」
受験前から殆どゲームをしなくなってしまった歩は、ゲームの機械さえ元の家に置いてきてしまっていた。
遊んでいけといっても、自分の部屋にはTVさえない。誘っても、新田が退屈するだけだろうかと思い、歩は少々気後れした。
だが、新田は嬉しそうに頷いた。
「いいのか?じゃあ、お邪魔するかな」
「はいっ」
新田の訪問を母親はとても喜び、その堂々とした身体を惚れ惚れと眺めた。
「この前の試合、私も見に行ったのよ。カッコ良かったわー、キャプテン」
「はあ、どうも…」
照れくさそうに頭を掻き、新田は大きな身体を縮めるようにして言った。
「良かったら晩御飯…」
そこまで言って何かを思い出し、母親は残念そうに首を振った。
「駄目だわ。今日はお父さんの付き合いで、上司のご夫婦と食事するんだった…」
「えっ?じゃあ、俺の夕飯は?」
歩が言うと、母親はパッと表情を変えた。
「あ、じゃあ、お寿司とってあげるから2人で食べなさいよ」
「い、いえ、俺は…」
遠慮して断ろうとした新田を遮って母親は言った。
「いいの、いいの。キャプテンにはいつも歩がお世話になってるんですから、遠慮しないでくださいな」
「はあ、済みません」
「いいえー」
ニコニコと笑い、母親はうんうんと頷いた。
歩の部屋に入ると、新田は嬉しそうに言った。
「可愛いお母さんだなぁ」
「はあ、もう、誰にでもあんな調子で……。済みません」
「なんで?いいじゃんか、気さくで」
言いながら新田は歩の部屋を見回した。
「綺麗にしてるな、沢口…」
「いえ…、あ、どうぞ座って下さい。今、冷たいものでも持ってきます」
「ありがとう」
歩がジュースのコップとお菓子の入れ物をトレイに載せて運んでくると、新田はベッドに腰掛けて本棚にあった小説をパラパラと捲っていた。
「これ、面白そうだな」
「あ、良かったら持っていって下さい。俺はもう、読んじゃったんで…」
「そうか?じゃあ、借りていこうかな」
「どうぞ。それ、シリーズになってて全巻ありますから…。気に入ったら、他のも貸しますよ」
「うん、サンキュ…」
そう言えば、新田の部屋の本棚にも結構小説が並んでいたのを思い出した。
あの時は余裕が無くて、どんな本が並んでいるのか良く見なかったが、もしかすると好みが似ているのかも知れないと思った。
聞いてみると愛読の中に数名の同じ作家がいた。その話で盛り上がり、暫し時を忘れた。
歩は新田と好みが通じていたことが素直に嬉しかった。
やがて、母親が出かける時間になり、支度をして部屋を覗いた。
「お寿司は頼んでおいたわ。30分ぐらいで持って来てくれるそうよ。歩…」
封筒に入れた金を手渡すと、母親は歩の耳に口を近づけた。
「キャプテンさんの分は、2人前頼んでおいたから、それとちらしも1人前…」
どうやらこの前の堀尾の時に学習したらしく、母親は新田が歩の3人前は食べることを察していた。
「うん、サンキュ」
「じゃあ、お母さんは行ってくるわね。じゃ、キャプテンさん、ごゆっくり…」
「あ、はい、どうも…」
母親が行ってしまうと2人は居間に移動して寿司屋が来るのを待った。
テレビを見ている内に時間になり、寿司屋が注文した品を持って来た。
「うわ…。悪かったなぁ、こんなに沢山…」
「いえ、どうぞ遠慮しないでください」
「1人前じゃとても足りないんで、ウチじゃあ滅多に食わしてもらえないんだよ。食わしてくれても、精々回るヤツぐらいで」
久しぶりに高い寿司を食べられるとあって新田は嬉しそうだった。
「回るヤツでも、ホントにたまにだけどな」
「回転寿司とか行ったら注目されそう、キャプテン」
歩が笑うと、新田は苦笑した。
「家族で焼肉へ行く時もな、出かける前に俺だけ普通に飯食わされるんだぜ。1度でいいから、肉で腹いっぱいになってみたいよ」
情けなさそうに新田は言い、歩は吹き出して笑った。
3人前の寿司をぺろりと平らげ、歩の淹れたお茶を飲むと、新田は満足げに息をついた。
「はー、旨かった…」
「良かった」
歩が笑うと、新田は少し眩しそうな顔をした。
「少し、食欲が出てきたみたいだな?」
訊かれて歩は頷いた。
新田の食べっぷりに釣られてか、今日はちゃんと1人前を食べられた。
昨日とは違う歩の様子に新田も少し安心したようだった。
「良かった…」
じっと見つめられて恥ずかしくなり、歩は目を逸らした。
「歩…」
初めて名前で呼ばれて驚き、歩は顔を上げた。
「そう呼んでもいいか?」
「は、はい…」
「もう少し、いいかな?」
「え?」
意味が分からず聞き返すと、新田は席を立って来て、いきなり歩を抱き上げた。
「キャッ、キャプテンッ…」
子供のように抱きかかえられて部屋に運ばれ、歩はベッドの上に下ろされた。
「あ、あのっ…、キャプテン、俺ッ…」
不安げに見上げると新田は笑いながら首を振った。
「大丈夫だ。別に無理にヤッたりしないよ」
そう言って新田は歩の頬に手をあてた。
「怖いか?俺のこと…」
「い、いいえ…」
「キスしたら嫌か?」
訊かれて、歩はまた首を振った。
「いいえ…」
嫌じゃない。
(キャプテンのことは、好きだ…)
それが例え、壮士への感情とは違っても、もう決めたことだ。
壮士のことは、もう忘れる。
忘れると決めたのだ。
「歩…」
新田の顔が近付き、歩は目を閉じた。
昨日キスされた時も嫌ではなかった。
今も、嫌悪感は無い。
新田の舌が唇を割って歯列を舐めた。
すぐに歩は口を開けて新田の舌を迎え入れた。
歩を怖がらせないようにと思っているのだろう。新田は確かめるようにしながら、ゆっくりと口内を愛撫した。
舌を絡められて歩は少し喘ぐと、新田のシャツを掴んだ。
すると、チュッと、小さな音を立てて新田が唇を離した。
顔を見るのが恥ずかしくて、歩はそのまま新田の肩に顔を押し付けた。
「歩…、本当は、誰か好きな奴がいるんだろ?」
歩の髪を撫でながら静かに新田が言った。
ギクッとして、歩の身体が震えた。
だが、すぐに顔を上げると歩は激しく首を振った。
「いませんッ、誰も…」
「なら、俺を選んでくれたんだと思ってもいいのか?」
「お、俺……」
歩は口篭った。
はっきりと返事をすることが、どうしても出来なかった。
新田のことは、本当に好きだった。 だが、それは壮士に対する感情とは違う。
歩の心が狂おしい程に求めているのは、やはり壮士だけだったのだ。
だが、どんなに求めても、もう壮士の心は余りにも遠いところにあった。
「待ってればいいのか?」
訊かれて歩は顔を上げた。
「それなら待つよ。歩の心が決まるまで……」
「キャプテン…」
新田は優しい。
いつでも自分を見ていてくれる。
そして今、自分を待ってくれると言ってくれた。
(壮士は待ってくれなかった…)
夢の中で、何度も自分を置き去りにした壮士のことを歩は思い出した。
(壮士は1度も見てくれなかった…)
再会に、ドキドキと胸を高鳴らせていた自分を、まったく見向きもしなかった。
不良達に襲われた時も、自分を引き離した壮士。
(怖かったのに…。抱きしめて欲しかったのに……)
受験から今まで、壮士に会えることを支えにして頑張ってきたのだ。
(笑いかけて欲しかった…。久しぶりだなって、一言言ってくれるだけで良かったのに……)
バスケを始めたのだって、壮士に近付きたかったからだ。
勉強したのだって、壮士の傍に行けるかも知れないと思ったからだ。
全部、全部、壮士に認めてもらいたかったからなのだ。
「好きな人なんかいませんッ…」
叫んで、歩は新田にしがみついた。
「キャプテンのこと、好きです。本当です…」
新田の胸に頬を押し付け、歩はギュッと目を瞑った。
「歩…」
新田は自分の懐に飛び込んできた歩をギュッと抱きしめたが、その髪を撫でる手はまるで歩を慰めているように見えた。
だがやがて、その動きが止まると両手で歩の頬を包んだ。
「なら、つけ込むぞ?俺だって、そんなに大人じゃないからな…」
歩はそれに頷くと目を閉じた。