手紙


-17-

「なんでだよ?おまえ、壮士ってヤツが好きだって言ったろ?だから俺…」
壮士の名前が出てきて、歩の頭にカッと血が上った。
「だってッ…」
叫ぶように言って、歩は堀尾の手を振り解いた。
「だって、壮士は…。壮士は俺のこと見てくれないから、だからッ……」
「だからってッ…」
今度は堀尾が叫んで、また歩の腕を掴んだ。
「だからって、何でキャプテンなんだよ?俺だって、いつもアユのこと見てるだろ?いや、キャプテンなんかよりずっと前から、アユのこと……。何で俺じゃ駄目なんだよッ。壮士じゃなくていいなら、何で俺を選んでくれねえんだよっ」
「ホリ……」
答えられずに歩が口籠ると、泣き出しそうだった堀尾の顔に怒りの表情が浮かんだ。
「キャプテンとキスしたのか?エッチしたのか?そんなの……、そんなの許さねえからなッ」
「あッ…」
グッと腕を掴んだまま、堀尾は歩を引きずるようにして強引にシャワールームの方へ連れて行った。
そして、ブースのひとつに無理やり歩を押し込むとその身体を抱きすくめた。
「や、止めろよッ…、ホリッ」
キスしようとした堀尾を押し退け歩は言った。
だが、堀尾は聞かなかった。
「だ、誰か来たらどうするんだよっ?止めろって…」
「うるさいッ」
片腕で歩の身体を巻き込むように抱くと、堀尾はもう一方の手で歩の顎を掴んだ。
「ヤッ、ホリッ…」
顔を背けようとしたが出来なかった。
歩はがっちりと顎を掴まれたまま、堀尾に唇を押し付けられた。
「ふむッ…」
激しい口付けに歩は喘いで首を振った。
だが、堀尾の腕はビクともしなかった。
顎に掛かった手に無理やり口をこじ開けられ、歩は堀尾の舌に口中を犯された。
「んぐっ…、ん…」
余りの息苦しさに、歩は夢中で堀尾の身体を叩いた。
やっと唇は解放したが、堀尾はまだ歩の身体に回した腕を解かなかった。
そして、片手で歩の水着の紐を解いた。
「嫌だッ、ホリッ…」
慌てて堀尾の体を押し退けようとしたが出来なかった。
水着をずり下ろされ、歩は必死でそれを抑えようとした。
「やめろよっ、ホリッ。頼むから止めてくれッ…」
「なんでだよっ?何でキャプテンなんだッ」
「ホリッ…」
歩が叫ぶと、堀尾はやっと腕から力を抜いた。
「ホリ…、ごめん…」
「なんでだよ……?」
今にも泣き出しそうな顔で堀尾は言った。
「なんで、俺じゃ駄目なんだよッ…」
「分かんないよ……」
苦しげに歩が言うと、堀尾は力が抜けたように歩の身体から手を離した。
「分かった……」
力を失った声でそう言うと、堀尾は歩に背を向けてシャワーブースを出て行った。
「ホリ…」
堀尾を傷つけたことが辛くて、歩は泣きそうだった。
勿論、堀尾が嫌いな訳ではない。
いつだって自分の味方をしてくれて、そして、もしかすると堀尾が1番自分を理解してくれているのかも知れない。
間違いなく今、歩にとって1番の親友は堀尾だった。
だが、新田に感じたように、堀尾に縋り付きたいとは思えなかった。
「ごめん…、ホリ。ごめんな…?」
狭いブースの中で、歩はひとり項垂れるしかなかった。



その夜、新田から電話があった。
「身体、大丈夫か?」
「はい…」
歩が答えると、新田はホッとしたようだった。
「明日、会えないか?迎えに行くよ」
「はい。待ってます」
歩は堀尾のことを新田には言わなかった。
だが、明後日は部の練習がある。堀尾と新田はどうしても顔を合わせる事になるのだ。
その時、堀尾が新田に対してどんな態度を取るのか、歩は心配だった。
それに、2人の間に入って一体自分はどんな顔をしていればいいのだろうか。


翌日の昼過ぎに、新田が迎えに来た。
この前の寿司の礼だと言って、玄関で、買ってきたアイスクリームを母親に手渡した。
「まあ、気を遣わなくていいのに…」
「いや、寿司なんて滅多に食べさして貰えないんで、嬉しかったです。ごちそうさまでした」
「じゃあ、遠慮なく…。また今度、ご飯食べに来てくださいね?なんでも、キャプテンの好きなもの、作りますから」
すっかり新田を気に入ってしまったらしい母親に送り出され、歩は彼と一緒に家を出た。
「何処へ行く?」
「何処でも。キャプテンの行きたい所でいいです」
「うーん、俺も別に…。じゃあ、涼みがてら図書館へでも行くか?」
「あ、はい…」
スポーツマンの新田だったが、どうやらかなりの読書家でもあるらしかった。
図書館は歩の家からバスで2駅だけだったので、ぶらぶらと日陰を歩いて行くことにした。
「済みません。俺に合わせて歩くの疲れるでしょう?」
歩が言うと、新田は笑って首を振った。
「いや、大丈夫だ。そんなの気にするなよ」
道々、家族の話になって、歩は父と母の他に兄が2人いることを話した。
「ええー、そうなのか?じゃあ、中3の時にこっちへ来たのか?」
「はい。上の兄は大学生で、下の兄もちょうど大学受験だったんで、2人で向こうへ残ったんです」
「じゃあ、あっちに家があるんだ?」
「そうです。父も何れまた、向こうへ戻ると思うし」
「え?じゃあ、歩も?」
 歩く足を止めて、新田が言った。
「あ……」
歩も気付いて足を止めると、新田を見上げた。
「でも、今すぐって訳じゃないし、多分、俺が高校を卒業するくらいまでは居ると思いますけど」
「そうか…」
頷いて、新田はまた歩き始めた。
「でも、キャプテンだって、春には卒業して、大学へ行っちゃうんですよね?勿論、地元じゃないんでしょ?」
「うん、まあな…」
新田は多分、スカウトを受けている大学の何れかに進学する筈だった。
「歩も大学へ進学するんだろ?」
「はい、多分…」
「もう決めたトコとか、あるのか?」
訊かれて、歩は一瞬戸惑った。
本当は、頑張って壮士に追いついたら一緒の大学を受験するつもりだった。
だがもう、そんな事は夢でしかなくなってしまった。
「まだ、まだ、全然ですよ。1年だし…」
笑いながら歩が答えると、新田も頷いた。
図書館で其々のお勧め本などを物色し、涼しい館内で読書に勤しむと、数冊の本を借りて外へ出た。
涼しい中から外へ出た途端、熱気に襲われた。
2人は図書館の近くのカフェテリアで冷たいものを飲むことにした。
「この後、うちに来ないか?」
訊かれて、歩は頷いた。
行けば、どうなるかは分かっていた。
だが、新田と付き合うと決めたのだ。それを拒む事は出来ないと思った。
「はい、お邪魔します」
笑みを見せてそう答えると、少々不安げな顔をしていた新田の表情も和らいだ。
そこからはバスに乗り、新田の家まで行った。
出迎えてくれた母親に挨拶し、新田の部屋に入る。双子の姉は、アルバイトに行ってしまって留守らしかった。
「なんか飲むか?」
「なんにも…。さっき、飲んできたから」
歩が首を振ると、新田は少し躊躇った後で歩を抱き寄せた。
「歩…」
すぐに目を閉じ、歩は新田の唇を受けた。
両手で掴んだ新田のシャツが汗で湿っていた。
自分の身体も、汗でべとついている。なんだか、そんな身体を触られるのが無性に嫌だった。
「キャプテン、俺、汗…」
「ん?俺も、汗臭いか?」
「いえ…」
「エアコン無いから、キツイかな…」
苦笑すると、新田は歩の身体を放した。
「バスケのビデオでも見るか?」
自分が嫌がったと思ったのだろうか。新田の態度に歩は不安になった。
「キャプテン、あの…」
歩が腕を掴むと新田は振り返った。
「俺、嫌とかじゃなくて…」
すると、新田はただ頷いて歩の頭にポンと手を乗せた。
そしてまた、背を向けてテレビの前に膝を付くと、テレビ台の下に置いてあったDVDを物色し始めた。
「何がいい?あ、去年の大会の録画もあるぞ」
(キャプテン…)
歩は、新田に背中を向けられたことが酷く怖かった。
いつも、いつも、壮士に背中ばかりを見せられたことが思い出されてしまったからだ。
また自分は、こうして新田にも背を向けられてしまうのだろうか。
(嫌だッ…)
歩は目の前の大きな背中にしがみ付いた。
「歩…?」


汗の所為でキスが塩辛かった。
身体を触られることにも、まだ抵抗がある。
それに羞恥心が加わって、純粋に快感を追い求めることを邪魔してしまうのだ。
だが、歩は何をされても嫌がったりしなかった。
「ぅん…っっ」
そこを指が犯すと、嫌悪感に思わず呻いてしまった。
「嫌か?」
そう訊かれて首を振る。
そして歩は、益々新田にしがみ付いた。
潤滑剤の所為で、新田が指を動かす度に音がした。耳を塞ぎたい位だったが、歩はただ黙って耐えた。
だが、そこに新田のものがあたると、思わず逃げ出したくなってしまった。
(いや……。入れないで…。嫌だ……)
首を振りそうになって、必死で堪える。
ギュッと目を瞑り、歩は浅くなっていく呼吸を整えようとゆっくりと息を吐いた。