手紙
-23-
夕方家に帰り、其々シャワーで汗を流すと、6時頃にまた家を出て2人は近くのファミリーレストランへ向かった。
禁煙席を指定して案内してもらうと、一番奥の席に堀尾が友達と座っていた。
「あ…」
気がついて歩が立ち竦むと、堀尾は険しい顔で歩から視線を壮士へ移した。
それに気付き、壮士はペコッと頭を下げた。
すると、堀尾の方でも表情を変えて頭を下げた。
「あれ、同じバスケ部のヤツだよな?」
練習を見ていたので堀尾が分かったのだろう、壮士は席に座りながらそう言った。
「うん…、そう」
「同じ、1年?」
「うん…」
歩たちがメニューを見ている間に、もう食べ終わっていたのか堀尾たちは席を立った。
「アユ、またな…」
余り親しげな調子とは言えなかったが、それでも堀尾は傍を通る時に歩に声を掛けてくれた。
「うん、また…」
歩は嬉しくて笑みを見せて頷いた。
その顔から目を逸らしながら、堀尾は壮士を見ずに頭だけを下げて行ってしまった。
「なんだか、俺のことが気に食わないって顔してる」
苦笑しながら、壮士はそう言ってメニューを開いた。
「そんなことないよ」
言いながら歩もメニューを開いたが、内心ではドキドキしていた。
まさか、堀尾は壮士を見て、彼が本人だと気付いたのだろうか。
「なに食う?ハンバーグか?」
笑いながら言って壮士はメニューを指差した。
「え?」
「歩、何時もファミレス来るとハンバーグだったよな。あと、パフェも必ず食ってたろ?」
懐かしそうに言って、壮士はデザートのページを開いた。
「あ、でもフラッペとか旨そう。俺もなんかデザート食おうかな…」
「ほんとだ。俺も氷にする。きのこハンバーグと宇治抹茶フラッペ」
壮士が覚えていてくれたことが嬉しくて、歩は明るい声で言った。
「ほら、やっぱりハンバーグだ」
笑われて歩も笑った。
「最近は違うのも食べてるよ。でも、今日はハンバーグにする」
「ふん?俺もハンバーグにするかな…。和風にしよ」
食べたい物が決まり、ウェートレスを呼んで注文すると、壮士が思い出したように言った。
「歩、明日出掛けるんだったな」
「あ、うん…」
本当は、今晩電話して新田に断ろうかと思っていた。壮士がこっちにいる間は、2人でいられる時間をなるべく長く持ちたかったからだ。
「あの、壮士…」
歩がそのことを言おうとすると、壮士のポケットでまた着メロが鳴り出した。
「ごめん…」
そう言って、壮士はすぐに携帯を取り出した。
画面に目を走らせると、壮士はクスッと笑って返信を打ち始めた。
それを見て、歩は言おうとした言葉を飲み込んだ。
新田との約束を断っても、壮士は別に嬉しくも無いだろう。今日1日付き合ってくれただけでも良かったではないか。
思いがけなく、2人っきりで出掛けられた。
もう2度と持てないと思っていた2人っきりの時間を、またこうして持つことが出来たのだから、欲張っても仕方がない。
歩はそう思って、メールを打つ壮士の手元をじっと見詰めた。
打ち終わって送信すると、壮士はまた思い出したように顔を上げて歩を見た。
「そう言えばアユ、おまえのアドレスとか教えろよ」
「え…?」
「俺も教えるし。前のと変わったんだろ?」
(教えてくれるの…?)
それなら、これっきりではないのだろうか。壮士は、家に帰ってからも自分との繋がりを持ってくれるつもりでいるのだろうか。
「ほら、教えて?」
「あ…、うん」
歩はポケットから自分の携帯を出してデータを送った。
「OK。じゃあ、これが俺の…」
歩も同じように壮士のアドレスを登録した。
「メール…、送ってもいいの?」
「え?」
驚いて顔を上げた壮士に、歩は恐る恐る言った。
「俺がメール出したら、返信してくれるの?」
「なに言ってんだ、おまえ…」
眉を顰めた壮士から、歩は視線を外した。
「なんか、迷惑なのかなって思って…。壮士はもう、きっと新しい友達とか、それから……、彼女とかも居るし。俺なんか、もう…必要なさそうだし…」
言いながら、酷く辛くなって、歩の言葉は尻窄みに小さくなった。
「歩は俺のこと、そういう風に思ってるのか?」
「え?」
顔を上げると、壮士は薄っすらと口元に笑みを浮かべていた。
「来てみて分かった。歩にはもう、新しい生活があって、俺と居た時のことはすっかり過去になってるんだなって。新しい学校、友達、先輩……。それに、歩自身も、もう俺の良く知ってた歩じゃないもんな」
「そ……」
歩が首を振ると、壮士は目を逸らしてフッと笑った。
「俺たち、もう前とは違うんだよな。それが当たり前なんだろうけど……」
歩は答えなかった。
先に変わったのは壮士の方だった。
だが、確かに、自分ももう、以前とは違う。
(戻れるものなら、戻りたいよ……)
こんな苦しい思いをするなら、子供のままで良かった。
なんだか自分が、酷く穢れた気がして、歩は堪らなかった。
ファミレスを出て家に帰ると、壮士は彼女に電話した。
傍に居るのが嫌で、歩は自分の部屋に入るとベッドに横になった。
今度の彼女はどんな子だろうか。
理沙よりも可愛いのだろうか。
きっと壮士の彼女だから、美人に違いない。頭だっていいのだろう。
理沙は歩よりも背が高かった。壮士と並んでも恰好良くて…。
また、きっとそんな女の子が壮士の隣に居るのだろう。歩の入る場所なんて、最初から何処にも無かったのだ。
「弟、だって…。全然似て無いのに…」
壮士と自分は友達にさえ見えないのだ。どんなに頑張っても、対等になんかなれる訳がなかったのだ。
悔しくて、歩はギュッと枕を掴んだ。すると、ポケットの中で携帯が鳴り出した。
相手は堀尾だった。
「もしもし?」
すっかり避けられていたのに、急に電話が掛って来たのは、やはり壮士のことだろうと思った。
「アユ、今日一緒に居たヤツ、誰?あれが、壮士なのか?」
やはり、思った通り、堀尾はそう訊いてきた。
「うん。そうだよ」
今更嘘を言っても仕方が無いので、歩は正直に答えた。
「じゃあ、おまえ、キャプテンと別れるのか?」
「どうして?そんなことない…」
「だって、壮士が来たんだろ?おまえ、本当はあいつのことが好きなんだろ?」
「違うよ。もう、そうじゃない。壮士はただの友達だよ」
その言葉を言うのが、酷く辛かった。
胸を締め付けられるような思いで、歩は答えた。
「アユ…」
「ホリ、今日、声掛けてくれて嬉しかった。無理だとは分かってるけど、また前みたいになれたらって思うよ。俺、ホリのこと頼りにしてるし、ホントに好きなんだ。今でも、1番の親友だって、そう思ってるし…」
「アユ…」
辛そうな、堀尾の声が耳元で聞こえた。
歩もまた泣きたくなって、鼻の奥が熱くなるのを感じた。
「俺だって好きだよ。けど、傍に居たらまたアユを傷つける。アユが自分の物にならないのが辛くて堪らないんだ。苛々して、またきっと酷いことするんじゃないかって……。怖いんだよ…」
もう、歩の頬には涙が伝っていた。
それを枕に吸わせながら、歩は言った。
「ごめんな?俺がみんな悪いんだ。ホリの気持ち知ってたのに、裏切るようなことして。俺なんか、全然いいトコなんかないよ。好きになってもらう価値なんかない…」
「そんなことねえよ。そんな風に言うな」
「だって俺、おかしいんだ。身体も心も変だよ。何処かきっと狂ってる…」
言いながら歩は目を瞑った。
その拍子に涙が溢れてまた目尻を伝って落ちた。
「そんなことねえってッ」
強い口調で堀尾は否定すると、今度は声を和らげて言った。
「夏休みが終わるまでには、俺…、何とか気持ちに整理をつけるから。そしたらまた、一緒に朝練しよう?」
「ホリ……」
ありがとう、と言いたかったが言葉にならなかった。泣きながら電話を切り、歩は枕に瞼を押し付けた。
「アユ?」
ノックの音と共に、壮士の声がした。
ハッとして涙を拭うと歩は返事をした。
「小母さん、帰って来たぞ。お土産あるって。アイスだって」
「う…、うん。今行く」
立ち上がると壮士がドアを開けた。
「どうした?泣いたのか?」
「う、ううん…。ちょっと、眠くて、目、擦ったから…」
「そうか。アイス、食べよう?」
「うん…」
壮士は、歩の言葉を信じてはいないようだった。
だが、問い詰めようとはしなかった。
多分、自分には関係のないことだと思ったのだろう。
壮士は彼女とどんな話しをしたのだろうか。そう思ったが、それもまた歩には関係のないことなのだった。