手紙
-25-
夢の中にはわんわん泣き叫ぶ小さな自分がいた。
その身体を、壮士がいつものようにギュッと抱きしめてくれた。
「もう泣くなよ、アユ…」
そう言って撫でてくれる優しい手が大好きだった。
泣けば何時でもそうしてくれたから、本当はそれほど辛くなくても歩は壮士と居るとすぐに泣いた。
「泣き虫アユ」
そう呼ばれても、壮士なら悔しくなかった。
「泣くなって…」
壮士の手が頬から涙を拭い取る。
そして、チュッと、突然唇にキスが落ちた。
「ヒクッ…?」
驚いて嗚咽が止まる。
すると、壮士が怒ったように言った。
「泣き止まないなら、またチューするぞ」
吃驚したが嫌じゃなかった。
「それとも、もっとチューして欲しいか?」
訊かれて歩は頷いた。
「うん」
だが、見上げた視線の先に居たのは子供の壮士ではなかった。
「俺と、キスしたい?アユ」
今の壮士の大きな手が、歩の肩を掴んだ。
ビクッとして、急いで首を振る。
だが、壮士の顔が段々と近付いてきた。
「キスして欲しいんだろ?それから、抱いて欲しい?女みたいに、歩は俺に抱かれたいんだろ?」
「ちが…」
「抱いてやるよ?ほら、脚開いて…」
「う…、嫌ッ……やだっ…」
「嘘つけ。して欲しいくせに。いつもしてるんだろ?歩はいつも男としてるんだ。そうだろ?」
「ちがっ…、してないよっ。俺っ…俺、そんなことしてないッ」
いけないことだ。
異常なこと、悪いことだ。
決して、してはいけないことなのだ。
「してないっ…。ホントだよッ、俺、誰ともそんなことしない。信じてよっ……信じて…」
閉じた膝を抉じ開けられそうになり、歩は必死で抵抗した。
泣きじゃくり、首を振り、足を抱えようとした。
「もう勃ってるくせに。俺としたくて、硬くしてるくせに」
違うっ……
叫んだ瞬間、目が覚めた。
「アユ…?」
壮士の声に、ビクッと身体が震えた。
「大丈夫か?」
目を見開き、歩はぎこちなく首を巡らせると、自分を覗き込む壮士を見た。
「熱が出たみたいだ。今、タオル代えてやるから」
そう言ってタオルを掴み上げられ、歩は初めて自分の額の上にそれが乗っていた事に気付いた。
「なにか飲むか?ポカリとか?」
僅かに頷くと、壮士も頷いて立ち上がった。
歩は自分のベッドの上に居た。多分、壮士が寝かせてくれたのだろう。
喉がカラカラだった。
まるで、体中の水分が蒸発してしまったような気がした。
熱の所為なのか、魘された所為なのか、体中から汗が噴出して濡れている。それが、酷く気持ち悪かった。
起き上がろうとしたが、身体が鉛のように重い。両手で身体を支え、歩は何とかベッドの上に座り直した。
「目が覚めたんですって?」
壮士と一緒に氷枕を抱えた母親も部屋に入って来た。
「すごい汗ね。着替えましょうね?」
「うん…」
「ほら、体温計。熱、測ってごらんなさい」
「うん」
「暑気受けたのよ、きっと」
そう言って母親はクローゼットに着替えを取りに行った。
「ほら、アユ…」
壮士が、コップに注いだアイソトニック飲料を渡してくれた。
それを受け取り、歩は一気に喉を鳴らして飲み干した。
「もっと飲む?」
頷くと、壮士はコップを受け取って、また戻って行った。
熱は37度3分で、大したことは無かった。
歩は着替えて、また壮士が持ってきた飲み物を飲むと、ベッドに横になった。
「お母さん、買い物行ってくるけど、何か食べたい物ある?」
「ううん…」
「そう?じゃあ、行ってくるわね。壮ちゃん、お願いね?」
「はい。いってらっしゃい」
そう言って母親が出て行くのを見送ると、壮士は歩のベッドの脇に腰を下ろした。
「大丈夫か?さっき、魘されてたみたいだったけど…」
「うん。大丈夫…」
力の無い声でそう答え、歩は目を閉じた。
そっと、前髪に何かを感じ目を開けると、壮士の指がゆっくりと動いていた。
「もう、忘れた方がいいぞ…」
すぐには、何のことか分からなかった。
だが、それが新田の事だと気付き、歩は僅かに頷いた。
その拍子に、コロン、と頬の下で氷の動く音がした。
「うん…」
「まさか…、俺が、メールした所為じゃないよな?」
気にしていたのか、壮士は躊躇いがちにそう訊いた。
「違うよ…。壮士の所為じゃない」
壮士はまた何か言いかけたが、結局口を閉じた。
多分、歩を慰めたかったのだろうが、言葉が見つからなかったのだろう。
「アイス食べるか?持って来てやろうか?」
「ううん、いい…」
歩が答えると、壮士は頷いて立ち上がった。
「少し、眠る?」
「うん…」
歩がまた目を閉じた時、驚いたような壮士の声が聞こえた。
「あれ?このファイル…」
歩は、また目を開けた。
「懐かしいなぁ。まさか、まだ持ってたなんて…」
嬉しそうにそう言った壮士の言葉を聞き、歩は目を見開いた。
「駄目ッ…」
「えっ?」
叫ぶなり起き上がった歩を見て、壮士は驚いて机の本棚から取り出しかけたファイルを掴み損ねた。
バサッ…
音を立てて、ファイルが机に落ちると同時、中に入っていた物がそこに散乱した。
「だめぇぇぇ……っ」
悲鳴のような声を上げ、歩はベッドから飛び降りると、ぶちまけられた物を掻き集めようとした。
それは、手紙だった。
散乱した封筒を、必死で掻き集める歩に驚いて壮士は立ち竦んだ。
だが、ふとその宛名に気付いた。
「全部、俺宛…?」
少なくとも、50通近くある封筒全てに自分の名前が書かれていた。
「アユ…?」
ビクッ、と歩の身体が震えた。
訳が分からずに眉を顰め、すぐ傍に落ちていた封筒を、壮士が拾い上げた。
「なんで、こんなに?」
ゆっくりと、歩の身体が机の上から起き上がった。
小さく震えながら、歩は、1歩、2歩、と後ろに下がった。
「アユ?」
呼ばれて、歩は首を振った。
いつの間にか、見開かれた瞳には涙が溜まって溢れそうになっていた。
「い…、いや…」
フルッと、首を振った拍子に、それが溢れて頬を伝った。
壮士が1歩、前に出ようとした瞬間、歩はサッと踵を返すと駆け出した。
「アユッ」
壮士が叫んでも、歩は立ち止まらなかった。
壮士へ
これが最後の手紙です。
最後だから、本当のことを書きます。
俺ね、壮士のことが好き。
友達としてじゃなく、多分、男として。
俺も男だけど、でも、女の子が壮士を好きになるように、俺も壮士が好きなんだ。
壮士、 ホントはその事に気付いてたのかなって思う。
だから、俺のこと嫌ったんでしょう?
気持ち悪いって、そう思ったんでしょう?
何時からこんな気持ちだったのかは、自分でもよく分からないんだ。
でも、俺が園田さんに乱暴したのは、彼女に嫉妬したからです。
醜いよね?
でも、堪らなかった。
だって、どんどん、
どんどん園田さんが俺の場所を奪っていく 。
それが怖くて、悔しくて、我慢できなかった。
ずっと、壮士の傍にいたかったよ。
俺のこと、何で嫌うのか分からなかった。
あんなに一緒だったのに、何でどんどん遠くに行っちゃうのか分からなかった。
頑張って勉強して、なんでも一生懸命やったら、また一緒に居てくれるのかなって思った。
俺のこと認めてくれるようになったら、また傍に居られるのかなって思った。
でも…、
そんなんじゃ駄目だったんだよね。
俺自身が、もう駄目だったんだ。
だって、友達じゃ嫌なんだよ。
俺が欲しかったのは、園田さんの位置だった。
こんなの、認めてもらえないに決まってる。
もう 見てもくれなかったね?壮士…。
俺の存在を消したかった?
視線の端にさえ入れたくなかった?
俺は、壮士が来るのをすごく楽しみにしてたんだ。
ちょっとでいいから、俺を見てくれたら、それだけで、すごく幸せだったよ。
でも もういいんだ。
もう、壮士のことを忘れるよ。
すごく難しいけど、でも、忘れる。
その方がいいんでしょう?
もう2度と、会えないんだよね?
大好きな、壮士 。今なら分かる。
振り返ってみても、何時でも壮士が俺の1番でした。
どんな時も…、
たとえ、壮士が俺を嫌いになっても…、
壮士の傍に、誰が居ても…。
さよなら。
壮士の友達にしてくれて、ありがとう。
そして、好きになってごめん。
何度も何度も、出そうとしたけど、結局、怖くて一通も出せなかった。
最後まで、ホントに馬鹿みたいだね。
歩